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第5話:不合理な正解、あるいは「巣」を掃除するための第一手

最初はポーターって決めてるんです

ルーカスは、次男ユージンの前に、自身の全リソースを注ぎ込んだ「結界管理・完全運用マニュアル(全12巻)」を正確に積み上げた。


「うわぁ...」


「……1ヶ月頼んだ。例外処理イレギュラーは 7 ページの注釈に、致命的なバグ(崩壊)は 12 巻の緊急術式で 1bit 単位で対応可能です。受理アクセプトしてください」


「……えーと、兄さん。これ、僕に『死ね』って言ってるのと同じじゃない?」

ユージンの言葉は正論だった。聖域の防衛線を 16歳の少年に 1ヶ月間、丸投げするなど、「行政的虐待」である。


「いいえ。それは君の演算能力なら『極めて妥当な負荷』です」

ルーカスの声には、迷いも、罪悪感も存在しなかった。

兄の瞳に宿る、「強烈な論理的な独占欲」。

これまで「部品」として最適化されていたはずの兄が、たった一人の少女という「変数」のために、世界の安定という『最大の非効率』を躊躇わずにパッキングして捨て去った。

その圧倒的な「個」の暴走を目の当たりにし、ユージンは戦慄し――そして、魅了された。


「……はっ。今の兄さん、僕結構好きだよ」

ユージンは苦笑しながら、その重すぎるマニュアルを引き受けた。

それは「兄への協力」ではない。ルーカスという「怪物」が世界を塗り替える瞬間を、 一瞬も逃さず特等席で観測するための「受理アクセプト」だった。


「助かります。……君が結界を維持している間に、僕は『僕の所有物』を回収してきますよ」

ルーカスは、家族の安定というこれまで自分を縛っていた「ノイズ」を全損デリートさせた。

彼は単独で、隣国への侵攻を開始した。


ルーカスにとって、聖域以外の世界は無秩序な「ハムスターの巣」でしかない。

そこには独自のルールなど存在せず、世界は「母アリサの安寧」が絶対的な固定軸である、という事実しかない。


ルーカスは単独で隣国の国境まで到達すると、一切のためらいもなく「王国通信網」へのハッキングを開始した。


「……脆弱ですね。 この通信プロトコルは 200年前の遺物ゴミです」

懐から取り出した自作の解析機は、空中の魔力残渣と微細な波動を 1bit 単位で読み取っていく。

王国の魔道士たちが必死に紡ぐ魔法陣通信など、ルーカスにとっては大声で街中で叫んでいるログを眺めるのと同義だ。

流れてくるログを解析した瞬間、隣国の「バグ」が即座に露呈した。

国境付近で暴れ回る盗跡団。そして、それによって足止めを食らっている貿易旅団。


騎士団への救援要請は受理アクセプトされているが、物理的な距離と行政的な鈍重さが、「全滅」という解へと収束しつつある。


「……ちょうどいい。僕の入国を正当化パッキングするための、最良のノイズ(足掛かり)です」

ルーカスは、その場に転がっていた小石を精密に弾き、通信魔法を物理的に遮断――つまり、救援が「来られない」状況を確定させる。

そして「貿易旅団の救出」をデプロイするために駆け出した。



現場では、既に血生臭い乱戦が繰り広げられていた。

絶望に染まる旅団の人々。獲物を前に下卑た笑いを浮かべる盗賊たち。

その光景は、ルーカスにとっては「掃除が必要なゴミの山」でしかない。

ルーカスは、手元の小石を魔力で加熱。「火を消す」ような無造作な動作で、盗賊たちの魔力回路を魔力振動でショートさせた。

さらに一瞬の隙を突き、計算された軌道で接近。盗賊たちの意識を、手刀一閃で刈り取っていく。


ルーカスは、盗賊団を残らずパッキング(制圧)し、返り血一つ浴びないまま、「無名の旅人」の表情をデプロイした。


「助かった! 君は、一体……」

旅団の代表が、血の気が引いた顔でルーカスを見上げた。

彼らの目にはルーカスが「空から降ってきた若き救世主」に映っている。


「……仕事探して、上京してきたんです。用心棒は、要りませんか? 僕なら、あなたたちの命と荷物を目的地まで『管理』できますよ」

ルーカスは手早く盗賊たちを捕縛しながら笑う。

「無知で善良な青年」というレイヤーを自分に重ねた偽装の微笑だった。


ルーカスにとって、旅団を救ったのは正義感などではない。 それは「入国のための最も低コストな通行証」を手に入れるための演算結果に過ぎない。


「おお、君のような腕利きなら大歓迎だ! 王都まで頼めるか?」


受理アクセプトします」

その声は、「期待に燃える若者」のトーンへとハッキングされていた。


それは「愛」という名の略奪、そして「救世主」を演じながら王国を内側からハッキングするための、最初の手続き。


ルーカスは旅団の馬車に揺られ、「救世主の余韻」を残したまま、国境を越え手近な町へと到着した。

彼の脳内では、既に王国の地形、魔力の流れ、そして人々の行動パターンがアーカイブ(マッピング)され始めている。

次に行うべきは、「存在の透明化」だ。


「……運が良かったんです。彼ら、急に現れた僕に驚いて、足をもつれさせて。勝手に倒れていったんですよ」

騎士団の詰所にて。ルーカスは計算された「怯えと安堵」を織り交ぜた表情で、虚偽の報告を完遂した。

騎士たちが「最近の若者は運だけはいいな」と納得する様子を、彼は瞳の奥の論理ログで冷徹に嘲笑った。


「何か仕事を探しているなら、あそこのギルドへ行け。君のような運のいい奴なら、何かあるだろう」


「……ありがとうございます。受理アクセプトします」

ルーカスは、そうして「冒険者ギルド」の扉をくぐった。


(お待たせしました、リーゼ。……僕は今、『旅人』という名の、最も誰からも疑われない観測者になりました。これから僕があなたを『略奪』するための完璧なシナリオを開始します)

ルーカスは、ギルドの片隅で最初の一歩を刻んだ。

それは「旅人からの成り上がり」を装った、王国の心臓部への侵食。


喧騒、汗の臭い、下俗な欲望。

今までほとんど関わることのなかった「非効率の結晶」のような場所。


だが、そこは同時に、王国のあらゆる「バグ(噂話や裏工作)」が集まる、最高のハッキング・ポイントでもある。


普通の人間なら、ここで「仲間」を探し、「情報」を聞き出すために酒を酌み交わすのだろう。

だが、ルーカスにそんな「社交プロトコル」は実装されていない。

彼にとって、他者とは「不確定なノイズ」であり、対話は「時間の浪費」でしかないからだ。


「……情報調査から始めましょう」


ルーカスは、誰とも視線を合わせず、カウンターの端に張り出された依頼ボードへと直行した。

彼が見ているのは、依頼の内容ではない。その背後にある「社会の血流」だ。


『北の鉱山、魔獣被害により封鎖中』

『東の街道、食料輸送の護衛求む(報酬:相場の3倍)』

『王都、夜会の警備員募集(急募)』


無関係に見える依頼の数々が、ルーカスの脳内で パズルとして組み上がっていく。

彼は、周囲の冒険者たちが「割のいい仕事」を探して騒ぐ中、一人静かに、冷徹な瞳で「世界のバグ」を抽出していた。


「……なるほど。見えました」

ルーカスは、誰もいない空間に向かって、小さく呟く。


「飢餓の気配、豊穣の属国、鉱山の竜種による採掘妨害。……そして、王都での異常な警備強化」

全てのデータが、一字の狂いもなく一つの「結論」を指し示している。


リーゼの婚約は、単なる政略ではない。


この国が抱える「経済的破綻」と「資源枯渇」を、彼女の実家である属国の「豊穣」で埋め合わせるための、国家規模の『人身売買(M&A)』だ。


「……あはは、馬鹿にしていますね。こんなにも『わかりやすい』地獄を用意して待っているなんて」

ルーカスには、一緒に怒ってくれる仲間も、相談できる友人もいない。

だが、彼には「最高峰の知能」と、「世界を敵に回しても構わないという傲慢」がある。

彼は依頼書を一枚引き剥がすと、冷笑を浮かべてカウンターへと向かった。


「……この国を『修理』するのに、会話なんても

一言も必要ありませんよ」


ルーカスにとって、このギルドのルールは不合理バグの塊だった。

王都へ向かう貴族の護衛、あるいは重要物資の輸送。それら「美味しい情報」が詰まった依頼は、『高ランク冒険者』という肩書きで守られている。


「……非効率ですね。 積み上げた実績など、僕の演算の 1 秒にも満たないというのに」

だが、力ずくで依頼を奪えば「目立ちすぎる」。

ルーカスの目的はリーゼの奪還であり、王国の英雄になることではない。


「……なら、システムを『利用』すればいいだけです」

ルーカスは、ギルドの喧騒の中で、「獲物」を特定した。

王都への大型依頼を受注し、かつ、増えすぎた荷物と雑用に手を焼いている「Aランクパーティ」。

彼らは傲慢で、「自分たちより下の人間」を疑わない。


「……荷物持ちを探しているとお伺いしました」

ルーカスは、計算された「慎ましやかで、しかし頑丈そうな若者」のレイヤーをデプロイし、そのパーティへと近づいた。

背負ったリュックの中には、王国の結界を全損させるための解析デバイスがパッキングされている。


「あぁ? お前、ランクは?」

「Fです。……ですが、体力と、雑務一般、そして正確な荷詰めには自信があります。受理アクセプトしていただけませんか?」

ルーカスは、「媚びない、だが使い勝手の良さそうな微笑」を浮かべた。

Aランクの戦士が、 彼を「鑑定」しようとするが、ルーカスの魔力回路は「一般人」として偽装パッキングされている。


「ふん、まぁいいだろう。王都までの雑用、 ミスも許さねえぞ」


「……はい。 1bit の狂いもなく、完遂させていただきます」

ルーカスの声には冷笑が隠されていた。

彼らにとって、ルーカスは便利な「荷物置き場」に過ぎない。

だが、ルーカスにとって、彼らは王都の門を無審査で通り抜けるための「認証キー」であり、自分を運んでくれる「家畜」でしかない。


(お待たせしました、リーゼ。……僕は今、『最も安全な影』になりました。……あなたを閉じ込める王都の門を、彼らに開けさせてあげますよ)


ルーカスは、Aランクパーティの巨大な荷物を背負い、「従順なポーター」として歩き出した。


それは「成り上がり」を装った、神の視点による「王国の無賃乗車」。

ルーカスが踏み出した一歩は、王都の心臓部に「絶望」をデプロイするための最初の一歩になった。


帝国公安委員会 聖遺物保全局監査官:「あ?パンフレット?それはまだ君には早いだろう。爵位申請は功績あげてからだ」

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