1話 日常で到来
初、小説です。稚拙ですが暇潰し程度になりましたら幸いです。
「ふぅ…」
男が溜息を付く、先程から同じ事を繰り返している。
太陽は真上に昇ったのだろう、もう窓からは陽は見えない。
「参ったな、本当に参った」
こぼした言葉に何の意味も無いけれど、出さずにはおれない。
そんな感じでまた、溜息を付く。
事の始まりは、彼の友人が言ったモノから動いた。
「ねぇ先生、いい加減コレどうにかしてよ」
先生と言われた30過ぎの男は、そこで筆を止める。
男が目を上げた先には、16歳くらいの金髪碧眼の小柄な少年が、本の山を崩さぬようにこちらに近づいて来ていた。
「来ていたんですね、おはよう」
少年の髪と目の色は、この国では有り触れたモノであるがその造形が一線を画していた。
同性でも振り返り見てしまうであろう、均整の取れた理想的な配置に、乙女達が夢見る『王子様』の見本が現実に出てきたのかと錯覚する程である。
「おはよう、じゃないよ。もうとっくにソール様は真上に来てるって」
外の方を見ると、太陽はもう窓から見えなくなっていた。
どうやら仕事に没頭し過ぎて時間の感覚が見えない様だ。
「もうそんな時間でしたか、なるほど、お腹が空く訳だ」
「また、徹夜したの先生!?」
「いえね、この切りの良い所まで書こうと思っていたら夜が明けてたんですよ」
「いい加減にしないと、死んじゃうよ!」
そう言いながら、少年が手持ちのバスケットから食べ物を取り出そうとして手を止める。
「あぁ!この前片付けたのにもうテーブルが消えてる…」
「ちゃんとソコにありますよ?」
男が指さす場所にはいくつもの本の塔。
辛うじてテーブルの木目が見え、これがテーブルだと解る。
「あーもー!これ全部撤去しちゃうから!」
「ああ!待ってください、まだ資料として使ってますからそのままそのまま」
「ダメ!ご飯食べれなくなるから!」
ぶつぶつ言いながら、男を無視して本を移動する。
結局は別の山が成長しただけなのだが取り敢えず、である。
テーブルに置いたバスケットから、昼食用のサンドイッチを取り出し並べる。
男は机から腰を上げて背筋を伸ばすと、面白いくらいに音が鳴る。自覚はなくとも身体は正直で、お腹も鳴り始めた。
少年がおかしげに笑いながら「ちゃんと体調管理はしないと」などと言われても当人はどこ吹く風で気にしていない。
「何時もはちゃんと食べてますよ。偶に忘れるだけですって」
「怪しいなー、ほんとかなー」
「そんな事より、折角出してくれたんですから、食べましょう食べましょう」
これ以上追求しても昼食が遅くなってしまうので、少年も会話を一旦止めて水筒を取り出し、二人分用意する。
「なんとかしないといけないかな…」呟く少年は正面を向き、気持ちを切り替える。
「恵みによる糧を口に出来る事、感謝致しますソール様」
子供っぽい所が抜けきらない歳の少年だが、祈る姿は堂に入っている。
そんな少年を微笑ましく思いながら、男も短く「いただきます」と食前の挨拶をしてサンドイッチに手を伸ばす。
食前の祈りさえ終わってしまえばいいのか、少年が会話の続きを切り出す。
「ね、先生。いい加減何とかしようよ」
「何をです?」
食事時の会話はマナー違反であるが、ここには二人しかいないのでお喋りが続く。お互い黙って食事をするより楽しいからだ。
「この本の山、これじゃ家を任せた意味ないよ」
「ふむ、しかし、私の仕事柄、こうなってしまうのは、必然でありまして、それになかなか忙しく…」
しどろもどろになるも、男が住んでいるこの家は元々が少年の持ち家であり、現在は男が借りて住んでいる。
持ち主に突っ込まれると、とても弱い。
「まぁ、先生には新作早く出して欲しいし。そこでね…」
なんだか、よくない流れを感じた男は生きる道を探すが、いたずらを思いついたかの様な飛びっきりのイイ笑顔で少年が言葉を続ける。
「掃除する『人間』が必要だよね!」
「ふぅ…」
何度思い返しても逃げ場はなかったのだと諦める。そもそも男には選択肢はない。
この家の所有者は彼の少年であり、男が前の貸し家を追い出され途方に暮れていた時に「家の管理をするのなら」と条件付きで、しかも格安にて空家を紹介してくれたのだ。
人が住まなくなれば、家の耐久年数は加速度的に短くなる。
しかし、男が仕事に精を出せば本の山が生まれ部屋が埋もれていく。
実際、家の管理どころか自分の健康管理すら放棄して、仕事に没頭する始末である。
「住み込みって所がな。一人の方が気楽なんだけど、なんとかして、せめて通いにして貰うか…」
一人で生活していた時間が長かった為か、同居人が出来ると言う事に抵抗感が働く。
つまりは、いい歳をして他人との近い付き合いが分からないのだ。
今は没頭すべき原稿に筆を置き、男はある人物を迎える為玄関のホールにいた。
その背中はもう既に煤けて見える。
「もうそろそろ時間でしょうかね、確か到着の時間は」
そう呟いた時、玄関扉からノックの音が響いた。
「あ、はい、今開けますよ」
ノックに返事をしつつ、男が扉を開け放つ。
玄関先には女性が一人、ニコリともせず無表情で立っていた。
「本日からこちらでお世話になる、アイリと申します。以後よしなに、フミアキ様」
アイスブルーの双対の宝玉に、一瞬見蕩れるが慌てて意識を戻す。
見蕩れたアイスブルーが、余りにこちらを冷たく射抜いてたからだ。
「こんにちわ、初めまして、この家の一応主?のフミアキと申します。あ、主と言いましてもここ、借家ですからね、おまけに私、平民ですし堅くならず、気軽にしてください―…」
あはははー…と乾いた笑いにも、やはりアイリは無表情だった。
完全に滑ったと凹みつつ、まだ挨拶だけの自分に活を入れる。
「それでは中へ、遠路遥々お疲れでしょうお茶でもお出しします」
「結構です、お茶などメイドである私の仕事です。キッチンの場所だけ御教え願えますか」
ピシャリと言い放つアイリに、フミアキは気圧される。
「いきなり仕事もないんじゃ?今日は着いたばかりですし、一日ゆっくりしても」
「我が主より、『まずは掃除!』と言伝されております」
「はぁ、そうですか…」
三度肩を落として、諦める。彼女は少年の刺客なのだ、ならばもう好きにさせるしかない。
項垂れながら、「案内します」と言うフミアキに、アイリは無言でついて行く。
館の中を順に案内していると、段々アイリの表情が険しくなっていく。
初めて感情らしきモノを見たな、と呑気な事を考えるフミアキだったが、最後に自分の書斎を見せたらアイリに館から追い出された。
「よくわかりました、わかりましたので暫く外で待っていて下さい」
有無を言わせない迫力と、凍えるような双眸がフミアキを貫く。
どうやらアイリは、館の現状に大変ご立腹のようだ。
今の彼女はこれから戦場に向かうと言わんばかりの気迫を持って、立っていた。
(なにこれ、こわい)
ここに上下関係が、決定された瞬間だった。
ご意見、ご指摘ありましたらお願いします。
※12/16改稿
※8/1改稿