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11話 帰還で陣

 たった方陣の説明で終わってしまった話。

ロクに設定詰めてなかったので、過去最高の駄話に…

最初に謝ります、ごめんなさい。


※12/16 本文の修正。魔法の言葉は『どうしてこうなった』

「やっと落ち着いたと思ったら、なんだか外が騒がしいですね」



 フミアキが窓の外を見やると、無数の灯りと方陣の燐光があちらこちらで揺れ動いていた。

 王都と言えど、闇は深く世界を覆っている。住人達は各々の光を持ち寄り、夜の中作業に励んでいる様だった。



「明日は国民が待ち望んだ、第二王女様の誕生祭です。あの御方は民に気安く一番身近な王族と言えましょう。まして成人の祝祭、自然と力が入ると言うモノです」



「16が成人でしたか、まぁ、私には関係ありませんね。ですが、そんなに第二王女とやらは好かれているんですか」



「……とやらは?フミアキ様、不敬罪に取られかねないお言葉です、ご注意を。それに、第二王女様は古き時代より連綿と続く、王家の血を色濃く受け継がれた御方です。血統のみならず方陣の御力に至っては、中興(ちゅうこう)の祖とも名高い慈悲王に勝るとも劣らぬとの評判です。それ程尊き存在でありながら、気取らぬ振る舞いで民草に接する御姿は、輝かしくも貴き……こほん」



 フミアキの言葉を諌め、如何に第二王女が素晴らしい存在なのかを、朗々と語り始めたアイリだが、フミアキの呆気に取られた顔にその口を(つぐ)んだ。

 嫌な沈黙が固まる前に、フミアキが話の端を拾い先を続ける。



「失礼しました、話の腰を折ってしまいましたね。中興(ちゅうこう)の祖と言えば“ゴードベールド王”でしたか。何代か前の名君として有名だったと記憶してますが、はははは、アイリさんは第二王女様に随分とお熱みたいですね」



「……本来の徒人族と言う呼び名は、王族に従う人族を指す呼称であり、それが何時しか一般的な人族全体の呼称へと独り立ちして」



 フミアキの前で、我を忘れて熱く語ってしまった。ばつが悪くおまけに茶化されたセイか何時も以上に声が堅くなる。

 自身の失態を隠すかの様にアイリは、常識的な、いっそ辞書にそのまま乗っていそうな理由を並べる。



「その経緯は興味深い話ですね。それならアイリさんが、王族に敬意を払うのも別段悪い事ではないのでしょう?アイリさんにそこまで言わせる第二王女様は大した人物なのですね。ふむ……、私の様な者が逆におかしと思いますよ」



 そのフォローは実に変だった。

 そもそも、アイリにとって辞書に乗っている様な一般的な理由で王族を敬っている訳ではない。

 彼女の極個人的な話であり、一般的な徒人族の状況とはその理由を(たが)えている訳だが、フミアキには知る由もない。



「自覚がお有りな様ですが、治す気はさらさら無い。そう言った事ですか」



 あはははは。と、乾いた笑いで逃げるフミアキが話題の転換を図る。



「しかしクーも大変ですね、第二王女様と誕生日が一緒とは。やっぱり明日は第二王女様の誕生会に参列してから、自分の誕生会なんでしょうかね。貴族の位なら王族の催しに出ない訳にはいかないでしょうし、体裁が必要な身分の人は本当に大変ですね。世の(しがらみ)って奴ですか」



「クーエンフュルダ様が手を掛けて下さるからこそ、今の生活が立つのではありませんか」



 脳天気(のうてんき)に話すフミアキに釘を刺す。

 実際の所、教導院の件はクーの(しがらみ)を用いて救い出された“側面”がある為だ。



「そう言えば、今の王様は子供が二人とも女性でしたよね。なら、明日は権謀術数のどろどろの王宮内で、王女様方の心を射止める為にすごい事になっているかも。そんな精神衛生の悪い環境だと、クーの性格は癒やし効果でもって、王女様方に気に入られたりすると思いませんか?」



「……」



「あー、でも、天真爛漫で純粋なクーには、厳しい戦いになりそうですね。クーの事ですから、他人を出し抜き蹴落としなんて事出来そうにないですよね、これは心配になってしまう。こっそり応援に行きますか?」



「……ふぅ」



 多分に呆れが含まれた溜息がアイリから零れる。無表情なその顔には『ダメだこいつは』と言う言葉が珍しくも、ハッキリ浮かんでいるのが見て取れた。

 しかし、当のフミアキにしては、ダメだこいつはと読み取れるけれども、今の会話の流れの一体何処に呆れられる要素があったのか、釈然としない面持ちで首を捻っていた。



 再び会話が途切れ、暫し沈黙する二人。

 部屋から音が消えると、自然外のざわめきが微かに聞こえて来るだけ。

 会話の終わりを察したか、アイリが一つお辞儀をして足を下げようとした時、フミアキから言葉が掛けられる。



「ちょっと待って下さい、アイリさんにもお土産があるんでした」



「旅の、ですか。ですが、私には頂く理由はありません」



「こちらには理由がありますよ。あー、結構奥に入り込んでるな。んーこれこれ」



 そう言って旅のずた袋を漁り、目的の物を取り出す。

 椅子から立ち上がり、アイリに今取り出した長方形の小箱を手渡す。



「フミアキ様の理由ですか?それとこれは」



「まぁ、まずは開けてみてください。きっとアイリさんのお役に立ちますよ」



 (いぶか)しむも、取り敢えず渡された小箱を開けて中を確認する。

 アイリの反応を楽しむ様な顔に、警戒心が首を(もた)げる。



「これは、眼鏡……気付かれていましたか。ですが申し訳ありません、私の目は治癒方陣でも治らなかった程です。症状も眼鏡でどうにか成る様なモノでもありませんでした」



「そこはクーに聞いたので、大体の症状は把握してます。何、モノは遣り方次第って事ですよ。それとも、もういいんですか?」



「ありとあらゆる治療を試した結果が今なのです。もう既に終わっているのです」



「もう一度聞きます、本当にいいのですか?」



 ギリッ、と、アイリの奥歯が軋む。

 この男は一体何を言いたいのか、アイリは熱くなってしまう。

 アイリの目がおかしくなってから、彼女の世界は一変したのだ。

 そんなデリケートな部分に、フミアキは無遠慮に入り込んで来る。



 大人びた女性と、アイリの無表情は周りから称されるが、アイリ自身クーよりも僅かに年上なだけで、その精神は未だ成熟には程遠い。

 その証拠に、この館に来た当初より、自身の感情を持て余していた。

 それは納得したハズの以前の職場より離れた事、離れたくなかった。職場と言うより、己の主の傍よりだけれど。

 自らの目の異常を理由に、守りたい者から遠ざかったアイリは、苦しかった。悔しかった。メイドの真似事など、アイリの矜持が許さないのだが、それでも間接的にでも主と仰ぐ人と繋がっていられるのならと、渦巻く思いに蓋をした。

 だが心の奥底に沈めた思いは、主に対する思いは押し留める事も出来ず、短い時間の内に濁ってしまった。

 澱んだ思いは強いストレスとなり、アイリの感情を乱す。



 そんなアイリにとって、フミアキは格好の的だった。

 何せ、フミアキが起こした教導院の騒ぎの際、彼女の主はフミアキの為に随分と労力を掛けたのだ。

 それだけでも許し難いのに、フミアキは彼女の主を涙顔にさせた。

 それ以上にアイリには二人の掛け合いが眩しくて、見ていられなかった。お互いが信頼し合う様に、楽しげに遣り取りする。

 もしかしたら自分はこれから先、気安く主に近づけないかもしれない。離れるとはそう言う事。

 今のアイリは、逆に主に気を遣わせてしまっている。目の事、この任務とて、アイリを休ませる意味だと言う事は分かっていたから。

 だからだろうか、気が付いたらアイリの手は動いていた。溜め込み、濁り、溢れ出したその感情は、またたく間にフミアキを氷像にすると言う結果を生み出した。

 その行動が主の怒りを買う事も目に見える事であり、その上で自分の命を失っても、主に対する利益があり、自棄もあったから。



 殺してしまってもよかった。教導院と主の関係は良好だったのに、フミアキがギクシャクした空気を作り出した切欠だからと、本当は止める事が出来た手に、大儀はあったと自分に言い訳をした。

 暗い思いで創りあげた氷を、フミアキが「いいかな」と、どんな理由で身動きせずに受け入れてくれたのか分からないけれど、何故かほんの少しだけ、極少し、嬉しかった。

 自分自身すら“否定”しかけていた所に、フミアキは“肯定”してくれた様に見えたから。



 正直助かるとは思わなかったのも驚きだった。

 確かに手応えは感じた、それだけの過剰な位の力で創りあげた氷だったから。それが簡単に砕けた。

 おかしく思い注意深く観察し始める、生きていると確信出来た。それよりも治癒方陣の力が強すぎて、このままでは不味い事になってしまうと、流石に主の手を汚す訳にはいかず、フミアキを蘇生させる。



 最もらしい理由を探すのに苦労したが、何せアイリとて謎だった為に若干の誤魔化しを入れた。

 もしかしたら、無意識の内に加減を加えたのかもしれないと考える。直前に感じた、救われる様な錯覚でもって手が緩んだのかもしれない。

 謎も真実も、アイリには解らなかった事から、そんな考えに帰結(きけつ)した。

 フミアキは、アイリを咎める事もなく、何事も無かったかの様に接して来る事に、戸惑いと小さな納得を受ける。

 やはり受け入れてくれたのだろうかと。




 その後も、今度は死なぬ様に手加減を加えて追い詰めるも、やはりフミアキの態度は変わらなかった。そうやってフミアキが受け入れてくれる度に、心の折り合いがついていく気がした。



 だからだろうか、またあの澱んだ思いを組み上げてほしくはなかった。諦めた思いだから。

 口に出す事で自分を納得させる。時間は掛かるだろうが、切欠は出来たのだからとフミアキを見つめる。



「……はい、未練は既に断っております」



「強情ですね、ならば諦める事も諦めて下さい。その目の症状は治りますよ、ただ、今のままだと時間がかかってしまうと言うだけです」



「何を根拠にその様な事を」



「根拠も何も、方陣を使えばいいだけじゃないですか。それでも軽く4、5年は掛かりそうですけどね」



「ですから、治癒方陣では治療し得なかったと申しています。治癒方陣の特性するらご理解してらっしゃらないのですか」



「えー、徒人族の方陣の特性は、全部とまではいきませんが理解しているつもりですよ?」



「ならばっ、治癒方陣はこの目の様な身体の奥の、所謂内通には効果が薄いと…」



「だから、方陣を使いさえすれば、身体の奥の治療とて遣り用もあると…」



 お互いに顔を突き付けて言を飛ばし合う。理解していないのはそっちの方では?と言う風に見つめ合う。

 片や顔は変わらず雰囲気で、片や困り顔を表にして。



「……」



「……」



「治癒方陣ではっ」



「方陣では」



 お互いに一番の主題を改めて口に乗せる。

 ここにフミアキから、待ったがかかる。



「ちょっと待って下さいね。何か決定的な論点がずれている気がするんですけど」



「それは…、私も少々感じる所があります」



 フミアキが大きく深呼吸し、前後の会話を整理する。



「方陣…方陣…、方陣とは、不思議パゥワー(謎)である!以上」



「違います。あまりお巫山戯が過ぎると、その口『氷』で縫い付けてから開かせます」



「なんて酷い…、そんな事すれば唇の中身が出てしまうではありませんか…」



「何ですか唇の中身とは…、昔、三種族に伝わりし、陣と『力ある紋言』その二つを用いる事で、あらゆる現象を引き起こすモノを『方陣』。未熟な者は地に陣を起こし地陣とす、(くう)に陣を描く者は成熟とし空陣を持って方陣師と称す。徒人族こそ最も優れた円の陣を持つ、故に『円環陣』と呼ぶ」



 フミアキのあまりの説明に、アイリが軽く目眩を覚える。実に当たり障りのない一般常識でフミアキに答える。



「お見事です、パチパチパチ」



「……」



 アイリに思いっきり睨まれる、それはもう氷の様に冷たい。



「えー…っと、面白いですよね、徒人族が円を基本とした陣を使うとして、他の種族の方は違う形の陣を使ってるんですから。巌窟族は、四角い陣で『四方(しっぽう)陣』と言うし、長耳(ちょうじ)族は、三角形の陣で『三面陣』。こんがらがるから方陣で統一してほしいですよね」



「総称として方陣と呼ばれる事はあります。陣を描き紋言を口に現象を引き起こす、そこまでは三種族同じです。ただ、種族で方陣の特性に違いがある為でしょう。徒人族は円環陣を、巌窟族は四方(しっぽう)陣を、長耳(ちょうじ)族は三面陣、それぞれが己の種族以外の陣を使えません。使えない以上、区分けは必要でしょう」



「確か特性と言うのが、徒人族の円は治癒と言う現象に特化し、巌窟族の四角は守りに、長耳(ちょうじ)族の三角は火や水、風や土と言った自然の力を操る事に長けてるんでしたね。陣の形に意味があるのか、それとも、使用する種族自体に特性があるのか…実に興味深いですね。そもそも、この配置はバランスがいいのですよね、アタッカー、ディフェンダー、ヒーラーと、この構成ならラストダンジョンでも攻略しやすいでしょう。難を言えば中衛枠と色物枠が居ないって事ですよね」



「何を言ってるのかさっぱり分かりません。それよりも、話がずれていませんか?」



 はて?と、言った顔のフミアキに、話の筋を戻すべくアイリがもう一度問いかける。



「治癒方陣を使えば、この異常を治す事が可能と。ですが時間がかかるとは?」



「うー…ん」



 思案顔でアイリをじっと見る。治癒方陣と方陣――この場合は円環陣だが、その二つの特性と言うモノをアイリが理解していないハズがないと思ったが、まだもう一つお互いの意識を擦り合わせる必要があったみたいだ。



「アイリさん、治癒方陣って外傷は完璧と言っていい程効果を発揮するけれど、内痛、所謂ところの身体の中の皮膚の下、目に見えない部分の治癒には効果が弱い、これで合ってますかね?」



「はい、外傷なれば切り傷、刺し傷、火傷と言った事には傷跡すら残しはしません。ただ…、打撲や捻挫、骨折に至っては基本、自然に治るのを待つばかりです」



「中の痛みに効かないのは辛いですね、その痛い間は何もしないで待つだけですか?」



「そうですね…、昔から伝わる小手遊(こてあそ)びと呼ばれるモノがありまして、手の平くらいの陣を繰り返し描くと言った遊びの様なモノなのですが、単純な動作を繰り返していると、幾分か痛みが和らぐ事があります。おそらく、陣を描く事に意識がいって痛みを自覚しない様にする、と言った意味だと思われますが」



「あー、そう言う事ですか、そうきたか…、まぁ間違いじゃないんだろうけど、あぁ、でもな…」



 腑に落ちた。そんな言葉に続く歯に物が挟まった様な喋りに、アイリが無言で促す。



「そうですね、陣を描く時に、こう、すぃーっと身体に流れる“ナニ”かを感じませんか?」



「初心の時に教わる、力の流れと言うモノですか?力の流れる違和をなくす事で、次の段階に進む事が出来ます。その違和が抜けぬ内は初心者と言ってもいいでしょう」



「私が言いたいのは、その初めの頃に意識する力が、その目を治す可能性を持っていると」



 アイリに取っては、初心者の証となる現象であるから、そんなモノに価値などない。

 それが方陣を扱う者、方陣師にとっては当たり前の事であったからである。

 当たり前であるからその現象には名称と呼べるモノがなかった、ただ力の流れと…一時知るだけで終わるそのままの呼び名があるだけ。

 訳が分からないと言うアイリにフミアキが続ける。



「アイリさんがその初心者から卒業して、その後の訓練か事故かで、足が動かなくなる位の捻挫を負ってしまったとしましょう。その時足の痛みと言うのは何日で治りますか?」



「捻挫ですか、大体の所半日も放って置けば問題ないですね。最初の頃の訓練は、よく怪我をしたモノですが、外の傷なら治癒方陣を頂けますし、捻挫や打撲と言った時には小手遊(こてあそ)びで以て、陣を正確に描ける様に訓練としていろと指導されます。そう言うのは初めの頃、綺麗な円が創れずなかなか難しいものでして、訓練としつつ痛みを紛らわせる事にもなります」



「怪我の治りってそのくらいの速さが、普通だと思いますか?」



「えぇ、大抵の事でしたら放っておけば治りますので、治癒方陣も外傷のみに特化した形なのではないのでしょうか。この目の様な特殊な状況は少ないと思います」



「初心者マークって扱いだから随分軽く考えられてるんだなぁ…、これってすごい事なのに…作り上げた価値観の問題か。アイリさん、一般的に半日で治るって言うのは驚異的な回復力って言うんですよ。他の四方(しっぽう)陣でも、三面陣でも、そんな特性は無いんですよ。多分ですが、周りに同じ方陣師ばかりの環境だったと思いますが、比べる事がないので気付かなかったと思います。もっと…そう子供の頃の怪我は何日も掛けて治していたのではないですか?」



 そう思えばと、フミアキに指摘されて初めて思い当たる。

 方陣の基礎を習い、初心者を駆け出した頃は、訓練で負った傷は大抵が治癒方陣で治し、未熟な内は訓練と称し小手遊(こてあそ)びを、暇があれば繰り返し練習していた気がする。

 方陣を覚える、そのずっと以前の話…。

 怖気(おぞけ)すら催す。



 オモイダシテハイケナイ、セッカク、ボウキャクノ、フチ、ニ。



「あの、アイリさん?」



「……っ」



 フミアキに話かけられ、漸く意識が表に浮き上がった。

 心配げにこちらを見てくる。

 何の話をしていたのだったか、瞬きをする。そう、答えなくては、今を考えていればいいのだと自分に言い聞かせる。



「そうですね、その通りだと思います」



「はぁ…、具合が悪かったのでしたらもう終わりにしますか?」



 この言葉に苛立つ、こちらを気遣ってくれているのは理解出来てしまうが、この目の前の男が先程からアイリの気持ちを上に下にと乱すのだから。



「いえ、結構です。私としても興味深いお話ですので……、えぇっと…、そう、初心の頃に習った事が、治癒としての現象を伴う行為との事でしたか」



 まだ上手く立ち直りきれていないアイリの様子を気遣いながら、フミアキが促された持論を続ける。



「……そうですね。私の考えとしましては、円環陣の初心の時の力の流れですか、折角ですので『初陣』としましょうか。この円環陣の初陣の特徴は、二つ。一つ、円環陣を描く時に身体を一瞬通る。二つ、その力は治癒方陣の手の届かない身体の中の痛みを癒す。と、こう推測されます」



「その推測ですと、この目は…仮に、ですが、初陣で以て自然治癒を期待し治る可能があると言うのは分かりました。しかし、その話本当なのですか?私は、目に異常を負ってからも円環陣は使っております。本当にこの目は、治ると仰るのですか?」



「あー、私がよく『氷』漬けにされてましたね。私としては、これ程の“異質”な力の違和感を無くす、と言った事の方が難しいんですがね。その違和感を追求していったら判別した特性でして、初陣の利点は先程の二点、それ以上に欠点と言いますか、身体を一瞬通ると言うだけあって効率が良くない、局所的に作用しない事。4.5年掛かるであろうとは、あくまで私の体感で出した数字ですので、絶対とは言えないのですが。何せ初陣の力は一瞬で身体を通過するだけですからね。そこでその眼鏡になる訳なんですよ」



「これ、ですか」



 アイリの手の中に収まっているが、今の今まで眼鏡の存在を忘れていた。

 それと言うのも、軽いのだ。アイリの知っている眼鏡は分厚く、重く、老人の為の道具と言うのに、この眼鏡は薄く、軽く、縁すらない、直接レンズの部分にツルが差し込まれている。

 フミアキと言う男が作ったのだと納得出来る、おかしな代物だった。



「まぁまぁ、百聞は一見に然ず。まずは使ってみて下さいよ」



 あまりに喜々とした声で進めるフミアキに若干の不安を残しつつも、言われた通りに掛けてみる。



「軽い…ですね、これでは眼鏡としての体を成さないのではありませんか?」



「それはアイリさん専用として造りましたからね。それと確認になりますが、私がクーから聞いたのは、外部から頭部への衝撃を受けて、目の異常が確認されたと。それ以前までは正常に見えていたが、頭部に怪我を負ってからモヤの様なモノが視界を邪魔する、あくまで視力が落ちた訳ではない。あぁ、これはですね、先程言い忘れてましたが、先天性の異常や脳の疾患にも、初陣の力は効果ないかもしれないと予想出来ましてね。目の事、間違いありませんか?」



「仰る通りです。以前の任務にて戦闘中強い打撃を頭に貰ってしまいまして、御陰でこの様な有様になってしまいました」



 ギリッと、歯が軋む音が聞こえる。余程その当時の出来事が憎かったのだろう、それでも表情を変えずに、けれど纏う雰囲気を堅いモノへと変えている。

 正に怖いの一言に尽きる。



「抑えて抑えて、ほーらリラ~ックス」



「襲撃者には相応の傷を与えたので痛み分けとなりましたが、あの怪しげな隠形術を破れず…この様な場末に身を(やつ)す羽目になりました」



「まぁ、間違ってはいないんでしょうが、何故か腑に落ちない。と言うか私が腰抜かしそうですので、その怖いの仕舞ってくれませんかね…」



 (とつとつ)々と話ているにも関わらず、アイリの身体から放たれる殺気が部屋に充満する。

 なんとか緩和させようと変な方向に努力するも、敢無く不発に終わった様だ。

 フミアキでなくとも、正直倒れかねない程の強さであった為に堪らない。



「アイリさんは運がよかったですね」



 フミアキの慰めを受けて、アイリが無表情でこちらを見る。

 雰囲気が視覚化出来れば『何が良かった?そうか死にたいのか』と判別出来るかもしれない。



「ああぁ、いや、そのですよ!偶々、徒人族の円環陣の特性が治癒と言う現象に特化していたから、初陣なんて言う特性が備わっていたんでしょう!他の種族の方陣でしたら、今の症状を何とかするなんて事きっと出来ませんでしたよ!それに異常を負った目だっても、身体の奥とは言え露出している器官ですから!これがですね、脳に障りが出たとか!半身不随とかだと、治すのにすごい手間がかかると言いますか、もしかしたら治せないかもって言う事もありそうでして!そう、その点、目と言う器官ですと、その部位と初陣の特性を利用した光具で以て、今回なんとかなるかなーと、思い至った次第で御座います!はい!」



「まだ全てを信用した訳ではありません。ですが、話の筋に嘘がある様にも思えません。もし、仮に、この目が以前の通りに治るのであれば、もう一度主の側で剣を振るえるのならば…。何も望みは致しません」



「セフセフ…、あ、言えこちらの事です。一応その眼鏡は光具ですので、形ある紋言で発動します。『デフォルトモード』と言ってくれればスタンバイモードに入ります」



「……分かりました。『でふぉるともーど』」



 眼鏡が一瞬淡く光を放つ。ピタリとアイリの肌に吸い付く感覚を味わう。



「何ですか、これはっ」



 思わず声が出てしまった。

 ピタリと肌に固定されたかの様な眼鏡から、奇妙な未知の感覚に急ぎ眼鏡を外そうと試みるも取れない。



「そうそう、それで装着された事になりますので、逆立ちしてもズレないんですよ。ふっふっふ、これが中々苦労したんですから、ドヤ顔になろうと言うモノです。その状態がスタンバイモードになっているので効果はオートと素晴らしい!何でもいいので方陣を描いてみて下さい。子手遊(こてあそ)びって奴ですか。え?何か、何時も見てる方陣ですけど、何でそれを私に向けるんですか?あれ?」



 フミアキに促されるまま使い慣れた円環陣を空に描く。

 標的はモチロン、フミアキである、決して癪に触ったとかではない。

 何でもいいと言ったのはフミアキだから。



「……クッ」



 アイリの描いた空陣が発動する直前、方陣を習い初めの頃に体験し、もはや忘れてしまった感覚が、甦り身体の中を走るのを感じる。

 のみならず、一点だけ違う現象がアイリを襲う。

 方陣を描いた指先から通る初陣の力が、首の部分に差し掛かった時消える。

 消えた初陣が、今度は目に直接入り込むと言った、これまた未知の感覚を味わう。

 戸惑うアイリが頭を軽く振る。

 思わず閉じてしまった目を恐る恐る開けて、フミアキにどう言う事かと問い詰めてやろうと意思を固くしたアイリを、更なる現実で以て混乱の域まで達した。



「こ、これは一体…?」



 見開いた先に広がるは、あの襲撃時以前の視界。自分の“何時も通り”の世界であった。

 絶望を(もたら)し、アイリを、自分の人生を狂わした目の異常が、綺麗に無くなっていた。

 感動するべき場面なのだけれど、こうもあっさりと目が綺麗に見える様になると、実に複雑な気持ちが湧き上がってくる。

 それがフミアキの力で叶った願い、と言う事も多分に含まれるかもしれない。



「自信のある出来の光具でしたが、どうですか。あれ、反応ありませんね、アイリさーん、大丈夫ですか?問題なく作動した様に見えたんだけどな…」



「えぇ…問題なく…、見えます。以前と同じ位に、いえそれ以上に綺麗に…。これが光具?確かにコリーの報告にはその様に…いや、だが…これだけの現象を…、発想に実現性が余りにも…、光具の定義が」



 今の混乱は、現在の光具とは一線を画すフミアキの光具の発想、出発地点。光具と言うべき道具は使用者が方陣の力を注ぎ、予め刻み篭めた道具としての方陣を発動させる事にある。

 その、絶対的前提条件を無視した事になる。

 初陣の力を利用したにせよ、意識して注ぐ力ではない不確かな力を操り、望む事柄を実現させる。

 アイリの知るどの光具を見ても、この様な現象を引き起こす物はない。異質な力。

 光具は確かに、生活に、そして戦闘に、あらゆる場面にて持ち出されるが、フミアキの造り出したこの光具は余りにも、一般的な光具と呼ばれる物と掛け離れていた。



「今までハッキリと見えなかった分、よりキレイに見えるんでしょうね。ささーっと説明しますと、使用者が創り出した方陣に、徒人族の円環陣から発生する初陣の力を、その光具がオートで吸い取り一点に集めた後に、直接患部に照射すると。アイリさんの目の症状が、角膜か水晶体のダメージだと思われる為、どちらが悪いか判断が着かなかったから、纏めて癒してしまえっと言う事を実現してみました。初陣って結構融通が効く力と言うか、今までが身体全体を万遍なく一巡するって所に、指向性を与えてやると指示通りの動きをしてくれるんですよ。と、その光具の効果が持続している内は、クリアに見えますが、あくまで目の症状を初陣で整えているだけですので、当然外せば以前の状態に戻ります。ですが、定期的に初陣の力を光具に流し使い続けていれば、初陣の効果で以て半年くらいで、うーん、もしかしたら時期は前後するかもしれませんが、こればっかりは私も結果を見てみないと分からないんですよね。安心して下さい、必ず完治しますよ」



 アイリは絶賛混乱中だった。

 目の異常を抱えてからの自分の人生の激変、流れ着いた先は意に沿わぬ男の世話。

 様々な思いを渦中に、漸く整理の付きかけた気持ちを、こうも容易くひっくり返したのだ。

 必ず完治するとまで言い切ったのだ。

 フミアキは苦労した、などと言ってはいるが、アイリからすれば一生物だと思っていた症状を、短期間で解決してしまったのだから一入(ひとしお)だろう。

 その説明にしても、アイリの耳に馴染まない言葉が幾つも出てきて、理解しようとしてもしきれない。



「申し訳ありません、もう一度…」



「それと、ここでのメイドさんも終了ですね」



 アイリの言葉を遮り、フミアキが言い切る。

 その顔は何時も通りの、草臥れた三十路過ぎの男の愛想笑いだった。



「行き成り何を仰っているのですか…」



 混乱が収まらない内に、畳み掛ける様にアイリに放たれた解雇宣言。

 ここまで混乱させられた事は、アイリの人生に置いても無いだろう。



「何をって、それを掛けていれば目は見える。アイリさんはクーの側に居る事を望んで、その光具を手に取ったのでしょう?先程半年と言いましたが、途中経過を見るくらいなら、ここに居る必要もありませんよね」



「……それは、そう…ですが」



「それともここが、いや、私が気に入ってくれて離れたくな~い。と、言う事ですか。そうですか、いやー、参っちゃいますね。こんな若い子に好意を寄せられるなんて、私もまだまだ捨てたモノではないんですね。婚約のなんでしたっけ“連環の契”でも宣誓しましょうか」



 “連環の契”とは言わば結婚の言質であり、神聖な言葉。年頃の女性に向けて、不用意に口にしてはとても不味い単語。

 フミアキの巫山戯た態度に、アイリの指が動く、描く、発動する。

 先程までの『完治する』と真摯な声で断言したソレと、とても同じ声とは思えない軽い言動にアイリの色々な感情が爆発したとも言える。

 それは何時もの遣り取りと寸分も(たが)わずに、フミアキを氷の彫刻へと変える。



「今までお世話になりました。本日この時間を持ちまして、お暇を取らせて頂きます。フミアキ様にはご壮健でお過ごし下さい」



 優雅にメイド服の裾を広げて、作法に習った綺麗な一礼を披露して退室するアイリ。



 アイリの去った後には氷の彫像が鎮座する。

 不意にフミアキの胸元から光が漏れる。それは方陣の発動時に舞う燐光に似た光。

 音も立てずにフミアキを覆う氷が割れる。砕け、散らばる氷が床を濡らすよりも早く、フミアキの胸元の光を帯びた一点に吸収された。



「やれやれ、これで一件落着かな。若い人の相手は疲れるわ、意固地になってる相手は尚更ね。あー、背骨がぽきぽき鳴るわこれ」



 まるで何事も無かったかの様に、独り言を零す。



「そう言えば、私の理由を話てませんでしたね、アイリさん“帰れる場所”があるのなら、帰るべきなんですよ。意地張ってもロクな事にはなりません、これ年長者としての言葉です。帰る場所、元の鞘、それらは、ずっとずっと大切で、“本当の幸い”って奴なんですから」



 言葉を紡ぐも、誰一人として聞く人間などいやしない。

 主人を一途に想う小鳥は巣に帰る事を選んだ。その背中を押し、翼を与えた男は何処に帰るのか。

 闇は深く、夜より尚色深い感情で以て零れた男の言葉は、拾われる事なく消えた。

 外からは相変わらず、騒々しくも活気に満ちた喧騒が、暗い館の一室まで届くだけだった。


 お読みいただいて本当に本当に有難う御座います。

この話書くだけで、ほぼ一週間潰しました。

自分の納得する物を書くってむつかしいんですね。


※12/16追記、設定をちょいと弄りました。

アイリの心象を付けたし。

めちゃくちゃ文字数増えたって事は、それだけ説明が省かれていたと言う事で反省の頻りです。

辻褄が合わないのでは?矛盾している。意味が分からん等々あると思いますので、宜しければご指摘頂けると有難いです。

※1/9改稿


※8/1改稿

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