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第7話:王都ログイン・正常なハッキング

朝日が綺麗です

王都の巨大な北門。そこは、王国の「腐敗と官僚主義」が凝縮された境界線インターフェースだった。


「待て。……なんだ、この荷物の量は」

重武装の衛兵が、ガラムの背中を指さして絶句する。

暁の金鱗の出発は一週間前。

王都からルーカスがいた街までは徒歩で二日。


本来なら、一週間程度の遠征で持ち帰れる資源の量ではない。Aランク指定魔獣の素材が、まるで「市場の叩き売り」のような密度でパッキングされている。


「おい、これ……『ドラゴンの吐息』じゃないか!? なぜこんなものが……密輸か? 盗掘か!?」

検閲場の空気が凍りつく。衛兵たちが武器に手をかけようとしたその時――。


「……おやおや。不審なログを検出されましたか?」

ルーカスが、疲弊した「無垢なポーター」の貌で、一歩前へ出た。


「てめえ! 衛兵! 誰に向かって口を利いてる!」

カイルが、ルーカスの肩を抱き寄せ、これ以上ないほど「傲慢な英雄」の顔で怒鳴り散らした。


「俺たちはAランク『暁の金鱗』だ! この荷物は、俺たちが命を懸けて、『幸運』で勝ち取った正当な功績だ!」


「そうだ! 文句があるなら、そこの馬車のハミルトン様に言え!」

ガラムが、荷物の重み(と、ルーカスに操られていることへの無自覚なストレス)をぶつけるように叫ぶ。


「ハ、ハミルトン様……!?」

馬車のカーテンが開き、疲弊した政務官が顔を出す。


「……通せ。彼らは私の命の恩人だ。この物資の一部は、王国の公的な資源として私が受理する」

衛兵たちの「疑念」という名のセキュリティが、権力という名のアクセスキーで一気に解体パージされた。


(……接続コネクト、完了)

ルーカスは、偽装の笑みを深め、深々と頭を下げた。


(……『暁の金鱗』の功名心と、ハミルトンの生存本能。……この二つの脆弱性を利用すれば、王都の門をくぐるのに 1bit のコストも必要ない)


門を通過する瞬間、石畳の冷気がルーカスの靴底を叩く。


王都の喧騒。それは、彼にとって「解体すべき巨大なデータベース」に過ぎない。


(お待たせしました、リーゼ。……僕は今、あなたのいる鳥籠の、すぐ下にログインしましたよ)



「いやぁ、本当にありがとう! カイル君、君たち『暁の金鱗』は評判通りの強さだった!」

検閲場を抜けた先、ハミルトン伯爵は馬車の窓から身を乗り出し、上機嫌でカイルたちの肩を叩いた。


彼にとって、この帰還と物資収集の業績は政界での起死回生のカード。それを「運んできた」冒険者たちは、今や最高に利用価値のある手駒に見えている。


「いえいえ、そんな。ハミルトン様をお守りするのは我ら『暁の金鱗』の誇りですから!」

カイルが胸を張る。その横で、ルーカスは荷物の重みに耐える「か弱き少年」の貌を貼り付けたまま、一歩下がって控えていた。


「ルーカス君、王都で仕事を探しているならぜひ手伝うよ。あとでこの住所に来てくれ。いつでも通すように家人には言っておくから」

ハミルトンは、ルーカスに一枚の紋章入りのカードを握らせると、満足げに去っていった。


(……アクセスキー、受理。……有効期限、無制限)


「さて、依頼完了をギルドに報告しに行くか。よっしゃ、あの無表情の受付も今日の荷物に驚くはずだぜ!!」


カイルが鼻息荒く歩き出す。その後ろを、ゼノやガラムが「伝説の勇者」にでもなったかのような足取りで続いた。

ギルドでの換金中、カイルがふと申し訳なさそうにルーカスを振り返った。


「なぁルーカス、本当にお前、売却益の5%でいいのか? 今回のこれ、お前の『勘』がなきゃ見つからなかっただろ。お前はもっと取り分を主張していいんだぞ?」


「いえいえ。皆様の護衛バフがあったからこそ、僕は安心して植物を採取できたんですから」

ルーカスは、事も無げに「5%」という不当な端数を受理してみせた。


「あー、でも、この『古龍の脱皮殻』と『ドラゴンの吐息』……。これだけの売却先、僕に決めさせてもらってもいいですか? ちょっと、高く買ってくれそうな当てがありまして」


「おぉ! いいぞ! お前の選ぶ道に間違いはねえからな!」

カイルは快諾した。それが、ハミルトンという「毒」に繋がる導火線だとも知らずに。


「俺たちは『丘のりんご亭』に泊まってるからいつでも来てくれ。……ってお前、宿は?」


「いえ、これから探そうかと」

「なら一緒に来いよ! 一人くらいねじ込めるだろ。よければ明日からの王都の依頼も一緒に行かないか? ポーター追加依頼だ」


「いいですよ」

ルーカスは、満面の笑みで受理した。


(……『暁の金鱗』という名の、不審者フラグを遮断するファイアウォール。……『丘のりんご亭』という名の、監視の入りにくい下層拠点。……成功です)



「じゃぁまたな! ルーカス!」

「ええ、また。明日、楽しみにしています」

カイルが宿の部屋の扉を閉め、騒がしい足音が廊下の向こうへ消えていく。

その音の消失とほぼ同時に、ルーカスの膝は重力に従い、石畳の床へと崩れ落ちた。


「くっ……ぁ……」

視界が激しく明滅する。

過度の魔力演算と、16万秒を超える緊張。

アドレナリンという名の強制バフが切れた途端、肉体という名のハードウェアが悲鳴を上げていた。

指先が、不可視の旋律を刻むように激しく震える。

ルーカスは這うようにして、ギルドの売店で手に入れた安物のサンドイッチを袋から引きずり出した。味などわからない。ただ、脳に糖分リソースを供給するためだけに、乾いたパンを喉の奥へ押し込み、皮袋の水を流し込む。


[TIME: 000000173500:0105:710] CRITICAL_ERROR: MUSCLE_TREMOR

[TIME: 000000173500:0105:711] STATUS: FORCED_SLEEP_MODE_IN_5... 4...


(夜明けまで、21,566秒。……少しでも、休息を。……1bitでも、機能を回復させなければ……)

服を着替える気力すら残っていない。

ルーカスは泥のようにベッドへ倒れ込んだ。

沈み込む意識の端で、脳内アーカイブが最後にリーゼの貌を呼び出す。


(お待たせしました、リーゼ。……僕は今、ようやく、あなたの夢を見られる……)




夜明け。

体内時計クロックが 1bit の狂いもなくルーカスを覚醒させた。


睡眠時間はわずか 21,566 秒。肉体の疲労は「正常」な範囲まで回復していないが、精神の演算能力は既に 400% の通常運転へと復帰している。


「おや、早いね兄さん。食堂はまだ空いてないけど、簡単な食事でもどうだい?」

宿の主人の声を、ルーカスは「善良な居候」の笑みで受け取る。


「ありがとうございます。少し、出かけてきますね。もし、カイル様たちが僕を探していたら、図書館に行ったとお伝えください」


「図書館? まだ開く時間じゃ……」

首を傾げる主人の視界から、ルーカスは 0.1 秒の遅滞もなく消失した。



人気のない早朝の王都。

ルーカスは周囲に監視ログがないことを確認し、物理法則をハッキングするように、家々の壁面を垂直に駆け上がった。指先が石材の僅かな凹凸を捉え、重力をパージする。


王都で最も高い、教会の尖塔。

その頂に降り立ち、ルーカスは朝日を背に受けて王都を見下ろした。


TIME: 000000194400:0105:801] SCANNING: ROYAL_CAPITAL_MAP

[TIME: 000000194400:0105:802] DETECT: ROYAL_CASTLE_DISTANCE: 4.2KM

[TIME: 000000194400:0105:803] ANALYZING: BARRIER_STRUCTURE_AND_PATROL_LOGS


遠くに、朝靄に包まれた王城が見える。


その手前の侯爵家。

そこに、リーゼという名の「唯一の正解」が隔離されている。


「……ふむ。意外と、脆そうなシステムですね」

ルーカスの冷徹な双眸が、城の周囲に巡らされた魔道結界の「継ぎ目」を 1bit 単位でスキャンしていく。

この国が「神秘」と呼ぶ防御壁も、彼にとっては解読を待つだけの古いソースコードに過ぎない。


(お待たせしました、リーゼ。……今から、あなたのいる檻の鍵を、一欠片ずつ略奪パッキングしに行きますよ)


教会の尖塔から得た視覚データが、脳内の平面地図(2D)に 1bit 単位でオーバーレイされる。


死角、結界の波長、衛兵の巡回周期――。ルーカスの脳内で、王都は攻略を待つだけの「3Dモデル」へと完全に再構築レンダリングされた。


(……さぁ、取引ハッキングの時間です)


ルーカスは音もなく尖塔を降り、朝露に濡れた石畳を一切の迷いなく踏みしめた。向かうのは、ハミルトン・フォン・シュタイン伯爵の邸宅。


「……誰だ、こんな早朝に」

シュタイン邸の巨大な門の前。門番は欠伸を噛み殺しながら、眠そうな顔でこちらを睨んでいる。無理もない、貴族の朝は遅い。だが、ルーカスにとっては、この時間こそが最も「ファイアウォール」が薄い時間帯なのだ。


「ルーカス、と言います」

ルーカスは、朝日を背負い、昨日渡されたばかりの「紋章入りのカード(アクセスキー)」を提示した。


「……っ!? こ、これはハミルトン様がお持ちの……」

門番の目が、一瞬で「バグ」を起こしたように見開かれた。


うらぶれたポーターの身なりをしている少年が、主人が「いつでも通せ」と命じた最優先の来客であるという事実。その処理プロセスが追いつかない門番を、ルーカスは「申し訳なさそうな、善良な笑み」で突き放す。


「ハミルトン様は、もうお目覚めでしょうか? お約束の『薬草』の管理について、至急お伝えしたいことがありまして」


「あ、ああ……! すぐに家令を呼ぶ! 少々お待ちを!」

門番が慌てて奥へ走る。

ルーカスは、その後ろ姿を冷徹に見送った。

その向こうに交代できたらしきもう一人が見えた。


(……視認。交代要員の接近。門番の交代時間は 07:15 ですか。……メモリーに保存セーブ。次回のログイン時に活用しましょう)

ハミルトンが優雅に朝食を喉に詰まらせる準備は、既に整っていた。


「ハ、ハミルトン様! お待ちください、せめて上着を――!」


「ええい、構うな! 彼は……彼は私の『幸運』そのものなんだぞ!」

屋敷の奥から響く、貴族らしからぬ怒号。


そして、階段を激しい足音とともに駆け降りてきたのは、着崩れた寝巻き姿のハミルトン伯爵だった。その後ろを、白髪の家宰が顔を真っ青にして、主人の上着を抱えながら追いかけている。


ルーカスは、玄関ホールの中央で、塵一つ落ちていない背筋を伸ばし、完璧な「事務官の直立」で待機していた。


「ルーカス君! よく来てくれた、本当によく……!」

ハミルトンはルーカスの両手を握ろうとして、自分の格好を思い出したように狼狽した。


「ああ、すまない! ちょっと待っててくれ! すぐに着替えてくる! 家宰! 彼に最高級のコーヒーを! 落ち着ける場所で待っていただくんだ!」

嵐のように言い残し、ハミルトンは再び階段を駆け上がっていった。


静まり返るホール。

残された使用人たちや、武装した屋敷の護衛たちが、一斉にルーカスへ視線を注ぐ。


(……スキャン。……敵意、3%。困惑、82%。……未確認オブジェクトへの警戒ログ)


「……失礼。朝早くに、お騒がせしました」

ルーカスは、周囲の刺すような視線を 1bit も受け流すことなく、無機質な笑みを貼り付けた。


案内された応接室で、家宰が震える手で差し出した最高級のコーヒー。その香りを楽しみながら、ルーカスは脳内でハミルトンの「支配権(ルート権限)」が完全に自分の手元にあることを確認した。


(……ふふ。伯爵様、あんなに慌てて。……そんなに唐突だったかな。……あなたの欲しいものはわかってるんです。その名誉心、僕が受理アクセプトしてあげますよ)


ハミルトン・フォン・シュタイン伯爵の執務室。

そこは、王国の腐敗した利権が やり取りされる「暗室」だった。


「ルーカス君。……単刀直入に言おう。君たちが採取した『古龍の脱皮殻』と『ドラゴンの吐息』。……私に譲ってくれないか?まだ持ち込んだばかりで売却先は決まってないだろ?すでにギルドの査定結果が貴族たちの中に広まっている。最高級品質だと聞いた」

ハミルトンは、焦燥を隠しきれない視線でルーカスを見つめた。


「もちろん、市場の定価は払おう。……わかっている、ギルド経由でオークションにかければ数倍、いや十倍にはなる代物だ。だが、私には時間がない。これを第一王子への献上品にできれば、私の政敵を排除できるんだ」

ハミルトンは身を乗り出し、甘い誘惑を――彼にとっては最大の譲歩を口にした。


「代わりに、私とのコネクションを約束しよう。王都で君が何をするにも、私の署名があればすべてが『正常な手続き』として受理される。……どうだ? 悪い話ではないだろう?」

ルーカスは、伏せた睫毛の裏側で、冷徹な演算を 400% 加速させた。


[TIME: 000000173200:0105:601] CALC: EVALUATING_OFFER

[TIME: 000000173200:0105:602] ANALYSIS: MARKET_PRICE(CASH) vs POLITICAL_ACCESS(KEY)

[TIME: 000000173200:0105:603] DECISION: ACCEPT_WITH_HIDDEN_BACKDOOR


(……この伯爵。僕が『金』なんていう、持ち運びの不便な物理データを欲しがっていると本気で思っているんですか?)


ルーカスは、顔を上げた。その瞳には、ハミルトンが最も欲している「無欲で献身的な少年」の貌が完璧に現像されていた。


「……ハミルトン様。お礼なんて、そんな。……僕の命を救ってくださったのは、この王都の寛大さそのものです」


ルーカスは、あえて「市場の定価」という、ハミルトンにとっては破格の条件に、さらに 1bit の付加価値(毒)を上書きした。


「定価で構いません。……いえ、その半分で結構です。その代わり……僕を、あなたの『私的な事務官』として、この執務室の隅に置いていただけませんか? 1ヶ月でいい。王都での経験は、僕みたいな何も持たない平民にとって金塊を積んでも手に入らない。それに、僕は、ただ、あなたの力になりたいだけなんです」


ハミルトンの喉が、歓喜で鳴った。

目の前の「運の良い少年」が、莫大な富を捨ててまで自分に忠誠を誓おうとしている。その「忠誠」という名のウイルスが、自分の権力構造の核心(ルート権限)を今まさに略奪しようとしていることにも気づかずに。


(……受理。……『王国通貨』という当面の活動リソースと、王都の中枢を自由に徘徊するための『特権』。……すべてパッキング完了です)


帝国公安委員会 聖遺物保全局監査官:「地図? 網膜スキャンできないのか? あー、外部端末の購入と手術はあっちの角を曲がって衛生局で申請してくれ。次の個体リソース、入れ」

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