【連載版はじめました!】悪役貴族に転生したので破滅エンドを避けるために継承権を放棄したら、激重感情の美少女家臣達が曇り始めた
「参りました……」
木剣が地面に転がり、一人の女騎士が膝をつく。
シュヴァルツ公爵家騎士団長、アレクシア・フォン・ヴァルド。
王国でも五本の指に入ると評される我が領最強の騎士は、俺の一撃を受けて剣を取り落としていた。
「また腕を上げられましたね、レオンハルト様」
「アレクシアこそ、前より強くなってると思うぞ」
「……開始二秒で敗北した私にそれをおっしゃいますか?」
「二秒もあれば、結構いろいろやれるって」
「それはレオンハルト様だけです」
そう言ってアレクシアが苦笑する。
訓練場の周囲では、騎士達が呆然としている。
「今の攻防……見えたか?」
「最初の一太刀はなんとか……団長が剣を振ったと思ってたら試合が終わってたがな」
「若様は一体、どこまで強くなられるんだ?」
公爵家騎士団の面々は俺の強さを知っている。
周囲からの評価を変える必要があったからな。
俺の名は、レオンハルト・フォン・シュヴァルツェンヴェルク。
この国でも有数の大貴族であるシュヴァルツェンヴェルク公爵家の嫡男だ。
俺には誰にも言えない秘密がある。
それは俺が転生者であること。
この世界は、前世で俺が愛してやまなかったRPG『七つの聖剣』の世界。
そして俺はそのゲームに登場し、あっけなく退場させられる悪役貴族だった。
原作のレオンハルトは、とんでもない男だった。
横暴、傲慢、邪知暴虐。
気に入らない相手は力と権力でねじ伏せ、家臣や部下達をゴミのように扱うカスの権化のような男だった。
せっかく剣と魔法の才能があるのに怠惰に遊び呆けており、当然ながら周囲からの評判は最悪。
今から三年後、俺が爵位を継いだシュヴァルツェンヴェルク公爵家は反逆罪で取り潰される。
処刑エンドで家族や周りにまで迷惑をかけるという最後まで傍迷惑な野郎だった。
せっかく大好きだったゲームの世界に生まれ変わったのに、二十歳になるより早く死ぬなんてまっぴらごめんだ。
だから俺は頑張った。
そりゃあもうひたすらに頑張った。
前世の記憶を取り戻したのは六歳の頃。
それから十年間、俺は脇目も振らずに毎日剣を振り、魔法を研究した。
幸いなことに、レオンハルトには戦いの才能があった。
原作ではその才能を無駄にしていただけで、鍛えれば鍛えるだけ剣も魔法も強くなった。
こうして既にカス貴族の片鱗があったレオンハルトの評価は無事上がり、周囲からの評価も一変。
公爵領最強の騎士を二秒で任せるほどに強くもなれた。
これだけやれば、原作の破滅も回避できるはずだ。
だが俺にはもう一つやるべきことがある。
それは……
「公爵位の継承権を放棄したい?」
「はい、その通りです……母上」
公爵家の執務室。
俺の目の前に、一人の女性が座っている。
銀色の長い髪と、鋭い青のアーモンドアイをした彼女は、シュヴァルツェンヴェルク公爵家の現当主。
俺の母親である、エレオノーラ・フォン・シュヴァルツェンヴェルクだ。
「正直、驚いているわ。そんな素振りはなかったけれど」
「公爵になりたくないんですよね」
「理由を聞いても」
「面倒だから……というのが半分ですね」
母上の眉がぴくりと動く。
ちょっと正直に応えすぎたかもしれない。
「もう半分は?」
「王宮の派閥争いに巻き込まれないようにするためです」
わりと真面目にやってきたし、俺のせいで処刑エンドは回避できた……と思う。
だがまだ油断はできない。
原作では王家が公爵家を反逆罪で捕らえる際に、レオンハルトの悪評を利用された。
既に自力更生を終えているものの、世界の強制力的なサムシングが破滅エンドを強要してくる可能性は捨てきれない。
未来が完全に変わったという保証がない以上、少しでも可能性は下げておきたかった。
それに……
「権力とか柄じゃないんで、好きに生きたいんです」
せっかく大好きだったゲームの世界に来たんだ。
俺はこの世界を自由に生きたい。
無論何もかもを放り出せるつもりはないけれど。
「母上や公爵家を見捨てるつもりはありません。何かあったら、俺が守ります」
破滅エンドを防ぐためにここまで強くなったんだ。
もし何も悪くないのに世界が公爵家を潰そうと動くなら、容赦なく暴れ回ってやるさ。
「……ふふっ」
そんな風に思っていたのが読み取られたのだろう。
母上はこちらを見て、小さく笑った。
「レオンは本当に……変わったわね」
「そうですか?」
「ええ、昔の貴方はもっとわがままだったもの」
「……はは」
今度は俺が乾いた笑いを浮かべる番だった。
前世の記憶を取り戻す前の六歳時点でも、まあまあなクソガキだったからなぁ……思い出すだけで顔が赤くなってくる。
六歳で黒歴史作れるとか、レオンハルトのカスっぷりは本物だ。
「でも、今の貴方は違う」
母上は立ち上がると、ゆっくりと俺のことを抱きしめた。
この世界の人達は感情表現がストレートだが、それにももう慣れた。
わずかな恥ずかしさをこらえ、俺も母上のことを抱きしめ返す。
「貴方は誰よりも努力をしてきた。そして剣も魔法も……私ですら想像できないほどに強くなった」
「母上……」
「家臣からの信頼も厚い。あなたが公爵を継いで文句を言う人は、うちに一人もいないわ。だからこそ……惜しいわね」
母上は離れると、少しだけ寂しそうに微笑んだ。
子供の成長を喜び、同時に寂しくも思う。
滅多なことでは見せることがない、母としての表情だった。
「でも貴方が考えて決めたのであれば、無理に引き留めはしないわ。シャロンの方が公爵には向いているだろうしね。レオンハルトはその……かなり、変わっているから」
「はは……ありがとうございます」
母上の俺の評価が気になるところだが、なんにせよ家督は問題なく弟のシャロンに譲れそうだ。
あいつが有能って話はわりと有名らしいし、これで破滅回避の可能性は上がった……はず。
「ただし」
「はい」
母上の凜とした言葉に、思わず襟首を正して背筋を伸ばす。
そんな俺を見ながら彼女は目を細めながら、
「あなたが公爵家の人間であることは変わらないわ。何かあったら、遠慮なく頼ってきなさい」
「……ありがとうございます」
母上は本当に素晴らしい人だ。
絶対に……原作のような未来にはさせない。
♢♢♢
「……というわけで、俺は継承権を放棄することになった」
その日の夕方、俺は五人の家臣達を集めていた。
銀髪の女騎士、セレスティア・フォン・アルヴェイン。
金髪の財務担当、リーゼロッテ・ベルンシュタイン。
紫髪の天才魔導師、フィオナ・フォン・アークライト。
桃色髪の専属メイド、ミリア・ローゼンベルク。
そして黒髪の秘書、クロエ・フォン・ヴァレンタイン。
五人とも、長年俺と共に歩んできた信頼できる仲間達だ。
「継承権を……放棄されたのですか?」
セレスティアが、きりりとした眉を歪ませながら、訝しげに呟いた。
「ああ、いずれは屋敷を出て独立する予定だ」
「では……私達は?」
「もちろん、公爵家に残っていいぞ。嫡男じゃなくなった俺に仕える必要はなくなるしな」
その瞬間。
五人の表情が、ピキリと凍り付いた。
「私はもう……必要ない?」
フィオナが小さく呟く。
「いやいや、そういう意味じゃなくって!」
慌てて説明する。
「お前達は優秀だ。わざわざ俺についてこなくても、公爵家の方が活躍の場は多いだろうし……」
「お、お待ちくださいまし!」
リーゼロッテが勢いよく立ち上がると、こちらに触れるほどの距離にまで近付いてくる。
「お給金は必要ありませんわ! むしろ私がレオンハルト様を一生、孫の代まで養います! お金ならいくらでも稼ぎます、ですから……」
俺の服の裾を掴む彼女の身体から、震えが伝わってくる。
「どうか私を不要だなんて、おっしゃらないでくださいませ……っ!」
「……リーゼロッテ?」
彼女の急変に面食らっていると、今度はセレスティアがその髪を地面につけるほどの勢いで俺の前に跪いた。
「どうか私もお供させて下さい」
「いやいや、そんな大げさな」
「私は……レオンハルト様の剣です」
彼女は口を引き結び、あまりにも必死な表情でこちらを見つめた。
「今よりもっともっと強くなります。必ずお役に立ちますから。だから……どうか、私のことを置いていかないでください」
「レオン」
フィオナがリーゼロッテとは逆の服の裾を握る。
「研究、もう一緒にしない?」
「いや、そんなことは……」
「私、もっと頑張る。レオンがやりたがってることは、全部形にしてみせるから。だから私を……一人にしないで」
いつも淡々としているはずの声は震え、その瞳には涙が貯まっていた。
「ご主人様……私、なんでもしますから! お掃除もお洗濯もお料理も、今まで以上に頑張りますからぁ!」
「お、落ち着いてくれよ皆」
一体どうしたんだ?
一寸先もわからない俺についてくるより、公爵家で働いてた方が絶対給金とかもいいと思うんだが。
「レオンハルト様」
皆が思い思いに自分の思いを口にしてから、最後にクロエが口を開いた。
彼女だけは、いつもと変わらぬ微笑みを浮かべている。
だが、なぜだろう。
その笑みにいつもより凄みが宿っているような気がした。
「一つだけ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「……ああ」
「私達に、何か至らぬ点がありましたか?」
「そんなわけないだろ、クロエ達はよくやってくれているよ」
「……そうですか」
彼女は安心したようにホッと息を吐き出すと、背筋を更に真っ直ぐに伸ばした。
「でしたら私達もお連れ下さいませ」
「クロエもか?」
「はい、私の人生は……既にレオンハルト様に捧げておりますので」
なんという忠誠心だろう。
自分なりに頑張ってきたとは思っていたが……まさか全員が、ここまで俺のことを慕ってくれているなんて。
「わかった」
五人を一人一人見つめていく。
不安そうに瞳を揺らす彼女達の信頼に応えないなどという選択肢は俺にはない。
「お前達が望むなら、これからも一緒にいてくれたら嬉しいよ」
「「「「「……っ!!」」」」」
「俺も、お前達がいてくれた方が心強いしさ」
俺の言葉で、五人の表情がぱあっと明るくなる。
「ありがとうございます……っ!」
「レオン、早速研究しよう」
「ご主人様っ!!」
ミリアが抱きつき、フィオナは身体を俺の腕に押し当ててくる。
リーゼロッテは涙を拭い、セレスティアは最敬礼で深々と頭を下げた。
クロエはこちらを見て、安心した様子で微笑んでいる。
……よかった。
これでなんとか、話はまとめられたか。
継承権を放棄して、全てを失ったかと思ったが……俺にはなくしていないものもあったんだな。
信頼できる仲間達はついてきてくれるってだけで、こんなに頼もしいなんて。
これならきっと……これから先も、大丈夫だ。
何の根拠もないが、そう確信することができた。
♢♢♢
レオンハルトが部屋を出て行った後も、五人はしばらくその場に残り続けていた。
「……本当に、良かったですわ」
リーゼロッテが震える声で呟く。
「うん、リーゼロッテの言う通り」
フィオナは先ほどまでレオンハルトが居た場所を、ジッと見つめていた。
ミリアはレオンハルトがいなくなっても、一人ぐすぐすと鼻を鳴らしている。
「もう二度と、あんな思いをすることがないよう、より一層レオンハルト様のために奮起致しましょう」
クロエの言葉に、誰も異論はなかった。
一人また一人と部屋から退室していき、最後にセレスティア一人が残される。
「……」
彼女は自分の手を見つめた。
剣を握り続け剣ダコのできた、女性らしいとは言えない手。
セレスティアはレオンハルトの役に立つために、剣の腕を磨いてきた。
けれど……今日もレオンハルトは、王国屈指の剣士をたった二秒で倒してしまった。
彼は自分よりはるかに強い。
自分などいなくても、きっと生きていけるはずだ。
「レオンハルト様は、私がいなくても生きていける」
セレスティアはキュッと、自分の手を握りながら笑う。
その笑みは、あまりにも儚げで。
「でも、私は……」
その頬を、一筋の涙が伝う。
「私はあの方がいなければ、生きていけない……」
その呟きは、誰にも届くことはなかった――。
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