第12話:ルート権限の受領(アクセプト)
事前の準備は大事です
宿のベッドに、泥のように、あるいは死体のように倒れ込んだ昨夜の記憶は、ノイズに塗れて曖昧だ。
ただ、右腕から全身を焼いたあの「鱗」の感触だけが、神経の奥底に熱いログとして焼き付いている。
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「……っ……」
重い瞼を持ち上げ、ルーカスは最初に自分の右腕を見た。
(……熱は引いてる)
肌を食い破ろうとしていたあの禍々しい硬質感は、今は影も形もなく、白く細い「事務官」の腕に戻っていた。
ルーカスは軋む身体を無理やり起こし、洗面台の鏡の前に立った。
冷たい水を顔に叩きつけ、滴る雫とともに顔を上げる。
震える指で、鏡に映る顔をなぞる。
そこにいるのは、昨夜、国家をハッキングした「簒奪者」とは思えないほど、青白い顔をした一人の青年だった。
「…………まだ、人の顔だ」
掠れた声で、ルーカスは自分にパッチを当てる。
喉の奥にはまだ、リーゼの魔力酔いを吸い出した時の、あの甘く不潔な毒の味が残っていた。
「....大丈夫」
鏡の中にいたのは、どこにでもいる、少し目つきの鋭いだけの20歳の青年だった。
隠蔽術式の強度が低下し、瞳の琥珀が時折、ノイズのように金色に爆ぜるが……まだ、人間を名乗れる。
(これなら、リーゼに微笑みかけても、彼女を恐怖で凍りつかせることはない)
「……ふふ。……馬鹿げていますね。ただの事務官が、鏡の前で安堵するなんて」
ルーカスは、震える手で前髪を整え、完璧な「事務官の仮面」を貼り直した。
だが、その視線の先にあるのは、平穏な日常ではない。
(低出力のまま、どこまで行けるか。……試してみるチャンスと思えばいい)
彼は、まだ熱を帯びているような錯覚に陥る右手を、きつく、握る。
喉が焼けるように熱い。
全身の倦怠感は、魔力回路を抑え込んで逆流させたことによる「反動」だ。
一時的な魔力最大値の低下。……いま誰かに襲われれば、満足のいく対応は難しい。
だが、それ以上にルーカスを苛んでいたのは、脳内に焼き付いた「恍惚」だった。
リーゼの唇から吸い上げた魔力。
彼女を救い、ハミルトンらを踊らせ、国家を自分の指先一つでハッキングした全能感。
(……あぁ、最悪だ。……あんなに、気持ちよかったなんて……)
あまりに恍惚とした愉悦の残滓に、ルーカスは吐き気を覚えるほどの「絶望」を同時に感じ、両手で顔を押さえた。
欲しかったのは彼女の隣にいる権利であって、彼女を支配する怪物への変異ではない。
(……ね? リーゼ。……僕はまだ、あなたの隣にいてもいい『人間』のフリができていますよね?)
ルーカスは、震える手で洗面台の縁を掴み、無理やり「善良な事務官」の微笑みを貼り付けた。
その瞳は、昨日デリートした侯爵家の誰よりも、不潔で、執着に満ちていることに気づかないフリをして。
万全には程遠い。
だがルーカスは歩みを止められない。
ギルドの重厚な扉を押し開けた瞬間、ルーカスの鼓膜を叩いたのは、沸騰した鍋のような「欲望」と「困惑」のノイズだった。
回路のひび割れが、一歩ごとに神経を灼く。
内側から溢れ出そうとする竜の熱を、ルーカスは「事務官の微笑み」という名の、薄氷のような隠蔽術式で無理やり抑え込んでいた。
「……おはようございます。……随分と、騒がしいですね?」
「あ、ルーカスさん!……あ、もう、ちょっと待ってくださいね、次から次へと……!!」
いつも冷静なはずの受付嬢は、カウンターに積み上がった依頼書の束を、今にも発狂しそうな手つきで捌きながら叫んだ。
「ルーカスさんも魔道回廊でカイルさんたちと一緒だったんでしょう!? よくぞご無事で。あ、魔石の査定は後回しです! いま、ギルド内は『特需』でパンクしてるんですから! ほら、掲示板見てください!」
彼女が指し示した先では、冒険者たちが狂ったように喚き声を上げていた。
「おい、マジか! 回廊の再調査、Fランク(俺たち)でも受けていいのかよ!?」
「侯爵家の不法占拠だと? ユス団長、最高にキレてたらしいな……塔を物理的に粉砕したってよ!」
「風邪だと思ってたのが魔力酔いだったって? 採取依頼の報酬が五倍だ、急げ!!」
ルーカスは、その沸騰するような「欲望」のログを、薄ら笑いでスキャンした。
「……あはは。……受付を殺す気ですか。……大変そうですね」
ルーカスは、自分の喉から漏れる声が、熱に浮かされたように甘く、それでいて冷徹な響きを持っていることに気づかないフリをした。
「本当ですよ! ゼノさんは王城に連れていかれるし、ハミルトン様からは行政命令が飛んでくるし……。ルーカスさん、死ぬ気で働いてくださいね!?」
「……ええ。事務処理なら、慣れていますよ」
「……あ、カイルさん! ちょうど良かった!ギルド長が昨日の話を聞きたいって」
受付嬢の視線の先、ギルドの喧騒を割って、昨夜の「功労者」たちが現れた。
「お、ルーカス! いたのか? 俺たちの功績のせいでお祭り騒ぎになっちまったな!」
カイルが、ニカッと「脳筋の英雄」らしい無邪気な笑みを浮かべて、ルーカスの肩を叩く。
ボロボロの回路に走る激痛を、ルーカスは「事務官の微笑み」という名のパッチで 0.1秒以内に握りつぶした。
(……ふふ、重畳。……ゼノさんは『賢者』として、お義父様は『忠誠の騎士』として、それぞれのディレクトリ(王城と騎士団)に固定されましたね)
昨夜の「簒奪」の現場に、ルーカスというバグ(不純物)が混じっていたことを知る者は、この場にはいない。
「英雄」という名のラベルを貼って遠ざける……最高に効率的なデリート(排除)だ。
「……あはは。みなさん、本当にお疲れ様です」
ルーカスは、琥珀の瞳に「期待」という名の不潔な色を混ぜて、カイルたちを見上げた。
「じゃあ、みなさん。……次は、竜退治に行きませんか? 鉱山の」
「は? 鉱山の竜だと? おいおい、あれは最低でもAランク相当だぞ……」
「……ええ。だからこそ、僕一人のランク(権限)では依頼受理できないんです。……皆さんの『武力(ログイン権限)』を貸していただけませんか?」
ルーカスは、震える指先を隠すようにカイルの腕を取り、まるでおねだりをする子供のような、それでいて拒絶を許さない「支配者」の貌で囁いた。
「……僕が、最短攻略を演算してあげますから」
ルーカスは、カイルの鍛え上げられた腕に、白く細い指先をそっと添えた。
熱に浮かされたような、甘く、それでいて逃げ場を塞ぐような低い声。
隠蔽術式の強度が低下し、琥珀の瞳の奥から「人外(竜)」の渇望が 1bit だけ漏れ出していることに、この脳筋の英雄は気づかない。
「え……あ……うん?」
カイルは、格下の事務官から発せられたはずの、その尋常ならざる「捕食者」の気配に圧倒され、思考を一時停止させた。
身体能力では勝っているはずなのに、OS(格)の差でルート権限を奪われたかのような感覚。
「じゃあ、詳しいことはゼノさんが戻ってから説明しますね」
ルーカスは、獲物を絡めとる蜘蛛のような微笑みを湛え、スッと指を離した。
彼らにとっては心強い「相棒」の提案も、ルーカスにとってはハードウェア(駒)を最適化し、自らの執着へと繋ぐための「コマンド入力」に過ぎないのだ。
「ゼノさんは王城、カイルさんはギルド長と面談ですね。……じゃあ、ガラムさんはお手隙で? 一緒に竜退治の事前準備をしませんか?」
事務的な、それでいて拒絶を許さない滑らかな提案。
ルーカスは、最も口が重く、かつ最も堅牢な「盾」であるガラムを、まるで不要なファイルを整理するように、自然な動作で自分だけのディレクトリへ引き抜いた。
「お、おう? かまわねぇが……」
「.....あ、あぁ。じゃあ、ルーカス、ガラム、頼んだわ。受注処理は俺がやっとくから。夕方にはゼノも帰ってくるんじゃねえかな?」
思考停止から戻ってきたたカイルが、能天気に背中を叩く。
その衝撃で、内側から焼き切れた魔力回路に鋭い電気が走ったが、ルーカスは一瞬の瞬きだけでそれを「デリート」した。
(回路負荷が思ったよりきつい。……けれど、これで『管理者権限』の行使を邪魔するノイズ(英雄たち)はいなくなりましたね)
ギルドの喧騒を背に、ルーカスはガラムと並んで歩き出す。
向かうは、一般の事務官には縁のない、鉄と油の匂いが染み付いた「武装区画」。
「ね。ガラムさん。その大盾ってミスリル入り合金ですよね? ……その店、紹介してくれませんか」
「あ? まぁ、行きつけがあるが....。あそこの親父は頑固だぞ。それに、ポーターの稼ぎじゃあ……」
「……あはは。大丈夫ですよ。……僕、これでも『資金集め(バックアップ)』だけは得意なんです」
ルーカスは、上着の裏に隠した魔法鞄に触れた。
そこにあるのは、道中の過酷な依頼で積み上げた金貨五百枚という名の狂気。
Fランク冒険者が一年間、命を削って稼いでも届かない全リソース。
今から行く目的のためには、まだ足りない。
しかし、ルーカスはそれを餌に明日からの生活費すら残さず、ただ一振りの「牙」へと変換するつもりだった。
(……救済のための『牙』に、妥協は許されませんから)
琥珀の瞳が、隠しきれない殺意を伴って爆ぜていた
ガラムに連れられて訪れたのは、王都の隅にある、魔力の残り香が漂う鍛冶屋だった。
ルーカスは、カウンターに「金貨五百枚」が入った魔法鞄を、まるで不要な書類でも捨てるような無造作な動作で置いた。
「……ミスリル配合率が最も高い短剣を。……重量バランス(ベクトル)は問いません。高度な魔力伝導率に耐えられる、最も『壊れにくい』一振りをください。先払いで金貨500枚あります」
店主の頑固な瞳が、ルーカスの琥珀の瞳と衝突する。
そこにあるのは、事務官の誠実さではなく、獲物を屠るためだけに牙を研ぐ「化け物」の渇望。
だが、職人の頑固なプライドは、その「殺意」だけでは解錠されなかった。
「あぁ? なんだテメェは。そんな坊主に……ってなんだガラムじゃねぇか」
「よう。おっさん」
「なんだカイルのお使いか? 昨夜の大手柄は聞いたぞ。今度は何をするんだ?」
店主がガラムの顔を見て、ようやくその警戒を緩めた。
その隙間(脆弱性)を逃さず、ルーカスは事務官の「冷徹な貌」で、爆弾のような情報を投下する。
「竜ですよ」
「竜ぅ!? お前らまさか、あの鉱山の……! あぁ、じゃあ、とびきりの『業物』をだしてやるよ」
店主の表情が「職人」から「戦士の協力者」へと書き換えられる。
ガラムという「信頼のパスワード」が通った瞬間、提示された金貨五百枚の意味が、単なる「金」から「竜を殺すための供物」へと昇華した。
(思った以上だ。『曉の金鱗』の看板、これほど有用なログインキーだとは思いませんでしたよ)
奥の棚から恭しく取り出されたのは、青白い光を帯びた、歪なほどに魔力密度の高い小振りな短剣。
「ミスリル純度九十八%の傑物だ。金貨二千枚でどうだ。バフ乗せたカイルの全力魔力注入に耐えうるだろうよ」
店主は、これはカイルのための買い物だと勘違いしているようだった。
ルーカスがその柄に触れた瞬間、回路のひび割れが、歓喜するように激しく脈打った。
「店主さん。……あ、残りの支払いは『曉の金鱗』の……カイルさんのツケ(アカウント)でいいですよね? カイルさんの剣のメンテナンス代と一緒に、あとでハミルトン様からの報奨金で決済されますから」
「あ、あぁ? カイルのツケか。……まぁ、あいつらなら逃げやしねぇか。ガラムも一緒にいるしな」
店主の言葉に、ガラムが「え?」と、演算エラーを起こしたような声を上げた。カイルに無断で、パーティのアカウントから金貨千五百枚もの大金が引き落とされようとしているのだ。当然の反応だろう。
だが、ルーカスは動じない。琥珀の瞳に、聖者のような「自己犠牲」の偽装を浮かべて微笑んだ。
「だってガラムさん。……あの鉱山依頼の報奨金、ハミルトン様からの特別枠を合わせれば、金貨五千枚は下りませんよ。……僕の取り分はいりませんから。全部、今回の支払いに充ててください」
「あぁ……それなら……?」
ガラムの思考が、ルーカスの提示した「金貨五千枚」という過剰な情報量に押し流される。
(……自分の取り分を捨ててまで、仲間のために武装を整えようとしているのか?)
そんな「善良な事務官」としての誤解が、ガラムの中でシステムとして定着していく。
(悪くない結末です。最高級の短剣と、ガラムさんの『負い目』まで手に入れられましたね)
ルーカスは、手に入れた青白い短剣を愛おしそうに撫でた。
未来の報酬を担保に、今この瞬間の「殺意」を最大化する。
RTA(最短攻略)において、これほど合理的で、不潔なリソース管理はない。
食料や消耗品も買い込み、ルーカスはガラムと別れた。
次に向かったのは、市民や冒険者には縁のない、王城の行政区域。
ルーカスは懐から「ハミルトンの紋章付き身分証」を無造作に取り出した。
[ACCESS_GRANTED]: ADMIN_LEVEL_05 (HAMILTON_AUTHORITY)
「ハミルトン様の代理です。最優先の決裁案件が」
その紋章を見た瞬間、複雑な手続き(ファイアウォール)を維持していた門番や職員たちが、道を開ける。
ルーカスは、まるで自分の庭を歩くような足取りで、ハミルトンの執務室へとログインした。
「ハミルトン様。……手柄の処理で忙しい中、恐縮ですが」
執務室。侯爵家から没収した資産目録という名の「戦利品」に囲まれ、絶頂の最中にいるハミルトン。彼は自宅へ持ち帰るための「仕事の山」を前に、高揚と疲弊の混ざったノイズ(溜息)を吐いていた。
「あぁ、ルーカス君! ちょうど良かった、君に身分証(アクセス権)を貸しておいて正解だった。この目録の整理も手伝って……」
「ええ、後ほど。……ハミルトン様、そのお忙しい中、一つだけ受理して頂きたい案件が。……王都の重要資産である『あの鉱山』への入山許可を、最速で頂けませんか? ギルドからの正式な依頼受理通知も、間もなく届くはずです」
ルーカスは、手際よくハミルトンのペンの先に、白紙の許可証を差し出した。
「あぁ、あそこか! 竜のせいで封鎖中だが、君のような有能な男なら視察も無駄にはならんだろう。……好きに使いなさい」
ハミルトンは、ルーカスの琥珀の瞳に宿る「冷徹な演算」に気づくことすらなく、二つ返事でサインを書き上げた。
彼にとって、ルーカスは「自分の紋章を預けるに足る忠実な道具」に過ぎない。その道具に、今、「国家権限による略奪許可」を与えたとも知らずに。
「ありがとうございます。……その行政手腕、実に、助かりますよ」
ルーカスは、まだインクの乾かぬ許可証を懐に収め、優雅に一礼した。
その貌は、どこまでも「善良な事務官」であった。
「では、少々お手伝いいたします」
「助かるよ。この侯爵家の資産目録、計算が合わなくてね……」
「……お任せください、ハミルトン様。……僕の『演算』お貸しいたします。これくらいのノイズ、一瞬でデリート(整理)できますから」
ルーカスは、手に入れたばかりの「ミスリル短剣」と「入山許可証」を懐に隠したまま、羽ペンを握った。
回路の熱が神経を灼き、視界の端で 1bit のノイズが走る。
だが、ハミルトンの前で見せるその手捌きは、昨夜、回路損傷で満身創痍とは思えないほど、精密で、穏やかだった。
(……片付けられるものは片付けておきましょう。ハミルトンにはまだまだ頑張ってもらわないと)
羽ペンが紙の上を滑る音だけが、等間隔のクロック刻みのように響く。
ハミルトンの信頼という名の「バックドア」をさらに広げながら、ルーカスは夕暮れの空を見上げた。
(王城に連れて行かれたゼノさんが、そろそろ「解放」される頃合いだ)
「……はい、終わりです。ハミルトン様。……これで今日は、心置きなく家へ帰れますね。僕は明日には鉱山へ『公務』に行ってまいります」
「あぁ、わかった。ありがとう! 君がいてくれて本当に良かったよ!」
ルーカスは、眩しいほどに無邪気な感謝の言葉を、冷え切った琥珀の瞳で受理し、優雅に一礼した。
ルーカスが行政区の廊下を、満足げに去っていった直後の執務室。
ハミルトン伯爵は、目の前の完璧な目録を前に、一仕事終えた安堵……ではなく、得体の知れない「悪寒」に襲われていた。
彼は、震える手で自身の顔を覆った。
(……うまくいきすぎている)
政敵の滅亡。王妃の救済。インフラの正常化。
王都を揺るがしたこれら全てのバグ(難題)が、あの一人の少年の手によって、あまりに「事務的」に最速で解決された事実。
(……だが、あの少年が指し示す先には、絶望ではなく『完璧な結果』しかなかった)
もはやハミルトンは、ルーカスを駒として使うことなど考えていない。
信じているのでもない。
抗いようのない「真理」……ルーカスという名の強固な「OS」の上で踊らされる、一介のアプリケーションに過ぎない自分を、彼は震えながら受理したのだ。
「……さぁ、次のタスクだ」
夕闇の廊下、独り言を零しながら歩くルーカスの琥珀の瞳は、すでに次の「デバッグ対象(竜)」へとログインを開始していた。
酒場の、脂ぎったテーブルを囲む四つの影。
ギルドや王城という名の「戦場」から帰還した彼らのログ(報告)は、あまりに不揃いで、それゆえに完璧な隠蔽を成していた。
「……で、ギルドの連中に根掘り葉掘り聞かれたんだがよ。……だから言ってやったぜ。『なんか、最近調子いいんだよ!』ってな! あははは!」
カイルがジョッキを叩きつけ、豪快に笑う。
追及を「筋肉と勢い」で物理的にデリートする、最も効率的なノイズキャンセル。ルーカスにとって、これほど扱いやすいフロントエンド(GUI)はない。
「……私は、あの違法バイパス(不純物)の構造と、王都結界見直し事業案について詰められたな。……『たまたま壁に触ったら、魔力の流れが不自然だった』とだけ答えておいたが」
ゼノが疲弊した顔で、眼鏡の奥の鋭い瞳を伏せた。
「賢者」という名の権威で、彼は真実を理論の海へ沈めたのだ。
彼は気づいている。
ルーカスが提示する「解」が、あまりに精密すぎて、人間という名の個体が到達できる領域を超えていることに。
(……恐ろしい。……目の前のこいつは『何者』なんだ? 私たちはどこへ誘導されてる? ……こいつは『運命』そのものを書き換えているんじゃないのか?)
その恐怖を口にすれば、自分も「デリート」されるのではないか。
ゼノは、ただ静かにスープを啜り、思考をシャットダウンした。それが、唯一の生存プロトコルだと理解しているから。
「……ガハハ! 俺は市場の肉串が美味かったぞ! ……よくわかんねぇが、問題ねぇだろ! あ、カイル、買い物はいつも通りツケにしといたぞ」
ガラムのログは、もはや 0bit。完全にノイズ(食欲)に特化している。カイルが「お、おう。……って、何買ったんだ?」と首を傾げる暇さえ、ルーカスは与えない。
そんな「英雄」たちの中心で、ルーカスは優雅に、冷めかけたスープを口に運んだ。
「……お疲れ様です。……じゃあ、明日、行きましょうか。鉱山(ボス戦)へ」
「はぁ!? お前、何言って……。受注が通っても、あそこは立ち入り禁止だ。王城の『許可証』がないと、物理的に一歩入ることすら……」
カイルが呆れたように言いかけた瞬間。
ルーカスは、懐から「ハミルトンの紋章」が鮮やかに押された、公的な許可証をテーブルに置いた。
「…………もらってきました。ハミルトン様から、直接」
「…………」
沈黙。
カイルは、その「不潔なほど用意周到な事務官」の貌を、諦めたような、それでいてどこか戦慄したような瞳で見つめた。
自分が「リーダー」として振る舞っているこのパーティのルート権限が、すでにこの青白い少年に完全に奪取されていることを、本能が受理した。
「…………あぁ、そう。……お前だもんな、ルーカス」
その言葉は、もはや「信頼」を超えて、抗えない「システム(管理者)」への服従に近かった。
帝国公安委員会 聖遺物保全局監査官:「ミスリル?あぁ、いい燃料になるよな。閣下の剣?あれは確か前代公爵の鱗の加工じゃなかったか?




