第十三話 G攻防戦
翌日――。
薄暗い作戦格納庫に、今回の作戦に投入される六体のバグロスが整列していた。
今回のバグロスは、従来型とは大きく仕様が異なる。
・背中のペットボトルロケットは完全撤去。
代わりに、強化巻き付けワイヤーを搭載。
突入後の回収や緊急時の引き戻しに使われる。
・両腕にはサバカンシールドを装備。
小さいが軽量で、初撃の防御に優れる。
・主武装はラップのカッター部を加工した“ノコギリ状ブレード”。
硬い外殻を切り裂くための簡易近接武器だ。
六体のうち、一機はバルスリー(毒ガス散布装置)を抱えており、戦闘行動は不可能。
実質五機が突入戦闘に当たる。
月影ツナミは、最前列で静かに深呼吸する。
「……全機、出る。予定通りの突入作戦。油断はするなよ」
巨大な穴の前に立つと、生暖かい空気と異臭が隊の装甲にまとわりついた。
しかし迷う暇はない。
「突入開始!」
月影率いる小隊五機は、闇の底へと滑り込んだ。
内部は息をつく間もなく――
壁一面を埋め尽くす数、数、数。無限に思えるゴキブリの群れ。
月影が先陣を切って斬り裂く。
シールドで受け、カッター剣で跳ね、蹴り飛ばし、踏み越える。
「数が多すぎる……!」
「怯むな、押しきる!」
細い通路をねじ伏せるようにして進むと、目的地点にたどり着いた。
「設置開始! カバー!カバー!」
バグロスが、ガス散布装置バルスリーを慎重に床へ固定する。
その背を、他の四機が必死に守り、迫りくるゴキブリをなぎ倒す。
やがて装置が点灯し、散布準備が整った。
「バルスリー作動! ワイヤーで回収!」
月影が合図を送ると、地上側で待機していた回収班がワイヤーを巻き取り、
装置を抱えたバグロスを一気に後方へ引き戻していく。
その勢いのまま、全機が穴の出口へ滑り込んだ。
直後――
ドォンッッ!!!
入り口が爆破され、白煙が上がる。
作戦は成功したかに見えた。
沈黙。
数秒の静寂。
1時間は経ったであろう、次の瞬間!
ガサガサガサガサガサ!!!!!
爆破されたはずの入口をこじ開けるように、
ゴキブリの群れが溢れ出てきた。
その数――軽く百を超える。
体表は濃色化し、異常に厚く、ガスの効果がほぼ通っていない。
月影の顔が強張る。
「毒ガス耐性個体……! 八咫烏め!どうやってこんな数を……!」
ツナミ小隊は後退しつつ迎撃するが、圧倒的な多さに押し返される。
「第三機体部隊、援護に入ります!!」
霧島の声が無線に響く。
すぐに、8機のバグロスが横隊を組んで突入してきた。
「ツナミ副長! こちらでカバーします!」
霧島の部隊が側面に割り込み、耐性ゴキブリへ一斉攻撃を開始。
その中で、ひときわ大柄な機体が前へ出る――
火野の“レッドバロン”。
火野は叫んだ。
「うおおおおおらッ!! どきやがれぇ!!」
巨大な金槌が振りかぶられ、
跳びかかってきたゴキブリの一匹を――
ズガァンッ!!!
一撃で地面に叩き潰した。
黒い体液が四方に飛び散り、あたりのゴキブリがたじろぐ。
「一匹撃破!! 続けるぞ!!」
火野の叫びが戦場を突き抜けると、隊員たちの士気が一気に上がった。
戦場に一瞬の風穴が開いた。
その隙を、月影ツナミは見逃さなかった。
「……負けてられんよなぁ!」
月影のバグロスが身を屈め、手にしたカッターブレードを逆手に持つ。
迫り来る毒ガス耐性個体に狙いを定め――
ヒュッ!!
ブレードを投げ放った。
鋭い金属音を残しながら回転し、ゴキブリの頭部に突き刺さる。
ズシャッ!
呻くような音を立てて、耐性個体が一匹崩れ落ちた。
月影はすぐに無線で叫ぶ。
「専用武装をくれ!」
穴の外で待機していた予備バグロスが機体の背から長いケースを外し、
月影に向けて放り投げる。
飛来するケースを受け取ると、月影のバグロスは素早く蓋を開き――
中から、独特のシルエットをした長距離武装を取り出した。
それは一般の爪楊枝クロスボウとは構造から異なる、
バネ式ボルトアクション機構を持った専用クロスボウ。
素材は軽金属片と木製フレームの複合。
そして最大の違いは――
“矢”が爪楊枝ではなく、鋼鉄の裁縫針。
長く、細く、そして鋭い。
小型機体用とは思えない貫通力を持つ殺意の針だ。
月影が静かに構えた瞬間、
彼の周囲だけ風が張りつめたように緊張する。
「――三つ、来る」
眼前には、レッドバロンの突破口を埋めるように
三匹の大型ゴキブリが横並びで迫っていた。
月影はクロスボウを引き、装填――
“カチン” と金属音。
照準。呼吸。
シュッ!!
一本目の裁縫針が放たれ、
最左翼の個体の頭部中央を貫通して床へ縫い付ける。
すぐさま次弾装填。
ボルトを引くと同時に、バネが唸りを上げる。
シュッ!!
二本目は跳び上がった個体の胸部を斜めに貫き、
そのまま背中まで突き抜けた。
最後の一匹が距離を詰める。
月影は後退せず、真正面から照準を合わせ――
「落ちろ」
シュッッ!!!
三本目の裁縫針は、
ゴキブリの右目を貫き、後頭部から抜けた。
三匹が、ほぼ同時に崩れ落ちる。
霧島が思わず叫ぶ。
「つ、ツナミ先輩……三匹同時撃破……!」
火野も押し殺した声で笑う。
月影は静かにクロスボウを下ろし、周囲に目を向けた。
「まだ来る。ここからが本番だ!」
二人の手によって第三機体部隊のラインが押し広げられたその瞬間――
霧島が短く指示を放つ。
「葛城、榊! 火野たちのカバーに入れ!
前に出るのは任せる、ただし無茶はするな!」
葛城トウマが獣のように吠えた。
「了解ッ! 行くぞミナト!!」
その横で、冷静な声が落ち着いて返す。
「君が突っ走る前提なのが怖いんだけど……
まあ、やるけどさ」
二人の調査用バグロスが前へ急加速。
背部のワイヤーケースが揺れ、ライトがゴキブリを照らし出す。
互いに片手を後ろへ伸ばし、
支給された“手斧”を同時に引き抜いた。刃にはカミソリ、軽量だが、鋭さは本物。
前衛の火野と月影を抜いてくる残存個体を
真っ向から迎え撃つ形になる葛城と榊。
葛城が怒号とともに踏み込む。
「オラァァアアッ!!」
手斧が閃き、ゴキブリ一匹の頭部を縦に割く。
カミソリ刃が跳ね上がり、甲虫の殻を切り裂く音が周囲に響いた。
その背後へ回り込むゴキブリを、
榊がわずかにステップしながら水平方向に一閃。
「後ろは任せて。君は前だけ見てろ!」
斧の刃が滑り込み、脚をまとめて斬り落とす。
倒れた個体を葛城が蹴り飛ばし、
榊の背を守るように反転して追撃のゴキブリを叩き割った。
四方八方から迫るゴキブリの波。
しかし二人のバグロスは背中同士を軽く触れ合わせるように密着し、
視界を共有するように動いていた。
葛城は力任せに振るうタイプだ。
豪快な縦斬り。
甲殻ごと叩き割る学習しない暴力。
榊は真逆。
振りは小さく、正確で、最短距離で急所へ届く。
対照的なスタイルなのに、
その連携は驚くほど噛み合っている。
葛城の豪腕が正面を薙ぎ払えば、
榊が正確に横から迫る個体を削る。
榊が敵の進路を限定すれば、
葛城がその“一本道”を粉砕する。
刹那、二人の声が重なった。
「「まだ来るぞ!!」」
バグロスのライトが照らした先で、
新たな群れが蠢きながら突進してくる。
葛城のバグロスは手斧を肩に担ぎ、中にいる葛城はどこか楽しげに笑う。
「上等じゃねぇか……ぶっ潰す!!」
榊はため息をつきつつも、
その目は獲物を正確に分析していた。
「……はぁ。
じゃあ、僕は君のフォローに回るから、絶対死ぬなよ?」
「おうよッ!!」
舞い散る甲殻。
切断された脚。
金属片のように飛び散るカミソリ刃の軌跡。
賞金稼ぎのような荒々しさと、
職人のような正確さ。
その“二つの戦い方”が合わさり、
火野・月影・霧島が前方で戦うための道を
真正面から、力で切り開いていた。
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「――っ、椿原隊長! 本部より至急伝令!
八咫烏による襲撃発生! 各部隊に応援を要請とのことです!」
伝令兵が土埃の中を駆け込み、肩で息をしながら叫んだ。
椿原は一瞬だけ目を細め、戦場全体を見渡す。
前方では、月影ツナミと第三機体部隊がなおも狂騒の渦中で奮戦していた。
舞い散る黒い欠片、弧を描く刃、突き立つ裁縫針。
その中心で、ツナミのクロスボウが雷光のように閃き、味方の戦列はまだ崩れていない。
椿原は小さく息を吸い――
「……状況は月影ツナミと第三機体部隊に託す。
我々はただちに本部へ転進する!」
短く、しかし鋼のように重い指示だった。
「全員、ついてこい! 本部が落ちればこの作戦も意味をなさない!
走れッ!」
部下たちは即座に反応し、バグロスの足回りが一斉に地面を蹴る。
砂煙が尾を引き、椿原を先頭に、数機のバグロスが戦場を離脱していく。
背後で、ツナミのクロスボウがまた一発、敵の頭蓋を貫いた甲高い金属音が鳴る。
その音を聞きながら椿原は振り返らず、ただ本部へ向けて突き進む。
「ツナミ、後は頼むぞ……!
ここを持ちこたえろ、仲間を信じろ!」
戦場にはなおもゴキブリたちの蠢動が満ちていたが、
月影ツナミと第三機体部隊の奮戦が、その黒い奔流を食い止め続けていた。




