16話 来訪で戦闘
いい加減サブタイトルがきつくなってきました。
変な縛りは入れない方がいいですね。
(一人二人三人四人、三人は問題外、一人が…)
サンが思考するよりも早く、頭は分析を開始する。身体に刻み込まれた癖はサンを縛る。
感情が置き去りにされ、分析を進める度に感覚が鋭くなっていく。
サンの変化に驚いたのはサニアだった。特に目が見えなく、鋭敏な感覚を持つ彼女は、サンの変化に強く反応してしまう。
例えるならば、目の前の人間が一瞬にして中身事入れ替わる感覚。
「サン…君?」
「……」
返事はしない。
もう五感全てが壁の向こうの四人組、いや、一人に注がれている。
「…!」
「……?!」
「!!…?」
サンの分析が壁の向こうの騒ぎを訝しむ。
気配すら隠していないが、雰囲気は荒事の臭いのソレである。
気配を隠す気もない事から、余程の自信があると受け取れる。
ならばバレようとバレまいと、相手は計画を持ってただ粛々と事を運ぶだろう、これは“一般的”な考えだ。
だのに、何をもたついているのだろうか?と不審に感じ、サンに待ちをさせる。
一際大きな男の声が、壁の向こうから聞こえた。
「ダメだ、アニキィィィィィイ!!」
その言葉と同時にサニアの家に激震が走り、サンの見据えている壁が音を立てて崩れ落ちる。
「…開いた」
未だ煙る破壊された元壁の向こうより、自信の満ちた声が聞こえた。
「いやいやいや!どう考えても破壊した、の間違いでしょう!?ちゃんとあっちに扉あるっていいましたよね!」
「…?」
「何この人「訳分からない」って顔してんの?!いいですか、俺らは金の取立てで来てんですよ。さっきはヘマ踏んじまいましたがね、もう今月ヤバイんですよ!何がヤバイって具体的に飯がっ!」
「…うるさい…母か」
「ひ、人が一番言われたくない事を!誰のセイで苦労してると思ってんですかい!?この前の集金の時は、子猫追いかけて何処か行くし、その前は雇い主の家で高い壷割っちまうし!ちゃんと聞いてますかい?!アニキ!今日と言う今日は我慢出来ねぇぇぇぇ!」
「ヤっちゃん抑えて…、アニキに悪気は無いじゃない」「だから余計にマズイんじゃねぇか!」今度は小太りの男と言い合う。
アニキと呼ばれた男は、僅かに生まれたチャンスを見つけ、痩せた男の説教を抜け出し、滑らかな足取りでサンに近づく。
マールレとサニアは着いて行けず、もはや口を開けているだけだった。
しかしサンは、目の前で気の抜ける漫才を見せつけられても、その目線は常にただ一人を捉えていた。
家の人口的な明るさの中、男の容姿が露になる。
男のクセに腰まで伸びる紫紺の髪。彫りの深い目元に琥珀色の瞳が嬉しそうにサンを見続ける。
180を越える長身の男は、既に片刃の長剣を手に携えていた。
立ち姿のみを見れば、貴公子然としていて、その右手に携えた片刃の長剣が無ければ、どこぞの貴公子と説明されても納得出来る。
「俺は、グダイ。見せろ…」
「……」
「お前…、名前ないのか…」
「……、」
サンの頭に一瞬の痛みが走る。
余分な思考が生まれそうで、一度頭を振る。
戦闘の妨げになる不必要な成分は、悉く排除する。それが当たり前だったのだが、意思に反して僅かに口が動く。
「30番」
「…よし」
様子見などと言う言葉が微塵も感じられない。
強烈な打ち込みを放つ。サンは上から来る斬撃を捻って躱す。
避けると同時に下からナイフを繰り出す。
切れたのは上着の一枚のみ、グダイは喜悦を深め、30番は剣戟から分析を深める。
「あーったく、もうおっぱじめてる…。この後の話をまとめる身にもなってほしいってのに」
「アニキは元々あっちが専門でしょ。がんばってヤっちゃん」
「ヨっちゃん…、今はそのお気楽な応援がキツイんだが」
「えぇぇ、じゃほら、ガンちゃんもヤっちゃん励まそうよ」
「ヤッチャン、ハゲマス」
「誰がハゲだぁぁぁぁぁ!!コレはハゲじゃねぇ!少し、ほんの少ぉぉし、後ろ気味なだけだ!むしろ苦労の証だ…。なんだよ、増すって。これ以上後退するって嘘だろ止めてくれよ」
頭上で生じる命の衰退に涙する男に、マールレがサニアを庇い立ち上がる。
目的は昼間の件で考えれば、サニアである事は間違いないだろう。
目の前で巫山戯た遣り取りをしている三人組とて、荒事には慣れた雰囲気が見える。
マールレの年齢では立ち回りなど酷な事であるが、顔馴染みの娘である。それにマールレにはサニアに“負い目”もあり、助けないと言う選択肢はない。
「そこのお兄さん方、ワシはこの家の者と懇意にしている、マーレルと申す。今日は夜更けに、乱暴な来宅じゃが、どう言った要件かの?」
痩せた男はマールレに話しかけられ、自分の仕事を思い出す。
「すまねぇ爺さん、こう乱暴な話になるとは思わなくてよ。こっちとすりゃ予想外も予想外よ」
「元から暴力を見越して人数を増やしてきたんじゃないんかの?そう思うのならアレを止めてくれると有り難いんじゃがな」
「夕方の件ならその場の流れだから勘弁してくれ。俺等も馬鹿みてぇに腕の立つのがいなけりゃ、アニキを連れてくる事もなかったんだぜ?こっちにしてもアニキは手綱が取りにきぃんだ、正直連れてくると面倒事がでっかくなっちまうって。んで、アニキは興味を持ったら止まんねぇのさ」
「ならばこちらの話をとっとと片付けてお引き取り頂きたいの。ワシにも分かる様に説明してくれんか?」
「…おじ様、もう、大丈夫ですわ。これ以上はご迷惑しか掛かりません。どうか、私は平気ですので…サン君と一緒に…」
弱々しい声がマーレルの後ろから掛かる。
誰が見ても強がりにしか聞こえない程の途切れ声で、身体を震わしている。
荒くれの男が四人も夜中に、しかも家の壁を破壊して出てくるのだ。一般人ですら、それも女性が一人では失神してしまってもおかしくない状況下で、目が見えないサニアは、マールレとサンの心配をする。危害を恐れて、遠ざけようとさえする。
「サニアちゃんや、ワシがやっておるのは罪滅ぼしなんじゃ。先に逝った二人に申し訳が立たたんでの、ダメな老耄に手伝わしてくれんか」
「そんなっ!おじ様だってアノ時はおば様を亡くされて…、大変だったのは知っていますわ…。私は、大丈夫なんです。もう一人なんですから、何…でも…、自分で出来ないと、ダメなんです」
「今まで辛かったの、すまんかった。トルケウが“外円に出る”前に頼まれたんじゃよ。それなのにワシは」
「お父様が亡くなる前に?でも、その後おば様が…。おじ様の落ち込み様は見ていて辛かったですもの。あんなに明るかったおじ様が、人が変わってしまった様になってしまって…それで私気付いたんですわ。何時までもこの目を言い訳にしていてはダメなんだって」
「サニアちゃん、目の事はなんら関係ないんじゃ。頼り、頼られて人は生きて行く、どんな人間であっても一人では生きていけぬ、ましてそこに目の事なぞ些細な事なんじゃよ。ワシはトルケウからの頼まれとる、今まで何も出来んかった事も引っ括めて、どうかワシを頼っとくれ」
「おじ様…」
部屋にはグダイと30番の激音がこだまする中、同じ死を共通する二人は、心中を吐露し合う。
戦闘音に紛れて、鼻水を啜る音が増える。
マールレが音の元を見やると、痩せた男が涙ぐんで仁王立ちしていた。
「くぅっ!そんな、事情があったなんてな…!」
「ヤっちゃんそう言う話に弱いんだよねぇ」
「うっせい!だがこちらも仕事なんでな…。ケレスさんよ、あんたの親父さんが作った借金だが、借りた以上は払って貰わなきゃいかんのよ」
「あ奴のこさえた借金とは一体いくらなのかの?」
「利息も合わせて、金貨80枚ってのが現状だな」
「なっ?!金貨で80枚じゃと!その金額本当かの…?」
「嘘だと思うんならケレスさんに聞いてみてくれよ。こっちは証文出せるが、本人から聞いた方が信じられるだろ?」
マーレルが痩せた男の突き出した証文を見やる。
そこにはケレス家の押印の印影と拇印が丁寧に押されているのが見て取れた。
字もマーレルの記憶の限りならば、トルケウのモノと判別が着いた。
証文は確認出来た、後はその借金の中身に正当性があるのかなのだが、サニアに向き直り配慮を考えてゆっくり聞き出す。
「サニアちゃんや、この金貨80枚と言うのに覚えがあるかの?」
「はい、確かに借りた時の金額までは私には分かりません。ですが、私のこの目を治す為にお父様が、沢山の方陣師の方を家に呼び、そして沢山の治療薬を私に使ってくれたのは…覚えていますわ。小さい頃から亡くなられるまで、続きましたので、世間に疎い私でも多くのお金を使ったのだろうとは…予想できますわ」
――それが身を結ぶ事はありませんでしたけれど…。とサニアが悔しそうに口を閉じる。
サニアの目の事を一番気に掛けていたのは、サニアの父であった。母親はサニアの小さい頃に既に他界しており、その為に、より一層サニアの父トルケウは娘の目の治療に心血を注いだのだろう。
「そうか、そうか…」
「こっちとしても待った方なんだぜ?だが、ケレスさん一人じゃ…おまけにその目だ。稼げる宛は無いだろうよ?だから“夜”の方に回って貰ってだな、稼いで貰うしか方法はねぇんだわ。何、ケレスさんはペッピンさんだし、その目も仕事にゃそれ程関係なく出来るだろうよ。すぐ上の客も取れんじゃねぇか?」
「あ、ヤっちゃん……っ!」
小太りの男が痩せた男に声を掛けるも「ぶべぇら!」と言って跳ね飛んだ。
犯人は、犯人達は室内で戦闘を開始したグダイと30番の二人であった。
二人は片刃の長剣と二振りのナイフを交え、時に拳を、時に蹴りをお互いに繰り出し、互角の戦いを見せていた。
「そろそろ、本気を…出せ…」
「……」
30番の目が薄く細める。
そもそも30番の戦闘スタイルは暗殺者のソレである。
正面からの打ち合いは彼に取っては愚策であり、本来のスタイルから遠く離れていた。
30番とて、今の自分の置かれている状況に疑問を覚えずにはいられなかった。
グダイの剣戟は荒く大雑把なモノだったが、踏んだ場数の経験が違うのか30番を確実に追い詰めていった。何より、30番では速さと手数が上回るのに、グダイの力と経験で押されていた。
「……っ」
「苦しいか…、偽物を…捨てろ。30番」
ズキリ…、30番の頭に痛みが走る。先程から痛みが止まらない。
グダイの攻防を邪魔する痛み、名前を呼ばれるとより一層強く痛みを帯びる頭。
(さっきから30番、30番、30番五月蝿い…)
「筋が…ぶれている。30番」
(五月蝿い五月蝿い五月蝿い、その名前は捨て…た?)
「…っ、どうした…っそれで、終わりか…」
グダイの斬撃が強さを増す。30番の頭痛が大きくなる。
訓練と薬により、鋭くなった感覚にノイズが混じってくる。置き去りにした感情が後ろから迫ってくる。追ってくる。ノイズが過剰する。
(俺は、何をしている?ここは何処で、俺は何の為に、俺は誰だ?)
「期待…外れ…か、30番」
(30番?五月蝿い!“約束”が無ければ枷が無けれ…ば。約束って何だ?何がまとわりつく?)
「もう…いいか…」
グダイの台風の様な剣戟に木ノ葉の如く曝される二本のナイフ。
30番は頭痛に顰める顔を堪えつつ、グダイの愉悦に深まった琥珀の瞳は既にソノ色を無くす。
仕舞いだと言わんばかりに、30番に襲いかかる片刃の長剣は更に加速を増す。
(強い。そもそもの前提が間違っている。俺の本来の戦い方は正面ではなく、本来?)
「…死ね30番」
『貴方の事をサンと呼んでいいですか?』
(?!)
棒立ちになった30番に、グダイは幹竹割りの如く上段から今までのどの一撃よりも違う、色の違う撃剣を両手で振り下ろす。
30番の無機質なライトアッシュの瞳が見開く。
「…ぅるせぇ…っ。うるせぇぇぇ!!俺はっ、俺は。30番じゃない!『サン』だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
グダイ渾身の上段をナイフの二つを持って防ぐ。
サンの両肩が悲鳴を上げる。二つの刃がギチギチ…ガキィ!と絶叫を上げて潰れる。
一瞬の驚きはグダイからだった。そのままナイフを投げ捨てると、前傾姿勢を取りドガッ!と大きく一歩を踏み込む。何時しかサンのライトアッシュの瞳が色を光を増す。
「フミアキに貰ったサンって名前が、あるんだよぉぉぉぉぉ!」
「……!」
先程までの冷めた顔は消え去り、少年の様な裂帛の気勢がグダイを押す。
両手に片刃の長剣を持ち替えていたグダイの手が戻るより早く、踏み出した身体から右の拳がグダイの下腹部に突き刺さる。
グダイの腰よりも頭を低く拳は下腹部を貫く。グダイの身体は吹き飛び壁に激突する。
「……けふっ」
「はぁはぁ…」
家に走る振動に、痩せた男を介抱していた小太りの男が驚愕する。
彼の記憶が辿る限り、グダイの無様な(戦闘のみ)姿は見た事がなかったからだ。
目を覚ました痩せた男も口をあんぐり開けて呆然とするも、小太りの男より早く復活しグダイに近寄る。
「アニキィィィ!大丈夫ですかい?!」
「そんなアニキがやられちゃうなんて…」
「…くっくっく」
「どうしたんですかい、アニキ?打ち所が?」
「くっはっはっは…!それがおまえか、サン」
片刃の長剣を杖にして立ち上がる。
顔に掛かる紫紺の長髪をかき上げ、琥珀の瞳はさも嬉しげに踊る。
「へっ!まだやるってか。いいもの見せてやるよ、ただし“見れたら”な!」
「…もっとだ」
二人の男がグダイを止めるも、それを振り払い片刃の長剣を構え直す。
サンは両腕を手前でクロスさせ、精神を集中させていく。
短いグレイアッシュの髪がザワリと揺れる。
「『ユールの八光』」
呟く言葉は短く、その言葉を持ってサンの姿が揺れぶれ消える。
「…ほぅ」
「なななな、なんだとぉぉ!?消えたぁ?!」
「ヤっちゃんあいつ不味いよ。あれ“居来種”じゃないの?」
「有り得ねぇ!てか、なんだよ居来種って?!」
「方陣が伝わるずっと前から、どっかに受け継がれてる、今とは全然違う“力”の事だよ。僕達とは違う派生の力って言うのかな」
慌てる二人を余所にグダイが駆け出す。
サンが消えた場所一帯を刈り取る様に一閃横薙ぎに払う。
手応えは無く、代わりにサンの打撃がグダイを襲う。
姿を消して尚、グダイの死角から繰り出される打撃に顔を顰める。
「くっくっく!まだ…だ」
「はっ、どうせお前も何か隠してるんだろ?出せよ!」
攻防が一瞬静まり、サンの声が何処からともなく響く。
グダイの口の端が僅かに吊り上がる。サンの言葉に応える様に片刃の長剣を仕舞う。
「ようやく…だ…」
「アニキ?まさか…」
痩せた男が不穏を感じ取り、躊躇う。
グダイは両手を限界まで開き獣の様に曲げる。
長い紫紺の長髪が震える。
「ががががががっ!グオオオオオオオオオン!!」
大咆哮が家を揺さぶる。マールレとサニアは咄嗟に目を瞑り、耳を抑える。
再び目を開けるとグダイの居た場所に、皮膚を毛深く包み込み、口は前に突き出し、魔狼の如き爪を伸ばした“人狼”が立っていた。
「あれは…、“ヤーマ族”」
マールレの言葉に怖れが出る。
“おおいなるもの”の出現するよりずっと前から迫害されているにも関わらず、未だにその氏族を残す『異族』の姿だった。本来だったら三種族の次の四種族目に分類されるであろう種族は、その超常性により三種族の形成する社会と、常に軋轢を生んできた。
居来種とはまた違った、むしろ獣に近い形態に、怖れを抱き続けた三種族は、ヤーマ族を否とした。
「あぁ、やっちまったか!アニキの馬鹿ぁぁぁ!」
「おもしれぇ!いいぜ、グダイ!」
「……場所が、丸分かりだ…」
人狼の姿は伊達ではない、その優れた嗅覚が直ぐ様サンの居場所を告げる。
再び接近戦が始まる。ヤーマ族と居来種の、見守る側からでは、グダイの一人舞台であった。
最早、常人では立ち入り事は不可能な異様な攻防が始まる。
「……グガガァ!ウォン!」
「くっ!ほらよ!」
人狼の双爪のワルツが勢いを増し、見えぬ一方のサンも激しさも増す。
双方がその戦闘速度をドンドン上げて行く中で、第三者の横槍が入る。
「てめぇらぁ!サニアの家で何やってやがる!!」
戦闘中の二人に、その戦いを見守っていた五人がその声に振り返る。
「いい加減にしろよ!王国警備隊はもう呼んである!とっとと収まりやがれ!」
「ライ?」
サニアがその声の主を呼ぶ。
玄関の出入口には彼女の幼馴染であり、マールレの息子が立っていた。
お読み下さって有難う御座います。
新しい種族の解禁です。
居来種:古い力を持った人間の事です。種族としてのカテゴリでは無く、単品。一代限りの力ではありますが、稀に遺伝します。元々が血の中に眠る力であるからです。
ヤーマ族:こちらは種族としての名になります。ヤーマ族の中でも、獣人タイプ・鳥人タイプ・魚人タイプ・無形タイプなどなど、様々な力により種族分けがあります。変身します。基本変身後は亜人間タイプですが、稀に完全獣タイプも存在したりします。プッ設定在り来たり過ぎる。サーセン。
フミアキ(主人公?)が居ないと戦闘しやすいですね。
この場にいれば絶対にいらんチョッカイ出して、場の空気をクラッシャーすると思います。私的にはヤっちゃんに今後頑張って頂きたい。
※1/27改稿