『短編』夢の中の戦争 Dream Into The FANTASIA
「君は、なぜこの世界に来れたと思う?」
魔王が問う。
「僕は…」
言葉に窮する。分からない。
この夢の世界に思い入れがあるのは仲間がいるからだ。
世界を救いたいわけではない。
それを理由に戻ってきたわけじゃない。
だから、この世界に再び戻れた理由にもならない。
ならば、なぜ?
考え……、僕は言った。
「自分に、嘘をつきたくなかったんだと思う」
「自分に嘘をつきたくない、か。また曖昧だね」
魔王が笑う。
「違うよ、私が君を招き入れたからさ」
「は?」
思考がフリーズする。意味がわからない。
夢の世界の人間が、なんだって?
「あの君の父親を殺し、君を昏睡状態に陥らせたのもこの私だよ」
「な…にを、言って……」
「私は、現実に干渉することができるんだ。
夢だけでなく無意識の行動を制御し、監視する。殺害だけでなく、思考を混濁させるのも簡単なことさ」
「そんな、ばかな……だって……ありえない、父さんは会社に殺され…」
「違うよ。人は会社がいくらブラックだからといってすぐには死なないさ。思考が関係しているんだよ。死にたい、こんな世界意味がない、自分には価値がない、などと言った感情がずっと続けばどうなると思う?」
「自分の命に興味がなくなる、か?」
「そうだ。家族と生きる理由すら時には見失うだろうね」
「貴様……」
「父親に比べて、君の意識を奪ってこの世界に来させることは容易だったね。なにせ、自分の未来に興味がなく、ただ自堕落に生きるだけだったのだから」
「黙れ」
「そんなだから、今こうして殺されるんだよ」
その言葉と共に魔王の姿が消えた。
瞬間的な消失。初動が見えなかった。
数秒後に激痛を感じた。
魔王の姿が眼前に現れている。
痛みの方に目を向ける。
赤い血に濡れた高価そうな短剣。
「がっ…」
胸を刺されていた。血が流れる。
意識が遠のく。いつ?
いつ刺された?
全く気づかなかった。そもそも、玉座にいたはずだ。
それなのに、この距離をどうやって一瞬で。
急速に意識が遠のくのを感じる。
「残念だ、君には期待していたのに」
「夢の世界で死んだ人間が、輪廻に加われると思うなよ。死んだ君はこれから、無へと堕ちる。
その世界では何もない。たった1人、その世界で永劫の時を過ごすことになる。終わりはない」
絶望する。視界が黒く染まる気がした。
その時、耳にこう聞こえた気がした。
「惨めだなぁ」
不快さをどうしようもなく醸し出させるような、そんな声が。
「仲間もきっと生きていないさ」
ふざけるな
意識が戻る。手に力が戻る。
痛みが全身を駆ける。
それでも、
「僕は、誓ったんだ」
立ち上がる。
血が流れても、それでも、立ち上がる。
「自分に、嘘を吐きたくないって!世界を変えたいわけじゃない、変えたいのは自分だから!」
拳を握る。
魔力が駆け、見えない糸のようになって剣を拾い上げた。
右手に吸い込まれるようにして戻る。
剣のつかを握り締め、地に足をしっかりとつけて前を睨んだ。
ふらつく体を、精神でなんとか保たせる。
「それで?」
魔王が嘲る。
「それでどうする? 折れた剣が手元に戻っただけだ。
何も変わらない。君は漫画のように覚醒したわけじゃない。死んだように生きるのが今終わって、本当に死ぬんだよ」
「黙れ!」
「叫んでどうなると言うのだ?
君は、負ける。今まさに、血が流れている。そんな状態で私に勝てると言うのかな?」
「ああ」
僕は頷いた。
「勝てるさ!」
魔王の笑みが消えた。
続けて、僕は言う。
「お前の能力、言ってること、そして今の僕の状況、全て不利かもしれない。でも!僕は今、こうして精神力で立っている。これはお前、予想できていたか? できてないよな!
僕はこれから、お前がさらに予想だにしてなかったことをして勝ってみせる!」
「戯言を……不利だと思うのなら、なぜ抗う?
誓ったから? そんなもの、クソの役にも立たないはずだ!現に君はフラフラだ。もう、諦めたらどうだ?」
なんで、こんなに諦めようとさせる?
まさか、僕を案じている?
魔王ってこんなに感情があったか?
そう逡巡するが、僕は頭を横に振って思考を切り替える。
「嫌だね、僕は諦めない」
そう言って一蹴する。剣を構え、魔力を込める。
魔王は目を伏せ、やがて
「それなら、後悔して死んでいくといい」
そう言って、冷徹の視線を送ってくる。
それでも、僕は魔王を睨んだ。
「行くぞ、魔王。僕の出来ること全てを注ぎ込んでお前と言う巨悪を殺す。倒される覚悟は十分か?」
「抜かせ、小僧。勇者の真似事など漫画の主人公にでもさせておけ」
魔王の右手に禍々しい邪気じみた魔力が見えた。
それが横一文字の斬撃と化して襲いくる。
完全に避け切ることはできないと感じた。
剣を縦に構えて受ける…のではなく、かすめて流した。
しかし、余波の斬撃が腕を斬ったようで血が飛んだ。
血が流れる。ぼたぼたと垂れてくる。
それでも、流すことができた。
受けていたら胴が穿たれていただろう。
(しかし、嫌な攻撃だな。斬撃を弾いても、当たりさえすればその余波でダメージを受ける。
避けようがない。でも、胴や頭、足よりはましだ。それらに喰らったら、戦闘が不可能になる。可能な限り避けなきゃダメだ)
「さて、次はどうするね?」
斬撃を二発用意している。
僕は思わず舌打ちした。
複数も可能なのか。一発でも防ぐのではなく、流すことで回避しようとしてダメージを受けているこの状況で、複数攻撃ができるという状況開示。
絶望させて、戦意を喪失させる魂胆か。
僕は言う。
「だからなんだよ!殺すなら徹底的にやれ。僕も、お前を殺すための攻撃手段を持っている!」
「ほお……やってみるがいい」
二発の斬撃はそのままに、数えきれないほどの斬撃が魔王の後ろに出現した。
恐怖で足に力が入らなくなりそうだが、殴って耐える。
そして、
「業焔・イルマの剣」と唱える。
火焔が折れた剣を駆けて、ビーム状に保たれたままサーベルとなった。
さらに唱える。「業魔の神阿修羅よ、剣に宿れ」
六つの顔、六つの表情、六つの属性が一つの球状のエネルギーとなって剣に宿った。
「それは禁呪だな、私を殺すために我が身を犠牲にするのか?」
「知らないね、自分の身の可愛さなんてさ。僕はお前を殺すためにこの禁呪をモノにする時間を費やしてきた。成功したことは今までにないけど、それでも成功しても失敗しても寿命が削れるだけだ。
だから、お前を道連れにして死ぬことにしたよ」
「それは愚かな思想だな、君だけが死ぬといい」
魔王が右手をこちらにかざす。
無数の風切り音と共に斬撃が飛んでくる。
その全てが殺意を秘めていた。
だが、僕は叫ぶ。
「僕は、魔王に勝つ! 行け! 禁呪だろ、僕に勝利をもたらしてみせろ!」
走る。剣を構える。斬撃に向かい、剣をぶち当てる。
激しい衝撃、塵状になった斬撃が頬を傷つける。
しかし、それだけだ。
まだ、致命傷には程遠い。
剣を薙ぐように振えば斬撃がしっかりと無力化されている。
勝てる。禁呪を内包したこの剣なら。
走る。
斬撃を薙ぎ払うように何度も剣を振るう。
斬撃が目測で10、こちらに向かい飛んでくる。
剣をただ振るうだけでは死ぬ。
それならば、
「氷の盾、焔の風! 現れろ!」
阿修羅が現れ、氷の盾を出現させて身を守らせた。焔の風が後を追う形で出現し、逆巻く炎を内包させた旋風で斬撃の威力を殺す。
しかし、2撃3撃と受けることで少しずつ氷の盾が割れて行くのを見て取れた。
あと、5撃ほど喰らうか、威力を上げられるとそれ未満の回数の斬撃で壊される可能性がある。
それでも、それでもだ!
僕は駆けた。
魔王、お前の首を断ち切るためにーーー!
「私が、お前の父親だと言うのに」
そう語った気がした。
手が止まらない。
魔王の攻撃と、自らの奥の手が交錯する。
その先に。父の過去を見た。
死んだ魔王の傷跡から、僕は父の記憶を見た。
逃れられない。
逃れられない魔王の記憶。
父の記憶だと認識したくないのに、まるで呪いのように縛り付けてくる。
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『お父さん』
『んー?』
『気をつけて行ってらっしゃい』
『ああ 行ってくる』
そんな普段通りの日常。
父さんは、疲れた顔をしていた。
そのはずだったのに。
訃報は、行方知れずとなった2週間後に報された。
父は、高層マンションから身を投げたと言われている。
その下が林だったせいで、遺体を見つけるのにかなりの時間を要したそうだ。
僕はーーー夢の中の世界を、その頃から見るようになっていた。
勇者、僧侶、魔道剣士、焔鳥使い
その4人で構成される魔王帝国を潰す王命を授かった旅の者たち。
それが僕らだった。
旅を開始した僕らの影で、
父さんは、魔王の影に囚われていたようだった。
もともと激務だった仕事
そこで少しずつ磨耗していく身体
そして、夢の中で旅ができるポテンシャルをもった僕の、父であるという血筋
それらが全て災いし、『もともと死んでいたはずの』魔王が、影となってーーー父の精神を殺し尽くして我が血肉としたようだった。
父さんは最初は抗っていた。
囚われていた中でも精神世界でやっとの思いで召喚した光の剣を手に、魔王の影を退治しようともがいていた。
けれど叶わずーーーやがて囚われてしまった。
魔王の依代となった父さんの力は絶大で、夢の中の世界を蹂躙できるほどの魔物を、召喚・率いて・現実にも干渉しながら戦争をふっかけた。
殺しつくされる夢の世界
ここまでは、父の記憶を知らなかった僕でも知っていたことだ。
そのあとは夢の世界に、自分の精神を犠牲にして戻りーーー魔王帝国に仲間と共に戻って、城の魔王の間まで1人ずつ幹部と相対しながら、戦い。
魔王とこうして僕は戦った。
そして勝ったはずだった。
それがーーーこんな結末だと?
笑える。
なんなんだ。
フィクションじゃないのか?
なんで現実で死んだはずの父さんがここで魔王なんてやってる?
魔王の影に捕まった?
そこで戦っていた?
そんなの……そんなこと知らなかった。
知らなかったのに。
僕は、冷たい床に手をついて泣いた。
「僕は……バカ者だ。なにも、なにも知らなかった」
僕は、剣を杖代わりにして立ち上がった。
体を引きずる。
身体が重い。
思うように動かない。
ずるずる、ずるずると引きずる。
魔王を失った魔王の間が崩壊していく。
現実へ帰らないと。
仲間を助けないと。
魔王が死んで、魔王の影なる存在が現れるのならもう対処ができないかも知れない。
とにかく離れることが先決だ。
けれど、足が重い。
父さんは死んだ。
僕が殺した。
僕の目の前で、僕が殺した。
仕方なかったとは言わない。
魔王殺しだけれど、父を殺したことも事実だから。
吐きそうになるのを必死で堪えて、痛む体を引きずる。
けれどーーー闇が、背中から僕を包み込んだ。
『逃すと思うのか?』
声で分かった。
「魔王の……影」
逃げなきゃ
『貴様も取り込んでくれよう』
身体が取り込まれる。
取り込まれていく。
魔の力が押し寄せる。
自らが魔王になっていく感覚が、毒のように広がってくる。
嫌だ
嫌だ
僕は……!
「僕は、魔王なんかになりたくない!」
『無駄だ! 貴様はもう魔力を残していないだろう? 影に取り込まれ、哀れな父親と同じく魔王としてこの世に君臨しろ。
そして現実世界もろとも破壊し尽くすのだ』
「嫌だ……!!」
僕は
「僕は、約束したんだ! 仲間に、絶対生きて戻ってくるって! だから……こんなところで死ぬわけにはいかないんだよ!」
『寿命も禁呪のために使った貴様が、精神を犠牲にまた魔法を出せばそれこそ死ぬのみだ!
それでも、我が身を渡さぬのというのか?』
「そうだ……! 僕は……」
拳を握る。
肺から、腹から全ての空気を吐き出すようにして僕は叫んだ。
「僕は! 父さんの息子にして、現実と夢の世界を跨ぐ(またぐ)勇者だから!」
その叫びはーーー光を産んだ。
勇気を
希望を
悲しみを乗り越える
そんな絶大で、それでも花火のように儚くも美しい力
僕はーーーそれを、剣へと変える。
光の剣へと。
『貴様ーーーなぜ』
「言っただろうーーー僕は勇者だ。悪を滅する、勇者だ」
そう告げて、一閃する。
闇が砕かれる。
ガラスが破砕するかのような音と共に闇が崩壊する。世界が輝かしい光に満ちた。
夢が、終わる。
僕の命が、終わる。
ーーーそれでも、仲間が背中を押してくれた気がした。
僕は、無の世界で仲間を探して旅に出る。




