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14話 男で女

 明けましておめでとう御座ます。

「俺は子供の頃、孤児院に居たんだけど、誘拐されて暗殺者として育てられたんだ。よくわかんねぇ薬と方陣で、気が付いたら俺は二つになっちまって、フミアキのアノ方陣でようやく俺は俺に戻れたんだ」



「……」



「……」



「それで頼みたい事なんだけどよ」



「え?」



「どした?」



「いやいやいやいや、今のサンの生い立ちの話ですよね?!」



「そうだけど?」



「前振りからして長い回想シーン突入で2~3話引っ張る展開じゃないんですか?!自分の事なのに短過ぎるでしょう!」



 僅か二つの文章で纏めたサンの過去話にフミアキが突っ込む。突っ込まずにはいられなかった。

 しかも内容は結構ヘビーな話にも関わらず、食事中の片手間話の感覚で終えてしまった。



「つっても、俺が二つになってから時間の流れとかあやふやで、なーんか長い様な一瞬の様なー…。起きたらうろ覚えの夢だった、みたいな感じなんだよな」



「にしてもですよ……人に歴史あり。と名言がありますが、人間一人の人生の軌跡を文字に起こせば、それは膨大な量になります。両親の事、子供の頃の話、自身を形作るエピソードや心の移り変わりの描写、不安定な思春期の思い込みに端を発した黒歴史、高校受験に大学受験、忌まわしき就活と地獄のブラック会社……ひと月に一回休めるかどうかの勤務体制!月の平均労働時間は16時間、もちろん通勤時間の往復1時間半は除いての計算ですが、夜中でも何かあれば叩き起され、仕舞いには上司の失敗を押し付けられて、左遷させられたと思ったら異世界ですよ?!何ですか?勤務先は異世界ですか?冗談も程々にして頂きたい!何故もっと若い頃にしてくれなかった!冒険活劇がしたかった……ボーイミーツガール…」



 途中から個人感情だだもれの話にフミアキは自然とヒートアップしていくが、サンは目をまんまるにして呆然と見ているだけしか出来なかった。



「……こほん」



「持ち直したか…?さすが先生業だな、話してる事全然わかんなかったぜ。こんな小難しい本とか読めるって頭いいんだな」



 手にした本を少し上げる。

 『王国史-建国王の偉業-』と題字が見て取れる。



「その本ですか。あんまり宛になりませんよ、ソレ。オーオン王の自慢話にしか思えませんね。肝心要の『暗黒時代』の描写が全く無くて、国が安定し始めた後年の記述しかないんですから。それ以前の前述が『幼き頃から王者の風格を持ち、その才覚はソール神に到達する程(俺スゲー略)』とか『類い稀な仁愛を人族だけではなく分け隔てなく施し、他種族より尊敬と感謝の念が余りに多くソール神も褒め称える程(俺カッケー略)』はては『我が力があってこそ、円陣が生まれる可能性があった(キリッ略)』読んでいて突っ込み疲れる内容ですからね。引き合いにソールを出してますが、お互いに賞賛し合ってるって印象ですよ。あぁ、私にも突っ込みしてくれないと話が長引いてしまうので、適当な所で止めていいですよ?あ、ついでに先生業とか何ですか?ファジーな言葉ですね」



「無茶言うなよ……あとふぁじーとか良くわかんねぇ。ほら、何か本読んでるって偉い人って感じがするだろ?」



「それはまた……随分とイメージ先行ですね。本に対する価値観を釣り上げる事で、一部の上流階級の一種ステータスにまで育ったのか、作り上げたのか、一般に対する習字率が低い訳ですね。くだらないブランド化の為に、本と言うカテゴリが全然育ってないのはこの為なんでしょうか。文字と言うモノは大衆の身近にあるべき媒体だと私は思うんですが……こほん」



「あー……うー…」



 サンの頭から煙が幻視出来た。

 彼の過去を聞くに、激悪な環境と薬や方陣の影響で、精神を置いてきぼりにして肉体のみが成長してしまったのだろう。

 サンの精神年齢は身体と釣り合っていない。言うなれば、サンを育てていた連中は彼を一個人ではなく、便利な道具として扱っていたのだろう。

 妄想暴走しがちなフミアキを突っ込み制御する技術はサンにはないのであった。

 最も、片や異世界人と、片や教育が物騒な方向オンリーで改造された人間とでは、噛み合わないのはしょうのない事だろう。



「大丈夫ですか、サン?」



「んー……そんなアタマのいいフミアキにおネガいがあるんだー…」



 若干後を引き摺りながら、サンがここに来て漸く本題を出す。

 心の何処かで、強引にでも話を進めないと、にっちもさっちもいかなくなると察したのかもしれない。それは――――。



「オレに、オンナのコとナカヨくなるホウホウオシえてくれ」



「え?」











「フミアキ……」



 サンの気遣う視線が痛かった。

 “頼み事”を引きるける羽目になったフミアキはサンの熱い要望で、その日の内に街に繰り出した。

 目的は勿論ガールハントである。が、結果は散々なモノであった。

 彼女居ない歴=実年齢の、しかも、社交性の低い三十路過ぎの男にとって、仕事意外で異性に声を掛けるなぞ至難の技だった。以下遣り取りの一例である。



「お嬢さん、宜しければお茶でも如何ですか?」



「え?わ、私、そんなに軽くありません!」



 外食産業が未だに育ってない王都で、お茶を飲むと言う行為は、自宅に限られてしまう。外食は屋台や出店が一般的で、他は酒場と健全的なレストランなど茶屋の類はまだない。

 つまりは相手の家もしくは、自分の家に誘う行為であり、okすると言う事は“ソウイウ事”になる。

 そもそも誘い文句が元の世界では古い上に、こちらでは初対面の相手に対して言うには失礼極まりない。



「お嬢さん、私と一緒にソール神殿に礼拝に行きませんか?」



「ソール神様を口実にするなんて、サイテー!近寄らないで!」



 徒人族にとってソール神は神聖なモノである。信仰を生活の糧に生きる人が多く、熱心な信者の多い王都の、しかもソール信仰の膝下で軽い行為の引き合いに使えば、女性の反応は極々自然なモノと言えよう。通報されなかっただけマシかもしれない。

 「ソール神万能説は嘘だったのか…」普段ロクな信仰も無いクセに、都合のいい時だけ利用するフミアキは『特殊監視対象』として、恥ずかしくない姿だった。



「へーい、かーのじょー!君可愛いね、その褐色の肌がまるで夜明け前の薄暗い大地には、安らぎの夜を内包している神秘的な癒し効果を感じ狼の遠吠え。金色の瞳がさながら夜明けに昇る朝日の様に映えてモーニングアワー。御陰でその目に見つめられる度に電気うなぎに巻き付かれた様にビリビリする君の瞳にカンパーイ!」



「……ふんっ!」



「ぐふぅ……ハートブレイク、ショット……とは…」



 足を肩幅に開き右脇に添えられた拳は、足から膝、腰から腕に全身のバネを使い、更には手首に捻りを加えた打撃に依って、フミアキの心臓に放たれた。

 「えぇ、世界を狙える逸材でしたよ」とは、フミアキの後日談。



 この頃にはサンは涙目になっていた。フミアキにトンデモない頼み事をしてしまったと思って。



「もういい、フミアキ。頑張った、頑張ったからもう休もう…」



「いいえ、まだ、まだです……!サン、君はずっと他人に操られて青春を不意にしてきたのでしょう?誰も通る思春期の通過儀礼すらも犠牲にされた。そんな君が、女性を知りたいと思う事は普通の事なんですよ。何、年長者としてこ、これくらい、屁でもありませんって、ぐふぅ……今頃になって膝に気やがる」



 ぷるぷるした中腰の格好で生まれたての仔鹿をしているフミアキを、サンが必死に支える。

 もう陽は傾き、夕の暮れ合い。街の広場には帰宅を急ぐ人々と、昼の街から夜の街へと徐々にその顔を入れ変えていく。

 夜の女性の方が交渉は楽だろうが、サンの情操教育に悪いと考えたフミアキが一般の女性にこだわった。



「どうしたんじゃ、こんな所で何してるお主ら?」



 声を掛けられたフミアキが視線を石畳から起こすと、黒いつば帽子を被ったマールレがフミアキ達を怪訝(けげん)な目で見ていた。



「これはマールレ老、こんばんは。こんな所で奇遇ですね」



「誰だ、フミアキ?」



「今晩は、そちらさんは新しい顔じゃの、ワシはマールレと申す。フミアキ殿の同好の士じゃよ」



「爺さんフミアキの知り合いか、同好ってなんだ?」



「サン?言ったでしょう、礼儀を覚えなさいと。まずは挨拶なさい」



「う……すまない。えーと、30…サンだ。……フミアキの……」



「一々こちらをチラ見しながら確認しない事。話している時は相手を見なさい、すいませんマールレ老こちら私が世話しているサンと言います。図体ばかり大きくて中身がまだまだ子供でして、不躾で申し訳ありません、根は素直ないい子なんですよ」



「ほっほっほ、若い者は大抵皆一緒じゃよ。ちゃんと気を付けようとしている所、うちの馬鹿息子にも見習わせてやりたいくらいじゃな。フミアキ殿とは趣味が一緒で、互いに『暗黒時代』の話で盛り上がっての。お主は歴史なぞに興味はおるか?」



「……難しいの苦手だ、本とか中身よくわかんね」



「サン、もうちょっと勉強しましょうか」



「年寄りの趣味じゃからの、無理に付き合わんでいい。素直なのが良いのじゃよ。大人になれば媚びる事も覚える、覚えねばならん場面も出てくるでな。そう言う者と話しているのは面白くないんじゃ、今朝なぞ馬鹿息子と大きくやらかしての。金、金、金……あの手この手で無心に来おる。気が滅入ってしまっての」



 小柄ながら年齢を感じさせないピンと伸びた背骨から、大きく溜息を吐く。

 朝会えなかったのは“例の息子”の問題だったのかと思うも、余所の家庭事情でありフミアキはそっとして置く事にした。誰にも触れられたくない所はあるだろう。



「爺さんいい奴なのに、子供がそんなんじゃ大変だな。って子供いるなら結婚してるって事だろ!?」



「サン貴方は」



「良いんじゃよ、ワシのカミさんはもう亡くなっておるがの」



「申し訳ありません、失礼な話を聞いてしまって…」



「気にしとらんよ、それよりもサン君じゃったか……青くなってきとるぞ」



 サンの口を塞いでいたフミアキがパッと手を放す。

 プライベートに踏み込みすぎたサンを止めるつもりだったが、もう少しで呼吸すら止めてしまう所だった。



「はぁはぁ……ひでぇなフミアキ」



 抗議混じりに息を整える。



「初対面の人の事情に踏み込み過ぎでしょう。マールレ老が許してくれたからいいものを、一体何を聞こうと言うんですか?」



「ほら、結婚してるなら女の人の扱い知ってるんじゃないかって思ったんだ」



「ほぉほぉ、確かにカミさんとは大恋愛をして、いや本当にすったもんだの大騒動を起こしたもんじゃ。懐かしいの、なんじゃサン君は女の扱い方を覚えたいのか?」



「そうなんだよ!俺、あんまり女の人と話した事なくて、フミアキにお願いしたんだけど…」



「んんっ、お恥ずかしい、私も女性の扱いは不得意でしてね。サンは訳あって身体の成長に心が伴っていないのです。女性と言うモノを知りたいと頼まれたのにも関わらず、失敗失敗の体たらくです」



「ふむ、フミアキ殿、サン君の知りたい女性とは“夜”の方ではないんじゃな?」



「えぇ、ただ純粋に女性とお近づきになりたい、くらいの考えだと思いますよ。ですので、そっちの方面ですと情操教育上悪いかと思いまして、街中で今まで頑張ってみましたが」



「“夜”の方って何だよ?」



「貴方は知らなくていい事ですよ、まだ」



 抗議してくるサンを抑える。

 マールレが一考してじゃれ合っている二人に向き合う。



「フミアキ殿や、王都では親の紹介で付き合うのが殆どでの、街中で女性を捕まえるのは難しいんじゃよ。ワシやカミさんの様な話は少なくてな、それでも何かしらの切欠が無いと“星雲の加護”頼りになってしまうの」



 星雲の加護とは、星々の神であるピアラーの事である。

 星は昼と夜、夜と朝の間に存在し、その関係を取り持つ神として、男女間の縁結び的な神様としても有名である。



「星雲の、と言うと、ピアラー神の事ですか?確か、男女間を取り持つと記憶してますが」



「そうじゃ、よぉ知っとるの。太陽神ソールと月光神ユールの夫婦喧嘩を和解に導いたとされる逸話の神じゃな。だがの、本来なら昼と夜と朝を繋げ、この世に明日を齎した神なんじゃ。それが、ソール神の威光が高まるにつれて、徐々に格が下がっていっての。今では、男女の中を取り持つ神などど言われる様になってしもうた」



「それは災難を被った神ですね。その話ならば世界規模の力を持つ神が、今では痴話言(ちわごと)の神とは。社会継続に関して、子作りを低く見る訳ではありませんが、正しき事は正しく後世に伝えたいモノですね」



「うむ……あまり大きい声では言えんが、近頃の教導院は殊更に、ソール神至上主義の勢いが増してな。これでは」



「いけませんマールレ老、それ以上は……例え話としても、厄介な事になりかねません」



 フミアキがマールレの言葉を遮る。

 恐ろしさを今以て味わっている身としては、マールレまで教導院とのいざこざに巻き込みかねない。

 ましてや、フミアキは監視対象であり、現在進行形で教導院の“耳”がついてる。その為、フミアキと知り合いであるだけならまだしも、余計な言質を取られたら堪らない。



「すまんの、気を遣わしてしまったか。ワシの様に後先短いとどうしても口が軽くなってしまう」



「いえ、私が原因なんですよ。教導院に目を付けられていまして……マールレ老にご迷惑をお掛けするつもりはありませんが、私はマールレ老と会わない方がいいのかもしれません」



「ほほぅ、人の噂とやらは偶に当たる様じゃな」



「知ってらしたんですか。別に隠すつもりではなかったのですが」



「何、ワシの研究も教導院に目をつけられておっての。お互い様じゃよ、ほっほっほ」



 フミアキが目を剥く。そこまで教導院の検閲は厳しくなっていたのかと、思わずにはいられなかった。

 マールレ曰く、個人でやる分にはお目溢しらしいが、発表は許されていない。との事。

 そんな境遇まで似通った同好の士だったのかと、改めてマールレを見つめる。



「最初に会った後に教導院から通達を受けて知ったんじゃが、今まで隠していたのはこちらも同じじゃよ」



「いやはや、人の出会いと言うモノは不思議なモノですね」



「全くじゃの、それは男女の間にも通用するかもしれんな」



「成程、そうですか。あぁ、サンの話でしたね。私の知ってる女性はきつい人ばかりですから、紹介するには向かないんですよね……なんとも情けない話です」



「ワシも若い者との交流が持てなくてのぉ、息子も未だに独り者な事でそっちの心配もせんといかん…」



 お互いに溜息を出し合う。

 そう言えばと、フミアキが思い出す。

 やけに静かだと思い周りを見渡すも、サンが居ない。



「立ち話が過ぎてしまったか、悪い事をしたの」



「夢中になってしまいましたね。全くあの子は何処に行ったのか……すいません、探してきます」



 踵を翻し辺りを探してみる事にした。

 丁度その時、フミアキの頭上からガタイのいい男が降ってきた。



 突然の事に避けきれず押しつぶされる。

 マールレは呆気に取られて固まっていた。



「フミアキー!そっちに行ったから気を付けろーーー!」



 サンの声が遅れて届くも、時既に遅し。

 名も知らぬ男の下敷きになり「そう言う事は早く言って欲しい」と口には出せずに、フミアキの意識はシャッドダウンされた。

 

 ここまでお読み下さって有難う御座います。


 異世界でナンパなんて自分でも何書いてるんだと思います。

 次で女性をちゃんと出す予定ですが、魅力的に書けるかどうか…。


※1/9改稿


※8/28改稿

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