第十五話 三体分離
―――場面、切り替わる。
地下居住区、第三ブロック外縁。
最後の一匹が、火野の金槌に叩き潰される。
粘つく体液が床に広がり、異臭が薄く立ち上った。
「……これで、全部だな」
霧島レンの声は低く、確認するようだった。
第三機体部隊と、月影ツナミ率いる第二機体部隊小隊。
誰一人として油断はしていないが、ひとまずの殲滅を終えた空気が、わずかに緩む。
――その瞬間。
ドン……ッ!!
遠く、しかし明確な爆発音。
「……今のは?」
誰かが息を呑む。
全員が、ほぼ同時に振り向いた。
居住区の隔壁の向こう。
崩れ落ちる瓦礫と煙の中から、影が現れる。
一機、二機……
いや、十機。
すべてが、異様なフォルムをした非合法バグロス。
そして――
先頭に掲げられていたのは。
三本足のカラスの旗。
「……八咫烏」
誰かが、絞り出すように呟いた。
隊列の中央。
そのバグロスだけが、明らかに“違う”。
武装も、装甲も、動きも。
まるで周囲の九機を従えるかのような、圧倒的な存在感。
次の瞬間。
《――――》
無線が、割り込んだ。
ノイズ混じりだが、はっきりとした男の声。
「八咫烏、三本足が一足、霧島直刀だ
我々、八咫烏はこれより桜花に宣戦布告を宣言する。」
空気が、凍りついた。
霧島レンの体が、わずかに震える。
「……っ」
歯を食いしばる音が、無線越しでも分かるほどだった。
「直刀……!」
その名を、呼び捨てで吐き捨てる。
「まだ……生きていやがったか……!!」
怒りが、抑えきれずに溢れ出す。
「俺以外の一族を皆殺しにして……
今度は国ごと壊すつもりか……!」
声が、震える。
だがそれは恐怖ではない。
憎悪と怨嗟だ。
「ふざけるな……!!
お前だけは……
俺が……必ず――」
一歩、踏み出しかけた霧島のバグロスの肩に、
手が置かれた。
「霧島」
月影ツナミの声は、低く、しかし穏やかだった。
「気持ちは分かる。
だが――今は戦場だ」
一瞬、沈黙。
「……冷静になれ。
ここで突っ込めば、相手の思う壺だ」
霧島は、深く息を吸う。
拳を、強く握り締め――
ゆっくりと、吐いた。
「……すみません、月影副隊長」
声は、取り戻された冷静さを帯びていた。
だが、その奥で。
怒りの火は、消えていない。
月影ツナミは頷き、前を見据える。
「第三機体部隊、構えろ。
――ここからが本番だ」
第二、第三機体部隊が一斉に踏み出そうとした――
その瞬間だった。
八咫烏のバグロス部隊、その背後。
瓦礫の山が、内側から持ち上がる。
「……なに?」
低く、誰かが呟いた直後――
影が、立ち上がった。
否、影ではない。
巨大なカマキリ。
人類サイズを基準にしても、明らかに異常な体躯。
細く、だが鋼鉄のように締まった胴。
そして何より――
前脚の鎌。
ギラつく刃を、
まるで砥石にかけるように、
あるいは――神に祈るかのように、
胸元で静かに擦り合わせている。
「……ネームド……」
月影ツナミが、息を呑む。
八咫烏の陣形の前面へと、そのカマキリが一歩、踏み出す。
まるで――
守護者のように。
守られているのは、八咫烏。
そして、その背後に控える“中央の異色”。
無線が、再び割り込む。
霧島直刀の声。
冷たく、愉悦すら滲ませた響き。
「これが我々、八咫烏の技術力だ、知能のない昆虫なんぞ、ネームドといえども我らの支配下に置くことなぞどうさもない」
霧島レンの喉が、鳴る。
「……直刀……ッ」
次の瞬間。
八咫烏部隊の後列にいた一機のバグロスが、
異様な装置を起動させた。
ブォォォ――ッ!!
重く、耳を裂くような汽笛の音。
空気が、震える。
その音を合図に――
カマキリが、動いた。
研がれていた鎌が、一気に開かれる。関節が、ありえない角度でしなり――
「来るぞ!!」
霧島の叫びと同時に、
ネームド個体
**《サンタテレサ》**が、
地を蹴り、
第二、第三機体部隊へ向けて――
一直線に襲いかかった。
鋭利な鎌が、空を裂き、
巨大な影が、戦場を覆う。
八咫烏を守るかのように立ちはだかる“祈りの刃”。
ここから先は、
人と虫、そして狂った技術の正面衝突だった。
汽笛の余韻がまだ空気に残る中、戦場は一気に分断された。
八咫烏のバグロスが、合図を待っていたかのように散開する。
「――分断を狙ってきた!」
霧島レンの声が飛ぶより早く、
四機の非合法バグロスが第三機体部隊の側面へ強引に割り込み、
火花と瓦礫を撒き散らしながら楔のように突き刺さった。
「火野ッ、下がれ!」
だが遅い。
レッドバロンが振り返った瞬間、
八咫烏の一機が壁を破壊して滑り込み、
さらに二機、三機と連続して進路を塞ぐ。
――第三機体部隊、完全に二分。
火野のレッドバロンと数機が、
八咫烏の四機により孤立させられる。
「チッ……狙いは俺たちか!」
一方で――
「正面来るぞ!」
第二機体部隊の前方、
五機の八咫烏バグロスが真正面から突撃してくる。
逃げ場はない。
狭い居住区跡、瓦礫だらけの地形。
「迎え撃て! 密集を崩すな!」
月影ツナミの号令と同時に、
斧、ブレード、シールドが火花を散らし――
正面衝突。
金属音と爆裂音が重なり、
小さな戦場がいくつも同時に生まれる。
そして、そのすべてを――
後方から、楽しげに眺める男がいた。
瓦礫の上に悠然と立つ、
異色のバグロス。
霧島直刀。
「はは……いいねぇ。
やっぱり実戦は、こうじゃないと」
通信越しでも分かるほどの、愉悦。
「焦るな?
今日はまだ“主役”が残ってる」
その言葉通り――
戦場の中央。
分断された残り八人の第三機体部隊の前に、
巨大な影が完全に立ちはだかっていた。
ネームド個体――
サンタテレサ。
鎌が、ゆっくりと持ち上がる。
一歩。
それだけで地面が軋み、
風圧が装甲を叩く。
「……相手はあいつ一体、だが――」
霧島レンが低く言う。
「みんな!数じゃない……質が違いすぎる」
次の瞬間。
サンタテレサの鎌が、
横一線に振り抜かれた。
空気が裂け、
衝撃波がバグロス数機をまとめて吹き飛ばす。
「散開ッ!!」
第三機体部隊は即座に動く。
だが、それでも――
圧倒的。
知性なきはずの昆虫が、
計算された間合いで人間を追い詰めてくる。
八咫烏と人類部隊、
そして――支配されたネームド。
戦場は完全に三つに割れ、
それぞれが地獄の最前線となっていた。
瓦礫に囲まれた通路跡。
月影ツナミ率いる第二機体部隊の前方から、八咫烏の非合法バグロスが盾を前面に押し出し、じりじりと距離を詰めてくる。
「来るぞ……!」
第二機体部隊の数機が一斉に爪楊枝クロスボウを構え、引き金を引いた。
軽い発射音とともに、無数の爪楊枝が飛ぶ。
第二機体部隊の数機が一斉に爪楊枝クロスボウを構え、引き金を引いた。
軽い発射音とともに、無数の爪楊枝が飛ぶ。
――しかし。
ガン、ガン、ガンッ!
「効いてねぇ!」
八咫烏のバグロスは、腕に装備したサバ缶シールドを重ね、
金属音を響かせながら矢を弾き落とし、そのまま前進を止めない。
「チッ、やっぱり来るか……」
月影は一瞬だけ状況を見極め、即座に叫んだ。
「――総員、カミソリアックスを構えろ! 白兵戦だ!」
『了解!』
『近接に切り替える!』
次々と武装が切り替わり、
斧の刃に仕込まれたカミソリ刃が鈍く光る。
次の瞬間――
両陣営が真正面から激突した。
金属と金属が噛み合い、
刃がシールドを削り、
ワイヤーと腕部が絡み合う。
「久しぶりだなぁ、第二機体部隊様よぉ!」
八咫烏の一機が、ひしゃげた声で笑う。
「まだその制服着てやがるのかよ!」
「黙れ、脱走兵!」
第二機体部隊の隊員が斧を振るいながら怒鳴り返す。
「逃げ出したくせに、何が誇りだ!」
「誇りぃ?」
八咫烏のバグロスが肩で笑うように揺れる。
「そんなもの!獅子座様の大義、我々の正義の前では必要ない!!我らの行動、犠牲が正義への一歩なら喜んで誇りなんぞ差し出そう!!」
斧とナイフ、
シールドと装甲。
一撃一撃が致命傷になり得る距離で、
両者は互角に刃を交わす。
「……っ、こいつ動きが軍用だぞ!」
「当たり前だ、元は同じ釜の飯を食らった者だ!」
かつて同じ訓練を受け、
同じ戦場を想定していた者同士。
だからこそ、
互いの癖を読み合い、
決定打が出ない。
その最中――
月影ツナミだけは、
あえて一歩引いた位置を保っていた。
「……焦るな」
彼はバグロスを半身に構え、
バネ式ボルトアクション・クロスボウを静かに引き絞る。
視線はただ一点。
サバ缶シールドの隙間、
装甲の合わせ目、コックピットの位置。
八咫烏の一機が、仲間に気を取られた一瞬。
「――もらった」
乾いた発射音。
裁縫針が一直線に飛び、
シールドの縁をかすめ――
ズブリ。
「……え?」
次の瞬間、
そのバグロスは力を失い、膝から崩れ落ちた。
コックピットを正確に貫かれ、
中の操縦者は沈黙する。
「隊長が落としたぞ!」
「よし、押し返せ!」
月影は次の矢を装填しながら、低く告げる。
「いいか、相手は元仲間だ。
だが――今は敵だ」
その声に迷いはなかった。
「生き残りたいなら、
覚悟を決めろ。――行くぞ」
第二機体部隊の士気が、一段階跳ね上がる。
刃が再び振るわれ、
戦場はさらに激しさを増していった。




