学園での日常‐3
6010年7月16日
朝はいつも通り少しぼーっとした後で動き始めた。
機械的に動き、いつもと同じように他の人よりも遅めに校門をくぐる。
校門から本校まではそれなりに距離がある。そこまでの道は石畳の道で舗装されているわけだが、その右側にグラウンドがある。そこから、黄色い悲鳴が上がった。
「今日もかっこいいー!!!!」
「凛々しいお姉さま………素敵ですわ!!!」
「はぁ~~~~、いいですわね~~~~~」
中心にいるのはおそらく最も有名な1年生、カタリナだった。
そんな彼女が観衆に向かって少し手を振る。
「きゃ~~~~~~~!!!」
まるで、というよりもアイドルの追っかけそのものだった。彼女たちにとってカタリナはアイドルとさほど変わりない存在なのだろう。
それらを後目に、僕は本校の中に入っていった。
僕の席の右隣の席とその手前の席は両方とも空いていた。イザは今日もまた休みのようだ。もしかしたら遅れてくるかもしれないが、たぶん今日は来ないだろう。そんな気がする。
「いよう」
話しかけてきたのはここのクラスでもないはずのフレンだった。
「朝からテンション高そうだね」
「応ともよ」
「無駄に男らしいし」
「………やめやめ。テンション高いのは本当だけど男らしすぎるってのも勘弁だわ」
「うん。正直言うと似合わないよりもキモいっていう感想をつけたい」
「ぐはっ」
「ほら苦しんでる場合じゃないよ。始業の鐘が鳴るまで時間余りないんだから」
「誰のせいでしょうかねえ!」
「?」
「もう、ええわ」
ゴォーン、ゴォーン。無情にも鐘は鳴る。
「ちっくしょー、また後でくるわ」
「分かったよ」
おかしいぐらい短い朝のHRも終わり、1時間目が終了してすぐのことだった。
「おらぁ!」
大声を上げてフレンが僕の方に詰め寄ってきた。
「行くぞ」
「え?」
「とりあえず着いてきなって」
「え?………え??」
腕を捕まれ強制的に連行された。
「ちょ、ちょっとどこに行くんだよ!」
「カタリナのところ」
「は?何で?」
「そろそろインタビューしようと思ってた」
「唐突だね」
「いつものことだし。それと、あっちの方はちゃんとやってるから」
「それはいいけど何で僕も連れていくの?」
「何となく」
「何となくで連れて行かされてたまるかぁぁぁ!!!」
しかし、抵抗できずに僕は1年生の教室に連れて行かれた。
「何だ?何の用だ」
「インタビューです」
廊下に彼女を呼びだした。
「そこで息切らせている奴は何だ」
「あ、これは気にしなくてもいいよ」
「じゃあ……連れて……来るな」
「ほんでいろいろと聞きたいことがあるんだけど?」
「お断りだ。答える義理もない。そもそもおまえたち誰だ」
「ああ。俺はフレン。新聞部部長だ。そこで息切らしてるのがパルミラ」
「私はカタリナ。カタリナ・ノルティモだ」
「うん。知ってる。有名人だからね」
「ふん。なりたくてなった訳じゃないさ」
「ほんじゃ、まずは恋人は?」
「い、いるわけないじゃないか。というか何でそんな質問するんだ」
「へぇ。んじゃ何で不良を叩きのめしてるの?」
「………許せないじゃないか」
「ほぅほぅ」
「当たり前のことだ。悪いことは許せないじゃないか」
「にゃるほどねぇ」
「もういいか。これから授業があるのだが」
「最後にいいかな」
ひとつだけ僕も聞きたいことがあったので、口を挟んだ。
「最後だぞ」
「君は9.11の被害者かい?」
空気が変わった。同時にゴォーンと鐘が鳴った。
「………失礼する」
そのまま教室の中に消えていった。
「なんで分かったん?セラのおかげか?」
「いや。ただの勘だ」
「そうかい」
「とりあえずは、だ」
「ん?どうした」
「ここから移動しないか?」
こちらに向かって教師が移動してきた。
「ああ。逃げるか」
「逃げるの!?教室に戻るんじゃなくて!?」
教師が出てきた階段とは反対側の階段から上の階に上った結果、どうにか気づかれる前に教室にたどり着くことができた。
昼休みの前の授業が長引いてしまった。気弱な教師の割になぜか長引かせた。きっと、あの教師の悪口が教室で飛び交っていることだろう。
「さて」
いつもの森に着いた。弁当の包みを開き、一人寂しく食べ始めた。
……いや、いつも一人で食べてるからね!別に友達いない寂しいやつとかじゃないから!
まあ、一応ちゃんとした理由があるわけですが。いつも考えながら食事するため、他の人と食べていたら、話を聞かないだろうと考えたので1人で食べている。
なので、今日はこの森について考えていた。
通称、赤い森と呼ばれるこれは学内の敷地の半分以上を占めていて、果てが見えない。そしてこの森はいろいろな噂が絶えないところでもある。
曰く、この森で一年に一度消えてなくなる人がいる、とか。
曰く、この森の奥地まで行くと二度と帰っては来られない、とか。
曰く、夜になると獣のうなり声が聞こえる、とか。
曰く、首を吊った人が何人もいる、とか。
ありそうなことから絶対になさそうなことまで。まあ、本当にいろいろとあるのだが1つだけ僕の興味を引いたものがあった。
曰く、この森の中心部には、劣化コピー版のオルティウス湖が存在する、ということだ。
オルティウス湖とはこの世界の中心にあると考えられている湖のことだ。しかし現実は、世界の真ん中部分は海に当たるので、そんなところに湖が存在できるわけがないことから、伝説だと言われている。
この湖に対してはたった一つの伝説が残されている。それは、訪れた者の願いを叶えるということだ。それ以外の伝承はないのもオルティウス湖の謎だ。
さて、こちら側の湖の話に移ろう。こちらも同じように願いを叶える力があるされている。実際、そこにたどり着いて願いをかなえてもらった人がいる、ということをフレンから聞いたのだ。あいつの情報は割と信憑性が高いため、もしかしたらあるかもしれない。
僕には叶えたい願いがある。たとえ――――
例え、どんなことをしたとしても。
ふと気づくと、いつもここにいる彼女がそこに立っていた。
「…………」
彼女の目線は僕と膝の上に置かれた僕の弁当の間を行き交っていた。
「…………」
「…………」
「……どしたの?」
「……別にどうも―――」
グゥ~。
気のせいか僕の前方から聞こえた気がした。
「…………」
「…………」
「……私じゃない」
「……僕は何も言ってないんだけど」
「…………」
僕の指摘に口を閉じた。
「…………」
「…………」
「……食べる?」
「………いや。お金もらってきた」
「でも、今から購買に行っても多分買えないよね」
「…………」
「…………」
「…………」
「……やっぱり食べ―――」
「っ――――――」
無言の後、口を開きかけた矢先に彼女はダッシュで逃げ出した。
「あ、ちょっと!」
立ち上がって追おうと思ったが、いかんせん弁当が邪魔だった。彼女はいつの間にか見えないぐらいのところまでに行っていた。
「ま、いいか」
仕方ないので、また昼食を食べ始めた。食べ終わる頃には昼休み終了5分前になる鐘の音が聞こえた。
放課後。半ば諦めながらもいつものように生徒会前のドアに立っていた。ノックを3回し
「失礼します」
と奥の方に向かって声を投げかける。
「ノックは3回じゃなくて4回でしょう」
「そんなに親しいものでしたっけ」
「あら。パルは私とそんなに親しくないと思っているのかしら」
「個人的にはそうだと思っています。けど、この部屋に入ることは事務的な事柄なので」
いつもの席に腰かけると(深い意味はない。ただ、たまたま毎回毎回座っているだけであって、僕に決まった席なんてものは存在しない!)目の前についさっき煎れられたばかりの紅茶があった。
「あれ、僕が来るのがいつなのか分かっていたんですか?」
「うふふふふ」
「…………」
特に何も突っ込まずにいることにした。
恐ろしいしね。
「おいしいです」
「ありがとう」
「それはこちらのセリフですよ」
「ふふふ。さて、本当にそうかしら?」
「どういう意味ですか」
「例えば、実験台になってくれてありがとう、とか」
背中に冷や汗が伝う。
「と、特に変なものとか入ってませんよね?」
「多分入れてないわよ」
「多分って何ですか!入れている可能性もあるということですか!」
「まあ、昨日あるところから白い粉が手に入ったから間違えてそれを入れちゃった、なんてことはあるかもしれないわね」
「白い粉!何の白い粉ですか!?もしかしてそれってやばい奴じゃないんですか!?」
「やあねえ。ただの風邪薬よ」
「…………」
ぐぅの音も出ない。からかわれただけ、そう考えて半分ほど残っていたそれを飲み干した。
「おかわりはいるかしら?」
「変な薬が入っていないのなら」
僕の目の前に1つのカップが置かれ、その後で2つのカップをテーブルの上に………
「何で2つ置くんですか?レネさんが飲むにしても1つだけでいいでしょう」
「何でって。ああ。多分もうそこに………」
「「どうもです。先輩方」」
「はい。よく来てくれたわね」
「あれ、先輩。どうして汗かいてるんですか?」
「ここの部屋、冷房が効いていて寒いくらいですよね?」
「何も問題ないさ」
冷房よりも冷たくなったのは間違いない。
体ではなく心のどこかが。
「あ、そうそう。明日はここに来なくてもいいからね」
「そうなんですか?」
「ええ。来てもらってもいいけど明日は私がいないから」
「何の用事があるんですか?」
「こらっ。レネ先輩に失礼でしょう」
「いえ。いいのよ。ただ単に私用があるだけなんだから」
そう言って、少し微笑んだ。
「まあ、分かりました。明日は休みということで」
「了解です」
「じゃあ、さっさと帰っていいですね」
「ええ。そうしてちょうだい」
そこからは談笑が続いた。穏やかな時間だった。と思っておく。白い粉なんてなかったと思っておく。カップの底にはなにもなかった、そう思っておく。
「レネ先輩、これなんですか?」
「ええ、それはーーー」
そんな会話は僕たちはしていない。していないんだ。
夕方。何のことはない。今日必要か必要でないか微妙な物が教室にあっただけの話だ。取りに帰ってもいいしそうでなくともいい。
考えた結果、ないよりある方がいいと思い取りに行った。
机の中にあるそれを取って、帰った。もちろんこんな遅い時間には誰もいなかった。
闇の中から、光の中へ。
目が覚めた。
6010年7月16日
覚醒。というほどはっきりしているものではないのだけど。
ベッドから抜け出さないと寝てしまう気がするので、どうにか這い出た。
機械的に動き、いつもと同じように他の人よりも遅めに校門をくぐる。
校門から本校まではそれなりに距離がある。そこまでの道は石畳の道で舗装されているわけだが、その右側にグラウンドがある。そこから、黄色い悲鳴が上がった。
「今日もかっこいいー!!!!」
「凛々しいお姉さま………素敵ですわ!!!」
「はぁ~~~~、いいですわね~~~~~」
中心にいるのはおそらく最も有名な1年生、カタリナだった。
そんな彼女が観衆に向かって少し手を振る。
「きゃ~~~~~~~!!!」
まるで、というよりもアイドルの追っかけそのものだった。彼女たちにとってカタリナはアイドルとさほど変わりない存在なのだろう。
それらを後目に、僕は本校の中に入っていった。
僕の席の右隣の席は空いていた。イザは今日もまた休みのようだ。もしかしたら遅れてくるかもしれないが、たぶん今日は来ないだろう。そんな気がする。
「いよう」
話しかけてきたのはここのクラスでもないはずのフレンだった。
「朝からテンション高そうだね」
「応ともよ」
「無駄に男らしいし」
「………やめやめ。テンション高いのは本当だけど男らしすぎるってのも勘弁だわ」
「うん。正直言うと似合わないよりもキモいっていう感想をつけたい」
「ぐはっ」
「ほら苦しんでる場合じゃないよ。始業の鐘が鳴るまで時間余りないんだから」
「誰のせいでしょうかねえ!」
「?」
「もう、ええわ」
ゴォーン、ゴォーン。無情にも鐘は鳴る。
「ちっくしょー、また後でくるわ」
「分かったよ」
僕たちのやりとりを見ていたアルクが、なぜか笑っていた。
おかしいぐらい短い朝のHRも終わり、1時間目が終了してすぐのことだった。
「おらぁ!」
大声を上げてフレンが僕の方に詰め寄ってきた。
「行くぞ」
「え?」
「とりあえず着いてきなって」
「え?………え??」
腕を捕まれ強制的に連行された。
「ちょ、ちょっとどこに行くんだよ!」
「カタリナのところ」
「は?何で?」
「そろそろインタビューしようと思ってた」
「唐突だね」
「いつものことだし。それと、あっちの方はちゃんとやってるから」
それを聞いて安心した。一応ちゃんとやってくれているようだ。
「それはいいけど何で僕も連れていくの?」
「何となく」
「何となくで連れて行かされてたまるかぁぁぁ!!!」
しかし、僕より強い力のフレンに抵抗できる訳もなく、僕は1年生の教室に連れて行かれた。
「何だ?何の用だ」
「インタビューです」
フレンが後輩の子に頼んで、廊下に彼女を呼びだした。
「そこで息切らせている奴は何だ」
「あ、これは気にしなくてもいいよ」
「じゃあ……連れて……来るな」
「ほんでいろいろと聞きたいことがあるんだけど?」
「お断りだ。答える義理もない。そもそもおまえたち誰だ」
「ああ。俺はフレン。新聞部部長だ。そこで息切らしてるのがパルミラ」
「私はカタリナ。カタリナ・ノルティモだ」
「うん。知ってる。有名人だからね」
「ふん。なりたくてなった訳じゃない」
「ほんじゃ、まずは恋人は?」
「い、いるわけないじゃないか。何でそんな質問するんだ」
「へぇ。んじゃ何で不良を叩きのめしてるの?」
「………許せないじゃないか」
「ほぅほぅ」
「当たり前のことだ。悪いことは許せないじゃないか」
「にゃるほどねぇ」
「もういいか。これから授業があるのだが」
彼女はそう言ったが、僕には彼女に聞きたいことが一つだけある。その質問をぶつけてみるか?
「最後にいいかな」
ひとつだけ僕も聞きたいことがあったので、口を挟んだ。
「最後だぞ」
「君は9.11の被害者かい?」
空気が変わった。同時にゴォーンと鐘が鳴った。
「………失礼する」
そのまま教室の中に消えていった。
「なんで分かったん?セラのおかげか?」
「いや。ただの勘だ」
「そうかい」
「とりあえずは、だ」
「ん?どうした」
「ここから移動しないか?」
こちらに向かって教師が移動してきた。
「ああ。逃げるか」
「逃げるの!?教室に戻るんじゃなくて!?」
教師が出てきた階段とは反対側の階段から上の階に上った結果、どうにか気づかれる前に教室にたどり着くことができた。
昼休みの前の授業が長引いてしまった。気弱な教師の割になぜか長引かせた。きっと、あの教師の悪口が教室で飛び交っていることだろう。
「さて」
何となくパンを買いたい気分なのだが、お金を使ってでもパンを買うか?
「買ってしまった………」
買った後に結構、後悔した。今月は若干消費を押さえないといけないことになってしまった。でもいいや。しょうがない。食べたくなってしまったんだから。
森に着いた。パンを買いに行っていたことと、授業が遅くなったことから、いつもここにいる彼女はいないと思っていた。しかし、
「…………」
向こうが森の中から出てきた。彼女の目は僕と僕の手に持っている弁当の間を行き交っていた。
「…………」
「…………」
「……どしたの?」
「……別にどうも―――」
グゥ~。
気のせいか僕の前方から聞こえた気がした。
「…………」
「…………」
「……私じゃない」
「……僕は何も言ってないんだけど」
「…………」
僕の指摘に口を閉じた。頬が赤くなっていないけれど。
「…………」
「…………」
「……食べる?」
「………いや。お金もらってきた」
「でも、今から購買に行っても多分買えないよね」
「…………」
「…………」
「…………」
「今日の僕は弁当じゃなくてパンが食べたい気分なんだ」
「…………」
「でね、このままじゃ弁当が余っちゃうんだけど」
「…………」
「あ~あ。誰か食べてくれないかな~」
少しあざとすぎるかなあと思いつつ、言ってみた。
彼女の目線はパンと僕の間を行き交っている。
「………………………食べないなら」
「ん?」
「食べないなら…………………………もらう」
「どうぞ」
「…………」
無言で受け取り
「あ」
森の奥へ消えていった。止める間もなかった。
「弁当箱どうやって返してもらおう………」
まあ、隣のクラスということを考えればどうにでもなる気がする。僕はカバンからパンを取り出し食べ始めた。
放課後。どうやら、明日は生徒会室に行かなくても良いようなので、明日文句は言われることはないと思われるが、今日はどうする?
明後日ぐらいに文句を言われそうな気がしたので、半ば諦めながらもいつものように生徒会前のドアに立っていた。ノックを3回し
「失礼します」
と奥の方に向かって声を投げかける。
「ノックは3回じゃなくて4回でしょう」
「そんなに親しいものでしたっけ」
「あら。パルは私とそんなに親しくないと思っているのかしら」
「個人的にはそうだと思っています。けど、この部屋に入ることは事務的な事柄なので」
腰かけると目の前についさっき煎れられたばかりの紅茶があった。
「あれ、僕が来るのがいつなのか分かっていたんですか?」
「うふふふふ」
「…………」
特に何も突っ込まずにいることにした。
恐ろしいしね。
「おいしいです」
「ありがとう」
「それはこちらのセリフですよ」
「ふふふ。さて、本当にそうかしら?」
「どういう意味ですか」
「例えば、実験台になってくれてありがとう、とか」
背中に冷や汗が伝う。
「と、特に変なものとか入ってませんよね?」
「多分入れてないわよ」
「多分って何ですか!入れている可能性もあるということですか!」
「まあ、昨日あるところから白い粉が手に入ったから間違えてそれを入れちゃった、なんてことはあるかもしれないわね」
「白い粉!何の白い粉ですか!?もしかしてそれってやばい奴じゃないんですか!?」
「やあねえ。ただの風邪薬よ」
「…………」
ぐぅの音も出ない。からかわれただけ、そう考えて半分ほど残っていたそれを飲み干した。
「おかわりはいるかしら?」
「変な薬が入っていないのなら」
僕の目の前に1つのカップが置かれ、その後で2つのカップをテーブルの上に………
「何で2つ置くんですか?レネさんが飲むにしても1つだけでいいでしょう」
「何でって。ああ。多分もうそこに………」
「「どうもです。先輩方」」
「はい。よく来てくれたわね」
「あれ、先輩。どうして汗かいてるんですか?」
「ここの部屋、冷房が効いていて寒いくらいですよね?」
「何も問題ないさ」
冷房よりも冷たくなったのは間違いない。
体ではなく心のどこかが。
「あ、そうそう。明日はここに来なくてもいいからね」
「そうなんですか?」
「ええ。来てもらってもいいけど明日は私がいないから」
「何の用事があるんですか?」
「こらっ。レネ先輩に失礼でしょう」
「いえ。いいのよ。ただ単に私用があるだけなんだから」
そう言って、少し微笑んだ。
「まあ、分かりました。明日は休みということで」
「了解です」
「じゃあ、さっさと帰っていいですね」
「ええ。そうしてちょうだい」
そこからは談笑が続いた。穏やかな時間だった。
夕方。教室に入る。
「毎日来る訳じゃないんだね」
「水曜日はバイトがあるんだ」
教室に入るとアルクがいた。
「ふうん。だから、一昨日は来なかったんだ」
「忘れていたわけじゃなかったんだけどね。でも、バイトの方をさぼると命に関わるから」
「小遣い稼ぎじゃないんだ」
「いや、店主の人に怒られるっていう意味なんだけどね」
あの人は怒らせると怖い。
「それはご苦労様です」
笑顔で返された。
「うん」
生返事しか返すこともないので、とりあえず外を見た。
「今日は楽しかったの?」
何の脈絡もないが、前回僕がそう言ったからだろう。
「今日はあまり楽しくなかったよ」
「一昨日は?」
「一昨日も同じ」
アルクが来たあの日以降は、そんなに変わったこともなく世界は回り続けていた。
「じゃあ、私がいる意味はあまりなかったのかな」
誰にもわかるぐらいに目に見えて落ち込んだ。
そんな彼女を見て言おうか言うまいかほんの少しだけ迷った。
「少なくとも今は」
「?」
でも、言うことにした。
「少なくとも今は楽しい」
「ほんとに?」
「うん。ほんとのことだよ」
今は未来で見たことではないから。
「なら、いいこと……なんだよね?」
「うん。そうだよアルク」
特に悪いことも起こらない。今の時間にここに来ると落ち着ける。
「どうやったら、パルがいつも楽しくなれるのかな」
眉間にしわが入って、うぅーってうなってる。
「とりあえずその顔止めたら?」
「うーんと、整形した方がいいよってこと?」
いきなり突拍子もないことを言ってきてびっくりした。
「違う違う。表情の方」
「どうして?」
「女の子がしわ寄せていたら後後で大変なことになるってこと」
「まだ若いからきっと大丈夫だよ」
おばさんという年齢に当たる人に聞かれたら、怒られそうな一言だった。
「そういうことあまり言わない方がいいよ」
「難しいよ。そんなこと言われても分かんない」
「そうかな?」
言わないことが分かんないのか、言ってることそのものが分かんないのかは僕にも判らない。
「そうだよ」
また、うぅーってうなっていた。
「後、僕が楽しくなるっていうことは別に考えなくてもいいと思うよ」
「おぉぅ」
「ん?」
「そういえばそんな話だったね」
どうやら忘れていたようだ。その間もずっと眉間にしわが入っていたけど。
「うぅーん。パルが楽しいっていう話かぁ~」
「なんか唸っているの見たら、壊れかけの機械みたいだね……」
うんうん唸っている。少し見ていられない気分になった。
「僕が楽しくなるってことを考えなくてもいいと思うよ」
「なんでそういうこと言うかなぁ」
「どうしようもないことだからね」
うん。どうしようもないことだ。そりゃあ、まったく楽しくない人生だったかと言われればそんなわけはない。でも、この力のおかげで半減以下になったのは事実だ。けれど、
「それに、今は楽しいから問題ないよ」
「うーん。だったらいいか!」
ようやくこの前も見たきれいな笑顔を見せてくれた。
「じゃあ、僕は帰るけど、アルクは」
「え」
言いづらくなったな。そんなに落ち込まれたら。仕方ない。別の言葉を使うとしよう。
「一緒に帰る?」
「ううん。いい」
振られてしまった。
「そっか」
「うん」
「それじゃ」
扉を開ける。
「明日は」
「うん?」
彼女の方に振り返った。
「明日は会えるよね」
「うん」
それは絶対とは言わないけれど。
「じゃあ、また明日」
「うん。また明日」
彼女に背を向けて歩き出した。
下校中、考えていたことは振られた時に見せた彼女の表情だ。
悲しみやさみしさやいろんなものがないまぜになっている表情。
それが少し気にかかっていた。
今回はまだ、必要なので未来の夢と現実に起こることの両方を書いていますが、しつこいと思われる方はいらっしゃいますでしょうか。
しつこいと思われた方はここの感想もしくは下記のメールアドレスにその旨を書いてくだされば作者が幸せになります。
leonhardt0724あっとまーくyahoo.co.jp
(あっとまーく=@)
そういうのでなくても、たとえ厳しい意見でももらえれば励みになると思いますのでよろしくお願いします。