学園での日常‐1
授業が終わる度、僕の右斜め前は人で埋め尽くされた。そこが、新しく来たアルカンシエルの席となった。元にいた奴は哀れなものだがしょうがない。我が担任の采配だ。従うしかないだろう。
「何で今の時期にきたの?」
「っていうかそもそもどこから来たの?」
「いきなりこのクラスなのは成績良かったからなのか?」
「好きなものは?」
「なにかセラ持ってるの?」
「僕に癒しをください!!」
などなど。あれ、最後のは質問じゃなかった気がする。とにもかくにもごっちゃにされ
「あう~~~」
渦中の本人は目を回していた。
「さすがに今は群がってんなー」
「あ、フレン」
「おう、噂を聞いて駆けつけたはいいものの、見ることすら出来ねぇな……」
「まあ、編入生は最初はこうなると思うよ」
「そんなものか」
「昼に来れば問題ないだろうね」
「そうするよ」
フレンはおそらく昼休憩に来るのだろう。そこに僕はいないから判断はできないけれど。
さて、この編入生の実力? を見る機会が来た。いや、ただ単に授業で当てられただけなのだけど。
「ここの問題、アルカンシエル解いてみろ」
「わ、わたしですか?」
「そうだ。壇上に上がって黒板にこの式の答えを書いてくれればいい」
式は因数分解の簡単な式だ。前の学年で習うようなことだから、このクラスの人たちならほとんどができるだろう。
「うぅ~」
「ん? どうした、ど忘れしたか?」
「難しくて、分かりません!」
「胸を張って言えることじゃないぞ」
「ご、ごめんなさい」
「ま、いい。イザ、たまには答えろ」
今まで全く黒板を見てなかったはずのイザが黒板を一瞥して一言。
「x=3、5。バカにしておるのか? もっとましなものを出すが良い」
「この授業はお前のためにあるのではないが、そう言われては仕方ない」
ニクラス先生も対抗心を示したようだ。黒板に式を書きなぐってる。
「おまえら。今日教えること自体はこれで終わりだ。もう昼休みに入っていいぞ」
「よっしゃー」
「やった」
「ただし、鐘が鳴るまで騒ぐな。騒いだ奴は減点な」
とたんに静かになる教室。黒板にチョークで先生の書く音だけが教室の中に響く。
「これでいいか?」
黒板を埋め尽くすかのように書かれた白い文字。それが書かれ終わって数秒後、イザが立ち上がり黒板に短い答えを書いた。
『Nothing』
「のうニクラス。これは我の記憶が確かであれば研究中だったと思うがのう?」
「ああ。手間が省けた」
「普通教え子である我を使うか? このことを……」
「俺の授業の出席日数は目をつむってやろう」
「うむ。仕方あるまい」
「え!? それでいいの?」
「パルミラ、点引くぞ」
おもわず突っ込んでしまったが、あわてて口を紡ぐ。そう簡単に引かれては困る。
「それじゃ帰る。今日はじじぃどもにおもしろい報告ができそうだからな」
HRもなしでいいぞ、と言い残して教室を出ていった。
「さすが我らが担任」
「なんかもうさすがとしか言いようがないね」
堂々としすぎだ。あそこまでくるとたとえ悪いことやっていたとしても認めそうになる勢いだ。
ただ、僕が一番気にかかっていたのは
「あぅ~~」
席に座るタイミングを逃し黒板の横の方で立っていた、アルカンシエルだった。
昼休みになった。いつも通り、いつもの場所に行く途中、階段を上がってくる漆原が見えた。
「やあ、お疲れ」
「「お疲れさまです」」
「屋上に行くの?」
「よく分かりましたね」
「分かると思うわよ。ここから上は上級生の部屋以外には屋上しかないんだから。私たち下級生が上級生のところで食べるわけにはいかないでしょ?」
「だったら、上級生の部屋で一緒に食べ……」
「「本当ですか!!」」
しまった。久しぶりにやってしまった感じがある。
「「じゃあ、今から一緒に行きましょう!!」」
両手を捕まれる。
その時
情報が流れ込んできた。
あまりにも膨大な情報。
大樹がでてきた。
×××という名の大樹。
1本の大樹が見えそれが自分に迫って来
「「先輩!!!」」
「はっ!」
階段の踊り場で僕は少しの間、硬直していたようだ。彼が手を離してくれたことによってどうにか戻れたようだ。
時間はおそらく2、3秒。でも僕にとっては1時間ぐらいに思えた。
「大丈夫ですか?」
「すいません。うかつにやってしまって」
「あ、ああ。うん。まあ、どうにか」
樹の細部が見える。見えてしまう。危険なほどに。
彼が倒れる俺を支えるのが見える。
彼女が屋上でしょんぼりしながらご飯を食べる姿が見える。
そして、『2人』が……
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
「せ、先輩!」
「やっぱり大丈夫じゃないじゃないですか!」
倒れる俺を背中から支える。おかげで僕は倒れないですんだ。
「ありがとう。助かった」
彼女から少し距離をとって、
「ごめん。見えてしまった」
本当に謝らないといけないのは僕の方だったので謝った。
「いえ、こちらこそうかつすぎました」
「先輩のそれ、知っていたのに」
彼がやっていたのは単純なことだ。手を握った。それだけ。ほんのそれだけでこうなる自分の能力が恨めしい。
「ごめんな」
「いえ。気にしないでください」
「それでは私はこれで」
「ああ。また、生徒会室でな」
彼女はそのまま階段を上っていった。少しすると屋上について、多少落ち込みながら『2人』で昼食をとるのだろう。
僕の能力――セラは2つある。厳密には同じものなのかもしれない。2つ目と考えているのが先ほど起こったことだ。僕は他の人に手で触れただけで、その人の未来を視ることができる。
発動は強制的。手袋など何かを介したとしても意味がない。人に触れたら発動してその人の数分から数時間後に何が起こるかということを、垣間見ることができる。この時間は人によって変わるようだ。
こちらのセラに関しては、先ほどのようにアクシデントでもない限り使われることはない。基本的に人の体に触れることなどそうないからだ。
よって、僕は人の手を握ることができない。
ただ、範囲が手のひらだけだということが唯一の救いかもしれない。腕をつかまれても何も起こらないし、体がぶつかっても問題ないからだ。
しかし、こんなことを考えてもどうしようもない。あるものはしょうがない。僕もいつものところへ行こう。
いつもの場所に行くと、やはりあの女の子がいた。今日は僕が来るのが遅かったからか、もう食べ終わっているようだ。
「……」
やはり、いつものように無表情で黙っていたのだが、少しの間僕を見た後、森の奥の方に入っていった。
今日見た夢でも、彼女は同じことをしていたが、この奥に何かあるのだろうか。彼女を追ってみようか?
追ってみるとしよう。昼食はその後でも食べることができる。僕もこの森になにがあるのかということには興味がある。フレンから聞いたところによると、ちょっとした伝説も存在することだし。
というわけで少しの好奇心で彼女の後に続く。
「……」
程なくして彼女も僕に気づいたようだ。振り返ったところで声をかけてみた。
「いつもどこに行ってるの?」
「……」
返答は無言。無表情。
「ついて行ってもいい?」
少し止まって、彼女は走り始めた。
「……上等!」
僕も彼女を追った。若干自分のキャラが変わっている気がするけど気にしない。
彼女は足場が悪い中でもかなり早かった。止まる様子もなく木々の間をぬっていく。
「くっ」
ただの好奇心でここまで追うのもどうかと思うが、まあたまにはいいだろう。
「……」
チラッとこっちを見た後、いきなり右に曲がった。今までほとんど真っ直ぐに進んでいたので、とっさに曲がるのは難しいがどうにか対応する。
「なっ!」
曲がった先には……誰もいなかった。
見失ったのだろうか。周囲を見渡しても誰の気配もしない。誰も見えない。
ふと上を見ると、ガサガサッと音がした。
彼女が木の上に座っていた。
「……」
いつものように無表情で僕を見てきた。
木漏れ日が差し込む。いつもよりも明るいところで見た彼女は、とてもきれいな子だった。
「……」
少しの間、じっと見てきたがやがて立ち上がり、木の上を飛び跳ねながら去っていった。
いや、飛び跳ねながら、という表現は間違っていた。人間であるはずの彼女は、まるで背中に翼が生えているかのように、飛んで、いったのだった。
どうにか森の入り口に戻ってきた僕は、昼食を食べる間もなく授業に臨むことになってしまった。
「どうしたのじゃ? 疲れておるようじゃが」
「大丈夫だよ。次の授業楽だから」
「なら、良いのじゃが」
次の授業は総合授業。常識を学ぶための授業だ。
普段、暮らしている分に問題はないぐらいの常識はみんな持っているが、知らなくても問題のない常識は知らない。僕の場合は普通の木の葉の色が赤や黄色ではなく緑色だということを知らなかった。写真を見たとき驚いたものだ。アイツの言っていたことは本当だったのだな、と。
「ではぁ~、授業を始めますよ~」
妙に間延びした声が聞こえてきた。アメリア先生だ。おっとりのんびりの割に分かりやすい。この科目にテストはないものの、もしもあったとしたらとても楽に点が取れそうだ。
「でわぁ~前回の復習ですよ~」
「……」
隣のイザに反応がないと思っていたら、もう寝ていた。
「前回の復習からです~」
間延びしてゆっくりしている授業は今の自分の腹には苦痛だ。
「あの~、テストがないからといっても大事な授業なので寝ないでくださいよ~」
クラスのだいたいの奴は寝ている。眠くなる授業なのは変えられないことのようだ。
「前回は1週間は5日、1月に40日、12ヶ月あることを学びましたよね~」
なにか、おかしなことを言い始めた。
「今日はこの世界の成り立ちについて学びましょうね~」
「先生。あの」
まだ起きているメンバーの1人である委員長が進言をした。
「なんでしょ~か?」
「私たち中等部じゃないんですけど……」
「あ、あ~あ~あ~あ~! ごめんなさ~い。今あちらも担当しているのでちょっと間違えちゃいました~」
「それにその内容、中等部の中でも最初の最初に学ぶことですよね」
「それもそうですね~」
「……しっかりしてください」
今のやりとりで起きている人もやる気をなくしたと思う。僕は空腹が続いているので最初からそれどころじゃなかったけど。
「今日は魔法使い様の話でしたね~」
「それは高等部1年だったと思います。というか小さな子供でも知っていることですよ」
「ですよね~。魔法使い様のことは誰でも知ってることですよね~」
魔法使いか。全てのことをかなえてくれる存在。そんなものがいるのなら、僕がこんな思いをする必要もないだろうに。
それと同時に……自称魔法使いを名乗っていた誰かのことを思いだした。むしろ、あんなのだったら信じる気になるかもしれない。あれは誰だったのだろう。
とりあえず、僕は魔法使いのことを信じていない。ただ、世界には信じている人が多くいるそうだ。このクラスの中にも何人かは信じている人がいるんじゃないだろうか。
「すいません。すいませ~ん。先生今日やること全部ばっちり思い出しました~」
「なら良いのですが」
僕がぼーっとしていると先生はようやく思いだしたようだ。すでにそれなりに時間は経過しているのだが。
「今日は7年前に起きた9.11事件についてです~」
クラスの中の空気が変わった。僕は今日の授業がこのことについて扱うことはあらかじめ知っていたので、何でもないふりができたように思う。
「みなさんも知っての通り、7年前の9月11日に起きたことです~」
あの日から少しの間、世界は大変だったらしい。ただ僕は自分のことで精一杯だった。
「みなさんは~10歳ぐらいですかね~。あの日はそこまで大変なことは起きなかったですけど~」
立ち上がりかけた。危なかった。何も起こらなかっただと。そんなわけはない。じゃあなんで僕の……
「すいません」
アルカンシエルが立ち上がった。起きている人間がそもそも少ないのでざわめきはほんの少しだった。
「大変なことが起こらなかったとは思わないのですが」
普段発する声とはあまりにも違う音色だった。
「そうですねえ。すいません。せんせーの周りは何も起こっていなかったのですよ」
「訂正をお願いします」
「分かりました~」
アルカンシエルが座った。教室はほんの少しざわついていた。起きている人間がそんなにいなかったものの、今のアルカンシエルの言葉を聞いた人間は驚いているようだ。僕も驚いた。彼女は少ししか見ていないがこんなことを言う人間には見えない。かなり意外な姿を見たと思った。
「でわ……7年前の9月11日から世界は大変なことが起こりました」
いつもの喋りかたを止めて真剣そうな口調に切り替えた。
「いろんなところで異常気象が起きましたが、おそらく一番大きかったのはヒカリの消失でしょうか」
ヒカリ。この大陸から南にあるこの世界を照らしているもの。夜は明るさが押さえられ、昼、今は明るいもの。
「世界は暗闇に染まりました。あるのは魔力を使った照明や光の力を使える人、炎の力を使える人による光でしょうか。みなさんも体験されたと思います」
僕はこのときは叔母さんと一緒だったが、照明が一つだけで大変だったことは覚えている。
「このことは4週間ぐらいで終わりましたが、その間やその後も世界ではいろんな異常が発生していました。ここ、西の大陸では地割れが起ました。他の大陸では、森が燃えたり、突風や竜巻により町が破壊されたり、吹雪が発生して極寒の中で暮らさなければならなかったところもあったといいます」
この王都ラックでは地割れは発生しなかったため、大事には至っていない。
「ここでは、それが解決してない頃に起こった偽王の反乱のほうが有名ですよね~」
あの時、王都は大混乱に陥った。結果、反乱は成功したといってもいいのだろう。王政もあの頃とは変わっているし。
「9.11事件は原因は未だに不明なままですが、そういうことがあったということを覚えておいてくださいね~」
最後にアメリア先生はそう締めくくり、授業を終了させた。
ようやく終わった。長かった。どうにかして休みの時間の間に弁当を片づけなければならない。
急いで弁当を広げ食べ始めた。
「昼休憩に食いっぱぐれたのか?」
フレンが出てきた。どうやら休憩時間ごとに来ているというのは本当だったらしい。
「……自分のせいだからしょうがないよ」
どうにかご飯を飲み下した後に言った。
「ふうん。暴走?」
「暴走って言わないでほしい」
まあ、たまにあるのだ。たまに。
「悪いことでもあったのか?」
「なんで悪いこと確定なんだよ」
「そういうことがあったときになったじゃないか」
前回はそうだった。あまりにもカッとなったからなってしまった。こいつにも見られている。
「今日のは違うよ」
「へえ。聞かせろよ」
「アルカンシエルに話し聞きにきたんじゃないの?」
「いい。まだ周囲に人がいて近づきにくいし、こちらの方が面白……もとい興味がある」
「撤回してもあまり変わらない気がするよ」
まあ、別にいいのだけど。
『本当よ。何かあったの?』
「うわっ」
唐突に頭の中に声が聞こえた。いつものことではあるのだが、今日はこんなことが起こることもわからなかったせいか、少し驚いてしまった。
「ん? どうし……ああ、生徒会長か?」
『ひどいリアクションね。傷つくわ』
「そんなに柔じゃないでしょ」
僕が会話するのを見ていたフレンがふと僕に聞いてきた。
「生徒会長、何で俺には話しかけないんですか?」
「フレンが何で話しかけないのかって言ってますよ」
『少し待っていて』
少しの間、声が途切れた。
『お待たせ』
と言って声が戻ってきた頃には
「…………はぁ」
目の前に自意識のほとんどないフレンが出来上がっていた。
「ちょ、ちょっと大丈夫!?」
「…………ああ、パルか。俺は大丈夫れふよ~」
「なんか、とても大丈夫じゃなさそう!」
「俺は~、キジを、撃ちに、行ってくるよ~」
「いや、訳分かんないよ!」
『別にいいじゃない。放っておけば?』
「さすがにあの状態はちょっと……」
ふらふらしているし、今行った方向は自分の教室の方ではない。
『大丈夫よ。強いショックを与えただけだから』
(強いショックといっても、先輩のセラは音しか伝えることができないのに!)
少し好奇心が沸いた。
「あの、どうやったんですか?」
『……知りたい?』
「遠慮しておきます」
過ぎたる好奇心は身を滅ぼす。これもまた真理だ。
『今日は来るのよね?』
「はい、こちらから行こうと考えていた所存でございます」
『なら、いいわ』
次の瞬間、次の授業の開始を告げる鐘が鳴った。
あまり昼食を食べることはできなかったが、フレンが大丈夫かどうかを心配してしまっていた。
全ての授業が終了した。担任は教室に顔すらのぞかせないままで終わった。どうやら本当にどこかに行ったようだ。
「先生来ないから、とりあえず掃除するわよー」
委員長の号令により、掃除の担当になっている人たちは掃除を始めた。
「ねぇ、アルク。一緒に帰らない?」
「私たちが街を案内したいの」
アルカンシエルは女子の何人かから誘いを受けていた。
「ごめんなさい。ちょっと今日はこちらに来たばかりで用事があるから」
「じゃあ、仕方ないわね。またね!」
「うん、ゴメンね!」
そんな彼女たちを後目に教室を出た。
生徒会室に向かう前に隣の教室をのぞいた。こちらはまだHR中のようだ。
何の気なしに教室の中を覗いていた。
「なっ!」
あの森の中で会った女の子がいた。窓側の席で廊下にいる僕とは反対側だから分かりづらいけれど、間違いなく彼女だ。まさか、隣のクラスの所属だとは思わなかった。とりあえず、フレンに用事があるのでしばらくの間、廊下で待っているとすぐに終わった。
教室の中から廊下とは反対側にいるはずの彼女が真っ先に出てきて
「……」
少しの間、僕を見てきた。
「……」
そして階段の方へ向かっていった。
「すまん、パル。俺に用があるんならちょっと待ってくれ。今日掃除の担当に割り振られているから」
そんな復活したらしいフレンの声も半分ぐらい聞き流していた。
「お待たへ」
フレンが教室から出てきた。
「どした? 俺に用じゃないのか?」
「ああ。合ってるよ」
ぼーっとしていたようだ。来た目的を思い出した。
「フレンここじゃ何だから」
「OK。屋上でいいか?」
「うん」
フレンと一緒に屋上に向かった。
「依頼? へぇ。やっぱり何かあったんじゃないか」
「いや、昼休み以前から考えていたことだから」
フレンの言った、依頼という言葉はその通りの意味だ。何らかの情報の取集を彼に頼む。彼の情報収集能力を用いて、それを実行に移し結果を教えてもらう。他の頼んだ人は代わりにそれに見合う情報を要求されるそうだけど、僕は要求されたことがない。今までに3回ぐらい頼んだことがあった。
「それでそれで? 内容は?」
「……うちのクラスの編入生、アルカンシエル・ソレイユの調査」
「……へぇ」
面白いものを見るような目で、フレンが俺を見てきた。
「そうかそうか」
「……だめか?」
「いや~~、ついにパルにも春が来たかぁ~」
「痛い、痛い!」
背中を強く叩いてきた。
「分かった。面白いことになりそうだし、引き受けてやるよ」
「そんなんじゃない。それと、学校で分かるようなことは調べなくていいから」
「ありゃ。なんで?」
「そもそも、何で僕が彼女を調べてほしいって言ったかっていうと……」
僕はフレンに夢の中ではアルカンシエルが出てこなかったことを伝えた。フレンは僕の能力を知っている、数少ない人間の中の1人だ。
「おまえ自分の能力嫌いじゃなかったか?」
無言で頷く。この能力がなかったら、今日みたいな毎日を過ごせることだろう。
「効かない相手がいるのなら、自分の能力をなくすことだってできるはずだから。アルクが他の人とどう違うのかを調べてほしい」
「……これは、難儀な」
「できる? 無理そうなら断ってもらってもいいよ」
「ん。俺はもう引き受けたから。さすがに時間はかかるけどいいか?」
「うん。頼めるのはフレンぐらいしかいないから」
「うし。それじゃ放課後はこれに取り掛かることに決めた。んじゃ、今から行ってくる」
「頼むね……ってもう行ったし」
フレンはすぐに屋上から出ていった。
さて、レネさんに怒られる前に生徒会に行かなければ。
「いつもより遅いんじゃないかしら?」
生徒会室の扉を開けると、目の前にレネさんがいた。
「あの、だから僕は生徒会の一員ではないので、本来ここに来る義務はないと何度言えばいいんですか?」
「あ、それもう手遅れだから」
「何でですか?」
「あなた生徒会のメンバーに正式決定したわ」
「え?」
「ちなみに副会長」
「そ、そんなもの、通るはずがないでしょう!」
「あきらめなさい」
「いやいやいや、元の副会長がいたでしょう?」
「彼には辞めてもらったわ」
「事実上はそうでしょうけど、名目上はまだ所属しているはずです」
「あら? そうだったかしら?」
ふふふ、と微笑む彼女を見て、まさか本当にそうなったのかと思った。
「ちなみに、ウソよ」
からかわれたと思った瞬間、僕は後ろを向いていた。
「僕もう帰りますね」
「いいわよ。帰れるのならね」
「入らせていただきます」
結局、ただ単にからかわれただけだった。どのみち僕は入らなければならない運命にあるみたいだ。
「明日、来ないんでしょ?」
「来れないに訂正してくださいよ」
明日はバイトがある。明後日が休みなので多少疲れたとしても問題ないようにするためだ。
「同じことじゃない」
「ニュアンスが違います」
「いいわよ。1人でここに籠もっているわ」
「拗ねなくてもいいじゃないですか」
「誰が拗ねているの?」
レネさんの後ろからオーラかセラか分からないものが溢れている気がした。
「いえ、レネさんいつも通りですよね」
「ふふふ。当たり前じゃない」
だめだ。この人に逆らうのは難しい。というか無理だと思う。
少なくとも今は。
「漆原遅いですねぇ」
「あら。彼らを待ち望んでいるの? 泣いて喜ぶと思うわよ」
「何で待っているだけで彼が喜ぶんですか?」
「「すいませーん。遅れましたー!」」
「噂をすれば、ね」
漆原が来た。ちなみに、なぜ遅れたのかはたぶん……
「何で遅れたの?」
「ちょ、レネ先輩。な、なんか目が怖いんですけど」
「ごめんなさい、先生に捕ってしまって」
「なにか言われた?」
「いえ。雑用をさせられただけですから」
「何もなかったですよ」
「……まあ、いいわ。座りなさい」
レネさんがほんの少し怒っているような感じだった。
「何かやったんですか?」
「ぼ、僕は何もした憶えがないんだけど」
「どうにかしてくださいよ」
「そんな無茶な」
「3人ともなにしているの?」
思わずびくっとなってしまった。
「いえ、別に」
「それよりも、何かしましょうよ」
「いいかげん、私たち学園祭の準備とか進めないといけないんじゃないですか?」
前々から気になっていたことを彼女が言った。
「ああ。大丈夫よ。少なくとも今までに必要なことは全部終わっているわ」
「なら、僕たちここに来なくても……」
「さて、紅茶でも淹れましょうか」
そして、やはり今日も他愛のない話に付き合うこととなった。
6時になり生徒会も解散した後、僕は帰らずに教室に向かっていた。まだ明るいこの世界のヒカリは教室を照らしていた。そんな中に一人で席に座っている女の子がいた。
「何してるの?」
僕が声をかけると、彼女は……アルカンシエルは特に驚いた様子でもなく、こちらに振り向いた。
「何もしていないよ」
「じゃあ、なんでここにいるの? 他の女の子にも誘われていたじゃないか」
「ああゆうこと良く分からないし、今日は1人でいたかったから。キミの方こそなんでこの教室に来たの?」
それは、自分でも良く分からなかった。僕はなんで今来る必要もないこの教室にいるのだろうか。
「ごめん。少し考えたけど分からなかった」
僕は窓際に立った。
ヒカリが差し込む。出力の低下している時間なら、直視してもある程度は問題ない。
ああ、きれいだな。
久しぶりにそう思えたのかもしれない。
「ああ、そうか」
「え?」
「分かったよ。なんでこの教室に来てしまったのか」
「どうして?」
「今日はね、楽しかったんだ。とても」
「なんで?」
「君が来てくれたからかな」
言ってから、いろいろと恥ずかしいセリフのように感じたけれど、事実なのだからしょうがない。
そう、今日僕はとても楽しい一日を過ごせた。アルカンシエルが来てから、僕の目に映る光景は今日とかけ離れたものだったから。
「だとしたら、それはいいことなの?」
「きっと、いいことなんだと思うよ。少なくとも僕にとってはそうだ」
「ふーん」
彼女は椅子に座って振り向いて僕と会話する姿勢から、行儀の悪いことに机に座って僕の方を向いた。
「そっか。いいことだったんだ」
その言葉を噛みしめるように呟いていた。
「明日から」
「ん?」
「明日からもきっとここにいると思うの」
「そうなの? でも、僕は友達を早く見つけてその人と一緒に遊んだ方がいいんじゃない?」
「なら、キミがその一号だね」
「へぇ」
てっきり誰かと仲良くなっていると思ったのだけど、違ったようだ。
「それはいいことだね」
「……いいの?」
「逆に訊くけど、何が悪いの?」
「難しいことは分かんないけど、キミが……そういえばキミの名前は?」
今思い出したかのように訊いてきた。
「パルミラ。パルミラ・アガスティア」
「私は言わなくてもいいかな」
「うん。アルカンシエル・ソレイユだったね」
「でもでも、長いからアルクって呼んでほしいな」
「こっちもパルでいいよ」
「分かった!」
彼女は喜色満面の笑みを浮かべた。
やはりきれいだと思う。
「じゃあ、私は帰るね」
「うん。また明日アルク」
「またね、パルくん!」
彼女は教室から出て行った。教室に一人でいた彼女とはかけ離れた元気満点の様子で。
「さて」
ヒカリを見つめて思った。
「僕も帰るか」
さっきよりも綺麗だな。と。
明日から自分がどうなるか分からない。
でも、できるなら。
そう、できるのなら。
こんな日々が続けばいいな。
と、そう思った。
でも、期待は裏切られるために存在しているもので。
でも、たまに応えてくれるものであって。
そんな日々を僕はこれから送ることになっていった。