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15話 女で男

「あちゃー…」



 フミアキ達が長話を始めてしまい、暇になってしまったサンが、偶々自分達と同じ様な事をしていた男達に目が付いた。参考程度にと見ていたが、男達が女性に暴力紛いの行為に及びそうになり、間に割って入った。

 三人組のまずは一番デカイ男を掌底で突き放す。突然の闖入者と強い衝撃にデカイ男はヨタヨタと後方に下がる。相手の呼吸が整う前に距離を詰め、全身のバネを半分程の感覚で使い、回し蹴りで胴を薙ぐ。それだけでデカイ男は宙に舞った。その先はフミアキの上だった事に関しては、偶然の不幸だった。



「てっ、てめぇ行き成りなにしやがんだ!」



「アン?そっか、初対面は挨拶だったな。俺はサン、女の子に声掛ける時は嫌がられたら引く事だって、フミアキがそう言ってたぜ?あんた達のはダメ、その子嫌がってんだろ」



「訳分かんねぇ事言ってんじゃねぇよ!よっくもガンちゃんをヤってくれたな!」



 ひょろっと痩せた男がサンに食って掛かる。恐らく最初に吹っ飛んだデカイ男がガンちゃんなのだろう。



「今日の約束で、殺しはダメだって言われてるけど面倒くさいな」



 ぽりぽりと頭をかきながら痩せた男の拳を(かわ)す。

 すれ違いざまに、腕を取り後ろに捻り上げる。

 サンの頼み事に散々渋ったフミアキは、頼み事を引き受ける代わりに、いくつかの約束事をサンに課した。その一つが、殺しは自衛の手段とする事。「イデデデデ!折れる!折れちゃう!」

 サンとしては不承不承であった。今みたいな状況であれば、殺してしまった方が早いのに、と。「あぁ、ヤっちゃん、しっかりぃー!」「ぉ、俺の事はいいから、ガンちゃん連れて逃げろ!」「そんなヤっちゃん残して逃げられる訳ないだろぉー!」「仕事って割り切れよ!アニキに伝えるんだヨっちゃん、こいつアニキ並みにつえぇぞ!」「ヤっちゃぁぁぁぁぁん!」



 「鬱陶しい」その一言が心を埋め尽くしそうになる。

 つるんで群れる連中特有のジメっとした感じに苛立ちが膨れる。



「あー鬱陶しいなお前ら。やっぱフミアキは別格だな、あいつの側は楽なのに、静かなのに。お前ら群れないと何にも出来ないのな。群れても無駄だけどよ、どうやったら静かになるかな」



「ひぃぃ!」



 ヤっちゃんと呼ばれた痩せた男の首に、何時の間にかナイフの刃が当てられる。

 サンの気配から冗談や脅しの類ではなく、本気である事が(うかが)える。



「サン君や、その辺で勘弁して貰えんかの」



 マールレが不穏な空気を感じサンに声を掛ける。

 サンの目を見て背筋が冷えるも、素知らぬ顔をして言葉を続ける。



「ワシ一人ではフミアキ殿を引っ張れんのでな、手を貸してくれんか」



「分かったよ爺さん、お前らそこの奴連れてとっと消えろ」



「は、はいぃぃぃぃ!」



 緊張から解放された痩せた男は、一緒に居た小太りの男と協力してデカイ男を抱えて、脱兎の如く逃げ出した。

 「今日の所はこれで勘弁してやらぁぁぁ…」と、残していく辺り中々いい根性をしているかもしれない。



「お嬢さんも災難だったの…、こりゃサニアちゃんじゃったか」



「…マールレおじ様?これは、ご無沙汰しております」



「随分と綺麗になったの、前に見た時は“テレスの回り歌”を歌っとったのに」



「もう、子供の歌う歌ですわ、おじ様。もう成人して四年も経ってますのよ」



 サンが助けた女性と顔見知りだった様で、マールレが砕けた挨拶をする。

 サニアと呼ばれた女性が、改めてサンに向き直り、深々と頭を下げる。



「危ない所を助けて下さってありがとうございます。私はサーニアス・ケレスと申します」



「いいって!ああ言う連中って嫌いだからな、俺はサンって言うん…」



 深々と下げた頭を起こすと、ウェーブがかった沙羅(しゃら)の花色の髪がふわりと揺れる。

 肩よりも長い髪は、黄色い夕陽を浴びて深く色味を増し、神秘的な風情を醸し出す。

 輪郭の柔らかな柔和な顔付きには不釣合いな程、両の目は固く閉じられ瞳の色は伺えない。



 サンの途切れた言葉にサニアは苦笑する。

 目の事はサニアにとっては何時でも、何時までも付いて回る事柄で、こう言った対応には慣れていた。



「ふふっ、元気の良い声ですわね。でも、ちゃんと家名まで名乗らないと、女性に対しては失礼になりますわよ」



「え?あ、あの、ごめん…俺、家名?とか無いんだ」



「まぁ、それは失礼致しました。私の方が悪い事をお聞きしてしまいましたわね」



「ほっほっほ、サニアちゃんや、サン君は真っ赤になって照れているんじゃよ。どうやら若い青少年を惑わす色気も覚えたようじゃの」



 マールレの言う通り、サンの顔は夕陽に照らされても分かるくらい真っ赤になっていた。

 まぁまぁ。と口に手を当てて驚く。



「もう大分年が経ってる女性を、からかってはだめですわ」



「世間の風潮なぞ気にしても仕方なかろう。サニアちゃんは“立派”になってワシは嬉しいの」



 この国では、結婚するに当たって女性は年下が好まれる。

 フミアキが聞いたら「出雲の末子相続の類似系なんでしょうかね」などと言いそうである。

 曰く、出産に際し体力のある状態で臨める事。夫より先に死なぬ様に。その他、太陽神ソールと月光神ユールを引き合いに出す話も見受けられる。諸説様々である。

 ちなみにマールレの視線は、豊かな大地の豊穣もかくやなおっぱいに注がれている。



「お・じ・様」



「ぬぬ…、見えぬハズなのにどうしてバレてしまうかの。サン君とて気になるじゃろ?!」



「俺に行き成り振るなよ!」



「おば様に言い付けますわよ?」



「サニアちゃんや、それだけは勘弁してくれんか」



「全く変わりませんわね。もう日も暮れます、助けて頂いたお礼に、晩食を振舞わせて下さいまし。サン君はこの後何か予定はありますか?」



 未だに顔の赤みが消えぬサンは、口を開く事は出来ず、首を縦に振るだけだったが、直ぐにサニアを見直し「何にもない!」と大きく声を出す。

 そんなサンの様子を感じ取ってか、またもサニアの口から笑が零れる。



「はて、何か忘れている様な…」



 数舜黙考した後に思い出す。フミアキを完全に忘れていた。



「おおぅい、フミアキ殿。大丈夫か、しっかりしなされ」



 仰向けに倒れているフミアキの、肩を揺すり意識の覚醒を促す。

 なかなか起きぬフミアキに、マールレはサンに交代する。サンが担いで行く事にした様である。



「“そこ”に誰か居るんですか?おじ様」



「ほぅ?サニアちゃんにしては珍しいの、ほれそこにフミアキ殿と言って、ワシの同好の士なんじゃが、分からんのか?」



 マールレが小首を傾げる。

 サニアの目は先天性の類であり、目を補う為か他の感覚が非常に優れていた。

 先程のマールレの視線の色の変わり様すら見抜くのだ。冗談である事は分かっているが、視線の機微すら捉える彼女なら、人が近くに居るのならば瞬きの回数すら把握出来るらしい。

 そんなサニアと付き合いの長いマールレであるから、不思議に思わずにはいられなかった。

 サニアは、マールレの言葉を確かめる様に、少し集中して眉間に綺麗なシワを作る。



「あぁ…、あぐぅ…はっ?!」



 息を吐き出したその顔には、厳しい表情と脂汗が(にじ)む。

 異変を察し、マールレがサニアの身体を支える。

 夏の終わりの季節には不似合いな程に、身体を摩りカタカタと震える。躊躇いがちにサニアが口を開く。



「“それ”は、何なのですか?」



 マールレもサンも、答えられない。そもそも、このおかしな状況に戸惑いを露にするだけ。



「申し訳ありません、私がご迷惑をおかけしたみたいですね」



 答えは、サンの担いでいるフミアキから聞こえた。

 「よっこらしょ」と、サンの肩から降りたフミアキは、三人から距離を取る。



「お嬢さん、あまり視てはいけませんよ。貴女の様に感覚の鋭い人には毒でしかありません。忘れる事です。サン、後は頼みますね」



 ――では。と、言って三人に背を向け歩き始める。

 その背中に、マールレが待ったをかける。



「フミアキ殿、これは一体どう言う事じゃろうか」



 僅かに足を止め、背を向けたまま、その問いに答える。



「これが、教導院に目を付けられる事の一つです。これ以上は聞かないで頂きたいです、面倒事でしかありませんので」



 また足を進め、そのまま日の落ちた暗がりに、溶け込むようにして消えていった。











「どうじゃ、落ち着いたかね」



「はい、ご迷惑をお掛けしました。…あれは“人”だったの…うくぅ、ですか?」



「…フミアキ殿も言っておったじゃろう。あまり思い出しては身体に障るらしいぞ」



 ここはサニアの家。

 椅子に腰掛けたサニアを、マールレが心配げに介抱する。サンは居間の中、椅子にも座らずに所在無さげに立っている。



「サン君や、フミアキ殿の“アレ”は何じゃったんだろうの?」



 サニアから離れ、小声で尋ねる。落ち着いたとは言え、フミアキの話題が出る度、いや思い出す度に体調を崩すのだ。

 サンはそわそわしている態度に、何らかの事情を知っているかもしれないと、マールレ声を掛ける。



「さー?俺には分かんね。それよりも、女の人の家に来たの初めてだから、どうしていいのか教えてくれよ」



「フミアキ殿の事、気にならんのか?」



「フミアキは気にするなって言ってなかったか?あいつが他の奴と違うってのは分かりきってる事だろ。そんな事よりも、頼むって言われたけど、何すりゃいいのかホント分かんねーんだけど」



「いや、聞くな。そう言っていたがの。フミアキ殿は他の人とは違うか…」



「あー聞くな…、か。よく覚えてるよな。だから気にしなけりゃいいんだろ」



 ぞんざいに答えるサンは、フミアキの事よりも現在の置かれている状況の方が、大きく頭を占めている様だ。

 マールレが更に突っ込んで、サンにずずぃっと詰め寄ろうとした時に、サンの腹から大きな音が鳴った。



「ふふふ…、そう言えば、晩食を御馳走するとお約束致しましたわね」



 サニアからすれば狭い居間の中、二人の会話が筒抜けだった。

 現在の精神状態では、サンのあっけらかんとした振る舞いに随分救われる。

 そう、アレには関わらない方が無難と結論付け、気持ちを切り替える為に、最初の約束を持ち出した。



「むぅ、サニアちゃんや、本当に大丈夫なのかの?」



「おじ様、久しぶりに私の料理の出来を見てくださいまし。もう昔の様に失敗はしませんわよ?」



 心配するマールレに、気遣わせない様に殊更明るく振舞う。











「ほほぅ、これは腕をあげたの。カミさんが生きとったら「レシピは?!」と、迫る勢いじゃな」



「うふふ、そう言って貰えると嬉しいですわ。サン君もどうかしら?」



「すっげーうまい!何コレ、色の着いたスープ初めて食った!!」



「え、あの…、こんなモノで良ければ何時でも作りますわよ。それよりライを呼ばなくて、本当にいいのです?」



「ふんっ!あんな馬鹿息子に勿体ないくらいじゃわい!奴は家で腹空かしてグレパンを、ヤスリで削りながら食っていればいいんじゃ!」



「爺さん汚ねぇな、飛ばすなよ。こっから俺の縄張りだから食うなよ?そのグレパンってうまいのか?」



「こりゃ、老い先短いモンの食料を奪う奴があるかい。ここからがワシの領地じゃから、サン君はそっち側で我慢せい」



「もう二人とも、たくさんあるんですから喧嘩しないで下さいまし。それとグレパンはすごく硬い日持ちのいいパンの事ですわ。ただ…あんまりに硬いモノですから、ノミで割ってから一度水に浸さないと食べられないくらいと聞いてます。私は食べた事はないんですけど」



「よくあんなモンを作ったと感心するの。パンと言うかもはや防具じゃよ、魔狼の牙さえ懐に入れていたグレパンで防いだ。と言う伝説もあるくらいじゃな。旅でグレパンを懐に入れる習慣は、そこから生まれたと推測される訳じゃ。興味深い事に、グレパンが生まれる前から、この逸話があったと言う事じゃな。ここで問題なのは、グレパンが生まれた事で創作話が出来たのか、それともグレパンに変わる物が元々あり、グレパンがその物に取って変わったのか…、いやいや、生まれた時間が単純にずれていたかもしれんの。話が伝播するには時間がかかるからの、グレパンが生まれた地域で話が固まり、その後、有名になっていく過程で、グレパンの作られた年が誤って伝えられたとも考えられるの。どうかの?どうかの?」



「あー、フミアキと同種の人間だ、断言出来る。爺さんたかがパン一つになげーよ」



「たかがパン一つじゃと?!そのたかがパン一つとってみても、分からぬ事ばかりじゃ、こう、ほれ、ワクワクせんか?ドキドキせんか?フミアキ殿なら話に乗ってくれると思うんじゃがの…」



「おじ様、変わっていませんわね」



「そんなに考えるのが好きなら、女の人と仲良くなれる方法教えてくれよな」



「むむむ…、ワシとカミさんはお互いに一目惚れじゃったからの。お互いがお互いに目を見た瞬間に恋に落ちたモンじゃよ。ほっほっほ、アレはじゃな…」



「うげ、長くなりそうなノロケは勘弁してくれって」



「サン君は組合には入ってないのかしら?」



「組合って何?」



「王都では多くの人が親の勧めで結婚するのはご存知?それ以外だと、組合の紹介とかあるのだけれど」



「何の事かさっぱり分かんねー」



「各職業に、組合が設けられているのだけれど、相手を探す場合は、同じ業種の人の方が都合がいいから、その業種の結婚窓口に行くのが普通かしら」



「んー、そう言うの入ってない。そもそも結婚したい訳じゃないしな…、何て言うか近くで見てみたいって言うかな」



「そうね、後は“群星(むれぼし)の立会”かしら。ピアラー神の星の下、ひと月に一回夜会があるの。予め申し込んでおけば誰でも参加出来るらしいわ。組合の窓口と違ってお金が掛かっちゃうわね」



「サニアはそう言うの使ってんの?」



「ふふっ、私はこの事があるから、行った事はないわね。私は、人のお荷物にしかならないわ…。それに家の事情もあるし」



「目がお荷物になるのか?全然関係ねーだろ?サニアすげぇキレーなのにな」



「ありがとうサン君。でも、気にする人が多いの。しょうのない事なんでしょうけどね」



「…その目、治んねーの?ほら、治癒方陣とか」



「私のお父様が有名な方陣師を雇ってくれたり、高い薬を持って来てくれたけれど、どれもダメだったわ。生まれ付きだし、私は気にならないだけれど、最後までお父様には迷惑を掛けてしまった事が悔やまれるかしら…ごめんなさい、こんな話つまらないわよね」



「いいよ、そんなの!俺全然気になんねーし!そうだ!フミアキって頭いいから、目の治し方とか知ってるかもしれない!俺今から聞いて来てやるよ!」



 晩食も終わりに近付き、会話を楽しんでいたサンは、名案と言わんばかりに立ち上がった。

 男の子にはやはり見栄がある。それはもうきっと、本能に刷り込まれている生物としての行動かもしれない。



 家から飛び出さんばかりの勢いで、椅子を立ち上がったサンだったが、その立ったままの状態で突然止まる。

 サニアの家の近くに物騒な、それでいて慣れ親しんだ雰囲気を感じ取ったからだ。

 













 とぼとぼと、フミアキは歩を進める。

 家路を辿るその友は、頭上のユールのみである。



「やれやれ…、こちらに28で迷い込んで早3年、慣れたかとそう思ったら、“また”現実を突き付けられる。異物は異物でしかないのかね」



「そう言えばアイリさんに渡した眼鏡の光具、おもしろ機能付けたって言ってなかったな。…まぁ、箱に説明書きしてあるから分かるか。今度感想聞いてみたいな。アイリさん性格はアレだったけど、料理は美味かったから残念。て、今日は朝からサンに振り回されて何も食べてないよな」



 ――はぁ、食料何があったかな。独り零して足を早めるのだった。

 読んで頂き、有難う御座います。


 ここの世界の住人に「スープ」と言う単語を使わせようか止めようか数日悩みまくりましたが、よく考えれば最初の方でサンドイッチとかパンとか使った記憶があったので、もうそのままゴーしてしまいました。


 若干熱っぽいですが、皆様はどうか体調に気を付けて過ごして下さい。

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