アルク20
一日、落ちていた。
これは分かっていたことだ。あれだけ力を使えばしょうがないだろう。
むしろ、今にして思えばあれだけ使っておいて気が狂ってないこと、自分が今平静な状態でいることがおかしいとも思える。
疑問は尽きないが、考えている暇はない。
さて、救出大作戦を始めようか。
まずは、アルクの家へ。
2人とも最近来なかった僕のことを心配していて、僕の顔を見て驚いていた。
この2人のためにも。絶対にアルクを返さなきゃ。
意見を伝え、お願いする。
内容と言われたことに戸惑っている様子だったけど、僕が真剣なことが伝わったのだろう。すぐに承諾してくれた。
この判断は流石、社長さんと言っておくべきことだろうか。
これで根回しは終わり。後はアルクの両親がやってくれているはずだ。
犯人の屋敷に行こう。
ちょっと手前で止まり、4分33秒ほど待機。向こう側に人が見えてくる。
一言だけ言葉を伝えて、自分は裏口へ。
大きい。だが、どうにかできる。
どうにかしてみせる。
裏口にたどり着いて、2分と24秒。表口の方で声が聞こえた。ここから13秒待機。
裏の勝手口を開ける。庭に入って横の草むらにはいる。人が通って36秒待機。その間に石を3つ拾っておく。
草むらから出て、裏口は開いてないので、窓を壊す。
警戒の目が表門に向かっているから、こちら側には誰も来ない。
鍵を開ける、入り込む。
堂々と歩き、トイレへ。これだけ広いのは何度見てもおかしいと思う。
そろそろ表の騒ぎが終わる。
トイレを出て、10秒だけ走る。窓を開ける、庭に座る。
後ろを通り過ぎる人がいるがこちらには目もくれない。
遅れて正門に行く人だから、そんな余裕がある訳もない。
もう一度屋敷の中に入る。歩いて、表の扉の見えるフロアにたどり着いた。ちょうど騒ぎが終わったころだ。
人とすれ違うけど、お疲れさまです、と声をかけて、上に行く。
私服の使用人はさほど珍しくもない。混乱していて、なおかつ人の多い今の状況なら問題ない。全員を把握している人物にさえ出くわさなければ問題ない。
階段の中間まで行くと、駆け上がる。3番目の部屋に入る。
クローゼットの中に入る。
10秒後、部屋の主が入ってくる。1分だけ待つ。外に出ていくので、1分8秒待って、外にでた。
右側の窓に向かって、石を投げる。
1個投げる、ひびが入る。2個目投げる。窓ガラスが割れる。内側にもガラスがこぼれる(原理は分からない)。石もその地点にかぶる。
窓ガラスが割れたところに人が集まってくるはずだ。
すぐに走る。角を曲がり、すぐの部屋のドアを開ける。
そこは犯人の部屋。無機質の一言につきる。が、ここは当たりではない。
ドアを開けておいて、その影に隠れる。
人が通り過ぎる。こちらがわの部屋を見ないようにしながら。
直後にこの部屋から出て、足音を立てないように歩く。
突き当たりを曲がり、3番目の扉を開けた。
ようやく、あえた。
アルクだ。
よかった。
この目で確認するまではやっぱり安心も出来なかった。
でも、僕は必要以上に彼女に構うことができない。
彼女の今の状態は腕と足を縛られていて、口をふさがれている。
そして、僕は彼女に声をかけてはいけない。
だから、紙を取り出す。家であらかじめ書いてきたものだ。
『ここからは絶対にしゃべっちゃダメ。気づかれるから』
次にナイフを取り出す。ロープを切る。
ガムテープをはがす。
彼女が声を出そうとするので、口を押える。
そしてもう一度、今度は別の紙を取り出して、渡した。
背後で彼女が驚いているのが分かった。
自分はすぐに、部屋の外に出た。
隣の部屋に入り、窓ガラスにおもいっきり石を投げつける。
恐らく、アルクが部屋を出て、紙の指示通り動くはず。
そして、ここに来るのは、来れるのはただ一人だけ。
なぜなら、ここのエリアには許可なくしては近づいてはいけないようになっていたから。
だからここに来る人は――
「お久しぶりです」
この屋敷の主、の娘。
「レネ先輩」
僕はあなたとこうして会うまで、あなたが犯人だと、思いたくなかったです。
「どうして、あなたが、いるの」
さて、ここからが重要だ。
「あなたに会いに来たんですよ」
眉をひそめる先輩。
「最近会えてませんでしたしね」
「もう生徒会は変わっているわ。当然のことじゃないかしら」
「生徒会が発足前はあなたが僕に会いに来てくれてましたよね」
立ち位置を変えないと。逃がさない位置。かつ落ちない位置。部屋の中間辺り。
「でも、私は変わったから」
「……そうですね」
以前の彼女ならこんなことはしなかっただろう。僕が出会ったころの高校一年のころの彼女なら。
「それで、何の用かしら?」
「酷い言われようだなぁ。僕は先輩に会いに来ただけなのに」
「会いに来ただけの人が窓ガラスを割ったりするかしら?」
「僕は窓ガラスが割れた音が気になったから来たんですけど」
しかし、我ながらわざとらしいやりとりではあるな。
「それまでに誰かここから出たかしら?」
「いいえ。まだこの部屋に隠れているんかもしれませんね」
「もう。別に責めはしないわよ。どうしてこんなことしたのかしら?」
そろそろ、アルクも外の人と合流したかな。
もういいかな。
「アルクを救うためですよ」
「あなたは騙されているだけなのよ!!!!」
おお、態度豹変。
「あれがあなたに何をしたのかまでは知らないけれど、あなたはあれに操られているの!!!!」
「そうなんですか?」
「ええ、そうよ。だから私があなたの洗脳を解いてあげなくちゃダメだったの!!!!」
何度聞いても慣れないなぁ。この先輩。
「だから、引き離したのに、会えないようにしたのに、どうしてあなたがここに来るのよ!!!!」
「まあ、クラスメイトですし」
「大体、どこで……そうよ。どうしてここにいるって分かったのよ」
少しだけ、冷静になったか。
「夢の中で視ました」
「夢の中……そう。それで、ここに来たのね」
「ええ。アルクが視えましたから」
「それで、パルは私のそばにいてくれるのよね?」
「は?」
いきなり話の方向がずれたぞ。本当に慣れない。
「え、だって、あれはもういないのだから私と一緒にいてくれるわよね?」
「ずっと、ですか?」
「当たり前でしょ」
「……無理です」
次の瞬間、僕は飛ばされた。
「ガッ!!」
壁に叩きつけられ、なすすべなく床をなめる。首のあたりが壁と接触したのだろう。痛い。
「もう一度訊くわね。わたしといっしょにいてくれるわよね?」
そろそろだな。
「……レネさん」
3、2、
「僕はあなたのことが」
1。
「xx」
2つの単語は扉が勢いよく開く音にかき消され。
「でしたよ」
「取り押さえろ!!」
レネさんは取り押さえられた。
「離しなさい、この下郎!!!!」
飛ばされそうになった人を、後ろから押さえつける。
先輩の発する音波にそれ以上の力はない。
「パルを守れないでしょ!! 私が守らなくて、誰が守るって言うのよ!!!」
「大人しくしてろ」
レネ先輩を殴りそうだった人を止める。
「やめてください」
「こいつは貴様を襲っただろう」
「……それでも。……それでも彼女は僕の先輩であることに変わりはありませんから」
悲しいことだけど。とても、悲しいことだけど。
「パル! やっぱりあなたは――」
「それでも。それでも、レネさん」
必要なことだから。
「さよなら」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
彼女が自ら発している音波に、その場にいる全員がたじろいだ。
「いやっ、いや、いやぁぁぁぁぁ!!!!!!」
狂ったように叫び続ける。
そんな彼女に、彼女だけに伝わるように、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。
「xxx」
言った瞬間、ぴたりと収まった。
「彼女をお願いします」
僕がそう言うと、衛兵の方が彼女を連れていった。
これで、終わった。
さてと。後もう一つ。
誰に伝えてもらおうかな。
いいか。自分で動こう。
裏口の方には誰もいないので、こっそり出ていく。
今、他の人たちは、みんな表門の方に集まっているはずだ。
アルクは外の方に運ばれて、すでに病院に行っている。
彼女の親も付き添っているはずだ。
レネさんは親父さんに殴られて、その後牢屋に繋がれることになるだろう。
あまり救いのない終わりではあるけれど、これでひとまず終幕。
今は誰もいない、アルクの家に行く。
その途中で、人とすれ違った。
「おめでとう。君の幸せを祈っているよ」
「ッ!?」
振り向いた時にはその人はいなかった。
ただの頭のおかしい人ならいいけれど、まるで僕の事情を知っているかのような口振りだった。
少し、気味が悪い。
「…………」
考えてもしょうがない。早く、アルクの家に行こう。
一応、インターフォンをならす。
もちろん、誰も反応しない。
ポストに一枚の紙を入れておいた。
これで、いいだろう。
内容は、21→35。
これなら、アルクの親に見つかっても分からないだろうし、アルクなら意味が通じるだろう。
要は、デートの日程をずらして、35日にしようということ。
これぐらいの役得はあってもいいと思う。僕は僕なりに頑張ったつもりではあるのだから。
でも、今日は疲れた。帰って寝よう。
次の日、学園はレネさんの話で持ちきりだった。
奥様方の情報網は優秀なようだ。前の生徒会長が逮捕されたという内容で回っている。
理由は様々だった。強盗だの、人を殺しただの、放火しただの――どうやら、原因は分かってないらしい。中には尾びれ背びれがついて、とんでもない話も持ち上がっていた。
僕が教室にはいると、僕に気づいた人は話すのを止めた。僕がレネさんの知り合いだからだろう。
「…………」
みんな遠巻きに見るばかりだ。
いつもの席に着くが、隣の席とその右斜め前が空いている。
アルクは分かっていたが、イザもいないのか。
こういうことがあったら真っ先に来そうなフレンも何故かいない。レネさんもいない。
しばらくは友人のほとんどいない学校に通うことになりそうだ。
自分の交友範囲の狭さに悲しみを覚える。
チャイムが鳴り、先生が現れた。
「お、パルミラは来たか。放課後、俺の所に来い。以上だ。テストも半ば過ぎたが気を抜くなよ」
そうか。テスト期間だった。多分、どうにかなるだろう。
テストを受け、普通の学生は午前中に帰れる、というのに僕はというと、教室を一つ借りて、先生と一対一で昨日と一昨日の分のテストを受けていた。
「昨日はお疲れだったな」
「……なにがですか?」
「なんでもない。始めろ」
もしかして、この先生は何でも知っているんじゃないんだろうか。末恐ろしい。
帰る頃には光もすっかり弱くなった。
買い物をして帰る、というのもずいぶんと久しぶりの感覚のような気がする。
後、2日後だ。楽しみにしよう。
34日。アルクは家に帰ったようだ。そういう夢を視た。
今日はバイトだ。学校が終わったら行くとしよう。最近は無断欠勤が多すぎる。首になっていてもおかしくないが、どうやら問題ないようだ。
「「お久しぶりです、先輩!」」
「お久しぶり。ごめん。バイトさぼってて」
「いえいえ、いいんですよ。先輩が無断でバイトさぼるのには何か理由があったんでしょうし」
「そもそも8月前半は実行委員会でしたよね。お疲れさまでした」
「ありがとう」
「まあ、でも」
「ちょっと寂しかったんですけどね」
「……そうか」
これ以上は突っ込まないぞ。
久しぶりのバイトでも歓迎してくれた店長に感謝。まあ、多少、怒られもしたけれど。
嫌味と愚痴交じりだったから、そんなに怒られてるという感じではなかった。
夕飯をいただいて、帰った。
明日はアルクとデートの日だ。
ずっと前に打ち合わせていたとおり校門で待っていた。
1時間ぐらい早いが問題ないだろう。多分、そろそろ来る。
「パルくーーん!!」
よかった。ちゃんと来てくれた。
「この間はありがとー! パルくんに助けられちゃったね」
「いやいや。アルクが助かったのは衛兵の方のおかげだろ?」
だって、僕一人じゃ絶対に無理だったからね。それが分かっていたからあの方法を取ったんだけど。
「ううん。パルくんのおかげだよ。本当にありがとう!」
ここまで言われて受けないのは失礼に当たるよね。
「……ど、どういたしまして」
「うん!」
アルクの満面の笑み。うん。本当によかった。
「そうだ。今度お父さんたちもお礼が言いたいって」
「別にいいのに」
「ううん。絶対連れてこいって言われちゃった」
「それは……困ったなぁ」
良い話だけならいいんだけどなぁ。
「ま、まぁ、と、とりあえずちょっと置いておいて」
「うん」
彼女は僕に手を差し出す。
「デート、いこう?」
ちょっと照れたような顔で。すごく可愛い顔で、僕にそう言った。
「うん」
そして、僕たちは手を繋いだ――
話自体は、これで終わりです。
が、書かなければいけないことがあるのでもう一つ用意しています。