表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

第六話 浅はかな謀略

第六話  浅はかな謀略


食堂は、コンクリートむき出しの天井に白い蛍光灯が灯るだけの、無機質な空間だった。


金属の長机。乾いた音を立てながら、九人が腰掛ける。


盆の上に並ぶのは、いつもの質素な配給。


――ミドリ苔の炒め物

――クロアリのスープ

――乾いたパン


見た目は粗末だったが、香りだけは確かに食欲を刺激していた。


苔は油で強く炒められており、わずかに焦げた植物の匂いと、金属調理器具の熱の匂いが混じり合う。

深緑色の繊維が絡み合い、湯気とともに湧き上がる香りは、森の土とナッツを思わせる。


クロアリのスープは黒褐色。

表面には透明な脂の膜が浮き、細かく砕かれたクロアリの脚殻が底に沈んでいる。


そして、乾いたパン。


表面はひび割れ、指で叩くと軽い木片のような音がする。


それでも彼らは、無言で噛みしめ始めた。


パンを割る「パキ」という乾いた音。


クロアリのスープをすくうスプーンの「カン」という音。


苔を噛み締めたときの、微かな「シャリ」という繊維音。


火野アキラは、パンをゆっくり噛みながら呟いた。


「……相変わらず、歯が鍛えられるな」


一人が、かすかに笑う。


桜井ユヅキは苔を口に含み、小さく鼻を鳴らす。


「……べ、別に……まずくないし。……むしろ、今日は……美味しい方だし」


誰も突っ込まなかった。


本当に――美味しかったからだ。


苔は香ばしく、微かに甘い。

クロアリのスープは意外にもコクがあり、甲殻類のような旨味が喉を温める。


“生きている者に与えられる最低限の贅沢”。


それがこの食事だった。


やがて、霧島レンがスプーンを置いた。


「……食べながらで悪いけど」


全員の視線が集まる。


「作戦、共有する」


誰も文句は言わない。

むしろ、その言葉を待っていた。


霧島は、乾いたパンを指で割りながら言った。


「正面で足止めして追い詰めて……跳ばせる」


誰かがごくりと喉を鳴らす。


「跳躍のタイミングで、爪楊枝バリスタ一斉射撃。

……空中で傷を与えて、落下地点を予測」


スープを一口飲む。


「そこに全機体集中。……生きては帰さない」


その言葉に、誰も声を出さなかった。


だが、全員の目には同じ炎が宿った。


霧島は一度言葉を切り、視線を伏せてから、再び口を開いた。


「……ただ一つ、懸念がある」


空気が、わずかに重くなる。


「軍曹は……正面ルートじゃなく、壁を破壊して侵入する可能性がある」


誰かが息を吸い込む音。


霧島は続ける。


「でも……出口は多くない。

現状、抜けられるルートは一つに絞れる」


ゆっくりと顔を上げる。


「――第三居住区の外壁だ」


一瞬、空気が止まった。


その言葉の意味は、全員が理解した。


弱点。

そして――死角。


火野アキラが、静かに頷いた。


「……俺たちが行く」


霧島を見る。


「霧島。俺と――」


霧島は即座に言う。


「桜井」


誰も驚かなかった。


桜井ユヅキは、一瞬目を見開き――唇を尖らせた。


「……べ、別に……怖くないし。……火野の足、引っ張らないし」


だが、握ったスプーンの柄がわずかに震えていた。


霧島は静かに続ける。


「俺たちはこの作戦を外部には言わない。……別働で動いてもらう」


「……バレたら、怒られるな」と誰かが笑う。


火野は、苦く笑いながら答えた。


「……怒られる前に、終わらせればいい」


全員が、ゆっくりとパンを噛みしめた。


クロアリの苦み。

苔の香ばしさ。

乾いたパンの粉っぽさ。


そのすべてが、喉を通る。


そして同時に、胸の奥に――


静かに燃え始めたものがあった。


誰かが、ぽつりと呟いた。


「……連れて、帰れなかったけどさ」


別の誰かが続ける。


「……終わらせなきゃな」


桜井が、小さく、しかしはっきりと。


「……あのクモ……私が、潰すから」


霧島は立ち上がり、静かに言った。


「……じゃあ決まりだ」


火野も立ち上がる。


九人が、無言で拳を軽く合わせる。


祈りなどなかった。

涙もなかった。


あったのは――ただ一つ。


友の敵討ちという、消えない誓いだけだった。



――同時刻・基地深部:最高司令官執務室


分厚い鋼鉄扉が静かに閉まり、低く鈍い音が室内に響く。


室内は最低限の光しか灯っていない。

壁面には戦況を映すホログラム。だが今はすべて消灯され、ただ一枚のデジタルウィンドウに地下構造図が浮かんでいる。


作業机の奥に座るのが――最高司令官。

背筋を伸ばし、仮面のように感情を削ぎ落とした顔。


その前に、椅子に腰かける男。


第一機体部隊隊長。

早乙女 一心。


いつものように穏やかな微笑みを浮かべ、指を組みながら、楽しげに空気を吸う。


早乙女

「いやぁ……今回の子たち、中々……いや、本当に面白いですよ」


最高司令官はゆっくりと目を上げる。


司令官

「……遊びではない」


早乙女は肩をすくめて笑う。


「もちろん。わかってます、わかってますよ……“最高司令官閣下”。

ただ……才能って、どうしても“面白く”見えちゃうんですよねぇ」


司令官は短く言う。


「……話を要点で」


早乙女は、くすりと笑った。


「さすがです。じゃあ手短に……」


机に肘をつき、少し身を乗り出す。


「——霧島レン。あの子、動きますよ」


司令官の指が、机の上でわずかに止まる。


「……別働か」


早乙女はゆっくり頷く。


「ご名答。

しかも……おそらく火野アキラを筆頭に後一人追加で」


司令官は小さく息を吐いた。


「……命令違反だ」


「ええ、ええ。完全に」


だが早乙女は一切責める様子はなく、むしろ楽しそうに目を細める。


「でも……止めます?」


少し沈黙。


司令官は、低く言う。


「……危険すぎる」


早乙女は首を傾げる。


「危険だからこそ、価値がある……なんて言ったら、怒られます?」


司令官は返さない。


代わりに短く。


「……続けろ」


早乙女は指を鳴らす。


「霧島って子はですねぇ……

“安全な策”を一番に捨てられるタイプです」


「……賢いとは言えないな」


「ええ。だから……生き残ります」


にこにこと笑う。


「記録を見る限り、あの子……いつも半歩、前に出てる。

命令されなくても……自分から“外”に行こうとするタイプですよ。」


司令官は淡々と問う。


「……止める気はないのか」


早乙女は少し考えるように視線を上げる。


「ありますよ?」


それから、あっさり言う。


「止める気は“ある”。でも……止めたい気持ちは……ないですねぇ」


司令官の眉が、ほんの少し動く。


「矛盾している」


「戦場なんて……大体そうですよ」


早乙女は軽く笑った。


しばらくの沈黙。


ホログラムの空白だけが静かに光る。


早乙女は、さらに声を落とす。


「……で、本題です」


司令官は即座に応じる。


「……聞こう」


「彼らを……止めません。

ただし……私が“ついて行きます”。影から」


一拍置いて。


「フォローに回ります。

手出しは……しません。あくまで“保険”です」


司令官は目を細める。


「……なぜ、それを私に許可を求める」


早乙女は笑みを崩さない。


「だって……内緒で動いたら、皇殿下に怒られちゃうでしょう?」


少し芝居がかった肩すくめ。


「それに……これは“勝手な善意”じゃなくて……

戦力運用の話ですから」


司令官は短く問い返す。


「……成果は」


早乙女は即答。


「第三部隊、伸びます。

霧島……“本物”になります……それに……」


司令官は数秒、黙考する。


その沈黙は、部屋を重く、深く沈めた。


やがて、司令官は言った。


「……手出し無用だ」


早乙女は、ゆっくりと背筋を伸ばす。


「はい」


続く一言。


「……ただし、生存を優先しろ」


その瞬間、早乙女の笑みが――ほんのわずか、鋭くなった。


「承知しました、閣下」


司令官は視線を戻す。


「……片付けて来い」


早乙女は立ち上がり、軽く帽子を持ち上げるような仕草。


「ええ。おかわいい後輩たちの……お守り役、やってきます」


扉へ向かいながら、ぽつりと。


「……さてさて。

どこまで……足掻いてくれるのか……楽しみですねぇ」


重い扉が閉まる音。


静寂。


司令官は、独りごちるように低く呟いた。


「……賭けに出たな」


ホログラムに、第三居住区の構造図が静かに浮かび上がる。





X(旧Twitter)フォロー気軽にしてね(「・ω・)「

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ