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第八話 新機一転

第八話   新機一転


粉塵が、まだ薄い霧のように立ちこめていた。

崩れた壁の隙間から差し込む薄光が、静かに舞う破片を照らしている。

そこに――第三機体部隊のバグロスたちが次々と姿を現した。


「……火野! 桜井! 無事か!」


先頭で叫んだのは霧島レンだった。

その後ろには、葛城、ソラ、ミナト、そして残りの仲間たち――

全員が緊迫した顔で走り寄ってくる。


彼らが目にしたのは、壊れた二機のバグロス。

その傍らに倒れ伏した巨大な軍曹の死骸。

そして……立っている、一人の男。


火野アキラのバグロスは、もはや原型をとどめていなかった。

剥がれ落ちた装甲。むきだしの骨格。

火花がぱちぱちと散り、オイルが床に滴っている。


だが――その機体は、軍曹の死骸の前で確かに“勝者”として立っていた。


「……やった、のか?」


葛城の声は震え、

ソラはヘルメット越しでもわかるほど呆然と立ち尽くした。


桜井ユヅキのバグロスへ走るミナトが声を上げる。


「桜井! しっかりしろ!!」


ユヅキは意識こそ薄いが、生きていた。

仲間がその息を確認した瞬間、安堵の空気が部隊に広がる。


そして誰かがぽつりと呟いた。


「……………………敵討ち……だよな」


その言葉が落ちた途端、

部隊全員の胸に押し込めていた感情が一気に噴き出した。


「……ナギに……やっと返せたんだ……!」

「みんなで……やったんだ……!」

「本当に……終わったんだ……!」


涙を拭う者。

拳を握りしめる者。

バグロスの外装を撫でる者。


感情は悲しみと怒りの延長線上にある“勝利”であり、

その中心に火野アキラがいた。


霧島がふらつく足で火野の機体へ近づき、静かに言った。


「……よくやった、火野。……本当に」


火野は短く息を吐き、

軍曹の死骸を見下ろしたままひと言だけ返す。


「……これで……ナギに顔向けできる」


その声には涙の気配すら混じっていた。


第三機体部隊全員が、

倒れた軍曹を囲むように立ち尽くす。


まるで――戦いを共に終えた証を、胸に刻むかのように。


そして。


その光景を遠くから眺めている男が、一人。


第一機体部隊隊長――早乙女一心。


影の落ちる建材の上に腰かけ、

ふわりと笑みを浮かべながら戦場を見下ろしていた。


しかしその笑みは、

いつもの柔和なものとは違った。


「……はは……はははっ……」


声は低く、抑えた興奮に満ちている。


「まさか……ここまでやるとはねぇ……火野アキラ。

いや……第三機体部隊……これは、本物だよ……」


その目は笑っていない。


底の底まで見えない、深海のような暗い光。

狂気ではない。

好奇心でもない。


――純粋な“高揚”。


彼の指先が小さく震えていた。

その震えは寒さでも恐怖でもなく、興奮によるものだった。


「……はぁ……鳥肌が止まらない。

あぁ、これは面白くなってきた……実に、実に愉快だ……」


視線の先には、

仲間の生還を涙で喜ぶ第三機体部隊の姿。


「いいね、君たち。

もっと見せてよ……その“底”を。

私はね……最後まで見届けるつもりだよ……ふふ……ふふふ……」


早乙女一心はゆっくりと立ち上がる。


その頬には、心の底から湧き上がるような“喜び”が滲み、

その瞳には黒い火が揺れていた。


「さぁ……ここからだ。

面白くなってきた……本当に」


風が吹き、砂埃が舞った。

早乙女はそれを受けながら、静かに笑った。


深く、深く――危ういほどに。


ーーーーーーーーーーーーーー


ーー第三機体部隊式典ーー

軍曹を撃破したその翌日、第七居住区の中央広場では、臨時とは思えぬほど整然とした式典会場が設営されていた。

 生存者の多くが避難都市ごとに分散したこの世界で、ネームドを倒した戦果は都市の士気を大きく左右する。

 だからこそ――最高司令部は急遽、この式典を開催したのだった。


広場には、かつての文明の残骸を修理して組み上げた鉄製のステージが据えられ、周囲には部隊章の旗がいくつもはためいている。

 空気は張り詰めていたが、どことなく温かい期待のような熱も漂っていた。


 人々はみな、第三機体部隊が来るのを待っていた。


やがて遠くからモーター音が重なり合い、低く唸る。

 赤い装甲をまとった火野アキラの専用機〈レッドバロン〉を先頭に、霧島レン、月影ツナミ、そして桜井ユヅキの駆る機体たちがゆっくりと進み出る。


 その瞬間――群衆からどよめきが起こった。


「第三機体部隊だ!」

「軍曹を倒した英雄部隊だ!」

「よくぞ生きて帰ってくれた!」


称賛の声は次第に波のように広がり、子供たちが走ってきて手を振り、老人たちは涙を拭っていた。


ステージ中央に立つ最高司令官は、白銀の軍服越しに鋭い威厳を放っていた。

 その背には、世界再建の象徴である皇旗が掲げられている。


 司令官が一歩前に出ると、広場は静寂に包まれた。


「――本日ここに、我々は新たなる勝利を刻む。

 第七居住区を脅かしていたネームド個体“軍曹”は、第三機体部隊の尽力により殲滅された。これは単なる戦果ではない。人類が……再び立ち上がる証である」


 力強い声が響く。

 火野たち四名はステージ正面へ並び、敬礼をした。


「火野アキラ、霧島レン、月影ツナミ、桜井ユヅキ。

 諸君は仲間を守り、都市を守り、生きる意志を示した。

 その勇気と覚悟に、私からも最大級の敬意を送る」


司令官の視線が、特に火野へ向く。


「火野アキラ――君の判断と覚悟が、仲間の命を救った。

 人類の未来を繋ぐための戦い、その最前線でよくぞ立ち続けた」


 火野は胸に手を当て、深く頭を下げた。


「……自分は、大切な人を失いたくない。ただ……それだけです」


 観衆の中から、小さく息を呑む音が聞こえた。


桜井ユヅキもその言葉に一瞬だけ頬を染め、しかしすぐにツンと顔をそむける。


(……ば、馬鹿……そういうこと言うなよ……)


こうしてつつがなく式典を終えた


ー第三機体部隊が式典開始前——


「火野アキラくん、ちょっといいかなぁ?」

ひょい、と横から伸びてくる手。いつもの人懐っこい笑顔のまま、しかし妙に距離が近い早乙女一心が火野を呼び止めた。


「……早乙女隊長?」

火野が振り返るより先に、早乙女は食い気味に火野の手を握りこむ。


「いやぁ〜〜すごかったよ、キミ! 予想はしてたけど、ここまでやるとは正直ちょっと震えちゃったなぁ。興味も感心も、ほら、こう……ドバッと溢れてきちゃってさ」

「そ、そうですか……?」

火野は若干引きながらも、その言葉が嘘ではないことだけは理解できた。

早乙女の瞳は、底の見えない深さと暗さを帯びており、その奥で喜びが静かに燃えている。


「というわけで、ちょっと付き合ってよ。バグロス工房まで」

「工房……に?」


「うん。だってキミ——ネームドを討伐したんだよ? だったら当然、“専用バグロス”を持つ資格がある。ほら、ついておいで。すぐ分かるから」


ーーーーーーーーーーーーーー


工房につくと、油の匂いと金属の焦げたような香りが混ざる濃密な空間が広がっていた。

大小の工具が壁に並び、作業台には複数のバグロスが分解された状態で置かれている。

火野がその光景に圧倒されていると——


「おぉ、来たか。……君が火野アキラくんだな?」


振り向いたのは、ずんぐりした体格に灰色の髪を後ろで束ねた工房長、砂鉄 銀治だった。

年季を感じる手には、細かな油汚れが深く染み込んでいるが、その目つきは優しく穏やかだ。


「初めまして。第三機体部隊の火野アキラです」

火野が頭を下げると、砂鉄はにこりと笑った。


「礼儀正しいな。……聞いてるぞ。軍曹を仕留めたって? いやぁ、あれは大したもんだ。技量も度胸も並じゃない。あの火力を真正面から叩き込むなんて、普通ならバグロスも操縦者も潰れちまう」


「……運がよかっただけです」

火野が苦笑すると、砂鉄はふっと鼻を鳴らした。


「“運だけ”であのネームドは倒せんよ。

 技と覚悟が揃って初めて、ああいう結果になる。誇っていい」


横で聞いている早乙女が、にやにやと満足げに頷く。


「で、だ」

砂鉄が手を叩くと、奥から赤黒い巨体がゆっくりとリフトで運ばれてくる。


「君専用のバグロス——《レッドバロン》だ」


火野は息を呑んだ。


真紅の外装に黒のラインが走り、全体が炎のようなイメージをまとっている。

標準機よりも一回り大きく、特に両腕のアームユニットは異様に太い。


その質量だけで「殴るために作られた」ことが分かる仕様。


砂鉄が説明を始める。


「まず、アームだ。強化フレームにしてある。

 これなら“金槌”を片手でもある程度扱える。もちろん両手ならもっと強烈だ」


火野の喉がごくりと鳴る。


「モーターは……通常の二倍? 四基も搭載されてるんですか?」


「あぁ。トップスピードを保つためにな。

 一基がオーバーヒート手前になったら、自動で別の基に切り替わる。

 だから走り続けても速度が落ちにくい。……まぁ、フレームにかかる負荷は相当だが、君向けだろ?」


火野の胸が高鳴った。

まるで自分のために作られた——そんな感覚。


砂鉄はさらに続ける。


「それから、クロスボウを撤廃して脚部に“ボールペンパイルバンカー”を二基乗せた。

 バネ式の実弾装置で、戦闘中に装填できる。

 近距離で当たれば、プラスチック程度なら軽々と貫く威力だ」


「脚で……突き刺すんですね……」

「そうだ。君みたいに突っ込むタイプには相性がいい。加速しながらの蹴りがそのまま必殺技になる。まさに“赤い暴れ馬”よ」


火野は言葉を失う。

視線はレッドバロンに釘付けで、胸の奥がじんわりと熱くなる。


「……すげぇ……」

本音がこぼれた。


砂鉄は満足げに笑い、肩を叩いた。


「気に入ったか」

「……はい。こんな……こんな機体、自分がもらっていいんですか……?」

「いいとも。君の戦いぶりに惚れた連中はいっぱいいる。私もその一人だ。

 レッドバロンは“火野アキラの戦い方”そのものだ。扱えるのは、お前さんくらいだよ」


早乙女が横で手を組み、嬉しそうにくるくる回った。


「ね? ほら、言った通りでしょ。

 火野くんには、こういう“やりすぎ”なくらいじゃないと似合わないんだよ」


火野は深く息を吐き、静かにレッドバロンへ歩み寄る。

赤黒の装甲に触れると、その冷たさがじわりと掌に広がった。


「……必ず使いこなしてみせます。

 この機体で——もっと強くなります」


その言葉は揺るぎなく、熱を帯びていた。

工房の灯りがレッドバロンの赤を照らし、火野の決意を刻むように輝いていた。


レッドバロンの前で火野が感嘆の息をついたころ、工房の奥では砂鉄銀治と早乙女一心がゆっくりと話し始めていた。

空気は穏やかだが、その内容は決して軽くない。


「……しかし、専用機を作るのはこれで 四体目 か」

砂鉄が腕を組み、少しだけ呆れを混ぜた声を出す。


「うんうん。嬉しい悲鳴ってやつだよねぇ、銀治さん」

早乙女はいつもの柔らかい笑みのまま、くるりと工具台に腰を乗せて足をぶらつかせている。


「専用機の所持者は——

 火野アキラ、そしてお前さんだな……第一機体部隊隊長・早乙女一心。

 それから第二機体部隊の椿原虎徹。

 そして……あの“教官”か」


火野はその会話に耳を傾けていたが、最後の名前でピクリと反応した。


「……え? 教官も……専用機を?」

思わず声が漏れる。


砂鉄は軽く振り返り、少しだけ申し訳なさそうに笑った。


「そりゃあ、教官もネームドを討伐してるからな。

 専用機を持つ権利は当然ある。むしろ……」


「……むしろ?」

火野が聞き返した瞬間——


「ふふっ」

早乙女が口元に指を当て、いたずらっぽく微笑む。


「それ以上は、まだ秘密。教官のことはね……今は知れば知るほど、キミが混乱しちゃうよ?」


その表情はいつもの柔らかい笑みだが、瞳の奥に何かが潜んでいる。

軽口めいているのに、妙に含みのある声音だった。


火野は、言葉を失う。


(教官も……ネームドを……?

 それどころか、“四体の専用機持ちの一人”……?

 あの人はいったい……何者なんだ……)


心臓がどくりと鳴り、背筋を冷たい感覚が走る。

それは恐怖ではなく——

“理解できない強さ”を前にした時の、本能的なざわめきだった。


早乙女は火野の動揺を楽しむように、また笑う。


「大丈夫大丈夫。教官はね、悪い人じゃないよ。

 ……ただ、ちょ〜っとだけ、常人の枠から外れてるだけ。あぁ、でもここだけの話——」


顔を近づけ、ひそひそ声で続ける。


「ボクも教官の“本気の戦い”は見たことないんだよねぇ。

 想像しただけでゾクゾクする」


砂鉄は眉をひそめてため息をつく。


「お前さんは相変わらずそういうとこだけは素直だな……。

 まぁ、火野。教官については焦って知る必要はない。あの人は……“まだ表に出してない何か”を持っているだけだ」


火野は息を呑む。

“まだ表に出していない何か”


その言葉の重みが、妙に胸へ残った。


早乙女は立ち上がり、火野の肩を軽く叩く。


「キミも、そのうち嫌でも分かるよ。

 教官が何者で、どれほどの存在なのか。

 だって——キミはもう“専用機持ち”なんだから」


火野の視線は、レッドバロンの赤に反射しながら揺れる。


教官の謎は深まり、

その中心にある“本当の姿”は、ますます霧の中に沈んでいく。


だが同時に——火野はほんの少しだけ、期待していた。

自分がいつか、あの底の見えない強さに触れる瞬間を。







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