異世界召喚が成功したその日に
視界を白い光が覆った。
直後、少女の目の前の光景はガラリと変わった。
近所のコンビニへ行こうとしていた時だった。
けれど今、目の前に広がる光景はそれとは違う、広い、広い空間だった。
足元に描かれた魔法陣のような何か。
そして周囲にいる見知らぬ人々。
これは間違いない。
(異世界召喚……!? うそでしょそんなラノベじゃあるまいし。
いやでもそうじゃなかったらじゃあ何って話だし。
えっ、私聖女とかそういう……!?)
それなり、そこそこサブカルにのめり込んでいる少女は声に出さずに内心で高揚する気分を抑えた。そうしないと顔に出てうっかり余計な事を口走ってしまいそうだったから。
(あ、でも周囲の人たち見る限り、王子様だとか、乙女ゲームにいそうなイケメンっぽいのはいないな。
えっ、てことはじゃあどういう立場になっちゃうんだろ。単純に労働力とかかな……)
最悪の展開を想像して気分が下がった。おかげでにやけた顔を晒さなくて済みそうなのは何よりである。
(さぁ、この人たちは一体私に対してなんて言うのかしら? そこから私の立場も推理できればいいんだけど……)
聖女か勇者か。はたまた救世主?
そんな風に数多の異世界召喚ものの作品を思い浮かべながら、少女は『次』を待っていた。
しかし――
「成功した」
「成功しましたね……」
「長かった……やっと、やっとだ」
わぁっと歓声が上がるが、しかし誰も少女に話しかけようとはしなかった。
その場にいた者たちがそれぞれ近くにいた者と抱き合い、肩を組み、まるで世紀の大発見でもしたみたいに盛り上がっている。
「え、何これどういう事……?」
だから思わず少女はそんな風に呟いた。
向こうがどういうつもりかはわからないが、それでもこの状況でいつまでも無言のままでいるのも不自然だろうと思って。
「あぁ、すまないね。急な事でビックリしただろう。
我々は君に危害を加えるつもりはないから安心してほしい」
少女の呟きを耳にして、研究員のような格好をした一人の男がそんな風に言った。
「危害を加えるつもりは……って言うけど、えっと、なんか突然知らない場所にいるけどこれ、私帰れる?」
ある種の当然な質問に、しかし男は困ったように眉を下げた。
「あー……元の世界に帰す事はできない。だが安心してほしい。
すぐに君の家族や友達なんかもこちらに呼び寄せるから」
「え」
脳内に思い浮かべた数多の異世界召喚作品によって、どういう展開が来ても無難にその場を切り抜けてみせるつもりでいた少女だが、しかしその言葉に思わず理解が遅れた。
元の世界に帰す事はできない、という言葉から間違いなくここは少女が先程までいた世界とは違う世界なのだろう。
そして帰す事はできない、という言葉が事実なら少女はもう二度と故郷に帰れないという事になる。
それは本来ならば悲劇の始まりのはずだ。
しかし男はなんて事のないように言い放った。
少女の家族や友人たちも呼び寄せる、と。
「一体なんで……!?」
意味が分からなかった。
「なんで? あぁ、君は知らないのか。まぁそうだよな……
都合の悪い話なんて当然隠蔽されてるか……」
男が周囲に視線を向ければ、周囲も理解しているとばかりな反応だった。
少女にとってますます不可解な状況である。
「ん? というか、君のその格好はどういう事だ? 普段着か?」
「え? そう、だけど」
学校の制服などでもない、お値段的にも一般的なこれといって特徴もない、普通の服。
この場にいる者たちにとっては見慣れないデザインだとは思うが、しかし反応を見る限り少女が思っているのとは何かが違う気がした。
不思議なデザインの服を着ている、とか、素材が麻や綿ではない、一体なんだ、だとか。
そんな未知のものというわけでもなさそうなのだ。
「うーん、もしかしたら一度文明を破棄した可能性もあるのか……」
「あぁ、有り得ますね」
「それでも見た限り、そこそこ発展はしてそうです」
男の周囲にいた者たちが口々に話し始めて、少女は余計にわけがわからない。
「とにかく向こうと繋がった以上、その繋がりは断ち切るなよ」
「わかってますって」
「むしろもう座標固定はできてるので、問題ありません」
男の言葉に力強く頷いている者たちに、少女は完全に置いてけぼりを食らっていた。
「ちょっ、ちょっと、いきなりなんなの。これって誘拐とかそういうんじゃないの!?
危害を加える気がないってだけ言われても納得なんてできないんだから、ちゃんと説明してよぉ!」
少女の知る異世界召喚作品に、召喚した人間をここまで放置するようなものはなかった。
ある程度自分が知っている作品と近しい展開になるのならまだしも、さっぱりわからない状況に少女の心の中はあっという間に不安で塗りつぶされてしまった。
「あぁ、すまないね。
一応全部が終わった時にちゃんと説明されるようにしてはあるけれど、実験の成功による一人目である君には直接話をしてもいいかもしれないね」
実は、と前置いて語られた男の話は、少女にとってはとんでもない話だった。
なんでもこの場にいる者たちは、遥か昔、少女がいる世界に住んでいたというのだ。
彼らは長い寿命を持つ種族なのだという。
短命種と異なり永遠に近い寿命を持つからこそ、文明はそこまで発展していなかった。
急いで発展させる必要性を感じなかったのだ。
彼らの住む世界には、資源が多く存在していた。
それら自然の恵みを少しずつ消費して、平穏に、まったりと暮らしていたはずだったのに。
しかしある日、見知らぬ場所に突然移動していた。
それはこの世界の住人たちによるものだった。
この世界は優れた文明を持ち、発展していた。
しかし発展させすぎた事で自然は汚染され、人口に対して食料が不足。汚染された大地で無理に食料を育てようにも、その頃には様々な問題が発生し異常気象が常に起きているようなものだった。
そのせいでマトモな食べ物すら確保が難しい状況だった。
そこでこの世界の者たちは考えた。
自然を意のままに操る事はできない。
それをやろうとした事はあったが、結局反動で災害が頻発するようになってしまった。
安住の地は最早ない。
ではどうするか。
この世界を捨て、別の世界に移住するしかない。
だがしかし、宇宙船を作り宇宙へ進出するにしても、近くの惑星で人が生存できそうなところはない。
コロニーを作るにしろ宇宙船を作るにしろそもそも素材がない。資源が不足し食料もない、まさしくないない尽くしである。
時間的な余裕も物資的な余裕もないため、早急にどこかに移住する必要があった。
宇宙だのなんだの言ってる余裕がない事で、この世界の者たちが選んだ手段は転移装置を用いた手段だ。
別の時空に存在する異世界。彼らはそこに目をつけた。
宇宙船を作るだけの資源はないが、しかし既に高度な文明によってこの世界では転送装置が存在していたので。
世界各地を移動できていた転送装置を改良し、そうして別次元の世界にアプローチする事に成功したのである。
そうして異世界の存在を認知し、その中でもっとも自然豊かである世界に目をつけた。
一見すれば文明レベルは低いが、しかしその世界に住む者たちはこの世界の者よりも強靭であり、そちらに移住するにしても領土問題などの争いが発展すればこちらも被害が出る――そう判断した彼らは、転送装置でこちらの世界の人間とあちらの世界の人間全てをまるごと入れ替えたのである。
「いやぁ、驚いたよ。だって本当に突然知らない場所にぽんっていたからね。
しかも調べたら酷い環境だ。脆弱な種族であれば外に出ただけで死んでいたっておかしくはなかった」
長い寿命を持つ彼らは、まずこの世界について調べた。
何が起きたのかを理解するまでに時間がかかったのは、この世界の連中が転送装置で住民たちを入れ替えた時点でそれらの装置が使えなくなるように細工をしていたからだ。
重要な情報のほとんどは破棄されていたけれど、しかし僅かに残されていたものから情報を読み解いて、そうして彼らは自分たちの身に何が起きたのかを知ったのである。
「酷い話だよ。突然住む場所を奪われて、こんな世界に追いやられたんだから。
けど、同時に目標ができた。
元の世界に帰りたい。だって故郷だ。帰りたくない理由がない。
長命種である事に感謝したよ、この時ばかりは。だって短命種であったなら故郷へ帰りたいと願ったところで、寿命が先に訪れていたかもしれないんだ。
今まで日々をのんびりと過ごしていたけれど、やるべき事ができた。
かつての自分たちでは必要がないと思えた技術力を身につけて、帰るための準備を着々と進めた。
もしかしたらもう自分たちの世界は君たちによって滅ぼされて、また他の世界に移ってしまったかもしれない。そんな風に考えた事もあった。
けれどどうやらそうなってはいないようだ。
この世界に僅かに残されていたこの世界の住人たちの生活の跡と、今の君の格好を見る限り我々の世界で一度、いや、もしかしたら何度か文明は崩壊したのではないかな。
それが歴史に残されているかはわからないが、ともあれ我らはようやくあちらの世界に帰る目途が立った。
今までそちらの世界と繋がりを作れなかったが、ようやくだ。
君という存在がこうしてこちらに来たのだから、これで我らもあちらへ戻れる」
「えっ、ちょっ、ちょっと、突然そんな事言われても」
「何、君の家族や友人もすぐにこちらに呼び寄せる事になる。
もっとも、その後はもう二度と我らの世界を奪わせはしないけれど」
さて、向こうの世界に帰ったら、まずは簒奪者が好き勝手やらかした世界の状況を確認しないといけないな。
そんな風に言いながら男は――
凄まじい速度で装置の起動キーを入力していく。
カカカカカッと高速でキーが叩かれる音はまるで素早い動物の足音のようにも聞こえた。
そうして一瞬の後。
少女がいた場所に突然といっていい程に人が次々に姿を現していく。同時に少女を召喚した者たちの姿は忽然と消えていた。
少女の知っている者ではない、が、しかしあちらの世界で暮らしていた者なのだろう。
突然見知らぬ場所に放り出されて混乱する者、戸惑う者、実に多くの人が溢れていく。
建物の中が人で溢れていった後は、どうやら建物の外に転送されているようだった。
だがしかし、少女は外の環境を知らなかった。
男の話から、この世界の環境は汚染されていた、とは聞いていたが、長い年月が過ぎたのであれば少しは回復したのではないか、と淡い望みを抱いたりもしていた。
だがそんな事はなかった。
なかったのだ。
外は暗く、重く厚い雲が常に空を覆い息が妙に詰まる感じがした。幸い気温は低すぎず高すぎず、という状態だったが、しかし湿度が高かった。そのせいでまるで水の中にいるようなじっとりとした感覚が常に纏わりついているし実際の温度よりも暑く感じられた。
高度な文明を築いていた、と男が言っていたのは嘘ではなかったようで、外に召喚された者たちは少女がいた建物の外観を見てまるでSF映画だなんて最初、呑気に言っていた者もいたけれど、すぐに食料の奪いあいが始まった。
外は自然らしい自然がほとんどなかったのだ。
舗装されている道路はさておき、舗装されていない部分はゴツゴツとした岩でマトモに歩けそうにないか、すぐに崩れるような地盤の脆い場所ばかりだった。
草花といったものが一切見かけられない大地。
何が起きたのかを理解できないまま、それでも見知った者たちの姿を見つけ知り合いで固まって。
不安と先の見えない恐怖により、集団ヒステリーが発生し暴動が起きた。
けれども暴動を鎮圧できる者はいない。
この場を統率できるような者がいなかったのだ。
勿論、向こうの世界で各国の主導者をしていた者たちがいなかったわけではないけれど。
ここはどの国にも属していないのだ。
なので指示系統は滅茶苦茶になっていた。
食料らしい食料はなく、あったのはかろうじて栄養が摂取できると彼らが残していったであろうサプリらしきもの。
皆が皆突然見知らぬ世界に投げ出され、家財を失い貨幣も役に立たない状況。
一応あの建物の中に、少女や少女の世界で生きていた――かつてこの世界で暮らしていた子孫たちに向けてのメッセージも残されてはいたようだが、しかしそれらは解読できなかった。少女を召喚した者が言っていた、説明とやらなのかもしれないが誰も読めないため結局何が起きているのかを正しく理解できている者などほとんどいない。
かつての高度な文明で使われていた文字、ではあったのだろう。
けれども、世界を奪い新たな世界で生きてきた少女たちの先祖は――どの世代かは知らないが、あちらの世界で今度は同じ失敗をしないようにと急速な文明の発展はしないようにした。
一度文明を捨てた可能性もある。
そうして新たに一から新しい世界で築き上げた文明のどこかで、以前とは異なる文字が作り出された。
もしくは、元の文字が更に変形して今少女たちが知る文字になった。
どちらにしても、今どうしてこんな状況になっているのかを知っているのは、最初にこちらの世界に召喚された少女だけだ。
けれども見知らぬ人たちの前に出て、少女が堂々と説明などできるはずもない。
最初にこちらの世界に来たのなら、彼らの暴挙を何故止めなかったなんて責められても困るし、仮に何事もなく説明できたとしてもじゃあこの先どうするかという話になるのだ。
転送装置は彼らが元の――少女が住んでいた世界に戻った後で自動的に機能を停止するようになっていたようで、何をどうしたところで動く気配はなかった。各国の優秀な頭脳集団が解明に乗り出したが、今の彼らの科学力や技術力では完全にお手上げであった。
空間を越える転移装置など、それこそ創作の中でしか存在していなかったのだ。
かつて、少女たちの先祖はこの文明を築き上げた。であれば、決して理解できないものではないはずだ。
けれどもあまりにも情報も手掛かりもなさすぎる。
どうにか家族と合流できた少女は、結局この事態がどうしてそうなったのかを口にするまでにかなりの時間がかかってしまった。だってこんな話、すぐに信じてもらえるなんて思えなかったのだ。
皆がこうして今の状況に陥っていると言えども、わけのわからない状況になってしまった事で現実逃避するべくそれっぽい事を言っていると思われそうで。
それでも、少女はそっと自身に起きた事を母に話した。
信用できそうな友達にも話した。
けれど、それで何かが解決する事にはならなかった。
その頃には、どうしてこんな事になってしまったのか――実に様々な噂が広まっていたからだ。
宇宙人の実験に巻き込まれただの、神の試練だの。
どちらにしても、少女やそれ以外の誰かがすぐに解決できるものではない。
元々こちらの世界の存在である、と言われたって少女は生まれも育ちもあちらの世界であったし、故郷はそういう意味ではあちらなのだが、帰りたいと望んでもその願いが叶う事は当面ないのだろう。
元は遥か昔の先祖がやった事を、やられた側が同じようにして元に戻しただけの事だ。
けれども。
(帰りたいな……)
やはり少女はどうしたってそう思ってしまうのだ。
国も何もなくなった結果国の保護なんてものはない。
人種も国境もごちゃ混ぜになってこちらの世界に戻された人類は生きるために必死である。
今まで平和に過ごしていた少女は、しかしここではそうもいかないのだと理解してしまった。
(異世界召喚とかやっぱロクなものじゃないわ……)
少女にしてみれば、こちらの世界に呼び寄せたあの男たちに恨みがないとは言わないけれど。
でもやっぱり遥か昔のご先祖様が最初にそれをやらかしているのだ。
(タイムマシンがあったらまずご先祖様をぶちのめした方がマシな気がしてきた。ご先祖様が死んだら私が産まれてこなくなるんだろうけど、でものうのうと異世界ぶんどって過ごしていたご先祖様のせいで今こうして私たちが苦労してるわけだし)
沸々とこみ上がる怒り。
けれどその怒りの向く先は、もう遥か昔にいなくなってしまった相手だ。
どうしようもない程の終末世界。
いっそゾンビが溢れただとか、宇宙人が襲来してきただとか。
そっちの展開と今とでは、果たしてどっちがマシなんだろう……なんて。
どうしようもない現状に、少女は現実逃避のようにそう考え始めたのであった。
次回短編予告
とある一人の令嬢の死。葬式が行われたその日に明かされたもの。
それは家にとって大変な事実であった。
次回 ある、葬式の日に
彼女は決して復讐を望んではいなかった。




