学園での日常-5
6010年7月18日
「おはようございます!」
「おはよう。遅刻魔さん」
「そこまで遅れてないですよぉ~~」
目の前には校門に立っている先生とそれに捕まっている生徒がいた。
察しの良い方はここまでで気づく、というか誰でも気づくと思うが僕は遅刻した。
「さてと」
「待てい」
「うっ」
捕まっている少女の隣を当然のように通り過ぎようとしたが捕まった。
「クラス出席番号名前」
「2ーC22番パルミラ・アガスティア」
「初めてか?」
「少なくとも今年はそうだと思います」
「まあ、通ってよし。次回から気をつけろ」
「はい」
ちょっとおとがめを食らったぐらいですんだ。
「何であの人はよくて私はだめなんですか~~」
「お前が遅刻常習犯だからだ!!」
「い~~~~や~~~~~!!!!」
騒がしい声をBGMとし、校舎までの道を歩く。すると、目の前に小等部の生徒が紛れ込んでいるのが見えた。
………間違えた。イザだ。
「おはよ、イザ」
「はぁ、はぁ。おぉ、パル、か」
「い、息切れしてるけど大丈夫?」
「も、もんだい、ないわい。ちょっと、はしったら、つかれた、だけじゃ」
「問題大ありの回答だよね」
足だってふらふらしてるし。
しょうがない。耐えるか。
「ほら、イザ」
僕は彼女と手をつないだ。
「ど、どうもなのじゃ、パル」
「お礼は言わないでいいよ」
こちらは謝らなければならないというのに。
「パル?お主も大丈夫か?」
「僕?別に体は悪くないし、イザほど体力がないわけでもないからね」
体は悪くない。むしろ問題ない。
「むう」
「ほら、行って怒られよう」
「う、うむ」
精神が病みそうだ。まあ、校舎までの距離なら問題ないだろう。
「イザはいつものことだが、お前は珍しいな」
「すいません」
「まあ、いい。おら、とっとと教室に行け。途中だが2人とも問題ないだろ」
「うむ。我もパルもそこまで頭は悪うない」
僕はともかく、イザが授業に付いていけなくなるというのは考えにくいからね。
「分かっているさ。次あったら指導しないといけないから遅れるなよ」
「はい、努力します」
「では、失礼したぞ」
「失礼しました」
職員室にいた我らが担任に遅刻の旨を伝え、教室に入った。
「皆の衆!おはよう!」
言ったのはイザだ。僕にそんな度胸はない。
「お、おはようございます」
「おはようございます。それじゃ2人とも席について」
「うむ!」
「すいません」
僕たちは席に着いた。時間を見る限り、授業もそんなに進んでないようだ。
「では、続きを。ここでこの人物が思ったこととは………」
とりあえず板書すれば授業に追いつけそうだ。隣のお方は板書することもなく、机に突っ伏して寝ているけれども。
「イザ、遅れてきたんだから少しは授業を受ける意思表示とかした方がよいと思うけど」
「でもな、つかれた」
「まあ、イザは咎められないとは思うのだけどね」
自分の心構えの問題で、自己満足ではあるのだけど。
「でも、一応ここは勉強する場なんだから」
「とは言ってものう。我は現代語が苦手だしのう」
「え?」
なんとオールパーフェクトは当たり前、ミスしたとしても彼女のケアレスミス程度のイザさんにも苦手な勉強はあったらしい。
「人物の心情というのかの。我には理解できぬ場合が多いのじゃ」
「あぁ~~」
なんか妙に納得してしまった。
「試験となると試験を作った者がなにを求めておるのか分かるからかの、どうにかなるのじゃが………それを話が理解できたとは言わぬじゃろう?」
「確かにそうだね」
「じゃから、我はこの科目が苦手じゃ」
「ふむ」
頭の中でいろいろと考えてみた。
「イザ」
「ん?なんじゃ」
「人と人が完全にお互いの考えていることが分かるようになることがあると思う?」
「ありえぬのう」
実は一つだけその例を知ってはいるのだけど。
「でさ、その話は誰が書いたものなの?」
「む、それは…………なるほどのう」
さすが、というべきかこの時点で僕の言いたいことは分かったようだ。それでも続けた。
「だから、理解しようだなんて考えなくていいと思うよ。相手の心は想像することでしか分からないんだから」
「解った」
と言って。
「…………」
寝た。
「やる気はないんだな」
もしくは非常に眠かったのか。それは人の心が読めるわけではない僕には解らなかった。
「ちょっと、お前」
昼休み。昼食を食べ終わった後だった。
何の前触れもなく呼び止められた。
「来い。話がしたい」
カタリナだった。下級生から呼び止められるのは漆原以外では初めてだ。それもあまり好ましくなさそうなことで。
「いいけど」
「…………」
僕が返事をすると黙って校舎を出た。森が見えてきた。校舎裏に回るようだ。
「生意気な下級生。呼び出し。校舎裏とくると」
「普通ならカツアゲだ」
「お、ノリがいいね」
このやりとりには覚えがある。
「だが、今回は立場が逆だ」
立ち止まって向かい合った。
「なぜ分かった。お前はどこまで知っている」
「ふむ」
どうやら後暗いことでもあるのだろうか。だが、僕が彼女を脅してもしょうがない。正直に言うとしよう。
「勘」
「勘って、お前」
「もしかしたらって思っていたから訊いてみただけだよ」
「そ、そんなことで………」
割とショックを受けているようだった。
「まあ、そんなに気にしてもしょうがないと思うよ」
「私は気にするんだ!」
立ち直った。
「仕方ないだろうこんな能力なんだから!」
「どんなセラなの?」
しまった、という顔をした。
「まあいいさ。とりあえず私が言いたいのは」
「黙っておいてくれ?」
カタリナが頷いた。
「………条件は」
「何も要らないよ。僕にとっては損も得もないから」
話は終わったのでその場から立ち去った。
いや、校舎を曲がって彼女から僕が見えなくなったであろうと思える場所から
走り始めた。
そして、トイレに駆け込んだ。
個室に入る。
昼食べた物がせり上がってきた。
酸っぱい味が舌の中を支配する。
しかし。
耐えた。
どうにか、耐えれた。
さて。
授業を受けるとしよう。
5時限目。
「イザ!」
扉が開いて白衣を纏った人が入ってきた。
「げ!」
名を呼ばれたイザが明らかにイヤな顔をする。
「ここだったか。帰るぞ」
「ちょっと~~、すみませんが~~」
「学校側の許可は取った」
「なら~~、いいですよ~~」
「なぬ!裏切ったなアメリア!!」
別にアメリア先生は裏切ったわけではないと思うのだけど。教師は学園が我が認めたということには逆らえないものだから。
「セラの研究がまだだ。戻るぞ」
何度聞いたとしてもやはり驚く。
イザの研究がセラに関するものだということは。
どうにか上手くやろう。
「ちょっとすみませんが」
男の腕をつかむ。
少しふらっとしたが、どうにか耐える。
「彼女もここで勉強したいと言っているのですが」
「誰だお前」
「彼女の隣の席にいるものです」
「ふうん。帰るぞ」
無視された。
「イヤじゃ」
「彼女と一緒に帰ったとしても、これからの研究は捗りませんよ」
「若造になにが解る」
「さあ。でも、あなたよりはこれから起こることが解っているつもりです」
「そうかい」
僕の手を離し、イザの腕をつかんだ。
「さ、帰るぞ」
「良いがの。何もせんぞ」
「そうはいかないがな」
ずるずると引きずられ、イザは連行されていった。
次は上手くやろう。
と、そう考えた。
イザのいなくなった教室は、勢いがなくなったのか静かな教室になった。そしてそのまま放課後になった。
「失礼しまーす」
ある扉の前に立ち、ノックを3回。返事も聞かずに扉を開けた。
「………だれもいない」
のくせして鍵はかかっていなかった。どれだけ不用心なのだろう。とられて困る物もあるはずなのに。
「まったく」
調理台(といっても携帯コンロと本来手を洗うための洗面台が置いてあるところ)に立ち、紅茶を淹れる。
とりあえず自分の物だけ用意した後、机に腰掛けるとレネさんが入ってきた。
「お疲れさまです」
「お疲れさま」
ずいぶんと疲れているようだ。昨日休むと言ったことについて何か関係がありそうな気がする。
「紅茶いります?」
「いただくわ」
残して置いた紅茶を淹れる。
「あなたのほどおいしくはありませんが」
「ありがとう」
いつもの勢いというか気力がないように思える。
「今日は業務を休みにしますか?」
「いいえ。それだけはできないわ」
そう答える声にも覇気がない。
「いいえ。休んでください」
「でも」
「休んでください」
「やらないといけな」
「休みなさい」
「………分かりました」
押し切るように言うと何とか了承をとれた。
「もう。まったく強引なんだから」
「当然です。………何があったのかは知りませんけど、明日もその様子ではまた休ませますからね」
「明日は元から休みよ」
「ああ。そういえばそうでした」
僕たちがバイトに行く曜日だった。
「でも、そうね。直せるかどうかわからないけど、来週までには元に戻しておくわ」
「お願いしますよ」
「ええ。お願いされました」
レネさんが紅茶を飲み干した。
「もう一杯淹れてもらえるかしら?」
「はいはい。分かりました」
「できればもう少し鍛えてほしいけれど、十分おいしいわよ」
「できれば最初に言った言葉をなくしていってもらいたいですね」
「それは無理よ」
「なぜですか?」
「追い越されたら困るもの」
「そうですか」
もう一度淹れなおした。
「ありがとう」
「誰かにならった方がいいんですかね」
「それなら、私が教えてあげるわよ。どうかしら?」
「レネさんはスパルタそうなのでやめておきます」
「ふふふ。残念ね」
まったくもって残念そうでないその笑みが怖いから止めたんですけれどね。
「では、レネさん。また来週」
「ええ。また来週」
少なくとも今はいつも通りに見えた。
ただ、おそらくいつも通りに見えるようにふるまっているだけで、やっぱり無理をしているんじゃないかと思う。
来週会ってもこの様子ならば、少し口を出すことも考えなくてはならないだろう。
辺りが少し暗くなってきた。ヒカリの出力が時間とともに徐々に落ちていっている証拠だ。真っ暗になるわけではないけれど、どこにもよらずに帰るとしよう。
夕食も食べて、なすべきこともすべて終えて、ベッドに入る。
終わりに考えたことは、
上手くやろう。
後から打算的となんだと罵られることになったとしても。
自分の目的のために。
次は上手くやろう。
そう思って、眠りについた。
6010年7月18日
「おはようございます!」
「おはよう。遅刻魔さん」
「そこまで遅れてないですよぉ~~」
目の前には校門に立っている先生とそれに捕まっている生徒がいた。
察しの良い方はここまでで気づく、というか誰でも気づくと思うが僕は遅刻した。
「さてと」
「待てい」
「うっ」
捕まっている少女の隣を当然のように通り過ぎようとしたが捕まった。
「クラス出席番号名前」
「2ーC22番パルミラ・アガスティア」
「初めてか?」
「少なくとも今年はそうだと思います」
「まあ、通ってよし。次回から気をつけろ」
「はい」
ちょっとおとがめを食らったぐらいですんだ。
「何であの人はよくて私はだめなんですか~~」
「お前が遅刻常習犯だからだ!!」
「い~~~~や~~~~~!!!!」
騒がしい声をBGMとし、校舎までの道を歩く。すると、目の前に小等部の生徒が紛れ込んでいるのが見えた。
………間違えた。イザだ。
「おはよ、イザ」
「はぁ、はぁ。おぉ、パル、か」
「い、息切れしてるけど大丈夫?」
「も、もんだい、ないわい。ちょっと、はしったら、つかれた、だけじゃ」
「問題大ありの回答だよね」
足だってふらふらしてるし。
しょうがない。耐えるか。
「ほら、イザ」
僕は彼女と手をつないだ。
当たり前のことなのだが、僕が他人と手をつなぐということは。
その人の未来が見えるということだ。
誰しも例外でなく、強制的に起こる。
見えることの嫌悪感と、相手に対する申し訳なさ、自分に対する鬱屈とした感情。
それらも、後のためだと思い、押し殺した。
「ど、どうもなのじゃ、パル」
「お礼は言わないでいいよ」
こちらは謝らなければならないというのに。
「パル?お主も大丈夫か?」
「僕?別に体は悪くないし、イザほど体力がないわけでもないからね」
体は悪くない。むしろ問題ない。他の部分は問題だらけだけれども。
「むう」
「ほら、行って怒られよう」
「う、うむ」
手を握ったまま校舎まで歩く。つまり、その間もずっと彼女の未来に起こり得る光景を見続けるということだ。
現実の世界も見ないといけない。精神が病みそうだ。
しかし、今は自分の目的のため、総てを押し殺してでも足を前に踏み出した。
遅刻連絡をするため職員室に行った。さすがにもう手は放している。
「イザはいつものことだが、お前は珍しいな」
「すいません」
「まあ、いい。おら、とっとと教室に行け。途中だが2人とも問題ないだろ」
「うむ。我もパルもそこまで頭は悪うない」
僕はともかく、イザが授業に付いていけなくなるというのは考えにくいからね。
「分かっているさ。次あったら指導しないといけないから遅れるなよ」
「はい、努力します」
「では、失礼したぞ」
「失礼しました」
職員室にいた我らが担任に遅刻の旨を伝え、教室に入った。
「皆の衆!おはよう!」
言ったのはイザだ。僕にそんな度胸はない。
「お、おはようございます」
「おはようございます。それじゃ2人とも席について」
「うむ!」
「すいません」
僕たちは席に着いた。時間を見る限り、授業もそんなに進んでないようだ。
「では、続きを。ここでこの人物が思ったこととは………」
とりあえず板書すれば授業に追いつけそうだ。隣のお方は板書することもなく、机に突っ伏して寝ているけれども。
「イザ、遅れてきたんだから少しは授業を受ける意思表示とかした方がよいと思うけど」
「でもな、つかれた」
「まあ、イザは咎められないとは思うのだけどね」
自分の心構えの問題で、自己満足ではあるのだけど。
「でも、一応ここは勉強する場なんだから」
「とは言ってものう。我は現代語が苦手だしのう」
「え?」
「なんでなんで?」
なんとオールパーフェクトは当たり前、ミスしたとしても彼女のケアレスミス程度のイザさんにも苦手な勉強はあったらしい。どうやらこれにはアルクも興味があるらしく、口を挟んできた。
「人物の心情というのかの。我には理解できぬ場合が多いのじゃ」
「あぁ~~」
「ほぇぇ。にゃるほど」
なんか妙に納得してしまった。
「試験となると試験を作った者がなにを求めておるのか分かるからかの、どうにかなるのじゃが………それを話が理解できたとは言わぬじゃろう?」
「確かにそうだね」
「じゃから、我はこの科目が苦手じゃ」
「ふむ」
「イザちゃんでも苦手なものはあるんだねえ」
「あたりまえじゃ。我は人間だからの」
頭の中でいろいろと考えてみた。
「イザ」
「ん?なんじゃ」
「人と人が完全にお互いの考えていることが分かるようになることがあると思う?」
「ありえぬのう」
実は一つだけその例を知ってはいるのだけど。
「でさ、その話は誰が書いたものなの?」
「む、それは…………なるほどのう」
「え?え?どういうこと?」
さすが、というべきかイザはこの時点で僕の言いたいことは分かったようだ。アルクが分からなかったようなので説明は続ける。
「話っていうのは人が書いたものだよね」
「あ、そっか。結局は人が対象になっちゃうんだ」
「だから、理解しようだなんて考えなくていいと思うよ。相手の心は想像することでしか分からないんだから」
「解った」
と言って。
「…………」
寝た。
「………やる気はないんだな」
「眠かったのかもね」
それは人の心が読めるわけではない僕には解らなかった。
しかし、こんな僕は未来を見ることができる。
そこから得た情報を整理して―――
「ねぇ、パル」
「…………」
「パルってば」
「………アルク。今は授業中だよ」
「そうなんだけどね、イザちゃんが起きてたら訊きにくいことだからちょっと」
「それで、なに?」
「ええとね。イザちゃんっていつもこうなの?」
「授業中に寝てること?遅れてきても堂々としてること?」
「両方………かな」
「大体はこんな感じだよ。これからも見ていればわかるさ」
「そっか。ふうん」
「遅れてきたのに授業中におしゃべりですか」
「いえいえ、ちゃんと聞いていましたよ」
「そうですか。なら今の続きを」
「はい。その部分は主人公がその人を大切だと思っているからこそ生じた矛盾であり………」
つらつらと答えてやった。
「………正解です。パルミラ君が言ったようにここはですね………」
うん。苦虫を噛み潰したようなその顔は、少しすっとした。
「ほえぇぇ。私が当てられなくてよかった~~」
「今からはまじめに受けなよ」
「は~~い」
小声でやり取り。
いや~~~。
………どうにか答えれてホントに良かった。なかなか危ないところだった。
さて。今は昼休憩。
いつもの場所でいつものように弁当を食べていた。
そして、今し方食べ終えたところだ。
今から校舎に戻るということは、彼女と鉢合わせてしまうということだ。
今は今日の5限のためにいろいろと考えたいことがある。
時間を取られるわけにはいかないが、彼女と会わなければ
今後も同じことが起き続けるだろう。
とはいえ、5限の出来事は上手くすれば今後の自分を大きく変えることができるかもしれないことだ。
どっちを取るか。
「仕方ない。考えるとしよう」
寝っころがり、どうにかしてイザを連れて行かれない方法を思案する。
少し考えて一つの方法を思いついた。
「これなら………いや、もっと多くのパターンを考えないと」
彼女がしているのはセラの研究だ。そして、今日は研究をあまりしたくなさそうだった。
「…………よし」
同時に鐘が鳴る。昼休憩終了間際の予鈴の鐘だ。
まるで、ゴングの音だなとか考えながら教室に戻った。
5時限目。
「イザ!」
扉が開いて白衣を纏った人が入ってきた。
「げ!」
名を呼ばれたイザが明らかにイヤな顔をする。
「ここだったか。帰るぞ」
「ちょっと~~、すみませんが~~」
「学校側の許可は取った」
「なら~~、いいですよ~~」
「なぬ!裏切ったなアメリア!!」
別にアメリア先生は裏切ったわけではないと思うのだけど。教師は学園が我が認めたということには逆らえないものだから。
「セラの研究がまだだ。戻るぞ」
何度聞いたとしてもやはり驚く。
イザの研究がセラに関するものだということに。
いろいろと考えた。どうにか上手くやろう。
「ちょっとすみませんが」
男の腕をつかむ。
もちろん、僕の手からいろいろな情報が流れ込んできた。
心の底では申し訳なく思うものの、今はそれを押し殺す。
そして、どうにか耐える。
「彼女もここで勉強したいと言っているのですが」
「誰だお前」
さて、なんて答えようかね。
「僕は彼女のクラスメイトですが、あなたこそ誰ですか。唐突に入ってきて不審者以外の何物でもありませんよ」
「見ればわかるだろ。研究者だよ」
「いいえ。偽装でないという証拠を出してください。できれば許可証とやらも」
「ほらよ。これで満足か」
名刺と許可証を無造作に渡してきた。一応目を通す。………まあ、ぶっちゃけどうでもいいのだが。
要は会話できれば良かった。
「ほら、イザ。帰るぞ」
「いやじゃ。我は帰らぬぞ」
「彼女は休息を必要としています。さっきまでもずっと寝ていました。このままでは効率が落ちるのではないですか?」
「一理あるな。それで?」
意外とすんなりと話を聞いてもらえた。
「このまま研究をさせ続けていたら、倒れるかもしれません。それはあなたにとっても本意ではないでしょう?」
「ふむ」
「だから、今日はせめてこのままでいさせてあげませんか?」
「だが、学校とは勉強するところだ。休むところではない。休ませるのならこちら側にもそれ相応の施設ぐらいはある」
「そうですねその通りです」
「ちょ、ちょっとパル?」
あっさり折れたことに不信感を示した。
「それにイザには学校の勉強なぞ必要ないだろう」
その言葉が向こうから出てくるのがベストだった。
「いえ。必要なのですよ」
「ほお。では聞こうか。何が必要だと?」
「今やっている授業です」
「ちょっとすみませんがそこにいる先生。この授業は何の授業なのでしょうか」
「は~~い。常識の授業を担当させてもらっている、アメリアと申しますが~~」
「………成程。必要なことだ」
「ちょっと待つがいい2人とも!それは我が常識が足りておらぬということか!!」
「まあ、この時間は起きておくようにしておきますので、そちらには少なくとも放課後までは我慢してもらうということでどうでしょうか」
「ふん。いいだろう」
「無視をするでな~~~い!!!」
扉を開けて振り返った。
「お前、名は?」
「パルミラ。パルミラ・アガスティアです」
「カギか。何のカギになるんだろうな、お前は」
「え?」
今の言葉は意味が分からない。カギ?普通に考えれば鍵のことだろうが………。
「いや、なんでもない。イザ、今日はフリーだ。明日からは出てもらうからそのつもりで」
「ああ。学校には二度と来るでないぞ」
「善処しよう」
そう言って、出て行った。
ふう。
上手くいった、かな。
研究所側に憶えてもらうことぐらいは。
まあ。
「助かったぞ。ありがとうパル」
「どういたしまして」
自由な時間を奪われるイザが不憫に思えたからっていうこともあるけどね。
しかし、その不機嫌そうな顔は…………あっ。
「イザ、先ほどのやり取りは必要だったから言っただけで、僕は全然そんなこと思ってもいないからね」
「何を思ってないのじゃ?」
「え、イザに常………いえ、一般人の言葉は理解できないだろうなとは思ってないということだけど?」
「遠まわしに我に常識がないとか言うでな~~~い!!!!!」
完全に拗ねてしまった。今日はもうこれ以上の話を聞いてもらうのは無理だろう。
果たしてこれはプラスになったのだろうか。少し怪しい気もする。
放課後になった。イザの方の顛末が気になるっていうのもあったけど、とりあえずイザが話を聞いてもくれないだろうから置いておく。
「失礼しまーす」
ある扉の前に立ち、ノックを3回。返事も聞かずに扉を開けた。
「………だれもいない」
のくせして鍵はかかっていなかった。どれだけ不用心なのだろう。とられて困る物もあるはずなのに。
「まったく」
調理台(といっても携帯コンロと本来手を洗うための洗面台が置いてあるところ)に立ち、紅茶を淹れる。
とりあえず自分の物だけ用意した後、机に腰掛けるとレネさんが入ってきた。
「お疲れさまです」
「お疲れさま」
ずいぶんと疲れているようだ。昨日休むと言ったことについて何か関係がありそうな気がする。
「紅茶いります?」
「いただくわ」
残して置いた紅茶を淹れる。
「あなたのほどおいしくはありませんが」
「ありがとう」
いつもの勢いというか気力がないように思える。
「今日は業務を休みにしますか?」
「いいえ。それだけはできないわ」
そう答える声にも覇気がない。
「いいえ。休んでください」
「でも」
「休んでください」
「やらないといけな―――」
「休みなさい」
「………分かりました」
押し切るように言うと何とか了承をとれた。
「もう。まったく強引なんだから」
「当然です。………何があったのかは知りませんけど、明日もその様子ではまた休ませますからね」
「明日は元から休みよ」
「ああ。そういえばそうでした」
僕たちがバイトに行く曜日だった。
「でも、そうね。持ち直せるかどうかわからないけど、来週までには元に戻しておくわ」
「お願いしますよ」
「ええ。お願いされました」
レネさんが紅茶を飲み干した。
「もう一杯淹れてもらえるかしら?」
「はいはい。分かりました」
「できればもう少し鍛えてほしいけれど、十分おいしいわよ」
「できれば最初に言った言葉をなくしていってもらいたいですね」
「それは無理よ」
「なぜですか?」
「追い越されたら困るもの」
「そうですか」
もう一度淹れなおした。
「ありがとう」
「誰かに習った方がいいんですかね」
「それなら、私が教えてあげるわよ。どうかしら?」
「レネさんはスパルタそうなのでやめておきます」
「ふふふ。残念ね」
まったくもって残念そうでないその笑みが怖いから止めたんですけれどね。
「では、レネさん。また来週」
「ええ。また来週」
少なくとも今はいつも通りに見えた。
ただ、おそらくいつも通りに見えるようにふるまっているだけで、やっぱり無理をしているんじゃないかと思う。
来週会ってもこの様子ならば、少し口を出すことも考えなくてはならないだろう。
彼女に元の鞘に納まってもらうというのも今更な話だからね。
さて。いつから習慣になったのかはよく分からない。
「今日はどうだったの?」
「まあ、いつもよりはスリルはあったのかな」
夕方。今日も彼女はそこにいた。
「5時限目は面白かったねぇ。私は何も言うことができなかったのがほんの少し悔しいけど」
「まあ、言えなくて当然だとは思うよ。なかなかの強面のおっさんだったし」
「そうかな?」
「大体言えたとして、アルクは何を言いたかったのさ」
「イザちゃんを連れていかないでください、かな。小さくて可愛いしいい子だもんね」
「いい子かどうかは首を傾げるところだけどね」
まあ、根はいい女の子だとは思うのだけどね。
「転校したての私にいろいろと教えてくれたよ?いい子じゃないかな」
「たまたま―――いや、半ばあの教師の決定だったけど、アルクの後ろの席になったからじゃないかな」
「そうかな」
「後は、隣の2人がしゃべらないからかな」
「うん。教科書がないときに見せてもらうのだけど、会話がないんだよね」
まあ、俺の前の席はヘッドフォン族の男子でとても話しかけづらいし、その反対側は一見シャイな女の子だ。
「2人ともいい奴………ごめん。清音さんはとくにいい人ではなかった」
清音さんは女の子の方だ。
「ええ!?普段喋らないからわかんないけど、とんでもない人なの!?」
「まあ、いずれわかる日が来ると思うけどある方向に極端な子だから」
「う、うん。分かった。何とか驚かないようにするね」
無理だと思うなあ。本性があんなのだとは初対面では考えられないから。
「じゃあ、ええと私の左側の男子…………」
「昴のこと?」
「うん!そう、そういう名前だった。あの人は?」
「あいつは必要以上のことは全く話さないけど、いろんな曲を聞いていて音楽の知識が異常に深いし、自分で音楽を作曲することもしてるみたいだ」
「ほえぇぇぇ。すごいんだねえ」
「うん。彼はなかなかにすごい人だね」
「…が……そう」
「え?なんていったの?」
「ううん!な、何も言ってないよ!」
言ったってことがバレバレな言い訳を使われてもなあ。
まあ、聞いてなかったことにしておこうか。
「そ、それよりも他のクラスメイトさんはどうなの?」
誤魔化しに入るか。別に追求する気はないのだけど。
「そうだね。面白い人が結構多くて、今年は恵まれたなと思ってるよ」
「たとえばたとえば?」
「アルクとか」
「へぇ………私!?」
「うん」
「そんなに褒められても何も出ないよ~~」
頬を染めて赤くしない。褒めてないから。
面白いからこのままにしておくけど。
「へえ。じゃあ、どうやって褒めたら何か出るのかな?」
「え?そ、そういう意味で言ったんじゃないんだけどな………で、でもどうしよ~~~」
「アルクは何か褒めてほしいことでもあるの?」
「べ、別に褒められることは何もしてないけど」
「じゃあ、何かしてほしいの?」
「うぅ~ん。一つだけ誰かにしてほしいことがないわけじゃないのだよ」
「訊いて、いいのかな」
「…………てほしい」
「ごめん。もう一回言ってくれる?」
「あたま撫でてほしい」
そう言われた瞬間、無意識に彼女の頭に手が伸びていた。
次の瞬間、自分は何をしているのだと思った。
触れる前の瞬間、自分が苦痛を味わうと解っているのに何でこんなことをしたと2秒前の自分を呪った。
そして、多分。
今後僕は。
3秒前の自分に感謝することになるのだろう。
「えへへへへ」
アルクが僕の腕の下でだらしなくにやけている。
何か、彼女に言葉の1つでもかけてやれと考えるのだが、脳味噌は別の事柄に支配されていた。
僕は今も彼女の頭を撫でている。
それだけだ。
そう。何も起こらなかった。
何も起こらなかった、ということはつまり
『樹』が。『未来』が見えなかったということだ。
まず、自分を疑った。本当に僕は彼女に触れているのかどうか。
次に、彼女を疑った。本当に目の前にいる女の子には実体があるのかと。
最後に、力を疑った。本当に何も起きていないのかどうかを。
答えは肯。僕は彼女に触れているのに、何も起きていない。
「パル?どうしたの?」
まさか、セラが枯渇したわけではないだろう。そうしたら僕はこの場に立ってはいられないだろうから。
「パル?お~~~い」
ちゃんと僕の右手で彼女に触れている。手のひらは柔らかな髪の感触が伝わってくる。
つまり―――――――
「こら!パル!」
「うわっ!」
「何度読んでも返事ないから大声で叫んじゃったよ……。どうかしたの?」
「い、いや。何でもないよ」
「何でもある返事だと思うな~~。怪しい!」
「え!?そ、そんなこと言われても」
指を指されても困る。
「ほら!何かあったんでしょ!言ってみなさい!」
「え!?……い、いや何もなかったけど」
「ホントに?この年でもう頭の上の方の髪が少ないとか、髪の毛がごわごわしていたとか………あれ?もしも何かあったら私の髪に何か問題があったっていうこと!?」
いや、僕の心情的な問題で何かあったっていう可能性もあると思うし、実際今回はそうだったんだけど。
「あわわわわ。どうしよどうしよ。いやでもここはいさぎよく自分の不備を認めることで、若いからまだどうにかなるって考えて………でもでも若い時からそんなのだったらとってもとっても問題なわけで!!」
目の前で七面相をやっているアルクを見て、僕は心が落ち着くのを感じた。
「さ、さあパル正直に言って!私の頭がどうなっているかということを!」
「どうもなってないよ」
「え?ホントに?嘘じゃない?」
「本当のことだよ。ごわごわしてなくて、むしろサラサラで綺麗な髪だった思うよ」
「ホントに?よかった~~~」
へなへなと崩れ落ちた。そんなに心配だったのか。
「髪は女の子の命だって言うからかな」
「そうだよお~~~」
「まあ、地べたに座ってるのもあんまり良くないと思うから、立って」
手を差し伸べる。
「ありがと~」
彼女が僕の手を掴んだ。
やはり何も起きなかった。
「ふう」
彼女がスカートをはたく。
「安心しちゃったらお腹すいちゃった。パル、私帰るね」
「ああ。うん。それじゃ、また明日」
「うん!また明日ね~~」
曇りのない笑顔で教室から出て行った。
僕は少しの間、そこから動けないでいた。
最後にゴォーン、ゴォーンと鐘が鳴る。気づけばいつもなら家に帰っている時間だった。
生徒に下校を促す放送も入る。
それを聞いて、ようやく僕は教室から足を踏み出せた。
帰り道も夕飯を作っている間も、アルクのことを考えた。
今日何も起こらなかったのは偶然のことか、必然的だったのか。
必然だと思いたい。
もしも偶然だとしたら、また一人ぼっちの砂漠に投げ込まれる気分だ。
今日のことが本当にあったことで、必然的な出来事であったことを何かに願いながら
意識が暗闇に落ちた。