アルク1
ガチャ。鍵を開け、扉を開けた。ギギギギギ。いつの間に鉄錆の音がするようになったのだろうか。バタン。扉を閉めた。
「おかえんなさい」
「………ただいま」
普段は家の中から返事がある訳がないので、その声に対応するのが遅れてしまった。
「あの、一応ここ僕の家なんですが」
「別に良いじゃない。減るもんじゃないでしょ」
「減りますよ。今あなたの胃の中に煎餅が吸い込まれていってますよ」
「まあ、一仕事終わった後なんだから細かいこと気にしないでよ」
「いつものことだから諦めています」
僕は普段通り荷物を2階に置きに行こうとした。
「お客にお茶も出さないの!!」
「全部終わったら出します」
「なってないわね!!」
「いつもは客なんて来ないので」
「ふーん。友達少ないのね」
グサッ。
「………ちゃんといますよ」
「ふうん。本当かにゃ?」
「本当ですよ」
「証明は?」
「面倒なのでしません」
これ以上対応するのは面倒なので自分の部屋に行った。
「あ、ちょ、こら、待ちなさいよ!!」
ええい。普段のやることにあんたへの対応ってのが増えたんだ。他のことを早く終えないと面倒だろ。
「茶」
「それぐらい自分でしてくださいよ冷蔵庫の位置知ってるでしょう」
「いやだーー、うごきたくないーー」
「社会人なのにそんなのでちゃんとやっていけるんですか?」
「失礼ねえ、ちゃんとやってるわよ」
「そうですか。どうぞ」
「おーおー、ありがとうね」
目の前にコップを置くと一気に呷った。わざわざ熱いお茶にしてあげたというのに。
「ぷはぁ!!この一杯のために生きてるぜぇ!!!」
「どこかのおっさんですか。仮にも女性なんですからそれっぽい態度をとってください」
「仮にもってなんだよーー!!あたしには色気がないとでも言うのかーー!!!!」
「別にそういうわけではないですけど、そんなのだから貰い手もないんですよ」
「何か言った?」
「気のせいだと思いますよ」
怒らせても得はない。そして、暴力という名の愛のムチという名の損は存在するわけだが。
「そんな態度で良いのかにゃ~~。ちっちゃい頃に世話してあげたのはどこの誰でしたっけ~~?」
「へぇ。地震があったわけでもないのに荒れている家を毎日きれいにして、カビの生えかけていた洗濯物をどうにかして、新しい生命体が生まれていそうだった台所をきれいにしたのはどこの誰でしたっけ?」
「すいませんでした」
「弱いですね。社会人が学生に頭下げていいんですか」
「だって仕方ないもん。そうしなきゃこれから来てもらえそうにないもん」
「だたっ子ですか。大体さっきのネタで脅すことがどうにかできた気がしますけど」
「それもそうよね。あったことなかったことを………そうね。誰に言ってもしょうがないよね。パルには友達いないもんね」
「ひどく哀れみに満ちた目で見ないでください。ちゃんといますからアーシャ姉さん」
一瞬、叔母さんと言いかけたが習慣とは怖い。口からは自然とお姉さんとでていた。危ない、危ない。
「ああ!!お姉ちゃん心配だわ!!」
「自分の生活力のなさの心配をしてください。いい加減誰か雇った方がいいんじゃないんですか?」
「タダの労働力は使うべきよ。お金は節約しなきゃ」
「そう思うなら自炊してください。そこら辺で弁当買ったり外食したりするよりよっぽど節約できます」
「考えておくわ。で、今日は来てくれるの?」
「学校から帰ってきたばかりな上に、明日も平日なので学校に行く義務があるんですけど」
「いいじゃないそんなこと」
「良くないですよ。なにがそんなことですか。姉さんが書いている学園物とかの主人公は学業を何だと思ってるんですか」
「え?ああ。『そんなもん必要ねえ』」
「思っても言うな!!!現実そんな甘いもんじゃねえ!!!」
こんな人間が書いた小説を買う物好きがいるのか。世も末だ。
「だってあたしが学歴なんて無に等しい人間だもの」
「そうでしたね。家庭教師ですましていたんでした」
「というわけで、パル、今週末までうちに泊まんなさい」
「何で僕が自宅通いにしてるか忘れたんですか?」
「一日ぐらいさぼっちゃいなよ」
「んなことできるか!!」
「もう、真面目だなー、ほんとに全く」
「反面教師がいたから真面目になろうとか考えたんじゃないんですかねえ」
「ま、悪いけど一日ぐらい何とかしなさい!!」
埒が明かん。最もいいのは大人しく帰ってくれることだが、まず望めまい。未来なんか見なくても分かる。よって、妥協策の打診。
「えっと、それじゃあ姉さんが2日間ここに泊まってください。湖曜日になったら行きますから」
「あ、確かに。いやー、あたしも良い甥っ子をもったわね~。姉さんに感謝感謝」
「はあ。僕も良い姉さんを生んでくれた祖父母に感謝するとしますよ」
「それじゃあ世話になるわね」
「ええ。そのせいでもう一度外に出ないといけなくなりましたけどね」
食料が一人分しかないのだ。ついでに明日の分も買っておかなければならないだろう。
「それじゃあ、あたしも一緒に行きますかね」
「え?動きたくないって言ってたのはどの人ですか」
「まあいいじゃない。荷物は任せなさい」
「お荷物になることを任されたと言ってるわけではないですよね?」
「ヒネた甥っ子ね~~。彼女出来ないわよ?」
「別に欲しいとも思いませんので」
「うわ、言い切ったよ。勉学が学生の本分じゃないんだからね!!」
「学校では勉強のためにあると言われますけどね」
信じてないけど、とか思いながら靴をひっかけた。
「待ちなさいよ~」
「一人で行きますから。そっちこそ家で大人しく待っていてください」
「冷たい子。姉さんそんな子に育てた覚えは………」
背後で何か聞こえたが、扉を閉めた。
さて。今までの会話で大体理解してもらえたとは思うけれど一応言っておこう。
アナスタシア叔母さん。母さんの妹に当たる人で、僕は両親を亡くした後この人のお世話になっていた。ちなみに叔母さんと言うと絶対に叩かれた。アーシャ姉さんと呼べ、と厳命されている。
学校に通わせてもらえるのはこの人のおかげだ。反面、実際の生活においてはどちらが世話になっていたのかは分からないけれど。僕の生活能力スキルはこの時、身につけておかないと身の危険にさらされる、ということから身に付いたものが多い。
母さんは勘当同然の身で、僕も祖父母とは会ったことはないのだが、姉さんは一緒にちょっとした屋敷で暮らしていたそうだ。しかし、2人が相次ぐように亡くなり、その後、僕の両親も亡くなったので5年前までは一緒にその屋敷で過ごしていた。
学校に入学する時、屋敷の方では遠く登校に時間がかかってしまうので、実家の方に住むことになった。それからは、1月に2回は行くようにしていたのだけど。
小説家で不定期に活動する人間なので、唐突に僕を訪ねることも考えてはいたけれども。本当にそれを実行するとは。やれやれ。これから3日間あの生活力0どころかマイナスの人間の世話をしないといけないと考えるだけで、あれ?お腹と頭から何か聞こえるな。
「じゃあ、学校行きますけど」
「行ってらっしゃいな。あたしは一人でのんびりしてるからさ」
「………荒らさないでいてくれることを祈っておきます」
「あら。そんなことしないわよ」
「昨日、買い物から帰ったらリビングに大量のものが散らかってたのは誰のせいなんでしょうねえ?他にも―――」
「忘れ物はないわよね。服装も乱れてないし」
「気のせいですか?とっとと送りだそうとしてません?」
「うん。外見に問題はないわね」
「あったら非常に嫌ですね。それ」
顔が悪いみたいな。あ、体調不良という意味合いではなく。
「よし!!いってらっしゃい。気をつけるのよ」
はぁ。まったく。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
この言葉に返事があるのはとても久しぶりな感じがした。
「なんかやつれてるわよ。大丈夫?」
「ええ。ちょっと、昨日大変な目にあったもので」
「まあ、熱はなさそうだけれど。今日バイトのある日でしょう?もっとしゃんとしないと心配されるわよ」
「ご忠告ありがとうございます」
顔を二回、痛くない程度に叩く。
「では、私は上にあがるけど、無理はしない方がいいと思うわよ」
「分かりました。じゃあ、今日は極力簡単なことをしてもらえるようにしてもらうとします」
「それじゃあ、またね」
「はい。また」
『声』ではなく、珍しくレネさんに会って、話をして、忠告もしてもらって、別れた。ありがたいことだ。
扉を開いた瞬間、鐘が鳴る。慌てて飛び込んで席に着いた。
「パルくん、顔が引きつってるよ。大丈夫?」
それで大丈夫と返しても、大丈夫じゃないことは明白じゃないのか。
「大丈夫、これで最後だから」
そう返した僕に、労わるような笑顔をくれる。大抵の男はこれを与えてやるだけで頑張れるんじゃなかろうか、と思ったのはきっと主観ではなく客観的な評価だっただろう。
かなり疲労した体に、授業中に睡眠することで癒しを与え、だましだましなんとか6限目になった。嗚呼。まだ眠い。
「さて、今日は授業はやらんぞ。代わりに学園祭実行委員を決めて、その後クラスの出し物を決める」
「よっしゃ!!授業なし!!!」
「そっか、もう学園祭の時期なんだね」
「私、やりたいこといっぱいあるなあ」
教室がうるさい。週末の最後の授業だからだろうか。耳に何か入ってはくるのだけれど、脳味噌が理解してくれない。あ、でも最初の言葉は理解できた。授業やらないらしい。よし、スリープモードオン。
「ただし、やるからには売り上げ1位だ。実行委員と出展内容は慎重に決めろよ」
「まずいぞ、みんな。ニクラス先生本気だ」
「ねね、イザちゃん、イザちゃん。学園祭実行委員ってなんなんだよ~~」
「それは疑問なんじゃよな?というかアルク、学校のポスター見ておらんかったのか?」
「学園祭って書いてあったやつ?」
「そうじゃ。なんじゃ、見ておったのではないか」
「え、でも。学園祭ってなに?」
「………祭りはわかるか?」
「うん。………あ、もしかして」
「分かったようじゃな。学園でも生徒が主催でやるんじゃよ」
「生徒が、やるんだ。それで実行委員っていうのは?」
「………一応先に言っておくが、アルクも我も生徒じゃからな。ま、それはおいておいてじゃな。クラスや部活で何かやることを決めるのじゃが、実行委員っていうのはその中でもクラスで何をやるのか決めたり、実際の作業の指揮をしたりする役割のことじゃな。運営のこととかで責任をかぶったりすることもある役割じゃから結構大変で、しかも自分たちは忙しいから祭の当日はあまり楽しめれんというなかなか損な役回りじゃな」
長い。ああ。雑音に眠気が増長される。対抗する気もないけど。
「なるほど~~。分かったよイザちゃん。綿アメを食べればいいんだね~~」
「何も分かっておらん。というか聞いておらんかったのか!」
「だって、さっきのセリフ長いよ?」
「ちょっと、そんな感じはしたのじゃが、うむむ」
「コンパクトに言いましょう。はい、イザちゃん」
「祭で何をしたいのか決める人じゃな」
「お、さすがイザちゃん。きれいにまとめたよ」
「ええい。頭をなでるでない!!我とアルクは同い年じゃぞ!!」
隣でイザとアルクがしゃべってる。へぇ。雰囲気だけを見れば全然信じることの出来ないことを、何故かイザの方が言ってるよ。アルクが言うところだと思うけどなぁ。
「とりあえず実行委員決めましょうか」
あれ。壇上に担任じゃなく委員長が立ってる。どうしたんだろう。
「さてと。実行委員やりたい人いる?」
「手なんて挙がんないでしょう。さっき先生がプレッシャーかけたから」
「今の一言で更にみんな挙げたくなくなったと思うわ。試しにほら伸びをしなさいよ」
「ここで伸びをしたらそのまま手が挙がったことと見なされるんじゃないんですかねぇ!?」
「いいじゃない。ほら挙げちゃいなさいよ。楽になるわよ」
「そりゃあ、体は楽になるでしょうけど、その後の精神が保ちそうにないでしょうねぇ。大体元から俺は無理だぞ。部活の方で手いっぱいだ」
「あ、そっか。そういう人もいるのよね」
「そうじゃない人ってクラスにいるのか?いや、一人ぐらいはいるとは思うんだが」
「ふむ。ちょっと待ってろ」
おや。先生が出ていった。ふむ。ちょうどいい。すりーぷもーど全開。
おやすみなさい。
「それじゃパルミラとアルカンシエルに決定」
「おー、2人ともガンバレー」
「ちと早いが今日はここまでだ。学生共。帰って休みを謳歌しろ」
「じゃ、2人ともお疲れ」
「うん、じゃあね~~」
教室がうるさい。と思ったら静かになった。
「パルくん。起きてよ~~、下校時間だよ~~」
下校時間?そうか。6時限目が終わったのか。現実逃避の時間もこれまでか。
「あ、起きた。おはよ~~パルくん」
「えっと、僕の意識がもしもちゃんとしてるのなら、今の時間はこんにちはだと思うんだよ」
「じゃあ、こんにちはだよ~~」
起きたら隣にアルクがいた。何故。
「ふぁあ~~~~~」
あくびを一つ。天井に向かって伸びをして、正面を向いた。
「ん?」
黒板に僕とアルクの名前が書いてある。
その更に右側の文字は…………ええい、頭がはっきりしないな。ためしに読んでみよう。
「学園祭実行委員」
目を剥いた。瞬かせた。擦ってみた。ついでだから頬もつねってみた。痛かった。
「あ、うん。そうそうそれはね―――」
「なんじゃいこらーーーーーーーー!!!!!!!」
「わ、びっくりした」
え?え?ナニコレ?What's?Why?
「なんじゃこらーーーーーー!!!!」
重要なことなので2回吼えた。ワンワン。
「え?だって、パルくんだってうんうん言ってたよね?」
「言ってないから、ナニコレ?」
再度確認。縦文字の羅列は右から左に向かって読むと読むことが出来ます。うむ。常識だね!
それを踏まえまして、黒板の文字を順に追っていくとしましょう。重要なのは順番ですよ~。え、まず、一番右の文字、学園祭実行委員。次の行の文字、パルミラ・アガスティア。でその次の行の文字はアルカンシエル・ソレイユ。
ふう。
「さて、アルク」
「な~に、パルくん」
「これなに」
黒板を指さしてみた。
「なにって、黒板だよ~~」
「知ってらい!内容だよ、内容」
「あ~~。実行委員に私たち2人が選ばれました。拍手!」
ぱちぱちぱちぱち。
「え」
「え、って。パルくんもうんうん言っていたよ」
「え、僕うなされてたの?」
まあ、夢の記憶はないからどんなの見たかは分からないけど。
「あ、そっか~~。うなされてたのか~~。起こした方が良かった?」
「いや、起こさない方が良かった」
普段なら。と思えるぐらいには僕の脳味噌も動き始めてくれた証拠だ。
「で、僕が寝てるのをいいことに、こんなことになったと」
「パルくんと私だけみたいだよ、何の部活動や委員会もしてないの」
「あ、はい。そんな理由なのね」
今から逆らっても………無駄だ。数という絶対的な暴力には僕は太刀打ち出来やしないだろう。というか何もしていないに等しい連中なんて掃いて捨てるほどいるだろ!!!何て言ってもなあ。
「あ、うん。はい」
分かりました。受け入れるしかないんですね。寝てた僕が悪いのですね。
「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
なんてこったい。
「ちょっと、パルくん、寝てて良いの?水曜日バイトじゃないの?」
もういい。アルク。悪いけど、ちょっとの間くらい現実逃避させて………。
後生ですから。




