第6話:事象解析と資源回収
ちゃっちゃと進みましょう。
ランクAパーティ『暁の金鱗』。
彼らにとって、この依頼は「バグ」だった。
「おや、こんなところに。これ、市場で高値で売れる薬草じゃないですか?」
ルーカスが涼しげな顔で、道端の泥にまみれた草むらを指し示す。そこにあるのは、本来ならAランク冒険者が数ヶ月の準備を整え、ようやく発見できるはずの超希少魔導薬草『ドラゴンの吐息』だ。
「……は?」
リーダーのカイルが、魔法剣を握る手を硬直させる。彼の「騎士の勘」が、その草の周囲に渦巻くはずの致死毒や幻惑魔法を警戒していた。だが、ルーカスがそこを歩いた瞬間に、その「世界の理」は解体され、ただの「換金効率の良い植物データ」として受理されていた。
「これ一株で、王都の家が一軒建つぞ……? それを、散歩ついでに見つけるなんて、どんな豪運なんだ……?」
魔法使いのゼノが、手元の魔導書を震わせる。
「いやぁ、ゼノさんにもらった希少植物採取手引書、読みやすくて勉強になりました。あそこに書いてあった『土壌の湿り気』の記述、確かに正解でしたよ」
ルーカスは、事も無げに、無垢な後輩の貌でとぼけてみせた。
彼が数十分かけて構築していた「索敵」の術式にソレは探知されなかった。ルーカスは瞬き一つ、0.1秒の「事象解析」で上書き(オーバーライト)し、最適解を出力してしまったのだ。
「ああ、ガラムさん。そこの岩、12cmほど右にずらしてください。その下に、100年前の古龍の脱皮殻が埋まっていますね。この座標の地層圧力がやや不自然でしたから」
「お、おう……?」
タンカーのガラムが、自慢の大盾を放り出して岩を退ける。そこには、博物館の国宝級の資材が、まるで「捨てられたゴミ」のような無造作さで横たわっていた。
『暁の金鱗』の面々は、自分たちが「冒険」をしているのかわからなくなってきた。これは、有能すぎる事務官の棚卸しに付き合わされているだけの「運搬用ドローン」に成り下がっているのだ。
ルーカスにとって、この世界の「神秘」や「困難」など、整理の行き届いていないインベントリに過ぎない。
「移動の『ついで』に、いくつかの未受理タスクを片付けてしまいましょう」
ルーカスは事前に頭に書き込んでおいた「周辺資源マップ」を脳内で展開していた。Aランクパーティ『暁の金鱗』にとって、この旅は「大型依頼」へ向けた精神統一の場のはずだった。だが、ルーカスという雑用係を雇った瞬間から、彼らの日常は「高速で流れるベルトコンベア」へと変質した。
「カイルさん、そこ。三時の方角に『岩砕の猪』が3頭。……あ、構える必要はありません。彼らは今、繁殖期のホルモン異常で視力が低下しています。僕が投げたこの『消臭粉末』の範囲内にいれば、彼らは自分から崖下に転落して、『解体しやすい姿勢』で即死します。……ほら、落ちた。今のうちに証拠品の角を回収してください」
カイルが抜剣する暇もなく、Aランク指定の猛獣が「事務処理」のように処理されていく。
「ゼノさん、次です。その湿地帯の泥を10cm掬ってください。そこに『月の涙』の幼生が混入しています。王都の錬金術ギルドに持ち込めば、金貨30枚のアセットとして受理されます。……あ、ついでにその横にある不浄物の巣穴に、この魔力中和剤をデプロイしてください。5分後に、『ついでに』受注しておいた『湿地帯の環境保全』の達成ログがシステムに送信されますから」
ルーカスは、一瞬の隙もなく彼らをこき使った。
「ガラムさん、荷物が重そうですね。ですが、その背負い袋の左側に詰めた『双頭蛇の胆嚢』は、温度管理が少しでも狂うと価値が半減します。僕が歩行速度を1.2%上昇させるよう調整しますから、今の心拍数を維持してください」
「……おい、これ……おかしいだろ! 荷物がどんどん増えていくのに、なんで俺たちの足が止まらねえんだ!?」
ガラムの悲鳴が上がる。彼らの背中には、Aランク冒険者の年収に匹敵する「戦利品の山」が積み上がっていた。
ルーカスが、彼らの移動ルートを修正し、「最も効率よく最も高く売れる物資を確保できるパス」へとハッキングしていることに、彼らは気づいていない。
「ああ、みなさん、そんなに驚かないでください。……ただの、『在庫の適正配置』ですよ」
彼ら以上の荷物を担ぎながらも、ルーカスは汗ひとつかいていなかった。
ルーカスは、衣食住のすべてにおいて手抜きを受理しない。
「……罠にかかったようです。運が良かったですね」
野営の準備中、ルーカスが無垢な少年のように笑って戻ってくる。その手には、Aランクパーティですら手古摺る大型魔獣が「即死」の状態でパッキングされている。実際には、ルーカスが薪を拾うついでに、対象の脳幹へ魔力弾を正確にデプロイし、神経系を全損させた結果に過ぎない。
「ちょうど、そこにウサギもいたので。……温かいうちに食べてください。受理していただけると嬉しいです」
焚き火の上で、黄金色に焼かれた肉が踊る。肉汁の沸点すらも制御された「完璧な熱変換」の結果だ。
「ははは! ルーカス、お前は本当に運がいいな!」
「女神に愛されてるんじゃないか?」
戦士たちは、自分たちの生存能力が管理者に略奪されていることにも気づかず、上機嫌に彼の背中を叩く。
「いえいえ。皆様の日頃の信心のお陰ですよ、きっと」
ルーカスは「偽装の笑み」を貼り付けたまま、瞳の奥のログを無機質に更新する。
(……対象の警戒レベル、1bit単位での低下を確認。……王都への最短ルート上の全障害、狂いなく排除済み。お待たせしました、リーゼ。……僕は今、『誰もが羨む幸運』を纏い、あなたへ近づいています)
焚き火の煙が、ルーカスの冷徹な双眸を隠す。
何の支障もない旅路。それは、Aランクパーティ『暁の金鱗』の脳内を、「自分たちは選ばれた存在だ」という致命的なバグで汚染していた。
「おい、ルーカス。俺たち、もしかして伝説の勇者の素質があるんじゃねえか?」
浮かれきった彼らの背後で、ルーカスは前方500m先の事象をスキャンした。
(……前方に高密度の魔力爆発。対象は馬車一台。武装した刺客が12名。……想定通り。……即刻、排除します)
「……おや。皆様、何かトラブルの気配がしますね。……助けを求めている声が、僕の『運の良い耳』に届いた気がします」
「なにっ!? よし、行くぞ! 俺たちがAランクの実力を見せてやる!」
「ああ! ルーカスの幸運を、今こそ俺たちの武勇で証明してやるぜ!」
駆け出す彼らの背中は、ルーカスから見れば、ただの「自律型の清掃ロボット」に過ぎない。
刺客たちの攻撃は、拍子抜けするほど「弱かった」。否。彼らは「弱くさせられて」いたのだ。
カイルが剣を振るう0.1秒前、ルーカスが弾いた小石が刺客の足首を打ち抜き、魔術師が術式を組もうとすれば、ルーカスの背嚢から露出したジャミング魔石がそれを全損させる。
「ははっ! 剣を振るまでもねえな!」
「俺のバフが効いたな! さあ、トドメだ!」
「おう! 『暁の金鱗(俺たち)』の強さに震えろ!」
ルーカスは、返り血一つ浴びない場所で、事務的に「戦利品」の回収準備を進めながら、偽装の笑みを更新した。
「……さすがは皆様です。僕の幸運なんて、皆様の『圧倒的な実力』の前では、ただの誤差に過ぎませんでしたね」
ルーカスは、事切れた死骸をパージし、献身的に転倒した馬車へと駆け寄った。
「助かった……! 私は王都の政務官、ハミルトンだ。君は、一体……」
要人が見上げるルーカスの瞳には、救済の意志など存在しない。
(……個体名:ハミルトン。内務省第2種政務官。……利用価値、大。……王都へ入るための『特別通行証』として、これ以上ないほど適切なデータです)
ルーカスは、「欲のない、誠実なポーター」という名の偽造ファイルを実行した。
「……仕事を探して、上京してきたんです。ルーカスといいます。お怪我はありませんか? 呼吸を深く……そう、大丈夫ですよ」
遅れて到着したカイルが声を上げた。
「あれ、その顔は...」
「おや、君たちは! 『暁の金鱗』のカイルじゃないか!」
「ハミルトン様!? なぜこんな場所に……! 俺たちの実力があれば、この程度の賊、さくっと全滅ですよ!」
カイルが語る「偽りの武勇伝」を、ルーカスは「感銘を受けた少年の目」で見守る。
(……無事接続。……『暁の金鱗』が政務官とのコネクションを再接続し、僕はその『幸運な同行者』として、王都の検閲をフリーパスで通過する権利を確定した)
「よかった。皆様のような立派な騎士様と知り合えて、僕は本当に運がいいです」
「そうそう、こいつほんとに運がいいんですよ!」
カイルがルーカスの肩をばんばんと叩く。
「運だと……? 君、本当に仕事を探しているなら、ギルドの登録証を持って私の執務室へ来なさい。君の『運』を最大限に活かせる場所を用意しよう」
「……受理します。お役に立てますなら幸いです」
この遭遇は、ルーカスが組み立てた「既定事項」だった。
(……ハミルトン。第一王子派。暗殺計画の捕捉確率は94.2%。……成功です)
目の前の政務官さえ、王都へのアクセスキーという名の部品に見えている。
ルーカスの視界の端で、赤い警告ログが明滅する。
[TIME: 000000168400:0105:223] WARNING: SYSTEM_OVERLOAD_DETECTED
[TIME: 000000168400:0105:224] DATA: CALC_LOAD_EXCEEDS_LIMIT_BY_12%
[TIME: 000000168400:0105:225] STATUS: CRITICAL_GLUCOSE_DEFICIENCY / SYSTEM_DOWN_IMMINENT
Aランクパーティが浮かれているこの瞬間も、ルーカスの神経は磨り減っていた。もし1bitでも遅延すれば、「母」という名の残酷な災厄が解き放たれる。
(……ユージンの結界維持限界まで残り 2,419,200 秒。……誤差 1bit も許容できません。……成功は、当たり前。失敗すれば、この国そのものが僕の『遅刻の代償』としてデリートされる)
ルーカスの指先が、不可視の恐怖に震えた。自分の演算が、母という非論理的な暴力に追いつけなくなることへの、技術者としての絶望だ。
(……わかっています。ですが、王都の門をくぐる前に、『王国通貨』をパッキングし終えなければならない)
ルーカスは王国通貨を持っていない。帝国通貨など「侵略者の証拠」でしかないからだ。換金と資金洗浄――それこそが、彼らを活用した真の理由だ。
「ルーカス、顔色が真っ白だぞ? 大丈夫か?」
「……いえ、皆様の『英雄的活躍』を間近で拝見して、少々興奮してしまいまして。……ご心配なく、呼吸はすぐに安定に回復しますから」
「偽装の笑み」を貼り付けながら、ルーカスは膝の震えをホールドする。
馬車が検問所へ滑り込む600秒前。ルーカスは、事象解析で特定した希少素材のリストを提出用に整える。
(……ハミルトン。この男に恩を売り、彼が持ち込んだ『戦利品』の一部を、『報酬』として王国通貨で受理させる。……これで、不審な両替記録を残さずに、王都での活動資金を確定できる)
カイルが肩を叩くたびに、脳内では過労による吐き気が火花を散らす。だが、そのすべてをリーゼへの執着という名のファイアウォールで焼き切っていく。
(お待たせしました、リーゼ。……僕は今、一銭の蓄えもない『無一文の侵略者』から、王都の政務官に恩を売った『期待の新人』へと、社会的階級を上書きしましたよ)
夕闇に沈む王都の巨大な門が、ルーカスの瞳に映る。
その瞳の奥には、次なる演算が始まっていた。
帝国公安委員会 聖遺物保全局監査官:「マナ貨とコインの違いはわかるか?今の為替はそこのボードを見てくれ」




