召喚:勇者(秋)/prologue
今日も秋は走っていた。
何故ならまたしても迷子になったからだ。
愛用する魔剣アブリゾールは走る動きに合わせ背中で跳ねる。
大人の男でもなかなか持てないそれを秋は軽々と振り回す。
バカ力なのではなく――そう、魔剣だからだ。
契約に"軽さ"が盛り込まれているのであろう。
これは一週間前、魔王退治に送り出される際に(強引に)頂いてきたシロモノだ。
まぁ、剣の話はおいといて。
両手にはグローブをはめ、動きやすそうなブーツ、そして服装は男物。
だが彼女、如月秋はれっきとした、花も恥じらう18歳の乙女である。
こちらでは童顔+少年のような格好であるため、女の子にはみられない。
うっかり初対面のかたは、男より男らしい秋を少年と誤解する。
まぁ、最初はいちいち怒っていたが意外と利点はある。
「あら、僕えらいわねぇ」とバイト中にアメやら何やらお菓子も貰えてしまう。
食べ物買うときも安くしてくれる。
よって「まぁ、いっか。」と秋は誤解を解かず、そのまま誤解をスルーする。
だから当人は性別をそれほど深くは考えないことにした。
「シュウ様!!……よかった、今探していたんです。陛下の所へ向かわれるのですよね??」
後ろからムチムチセクシーボディな猫耳メイド、リリアさんがやってきた。
「リリアさん!!よかったぁ……。さっきから誰にも会わなくって……。」
リリアは心得ています、という風に一つ頷く。
そして、秋が向かっていた方と逆を指さす。
さすが方向音痴、思いっきり行きたい方と逆に歩んでいた。
それに秋がやっと気付いたとき、リリアは口を開いて説明し始めた。
「良いですか??まずはこのまま真っ直ぐに直進してください。間違っても逆走したり、窓から(三階)降りたり、どっかで曲がらないで下さいませ。
5分ほど歩くと、右側18個目のドアが全開になっている筈です。そちらの部屋に入ってくだされば陛下がいると思います。
良いですか??右側18個目ですよ、右側18個目。…………やっぱり一緒に行きましょうか??」
秋は一度も自力で魔王の元へたどり着いたことはない。
ちなみに魔王に挑みに行った回数は、今日を合わせて七回目。
即ち、今日で魔王退治一週間が経とうとしている。
そして秋が召還されたのは、その三日前。よってこのモリグアールという異世界に来てから、計十日になる。
―――いい加減和食が恋しくなってきた。
家族が恋しいんじゃなく、食事が恋しい。と言うのはなんとも秋らしいが……。
ぼーっと和食について考え事をし始めた秋を、リリアは心配する。
「多分大丈夫!!リリアさん、いつもありがと!!」
そういってにこにこ笑うシュウ。
「なら、いいんですけど……。」と、獣人、猫族の象徴であるような耳と尻尾をシュンとさせる。
リリアは秋を様付けする。
リリアだけ出なく、他にも色んな人たちが様付けする。
正直所でなくやりずらい。
大体なぜ魔王を退治にきといて、魔王の配下に敬われているのか。
何回も様を取るように言ったのだが、断固として譲らなかった。
そして理由をきいても頑なに教えてくれなかった。
―――魔王がアレだから、配下も配下なのよっ。
アレとは……まぁ、アレである。
魔王らしからぬ感じだ。
国民に、魔王はアレでいいのか?と問うてみたい。
そして考え事をしつつ、秋はリリアが言った通り直進しはじめる。
それを後ろから見る姿は、「まるで初めてのお使いを見守る母のようだった」と後に魔王城関係者達は口を揃えて言った。