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学園での日常‐2

          6010年7月14日


 7時に目が醒めた。割といつも通りである。寝起きでというよりは、いつものことではっきりとしない頭は少しの間ぼーっとし、どうにか動いた。

 機能的に動く。洗濯機を回し、朝食を作り、食べ終わったころに洗濯機が止まり、服を干して、家を出た。


 空は曇っていた。しかし、今日は雨は降らないことになっている。おそらく降るのは明日の真夜中ぐらいからだろう。

 学校に着いた。時刻は始業10分前ぐらい。普段にしては早い方である。

 教室の中にはいる。いつも通りこの時間は少しうるさくて、しかし、僕の席の右斜め前には誰もいなかった。

「よう」

「ん? どしたの? 珍しいね」

 朝からフレンが僕の教室に来ていた。

「なにかあったの?」

「何かあったってお前、昨日お前のクラスに転校生が来ただろう」

「え? そんな話、聞いてないよ?」

 寝耳に水だ。昨日はいつもと変わり映えのない日を送ったはずだ。

「そんなバカな。だいたい……」

 ゴォーン、ゴォーン。鐘が鳴った。始業の鐘だ。

「まずい。じゃあな!」

 教室にダッシュで帰っていった。

「なんなんだ、一体……」

 なにか良く分からないまま、HRもいつの間にか終わっていた。


 3時間目。特別棟に行く授業があった。

「今日は実験か……」

「何するんだろうねー」

「授業がないのは楽だよねー」

 特別棟とは校舎よりも少し離れたところにある塔のことだ。5階建てで形状は塔そのものだ。何故校舎よりも少し離れたところにあるのかというと……たとえ危険なことが起こっても問題ないように、だそうだ。危険なことが起こること前提にするのはやめてほしい。


 さて、実は校舎を挟んで反対側にも塔が存在する。前に少しふれたことがあるがこちらが部活棟だ。同じく5階建てで、こちらは多少うるさくても問題ないようにだそうだ。事実、ここは部活をやるというやる気の奴が多く、朝からなかなかにうるさい。この学校には軽音楽部もブラスバンド部も存在しているので、校舎にあったら文句が続出するだろう。とはいえ、聞こえるときは聞こえるのだが。


「向こうには初めて行くよね。教えてあげよっか?」

 何人かの女子が何もないところに話しかけていた。


 実験棟2階。今日は科学の実験をするためにこちらに連れてこられた。

「今日は炎色反応についてだ。適当に始めてくれ。火傷だけには気をつけること」

「適当だな……」

「まあ、こんなものだろう」

 なんらかの物質を投入したら火の色が変わるというだけだしな。


 特段何が起こるわけでもなく授業は終了した。後1時間で昼食の時間になる。もう少し耐えよう。


 昼食の時間。今日は誰とも会わなかったがいつもの場所に着いた。そこにも誰もいなかった。

「ん?」

 俺が昼食を食べ終わった頃だろうか、あの女の子が僕を見下ろしていた。

「…………」

「な、何かな?」

「……今日も追ってくるの?」

 初めて声を聞いた。分かっていたはずなのに驚いた。

「あ、ああ。この森の奥に何があるのか興味あるしね」

「……それだけ?」

「そうだね。他の理由としては、君にも興味があるのだけど?」

「……そう」

 女の子は森の中に入っていった。

 一体この奥に何があるのか。僕はまたほんの少し興味がわいた。


 昼休みが終わり、授業もすべて終了した。

 今日もまた生徒会室に行くわけではなく、今日はバイトの日だ。学校から直接店の方に出向くことになっている。他にやることもないし行くとしよう。


「「こんにちは先輩」」

「やあ、お疲れ」

 途中で双子と合流した。

「君も手伝うの?」

「はい!」

「まあ、いつものことですから」

 僕は漆原と同じ職場になる場所に向かう。

 それもそのはずだ。僕が働いているのは漆原の実家に当たる『キリハ書店』 町の中にあるこじんまりとした書店だ。

「いらっしゃ……おお、パルミラ君」

「どうもです。店長」

 店長は漆原のお父さん。名前は聞いていないので店長と呼んでいる。かれこれ1年半ぐらいここでバイトしているがそういえば知らないなと思った。

「いつもいつもすまないねえ」

「それは言わないお約束ですよ」

「「いつから夫婦になったんですか」」

「今日ももう来ているからよろしく頼むよ」

「了解です」

「スルーされた」

「そうね。まあ、お父さんはスルーしないとお母さんに殺されるからね」

「しょうがないか」

「しょうがないと思うよ」

 僕は君たちの芝居の方がしょうがないと思うよ。だいたい、店長も僕も男じゃないか。まったく。

 店の奥へと向かう。毎週この曜日は本が入荷される曜日なので、それをジャンルごとに分けて店に出すのが僕の主な仕事だ。かなりの重労働で男手が必要になる仕事だ。いつもは泪が開けて並べているのだが、この曜日は普段よりも格段に多いので、この曜日にバイトに入るようにしている。次の日は休みなのでちょうどいい。

「さて、今日もやるか」

「手伝います」

 泪が入ってきた。

「いつもやっているんだから別にしなくてもいいのに」

「俺は好きでやってるんで」

「そう。まあ、僕としても助かるけどね」

「いつもいつもすいません」

「…………」

「あれ!? 無視ですか!」

「バイト代もらってるから気にしなくてもいいよ」

「そ、そうですか」

 何故か少し残念そうな顔だった。何故だろう。別に普通のことを言ってるだけなのに。

「さて、片づけるよ」

「はい」

 段ボールを開けて必要な分を指定の場所に運ぶ。段ボールそのものを運ぶこともあり、その場合相当重いものを運ぶことになるのでとても大変だ。

「ありがとうございましたー」

 うるはがレジカウンターで働いていた。どうやら店長は休んでいるようだ。

「お疲れ」

「お疲れさまです。お茶どうぞ」

「ありがとう」

 よく冷えた麦茶はおいしかった。

「俺にもちょうだいよ」

「必要?」

「あのね、うるはが飲んだからって俺の喉が潤されるわけじゃないんだから」

「はいはい」

 泪も飲んだ。さて、もう少しで終わるだろう。


「ふう。これで終わりかな?」

「お疲れさまです」

「とはいえまだ時間はあるね」

 いつもだいたい8時くらいまで働いている。

「はたき掛けをお願いですますか」

「ああ。分かったよ」

 はたき掛けも本が汚くならないために重要な仕事だ。やっておかなければならない。

「ふう」

 店中といってもそんなに大きくない書店なので、掃除する範囲もたかが知れている。すぐに終わってしまった。

「終わったよ」

「ご苦労様です。もう少ししたら夕飯が出来ますから」

「ああ。だから途中からあっちはいなかったのか」

「先輩を含めた人数分の料理を作っていますので、ぜひ食べていってください」

「え? いや、僕はいいよ」

「このまま食べていかれないのでしたら、一人分多く作ったものが無駄になります。ですから、無駄にしないためにも食べていってくださいね」

「だから」

「どうしても家で食べなければならないとおっしゃるのでしたら誘いませんけど、いけませんか?」

「うっ」

 良心をえぐるような言い方とこの上目遣い。これで何人の男を騙してきたのかは分からないけれど、乗らざるをえなかった。決して、そう決して、僕もまた屈服したわけではない。

「作ってもらったのならしょうがないか。ありがたくいただくよ」

「ほんとですか!!」

「ああ」

「よっし! 楽しみにしておいてくださいね先輩!」

「あくまで作るのはあっちのはずだけどなぁ」

 御相半に預かることになってしまった。


 結論から言おう。さすがに天才と言われているだけあってなのだろうか、料理は美味しかった。

「僕の作るものとはランクが違うなあ」

「いや、そんなことはないですよ」

「でも、ありがとうございます。先輩の舌にあっていてほっとしました」

 ちなみに食卓にいるのは、僕と漆原のみ。店長はすでに夕食を食べていたので、現在は店にいる。

「うん。卵焼きも美味しい」

「もっと甘い方がよかったですか?」

「いや、これぐらいがちょうどいいよ」

「ふむふむ」

「あ、でも弁当は作らなくてもいいからね」

「「!!!!」」

「ん? もしかしてそのつもりだった?」

 食卓に並んでいるものが、弁当の中によく入っているレパートリーなので冗談のつもりで言ってみたのだが、当たったらしい。

「そうしてもらうと僕がダメ人間になるからね。さすがにそうなるわけにはいかないよ」

「……別にいいのに」

「構わないんですけどねー」

「ダメだ。君の弁当を昼食として食べていたら普通の料理じゃ満足できなくなる。餌付けされてるみたいじゃないか」

「先輩を餌付け……」

「……ふふ。ふふふふふ」

「え? ええ? ちょっと?」


 今後の自分に不安を抱きながらも夕食を食べ終わり、店長に挨拶してから店を出た。午後9時。

 特にすることもないと感じ、ドアが閉まっている商店街の中を歩く。当てもなく、少しずつ自分の家に近づいていく方へと。

「やほー、久しぶり?」

 ふと気づくと隣を歩いている人がいた。

「おそらくあなたとは会ったことがないと思う。覚えていないから」

「少しだけ残念だねー。まあ、しょうがないか。たったの1日、それも映像だったものねー」

 何の話なのか理解が出来ない。

「まあ、いいや。伝えたいことがあったから来たんだ」

「伝えたいこと?」

「ああ」

「特に心当たりはないよ」

「まあまあ。この後ちょっとだけ大変なことがキミに降り懸かりそうだからさ」

「そう」

 特に興味を抱かなかった。

「キミの日常が変化する一つの石が投げ込まれたよね」

 僕が黙って歩いているとその人は続ける。

「それは良くも悪くもキミの日常を変えていくものだ」

 唄うように。囁くように。

「だからこそキミは、キミの石を持ち続けなければならないよ」

「石?」

「そう。石だ。キミの中にある炭素の固まりの原石。それはとても堅いものだけど、炎には弱い」

「…………」

 炭素の固まり。ダイアモンド。決して欠けることのない金剛石。

「もしも形を変えることなく突き進むことが出来たのなら、キミはきっと大丈夫だ」

「ダイアモンドカットを、自分で行ったら?」

 硬度の高いダイアモンドは、それゆえに削る際に同じダイアモンドで削らなければ削れない。

「そういえばそうだね。でもキミは今までもしなかったじゃないか」

「でも、してしまうかもしれない。もうすぐ終わりそうな気がするんだ」

「そうか。それもまた仕方のないことだね。私は手出しが出来ないし」

 特に僕を止めるということは考えていないらしい。

「でも、それが一番綺麗な終わり方なのかもね」

「…………」

「否定してほしかったの?」

「いや」

 そんなことは誰にも望まない。

「そうでないと出来ないことだからね」

 家が見えてきた。

「終わりか」

「うん。僕の家はそこだから」

「じゃあね。パルが意志を貫き通せることを祈っているよ」

「ありがとう。ニセモノの……」






穏やかに目覚めた。






         6010年7月14日


 7時に目が醒めた。割といつも通りであるが、今日は頭がぼーっとするようなことはほとんどなかった。夢の中身は特段変わったことはないのだけど。

 機能的に動く。洗濯機を回し、朝食を作り、食べ終わったころに洗濯機が止まり、服を干して、家を出た。


 空は曇っていた。しかし、今日は雨は降らないことになっている。おそらく降るのは明日の真夜中ぐらいからだろう。

 学校に着いた。時刻は始業10分前ぐらい。普段にしては早い方である。

 教室の中にはいる。いつも通りこの時間は少しうるさかった。右隣の席は空いていたのだが、右斜め前の席にはアルクが座っていた。

「…………」

 振り返って手を少し振ってきた。僕も少し振り返した。

「よう」

「ん? どしたの?」

 朝からフレンが僕の教室に来ていた。

「何かあったのか?」

「何かって?」

「今の。知らないとは言わせないぞ」

「ただ単に向こうが手を振ってきたから何となく返しただけじゃないか」

「へぇ。まあ、いいけど」

 ゴォーン、ゴォーン。鐘が鳴った。始業の鐘だ。

「おっと、まずい。じゃあな!」

 教室にダッシュで帰っていった。

「忙しいんだな」

 気づいたらHRもいつの間にか終わっていた。


 3時間目。特別棟に行く授業があった。

「今日は実験か……」

「何するんだろうねー」

「授業がないのは楽だよねー」

「向こうには初めて行くよね。教えてあげよっか?」

「うんうん。どんなとこなの?」

 興味深そうにアルクが聞いていた。

「今からの授業でもある実験とか、芸術を選択したらこっち側にくることになるよ」

「芸術? なにするの?」

「人によるけど音楽や美術、書道とか出来るような環境があるよ」

「ほえ~~~。すごいね~~~」

 感心したような声を上げる。

「他にもいろいろと部屋があって、中には誰が使っているのか、どんなことに使っているのか分からないものも多いんだよ」

「怖いね~~~」

「まあ、今日は行かないだろうから安心していいよ」

 根も葉もないことを吹き込むのは感心しないけどな。実際にはすべての部屋には管理者として先生がいるから、その人に部屋の用途について質問してみればいいだけの話だ。


 実験棟2階。今日は科学の実験をするためにこちらに連れてこられた。

「今日は炎色反応についてだ。適当に始めてくれ。火傷だけには気をつけること」

「適当だな……」

「まあ、こんなものだろう」

 なんらかの物質を投入したら火の色が変わるというだけだしな。


「わわわ!」

「ん? どうした?」

実験の班ではアルクと一緒の班になった。

「ビ、ビックリした……」

「もしかして火を見たことないの?」

「そんなことないよ。それぐらい見たことあるよ」

「だったら別に驚くことないと思うけど………」

「うぅ~~~~」

 唸っていた。こちらとしては普通のことしか突っ込んでないのに。

「まあ、あれで驚いたのなら今からやるのはすごいぞ」

 班の一人の男子が棒の前に物質をつけて火に近づけた。

「キレ~~!!」

「ちょっと目にまぶしいけどな」

 赤や紫、青など加える物質によって色が変わる。ある程度教えてもらっていたものの、実際に見るのとでは全く違って美しいものだった。

「すごいね~~」

「本当はたいしたことないけどな」

「ふうん。でもキレイだよねっ」

「まあ、そうだな」

 確かにその通りだった。

「ん?」

 そのとき、炎に物質を近づけていたやつが疑問の声を上げた。

「どうかしたの?」

「いや、なんかな炎が消えないんだ」

「え? ちょっと僕にも触らせてもらっていいかい?」

 その時だった。炎が燃え盛った。

「うわっ!」

「きゃあ!!」

 おびえた誰かが机を揺らす。そのはずみで台が倒れ

「危ない!!」

 アルクの方に倒れていた。

(間に合わない!)

 訳も分からぬように彼女は、とっさに目の前を自分の手でかばった。

 誰もが彼女に起こる惨状を目にしたくないかのように目をそらしていた。

 だから、きっと僕しか見ていない。

 炎が消えてしまったことを。

「へ?」

「おい、アルカンシエル大丈夫か!」

 やる気のなさそうだった担当教官はすぐに駆けつけた。

「怪我は、ないのか?」

「あ、はい。問題ないですよ~」

「倒れた時にもう止まっていたのか……。念のため、保健室に行って診察してもらってくれ」

「分かりました~」

 先生が辺りを見回す。するとなぜか俺に目が合った。

「お前、付き添いだ。本校の保健室に連れて行ってやれ」

「分かりました」

 アルクと連れ添って教室から出た。

「他のやつも今日はこれで終わりだ。片づけをしたところから戻ってよし」

 出る間際、そんな声が中から聞こえた。


「別に付き添いなんてなくてもいいのにね~~」

「……本当に無事なままなのか」

「うん! どっこも問題ないよ~~」

「そうか」

 確かにほんの少しだけ炎が当たったところで火傷はしないとは思うが、細胞が死に、少しだけでも赤くなるはずだ。

 しかし、その痕すらない。なぜだろう。倒れる前に消えたのではなく、確かに彼女に当たって炎は消えたというのに。

「どうかしたの?」

「え?」

「わたしの手、ずっと見てたよ?」

「あ、ごめん。あまりいい気分じゃないよね」

「ううん。心配してくれてるのかなあって思っただけだよ」

 なかなか直球を投げてきますね。

「どうともなってないよね」

「うん。熱くもなかったよ」

 やはり僕の見間違いなのだろうか。彼女の手に当たる前に火は消えていた。そうでないと彼女が怪我をしていない理由が分からない。

 彼女は保険医に診断を受けたものの、問題ないと判断された。きっと当たる前に炎が消えていたのだろう。倒れたら消えるようになっているタイプのものも多いようだし。そう考えておこう。


 昼食の時間。今日は誰とも会わなかったがいつもの場所に着いた。そこにも誰もいなかった。

「ん?」

 俺が昼食を食べ終わった頃だろうか、あの女の子が僕を見下ろしていた。

「…………」

「な、何かな?」

「……今日も追ってくるの?」

 初めて声を聞いた。分かっていたはずなのに驚いた。

「あ、ああ。この森の奥に何があるのか興味あるしね」

「……それだけ?」

「後、君にも興味があるのだけど?」

「……そう」

 女の子は森の中に入っていった。

 一体この奥に何があるのか。僕はまたほんの少し興味がわいた。


 今日も彼女を追ってみよう。この奥に何があるのか。まあ、いろいろな噂はあるのだけど、どれも根も葉もない。

「…………」

「なんで入っちゃダメなの?」

「……教える必要はない」

 それだけ言うと彼女は走り始めた。

「くっ!」

 急に、それも最初から全力で走り始めた彼女をどうにか見逃さないように追う。

「…………」

 速い。足に羽がついているのではないかと疑いたくなるほどだ。

 彼女に追いつけるはずもなく、ほどなくして見失った。

 上空をにらんでみるも、彼女の姿はおろか、空さえも見ることはできなかった。


 昼休みが終わり、授業もすべて終了した。今日は生徒会室に行かずに、バイトのある日なのでバイト先に向かわなければならない。学校から直接店の方に出向くことになっている。他にやることもないし行くとしよう。

「「こんにちは先輩」」

「やあ、お疲れ」

 途中で双子と合流した。

「君も手伝うの?」

「はい!」

「まあ、いつものことですから」

 僕は漆原と同じ職場になる場所に向かう。

 それもそのはずだ。僕が働いているのは漆原の実家に当たる『キリハ書店』 町の中にあるこじんまりとした書店だ。

「いらっしゃ……おお、パルミラ君」

「どうもです。店長」

 店長は漆原のお父さん。名前は聞いていないので店長と呼んでいる。かれこれ1年半ぐらいここでバイトしているがそういえば知らないなと思った。

「いつもいつもすまないねえ」

「それは言わないお約束ですよ」

「「いつから夫婦になったんですか」」

「今日ももう来ているからよろしく頼むよ」

「了解です」

「スルーされた」

「そうね。まあ、お父さんはスルーしないとお母さんに殺されるからね」

「しょうがないか」

「しょうがないと思うよ」

 僕は君たちの芝居の方がしょうがないと思うよ。だいたい、店長も僕も男じゃないか。まったく。

 店の奥へと向かう。毎週この曜日は本が入荷される曜日なので、それをジャンルごとに分けて店に出すのが僕の主な仕事だ。かなりの重労働で男手が必要になる仕事だ。いつもは泪が開けて並べているのだが、この曜日は普段よりも格段に多いので、この曜日にバイトに入るようにしている。次の日は休みなのでちょうどいい。

「さて、今日もやるか」

「手伝います」

 泪が入ってきた。

「いつもやっているんだから別にしなくてもいいのに」

「俺は好きでやってるんで」

「そう。まあ、僕としても助かるけどね」

「いつもいつもすいません」

「…………」

「あれ!? 無視ですか!」

「バイト代もらってるから気にしなくてもいいよ」

「そ、そうですか」

 何故か少し残念そうな顔だった。何故だろう。別に普通のことを言ってるだけなのに。

「さて、片づけるよ」

「はい」

 段ボールを開けて必要な分を指定の場所に運ぶ。段ボールそのものを運ぶこともあり、その場合相当重いものを運ぶことになるのでとても大変だ。

「ありがとうございましたー」

 うるはがレジカウンターで働いていた。どうやら店長は休んでいるようだ。

「お疲れ」

「お疲れさまです。お茶どうぞ」

「ありがとう」

 よく冷えた麦茶はおいしかった。

「俺にもちょうだいよ」

「必要?」

「あのね、うるはが飲んだからって俺の喉が潤されるわけじゃないんだから」

「はいはい」

 泪も飲んだ。さて、もう少しで終わるだろう。


「ふう。これで終わりかな?」

「お疲れさまです」

「とはいえまだ時間はあるね」

 いつもだいたい8時くらいまで働いている。

「はたき掛けをお願いですますか」

「ああ。分かったよ」

 はたき掛けも本が汚くならないために重要な仕事だ。やっておかなければならない。

「ふう」

 店中といってもそんなに大きくない書店なので、掃除する範囲もたかが知れている。すぐに終わってしまった。

「終わったよ」

「ご苦労様です。もう少ししたら夕飯が出来ますから」

「ああ。だから途中からあっちはいなかったのか」

「先輩を含めた人数分の料理を作っていますので、ぜひ食べていってください」

「え? いや、僕はいいよ」

「このまま食べていかれないのでしたら、一人分多く作ったものが無駄になります。ですから、無駄にしないためにも食べていってくださいね」

「だから」

「どうしても家で食べなければならないとおっしゃるのでしたら誘いませんけど、いけませんか?」

「うっ」

 良心をえぐるような言い方とこの上目遣い。これで何人の男を騙してきたのかは分からないけれど、乗らざるをえなかった。決して、そう決して、僕もまた屈服したわけではない。

「作ってもらったのならしょうがないか。ありがたくいただくよ」

「ほんとですか!!」

「ああ」

「よっし! 楽しみにしておいてくださいね先輩!」

「あくまで作るのはあっちのはずだけどなぁ」

 御相半に預かることになってしまった。


 結論から言おう。さすがに天才と言われているだけあってなのだろうか、料理は美味しかった。

「僕の作るものとはランクが違うなあ」

「いや、そんなことはないですよ」

「でも、ありがとうございます。先輩の舌にあっていてほっとしました」

 ちなみに食卓にいるのは、僕と漆原のみ。店長はすでに夕食を食べていたので、現在は店にいる。

「うん。卵焼きも美味しい」

「もっと甘い方がよかったですか?」

「いや、これぐらいがちょうどいいよ」

「ふむふむ」

「あ、でも弁当は作らなくてもいいからね」

「「!!!!」」

「ん? もしかしてそのつもりだった?」

 食卓に並んでいるものが、弁当の中によく入っているレパートリーなので冗談のつもりで言ってみたのだが、当たったらしい。

「そうしてもらうと僕がダメ人間になるからね。さすがにそうなるわけにはいかないよ」

「……別にいいのに」

「構わないんですけどねー」

「ダメだ。君の弁当を昼食として食べていたら普通の料理じゃ満足できなくなる。餌付けされてるみたいじゃないか」

「先輩を餌付け……」

「……ふふ。ふふふふふ」

「え? ええ? ちょっと?」


 今後の自分に不安を抱きながらも夕食を食べ終わり、店長に挨拶してから店を出た。午後9時。よい子はおねむの時間だ。

「さてと」

 僕はよい子でも何でもないので、夜の町を歩く。昼よりは暗いが明るく照らされている世界。暗闇を好むものにとっては明るすぎる世界を歩く。

 この世界が暗闇に包まれたのはほんの7年前。あれからたった7年だ。まあ、正確にはそろそろ7年になる、なのだが。




 後2か月後。僕の世界が変質してから7年になる。





 目に映る光景が全て変わってしまった日。





 僕は、僕には止める力があったはずだ。でも………。






 止めよう。終わってしまったことだ。考えても無駄だ。




 そう解ってはいるのに止められなかった。





 泥沼のような体を引きずり家に帰った。予想外に疲れていたらしい。もう慣れた仕事のはずなのだけれども。

 眠い。その単語が僕の体を支配した。どうにかベッドのある部屋まではたどり着き、力尽きた。


 

 暗闇に落ちる最後、考えていたことは



 そういえばアルクに新しい友達はできたのだろうか。


 ということだった。



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