12話 新しいで合い
新章突入で御座います。内容は相変わらずですがご容赦下さい。
時刻は夜、一人で使うには広すぎる部屋の中、少女は座る事なく時間を過ごしていた。下のホールでは賑わいが声となり部屋まで届く。
「なぁアイリーン、座ってもいいだろうか……どうも気が落ち着かない」
「我慢下さい、折角整えた装いに皺が寄ってしまいます。まずは御集まり頂いた衆目にその御姿を披露する事、座るのは後でお願いします」
やんわりと少女の提案を下げる、アイリーンも意地悪で言っている訳ではない。
今宵はこの少女が主役の夜会があり、装いには何時も以上に気合が入ってる事が服装から伺えた。
なにせ、少女は華やかな催しを苦手としており、滅多に夜会には出ない事は周知であり、今夜は少女の誕生祭と銘打たれた日、彼女以上に周りが騒がしかった。
そんな数少ない少女主役の席を一番燃えていたのは、主と仰ぐアイリーンだった。
朱銀の姫を最高の状態で送り出す。彼女の使命はその一瞬に今や収斂されていた。
そう思うのも当然であろう、銀の波は肩甲骨まで流れ、櫛を挿せば櫛自身が自重でもって地に賦すであろう流銀、本日の装いを引き受けた者の葛藤は、結わえる事すら許さぬ程の流麗な髪だったのだ。
朱色の瞳は、見た者の心を奪う魔性の果実の様、幼い顔立ちと相まって相手は倒錯に溺れてしまうかもしれない。
天然の極上物の宝石を十五年もの時間を掛けて、丁寧に丁寧に、微に入り細に入り磨きあげた存在が、今宵は余すところ無くも着飾っているのだ。
足の先から手の爪先まで、本人を無視して隅々まで磨き上げられ、一流の仕事が文字通り光る様な光沢の純白のドレスを身に纏う。
仕事人に取って、この珠玉に手を掛けられる事は喜び以上に無く、また余計な物を付ける事により、紅玉がくすんでしまわぬか、仕上げには気が気ではなかった事がよく見受けられる。
「にしてもだ、この衣装私には似合わないと思うのだが。いや、職人達を貶すのではなくきっと他人から見たら、服に着させられていると笑われるんじゃないか?」
「何を仰いますか、針子達も褒めていたではありませんか。実に彼女達は良い仕事をしてくれました。そも今日は主役と言う事を御忘れですか?これ以上に無いと言うくらいに輝いておられます」
少女が気にした様に呟くも、アイリーンに取っては杞憂の他ない。
しかしながら憂いが消えない、だが詮無い事かもしれない。それは少女の三つ上の姉が余りにもずば抜けているからだ。
昔から姉妹は周りから比べられ、太陽の様なと賞賛され幼い頃から王者としての風格を身に纏い女性でありながらも次代の王として周囲を認めさせる程の傑物。
姉に対して、物静かで引っ込み思案だった少女は劣等感がバリバリに育ってしまった。
何年も掛けて固められた心は、元々の性格もあってか、幾重にも少女を縛り上げる。
「う、うん、だけどな、けどな、その……この衣装は、少々やり過ぎではないか?」
今この場所には、アイリーンと少女しか居ない。にも関わらず、少女は胸元を恥ずかしそうに隠す所作を繰り返す。
簡単に言えば、空いてるのだ、それはもう見せつける様に鎖骨を出している。
健康的でいて白い肌に薄っすらと浮かぶ二本の隆起、どちらも均整の取れたいっそ艶かしい骨の形。
男ならば視界に収めた瞬間、生唾の飲み込む音すら出してしまってもしょうがあるまい。
「一世一代の大勝負にて手抜かりは有り得ません。そもそも、その首飾りを着けたいと仰ったのが原因では御座いませんか、ならば御諦め下さい」
「でも、だな、折角あの人がくれたんだぞ?何日も掛けて態々遠い所まで行って、私の為に鉱石から削って形にしてくれて、それでもって勇者ボルドーの守護宝石にしてくれたんだぞ。ずっと身に付けて置きたいじゃないか…」
立ったままで、もじもじと首からぶら下げられた眩しい鎖骨に挟まれる、羨まけしからん銀細工を弄る。
十字を型どった意匠の中央には、まるで少女の二つの紅玉に誂えたかの様に、紅い石が部屋の光を反射する。
「……そろそろ頃合ですので、会場の方に参りましょう」
「うううぅ……、こう言うのは苦手だが、折角お父様が用意して下さったのだから無碍には出来ないし、けれどアイリーン、やっぱり途中から入るのは止めにしないか?気付かれずに終わる可能性が高い、形式に乗っ取るなら会の始まりから居るべきではないのか?」
「演出と言うモノです。それに、相手の虚を付く事で効果的な行動がより一層強くされます。不意打ちと言うのは言葉が汚いかもしれませんが、戦場では実に有効で御座います。そろそろ覚悟を御決めください。王も今回の演出には面白いと御許可を下さいました。断言します、姫様の登場にて会場は静まり返り皆がその目を見開いて、この出来栄えと美しさに凝視する事でしょう」
――この完璧な仕上げに一体何時間かけたと御思いになりますか。アイリーンが確信を持って送り出すも、やはり足が重い様で溜息を堪えて奥の手を出す決意をする。
別名、棒でぶら下げた人参。
「こう言った事は出だしが肝心です。胸を張り堂々として下さい、それに首に下げている物を見せるのは抵抗があり、隠さなければならぬ程の恥ずかしいのですか。ならばお外し下さって結構です、代わりにもっと良い首飾りを御選び致しましょう」
「アイリーン?お前はこの手作りの細工を、先生の贈り物を侮辱するのか?」
か弱く儚くも見えた少女から、重圧が発せられる。
戦闘経験も無い少女の何処に、鉄火場を修羅場を乗り切ったアイリーンを、押さえつける事が出来ると信じられようか。いやはや盲目。
「ならばその意気を持って御歩き下さい、息を呑む会場の人々さぞや面白い顔が見れる事でしょう」
「分かった、分かった!……態々先生を引き合いに出さなくてもいいのに」
「御分かり頂き結構で御座います、無事に今日を越せましたらコリーより届きました『第二特殊監視対象』の観察記録を“全て”開示致しましょう」
瞬間的に少女の耳が跳ねる、即頭部の耳ではなく、頭頂部の両脇から謎の耳が生えているのが見間違えられる所かもしれない。
その少女の顔には『本当か?本当なのか?!』『いや待て、アイリーンお得意の誰も分からない冗談の類かも…』『しかし…ゴクリ』などと密かに葛藤しているつもりの少女だが、年上のアイリーンには手に取る様にとはこの事であろう。
「こほん、コーリネファンの仕事振りを見るのもいいだろう。きっと勇者ボルドーが危険に身を晒すのもこう言う心境を言うのだろうな。『俺が往かずして誰が往く』とな、守護宝石が頼もしい」
「あの男の作る物です、頼りになる様にも思えませんが」
「ふふーん?“アイリ”その眼鏡の使い心地はどうだ?」
「……さぁ、本当に時間が迫って参りました。これ以上御待たせすれば、こちらに乗り込んでくるやもしれない御仁がおられます“クーエンフュルダ”様」
「あぁ、気は進まぬが往こうか。……それと約束を忘れるなよ?」
部屋のドアが閉められれば、ぼんやりと光る灯り一つが家具を照らし、空に浮かぶ月の様に静かな小宇宙を作り出していた。
時刻は遡り、誕生祭の朝の事。
「朝もはように家を出て、街に繰り出し書生さん、目的なんぞは無いにしろ、旭見つけて身を隠す」
最後に一つ大あくびをするのは、草臥れた三十路過ぎのフミアキ。
朝の清々しい一時とは真逆の、徹夜明けの重たい顔にやはりあくびを一つする。クーに見つかったのなら、また心配されるだろう。
アイリを帰したその夜から、先程まで執筆を続けていたのだから。
「偶に朝歩くのもいいねぇ、夏場だからいいんだろうけど冬場はやばそうだな。」
太陽は未だ顔を出さない時間帯、しかし刻々と闇色から家々はその色彩を浮かび上がらせる。
昨晩まで祭りの準備をしていた住人は眠りの中、商売人がちらほら出店の支度を始めているのが見える。
仕事熱心な商人を横切り、住宅街の広場に出る。
ベンチを見つけて小休止を挟む、なんと言ってもフミアキの借家からここまでは結構な距離がある。
「あー、疲れた。首がぺきぺき鳴るわ、旅でも思ったけど体力落ちてるな。散歩の冗談は本当にした方がいいのかもしれん、折角旅で身体がこなれてる今が始めるチャンスっぽいし」
またあくびを一つ。
「うぉ、太陽が……うぐぅ、太陽か、太陽、太陽信仰、まさか世界跨いでも太陽信仰があるとはね。あれだけでかけりゃ、自然と目がいっちゃうのも分からない訳でもないか。古来よりインカ、アステカ、エジプト、日本じゃ天照大神様だし逆に太陽信仰が育たない場所が無いくらいだな。不思議だな、太陽信仰を熱心に拝んでるのは徒人族ばかりで、他の種族は“おおきいもの”を信仰している。語感からすると巨神信仰っぽいけど、本当の所なんなんだろうな“おおきいもの”って、グリゴスさんはあんまり教えてくれなかったからなぁ」
大きいあくびを一つ。目を擦り目ヤニを取り除く。
「概要は、三種族に『方陣』って謎の力を与え『暗黒時代』を生き抜く“力”を三種族に授けた、と、言う事くらい……。『暗黒時代』って何ぞな?書物を探しても、その時代の事柄に関しては極端に少ないし、『人口が激減した事』『世界が荒れたと言う事』『三つの種族が身を寄せ合っていた事』その三つ以外は、本に依って話がまちまちで信憑性に掛けるし、うーん、共通の価値観がなければ信憑性なんて判断し得ない……か、この世界の常識があればもう少し判断基準になるんだろうけど」
「ほぅほぅ、面白い話ではあるのぉ」
フミアキの横からしゃがれた声が掛かかるも、フミアキが独り言に没頭している為に気が付いていない。
「教導院には、おそらく関連書物があるハズ。宗教ってのは歴史を保管する場所でもあるし、ただ、場合に寄っては自分達に都合の悪い物は改竄してしまうなんて言うのも。そもそも、教導院には睨まれてるし、虎子虎穴じゃないけど気軽に見せてくれって言ったら今度こそ処刑されそうだな」
「ふむふむ、それは大変じゃのぉ」
隣の人が相槌を打つ。フミアキの独り言に相槌を打ってる老人が一人、奇妙な光景だが周りに居るのは、朝の準備に精を出している商人が数名、忙しい為かこちらを見向きもしない。
「うーん、うーん、はて、何を最初に考えてたんだったかな?」
「そうじゃな、体力不足に始まり、太陽信仰で、“おおきなもの”に移り、次いで『暗黒時代』の考察じゃったな」
「あぁ、これはご丁寧にありがとうございます。いや、お恥ずかしい、最初から独り言を聞かれてましたか」
「何、座って休んでおったらの、お主が来て面白い事を喋り出すのでな、ついつい聞いてしまったよ」
「これは大変ご無礼を致しました。声も掛けずに腰掛けるなんて、大した失礼をしてしまった様で申し訳ありません。私はフミアキと申しますが、ご老人は?」
「これはこれは、ワシはマールレと申す。この通り暇を持て余した早起きの年寄りでの、趣味で『暗黒時代』について調べておる。ワシの周りの若い者達は歴史には興味が無いらしくてな、話の通じる同好の士が現れたと年甲斐もなく嬉しくての」
漸く二人の会話が繋がり、お互いに名前を交換する。
黒いつば帽子にひと目で分かる上等な生地を使ったであろう薄手の服に、その小さな体躯を収めている。つば帽子から覗く髪は白く染まっているが、ふさふさであることが窺える。
マールレは、その長い人生を刻み込んだかの様なシワをくしゃくしゃにして笑顔を見せていた。
余程、趣味の話を聞いてくれる人がいないのだろうかと思わせる。
「いやいや、私なんて浅学の身で、何も分からない事ばかりです。多少齧ったくらいといいますか今も頭を抱えている始末ですよ。むしろ想像の方が多いくらいで」
「思いを馳せると言う行為に意味があるんじゃ、じゃがワシの周りの若い者は歴史を紐解くと言う事を、教科書以上にせんのだよ。型通りの王国史でもって良しとする、時代の奥を、分からない事に興味を示さん。『暗黒時代』と言う謎に包まれた時代を探ると言う知的探究心、想像を働かせ彼の時代を夢想する。そんな事してると、仕舞いにはボケたかと言い出す!全くもって理解しようとせん!確かに今を生きる以上、過去の話よりもこれからの先、未来の話の方が魅力的じゃろうが、過去を積み重ねて今があると言う事をまるでわかっとらん!若い者が未来を向くのは若者の特権だがの、過去の歴史を省みる事で今に貢献すると言う事もあるんじゃよ。嘆かわしいものだの」
「あのマールレ老?」
「そもそもあの馬鹿息子め、ワシの研究の蔵書を見ては『これいくらで売れるんだ?』などと吐かしよる!何時もは埃臭くてかなわんと言うクセに、稀少な本が少なくないから手荒に扱うなと注意しよったらコレだ!金の亡者めが、一体何処で教育を間違ってしまったんじゃ……昔はあんなに金に汚い男ではなかったんじゃが」
「なんと言いますか、ご愁傷さまです…」
「うぅおっほん!これは見苦しい所をお見せした、お詫びと言ってはなんだが、『暗黒時代』について興味があるようじゃったな。ワシが教えられる範囲で良ければ『暗黒時代』の講義をしても良いぞ?」
どうやら最後の一言が言いたかった様だ、シワシワの顔がまるで少年の様に輝いていたのがいい証拠だろう。
「だが、もう今日は帰らなくてはならんくての。毎日この時間にはここに居るから、暇があればこの年寄りの講釈を聞きに来てくれ、強要はせんでの」
「不定期な時間の仕事をしてるもので、毎日は来れないかもしれませんが、なるべくその講義を拝聴しに伺いますので宜しくお願いします」
「無理はせんでいいんじゃよ?なんせ年寄りの話は長いからの」
「私も『暗黒時代』には興味がありますので、是非とも聞きたいのですよ」
――そーかそーか。と、満面の笑みでもって去って行った。
太陽も大分顔を出し辺に人通りが増えてくるので、フミアキも帰途に着く。
本日は第二王女の誕生祭である。
ガシャン!と言うガラスの割る音に目が覚める。
部屋は真っ暗で弱々しい月光が僅かに部屋を照らす。
明け方にマールレと会話し、家に着いては執筆していたフミアキは、何時の間にか寝ていた様で口元のヨダレを拭う。
「………むぅ、今のは…」
起きがけの僅かな頭痛と共に書斎の隣、寝室の方から聞こえた音を探りに鈍い身体を動かす。
油断も躊躇も無視した動作で寝室のドアを開ける。
「家は新聞、勧誘、宗教の類はお断りですよ、あと物盗りの類なら命は勘弁して下さい」
態々声に出して部屋の中に入るも、そこにはフミアキの喋ったモノが一つも当てはまらない死体が俯せの状態で横たわっていた。
「うわー……」
ここまでお読み頂き有難う御座います。
12月に入って行き成り40件程だったお気に入りが
1500件と言う謎現象に遭遇しました。月替わりで確変でも入ったんでしょうか?
お陰様で沢山の方に見ていただき、過分な感想も頂き恐縮の至です。
思いつきの話でボロがボロだったと深く認識するにあたり
数多くの指摘を受け、11話の大幅な修正をする予定です。
途中まで書いていた、この12話を書き終えましたので
今週中には手直しするつもりです。年末が近づき、恐らく
手直し+後1話くらいで今年は終わってしまいそうです。
沢山のご感想有難う御座います。
他にもご意見ご感想ありましたら、どうぞよろしくお願いします。
※12/07活動報告更新しました。
※12/18改稿 1/1改稿
※8/1改稿




