第9話:簒奪者
証拠を揃えて正面突破
「じゃぁ、依頼達成の処理と魔石の査定は任せました。……僕、ちょっと行きたいところがあるんで」
山盛りの魔石を入れた布袋を担いだ一行は水路を後にし、報告のためにギルドに向かっていた。
「お、おう? ああ、わかった。任せとけ!」
カイルは、大量の魔石という名の「物理データ」に目を輝かせて答え、ルーカスの意図を 1bit も疑うことなく受理した。彼らにとってルーカスはもはや――いや、考えるという「負荷」を放棄して、富という名の報酬を運んでくる、盲信すべき「神」に書き換えられていた。
ルーカスは彼らの喧騒をあとに、ギルドの隅にある水場へと向かった。
冷たい水で地下の泥と、王国の腐敗した残り香を洗い流す。
(……スキャン。周囲に監視ログ、なし。……カイルさんたちの意識は、今、金貨の枚数という単一の演算に占有されている)
水面に映る自分の「貌」を、ルーカスは無機質に見つめた。
先程まで「善良なポーター」を演じていた筋肉の弛緩をパージし、深層にある「飢えた執着」を再起動させる。
(……さて。下水道を掌握した恩恵を、さっそく享受させてもらいましょうか。)
ルーカスは濡れた手を拭うこともせず、懐からリーゼに返却された「銀のブローチ」を取り出し、見つめる。
ユス団長がギルドに残した、あの暗号、リーゼの想いという名の暗号。
そして、先程地下で拾い上げた「王国が冒険者を生贄にしていた」という名の致命的な脆弱性。
「......献上品は整いました」
濡れた髪を整え、清潔な事務官の服に着替える。
鏡に映るのは、過酷なAランク依頼を半日で終わらせてきたとは思えない、涼しげで「無垢な少年」の貌。
ルーカスは次に、現場検証へ向かった。
王都の貴族街。その一角に、威圧的な沈黙を保つ侯爵家の屋敷がある。
旧式魔導回廊の「本来の管理者」であり、ユス団長の娘・リーゼを貴族社会の檻に閉じ込めている場所。
ルーカスは、通りの向かいで足を止めた。
手に持った銀のブローチを弄びながら、瞳の奥で「魔力スキャン」という名の強制アクセス(ログイン)を開始する。
(……ふふ。見つけましたよ、お転婆な令嬢。……屋敷の北西、三階の奥。……魔導結界の出力が不自然に高い、あの『隔離セクタ』ですね)
ルーカスの視界には、屋敷を巡る魔力のラインが血管のように浮かび上がっていた。
そして、それとは別に、地下から屋敷の主の部屋へと直結している「不潔なライン」も――。
(……そして、管理人の旦那様。……あなたは地下回廊の『ゴミ掃除』を冒険者に押し付けながら、そのエネルギーを私利私欲のためにバックドアから吸い上げている。……不潔な横領が丸見えですよ?)
ルーカスは、唇を薄く吊り上げた。
この屋敷はもはや、ルーカスにとって「攻略対象」ですらなく、いつでも「消去」できる脆弱なデータの塊に過ぎない。
ルーカスは、侯爵邸の地下から屋敷の主寝室へと吸い上げられる、歪な魔力の奔流を冷徹にスキャンした。
(……なるほど。直せないのではない。あえて直さず、回廊の過剰魔力を排出するための緊急バイパスを、この屋敷の動力源として不法に書き換えている……)
王都の安全装置を、自分専用の蓄魔力庫に作り替えるという、あまりにも短絡的で強欲なハッキング。
その代償として、地下回廊は「排熱」を失い、毒と魔物が溢れ、数年おきに「冒険者という名の冷却剤」を消費しなければシステムが維持できない構造になっている。
(王都の『守りの要』であるユス団長の隣で、よくもまあこんな傲慢なログを垂れ流せたものです。……おかげで、この屋敷の脆弱性(つけ入る隙)が 1bit の狂いもなく判明しましたよ)
ルーカスの視線の先。
結界に守られた窓の奥で、何も知らずに、あるいはすべてを悟って絶望しているリーゼの気配が揺れる。
(……お待たせしました、リーゼ。……あなたの檻を維持しているエネルギーの『大本』は、今、僕が掌握しました)
ルーカスは周囲を窺うと、結界に探知されないぎりぎりに立つ樹木の上に駆け上った。
目視で屋敷の全体図の詳細を脳内の地図に補正する。
燃料回路に偽装しているが、不自然な後付けの工作物が上からだとよくわかった。
(元々は管理・整備のための特権だったはずが、いつしか『盗魔力』という名の私欲に置き換わった……。不届きな先祖の負債を、今も 1bit の狂いもなく引き継いでいるわけですか)
ルーカスは、侯爵邸の特定の区画から漏れ出す、不自然に濃密な魔力の「淀み」をスキャンした。
そこは、定期的に高純度の魔石を「収穫」できる、侯爵家にとっての「打ち出の小槌」。
だが、その実態は地下回廊から逆流させたエネルギーの、排泄物のような溜まり場だ。
ルーカスはギルドに張り出されていた「流行中の胃腸炎の薬依頼」を思い出す。
(……メイドたちの『魔力酔い』。……当然です。正常な演算(循環)を失った魔力は、ただの毒物でしかない。あれは胃腸炎じゃない。……そんな場所に、リーゼを閉じ込めているとは)
ルーカスの脳内で、侯爵邸の 3D モデルに「致死領域」が赤くレンダリングされる。
そこは、リーゼを隔離する場所であると同時に、侯爵が「魔石」という名の不当な利益を得るための、最高に不潔な「隠しセクタ」だった。
「……お待たせしました、お義父様。……あなたが守るべき王都のインフラが、あなたの娘を 1bit ずつ蝕む毒に変換されている。……この事実を、どう受理しますか?」
(お義父様への手土産は、この『不法利用の請求書』で決まりですね。……『無料』より高いものはないということを、1bit 単位で身に染み込ませてあげますよ)
「王国の守り」を自負するユス団長に、自分の娘を閉じ込める檻のエネルギー源が、自分が守るべき都の「盗魔力」で賄われているという、最高に不潔な真実を叩きつけるために。
その背中はこれから「英雄」という名のシステムを、完膚なきまでに書き換え(ハッキング)に行こうとする、冷徹な執行者のものだった。
王都騎士団の演習場、その奥に位置する団長室。
そこに座る男――ユス・フォン・シュトラウスは、平民から男爵家の養子に入り、剣一本で属国の王女を射止めた「王道の成り上がり者」だ。だが、その眉間には、戦場での傷跡よりも深い苦労の皺が刻まれている。
(……リーゼの奴、また飯を食わんと言い出したか。……妻には『あなたが甘やかすからだ』と叱責されるし、全く……)
彼は、自分に似て自由奔放に育った娘、リーゼを心底可愛がっていた。
貴族社会の政略結婚という名の「システムパッチ」を当てられ、彼女の輝きが消されるのを何よりも恐れている。
だからこそ、最後の自由のつもりで送り出した留学先で、彼女が「恋」という名の未知のウイルスを持ち帰ってきたことを、彼は見逃さなかった。
(あいつが肌身離さず持っている、あの安物の銀のアクセサリー……。あんなものを慈しむような眼で見る娘は、今まで見たことがない)
だからこそ、彼は賭けに出た。
娘が待っている「何か」を、この王都の混沌から引きずり出すための逆探知。それが、ギルドに出したあの奇妙な依頼だ。
「…わざとではない、ですか。……それが一番の『バグ』だということに、あの侯爵たちは気づいてもいない」
ルーカスは、騎士団演習場の重厚な扉を前に、無機質な嘲笑を浮かべた。
侯爵家が「婚約者を最高に安全な部屋へ」と善意で閉じ込めた場所は、システムの排熱が逆流する「毒溜まり」だった。
当主たちの鈍感な魔力耐性が、彼女の悲鳴をノイズとして切り捨てている。
(ユス団長。……あなたの愛娘が『わがまま』で寝込んでいると思っているなら、それは大きな演算ミスですよ)
ルーカスは、扉を守る衛兵たちの威圧を受け流すことなく、事務的な足取りでその間を通り抜けた。
「止まれ! ここは騎士団長室だ、子供の来る場所では――」
「『癒しの小草、銀のブローチを添えて』。……この依頼を受理したポーターです。……それと、団長。お嬢様の『病名』、デバッグしに来てあげましたよ」
ルーカスの声は、閉ざされた扉の向こう側まで、浸透(侵入)していった。
直後、扉が内側から、物理法則を無視したような圧力で撥ね退けられた。
そこに立つのは、焦燥と、親としての本能的な恐怖を 1bit も隠しきれていない、王国の英雄ユス団長。
「……貴様。今、なんと……!?」
「初めまして。お義父様」
ルーカスはハミルトン伯爵の紋章が入ったカードとギルド証を手にして見せる。
その瞳には権力への敬意などまったく存在しない。
「そんなに怖い顔をしないでください。僕はただ、彼女に『預かっていた鍵』を返しに来ただけなんですから」
ユス団長の部屋。
「救国の英雄」が愛娘のために用意した高級な調度品も、ルーカスの瞳を通せば、ただの「機能不全の残骸」にしか見えなかった。
「……リーゼの病が、なんだと……?」
「お義父様。言葉通りですよ。……あの屋敷の当主も、あなたも、魔力耐性が高すぎる(脳筋すぎる)。……だから、その『一番安全な部屋』に充満している魔力の膿に、1bit も気づいていない」
ルーカスは、懐から取り出した「銀のブローチ」を、ユスの目の前で弄んでみせた。
「あそこは、地下回廊の『ゴミ捨て場』ですよ。……数年おきに冒険者が『生贄』として消えていたのは、魔物に食われたからじゃない。……あの侯爵家が燃料代をタダにするために弄った回路のせいで、システムのパージ機能(死の光)に焼かれたんです」
「なっ……!?」
「魔物は死んでいましたか? ええ、そうでしょうね。システムが再起動するたびに、すべてデリートされますから。……そして今、その『死の光』と同じエネルギーが、お嬢様の待機部屋に 1bit ずつ蓄積されている」
ルーカスは、一歩、逃げ場のない英雄の間近へと踏み込む。
その瞳は、もはや「可愛いポーター」のものではない。王都の存亡を握る管理者のものだ。
「……リーゼが『お転婆』だったのは、その不潔な魔力だまりを本能で回避しようとしていただけです。なぜあの屋敷に、そう、王城周辺に、行くのを嫌がっていたのか、きちんと考えなかったのですか?……大人しく閉じ込められた今、彼女は内側からゆっくりと、データごと崩壊しようとしていますよ」
「....証拠はっ...!!貴様、推論と虚偽で伯爵家を貶めようとするなら」
「……あはは。どうします? 団長。……僕を追い返して、娘さんの『葬儀の準備』でも始めますか?」
ユス団長の脳裏に、青白い顔で浅い呼吸を繰り返す娘の顔が浮かんだ。
主治医の診断は「気疲れ」。
「……勘違いしないでくださいね、お父様」
絶望に顔を歪めるユスを、ルーカスは冷徹な双眸で見下ろした。
そこに「義父への敬意」も「リーゼへの恋慕」も、存在しない。あるのはただ、システムを正常化(あるいは私物化)しようとする管理者の意志だけだ。
「僕が欲しいのは、名誉じゃない。……この歪んだ王都のシステムを、僕の思い通りに書き換えるための『鍵』です。……お嬢様をその檻からパージ(解放)する許可証を、今すぐここに出してください」
「……っ、貴様に……リーゼを任せろと言うのか……!」
「他に選択肢がありますか? 委任状一枚のコストですよ。『僕に全権を委任する』、と。明日には、正確には15.2時間後には、彼女の演算容量は限界を超えて破綻しますよ。……それに、あなたが愛する『お姫様』は、僕が持っているこの銀のブローチ(古いバックドア)に、既に全権限を預けているんですから」
「.......っ!」
ユス団長は苛立ち紛れに机を強く叩いた。
あの銀色のブローチ。
娘が握りしめていた安物と同じデザイン。
だが、これが放つ気配は王族が携帯する魔銀と同じもの。
ユスは、震える手でペンを握るしかなかった。
「.........くそっ」
本来なら人生をかけて挑む「姫の救出」を、ルーカスは「事務的なエラー対応」として 10 分で片付けてみせた。
ルーカスは、ユス団長が書いた「通行許可証」を冷徹に眺めながら、既に次のパッチ(策略)を走らせる。
「ユス団長。……あなたが動く必要もありません。この『盗魔力の証拠』と『生贄の記録』を、今すぐハミルトン伯爵に届けます。……彼なら、この致命的なバグ(スキャンダル)を1bit も無駄にせず、侯爵家を政界から永久にデリートしてくれるでしょう」
「……なっ、だが、それではリーゼが巻き込まれて……!」
「いいですか。侯爵家が『犯罪者』として弾劾されれば、お嬢様を繋ぎ止めていた『政略結婚』という名の契約は自動的に破棄される。まだ婚約だ。……あなたはただ、騎士団として『汚職貴族の家宅捜索』を名目に、お嬢様を保護しに行けばいい。……ね? 合理的でしょう?」
ルーカスは議案を読み上げる行政官の顔でそれを英雄に告げたのだった。
帝国公安委員会 聖遺物保全局監査官:「書類不備?あぁ、こっちで適当に直しとく。この程度なら、な。次は『心付け』もってこいよ」




