第十二話 八咫烏
椿原がホログラムを切り替え、本作戦の核心を提示した。
「目標はゴキブリ巣穴の無力化だ。
月影小隊を中心に、毒ガス兵器バルスリーを巣穴深部に設置。作動後、バグロスに取りつけたワイヤーで一気に引き戻し、速やかに撤退。
外部では他部隊が溢出個体の殲滅にあたる。
作戦成功には一秒の遅れも許されん」
火野と霧島の背筋が自然に伸びる。
椿原が月影に視線を向ける。
「月影ツナミ。小隊の指揮は任せる」
月影は穏やかながらも鋼のような声音で応じる。
「承知しました。
……霧島、火野を含む後輩たちは私が守り、必ず任務を達成してみせます」
霧島は緊張の中、小さく頷く。
その瞬間——ーーー
会議室全体に鋭い警報がけたたましく鳴り響いた。
『警告。未確認の侵入者が外壁を突破。
……会議区画に接近中——』
霧島が身を震わせる。
火野は反射的に席を立ち、神宮寺は蒼白になって固まった。
——轟音。
会議室の壁が爆ぜ、瓦礫が室内に降り注いだ。
粉塵の向こうから現れたのは、漆黒の装甲に三本足のカラスの紋章を刻んだバグロス部隊。
桜花国民なら誰もが憎悪と恐怖を抱くテロ組織——
八咫烏
そして中心のバグロスのコクピットが開き、
ひとりの男が姿を現した。
銀髪を後ろで束ね、冷徹な眼光。
しかし口元だけは薄く笑っている。
八咫烏隊長・獅子座鉄斎。
かつて東上誠、そして最高司令官と同じ机を並べた幼なじみ。
その存在だけで、空気が凍りつく。
鉄斎は静かに、しかし威圧的に言った。
「無作法は承知している。
だが……“旧友の会議”に少しばかり混ぜてもらいたくてな」
その言葉に、東上——教官の拳が震えた。
「……鉄斎。
お前、まだこんな真似を……」
鉄斎は微笑を崩さぬまま答える。
「“こんな真似”とは聞き捨てならんな、誠。
我々八咫烏は、桜花を正すために戦っている。
何も間違えていない」
最高司令官の仮面の奥の視線が鋭く向けられる。
「……貴様が“正す”と言うたびに、民が死んでいくのだ、鉄斎」
鉄斎は平然と言う。
「犠牲は——必要だ。
腐った体制を倒すには、揺さぶりがいる。
今回のスタンビートもその一環だ」
火野が声を失った。
霧島は震える声で呟く。
「……人工的に……引き起こした……?」
鉄斎は二人を見る。
しかしその眼は、まるで人間を“評価”するような冷たさしかなかった。
「恐怖で揺さぶることほど、効果的な手段はない。
弱い者は逃げ、強い者だけが残る。
それが“正しき国”の礎となる」
椿原が怒りで声を荒げる。
「テロを正義と言い換えるな、獅子座ァ!」
「言葉はどうでもよい。結果がすべてだ」
そして、鉄斎はわざと静かに付け加えた。
「——なあ、誠。
俺たちは、かつて未来を語り合ったはずだ。
“この国をどうしたいか”を」
教官の目が揺れる。
鉄斎は幼なじみだけに見せる、皮肉とも哀しみともつかぬ笑みを浮かべた。
「だが貴様らは仮面を被り、体制に従い、
民を“導く側”を演じている。
俺は違う。“本気”で変える覚悟がある」
最高司令官が低い声で告げる。
「……鉄斎。
その道の果てがお前の破滅だと、まだ分からぬのか」
鉄斎は肩越しに振り返ると、
冷徹な笑みを残して言い捨てた。
「破滅でも構わん。
我ら八咫烏の正義は揺るがない。
今日はその“予告”だ。
——また会おう、旧友たち」
撤退を開始する八咫烏。
教官が思わず叫ぶ。
「鉄斎ッ!!
これ以上民を巻き込むな!俺たちは……友だったはずだろう!」
鉄斎は歩みを止めず背だけを向けたまま、
たった一言だけ返した。
「だからこそだ。誠。
友だからこそ——俺は止まらん。」
そして八咫烏は夜の闇へ消えた。
会議室は破壊され、静寂だけが残る。
最高司令官が立ち上がり、声を放つ。
「……作戦を実行する。
全隊、即時戦闘態勢に入れ」
誰も言葉を返すことはできなかった。
八咫烏が去った後の会議室には、
瓦礫と焦げた匂いと、張り詰めた沈黙だけが残っていた。
最高司令官は、仮面の奥から鋭い眼差しを巡らせ、
深く椅子に座り直すと重々しく口を開いた。
「……作戦は予定どおり遂行する。
八咫烏の乱入は想定外だが、
だからこそ——我らが遅れる理由にはならぬ。」
隊員たちの背筋が凍りつくような声音だった。
「月影ツナミ副長!」
「……はっ」
まだ青ざめたままの月影ツナミが一歩前に進む。
「お前の小隊は第一陣として巣穴に突入し、
バルスリーを設置・作動させたのち即時撤退。その後の爆竹弾による封鎖も任せる」
「承知……いたしました」
声は震えていたが、視線は決意に満ちていた。
続いて最高司令官は他の部隊へも命を下す。
「第二機体部隊は外周にて迎撃線の構築。
第三機体部隊は後方支援と遊撃に回り、
突発的な突破を防げ。それぞれの隊長は直ちに部下に配置を伝えよ」
命令が降りるたび、空気は戦場の匂いに近づいていく。
その中で——
教官・東上誠はただ黙って立っていた。
最高司令官は最後に、静かだが重い声で言った。
「東上誠。
……お前は本部に残れ」
教官の眉が僅かに動く。
「八咫烏は必ずもう一度動く。
その時、お前が前線に出ていては困る。
“奴ら”を最も理解しているのは——
この国で私とお前だけだ」
その言葉に、教官は短く答えた。
「……了解しました」
静かながら、目の奥には怒りと覚悟の火が宿る。
最高司令官は続けて、
早乙女一心へ視線を向ける。
「早乙女 一心隊長」
「はい、最高司令官殿」
変わらず笑みを浮かべているが、
その瞳の奥の暗い深みは一層濃くなっていた。
「お前も本部に残れ。
“もしもの際”に備え、
各部隊の戦術支援および後方制御を任せる」
「承知いたしましたよ。
では、みんなの背中を見守らせていただきます」
相変わらず柔和な口調だが、
その笑みの裏に隠された本心は誰にも読めなかった。
隊員たちが次々と敬礼し、作戦室を出て行く。
火野も霧島も緊張で顔をこわばらせながら後に続いた。
残ったのは、
仮面の最高司令官、
そして幼なじみでもある二人の隊長——東上誠と早乙女一心。
最高司令官が締めくくるように静かに言う。
「——総員、配置につけ。
これより“スタンビート鎮圧作戦”を開始する」
その声は、
戦いの幕が確実に上がったことを告げていた。
作戦会議が終わり、他の部隊員たちが次々と退室していく。
重々しい扉が閉じると、会議室には教官と早乙女だけが残された。
早乙女は、いつもの柔らかい笑みを浮かべながら、背を向けかけていた教官に声をかける。
「……ねぇ、教官さん。さっきのお話、ちょっと気になるんですけど」
ふわりとした声音。
警戒心を一切感じさせない、普段の“早乙女の顔”だ。
教官が振り返ると、早乙女は口元に手を当てながら――
「八咫烏のリーダー、獅子座鉄斎さん。教官さんと最高司令官の幼なじみなんですよね?」
にこにこ、と。
まるで世間話をするような調子で言う。
教官は一瞬だけ目を細めた。
「……それを、どこで聞いた?」
「独自のルートですよぉ。ほら、僕ってこう見えて情報収集が得意なんです。」
笑顔のまま、早乙女は半歩近づく。
その距離、わずか。軽い雑談のはずなのに、逃げ場がなくなるような圧迫感があった。
「ねぇ、教官さん」
その瞬間――
早乙女の笑みが、落ちた。
まるで電源を切ったかのように、表情から温度が消える。
彼はそこで初めて、敬語をきっちりとした調子で使った。
「あなたが裏切っている可能性があることを私はまだ視野にいれてますよ?
鉄斎さんと私的なつながりがある以上、検討しない理由がありませんので」
声は静かだが、冷たい刃のように重い。
「もちろん、確証はありません。ですが――
本部の安全に関わる事態ですから、私としては……ねぇ?」
教官は微動だにせず、そのまま早乙女を見すえる。
その目には怒りも動揺もなく、ただ静かな誠実さだけが宿っていた。
「裏切ってはいない。私の全ては桜花に捧げている。それは変わらない」
短いが、力のある言葉だった。
一瞬だけ沈黙が落ちる。
そして――
早乙女はふっと笑う。
先ほどまでの威圧などなかったかのように、柔らかな笑顔へと戻る。
「ふふっ。ですよね〜。教官さんのこと、僕は信じてますから」
今度の笑顔は――本物かどうかは読めない。
「じゃ、僕は先に戻りますね。残りのお仕事がありますので」
軽い足取りで出口へ向かう。
しかしドアに手をかける直前、彼はふと振り返り、目だけで教官を見る。
「……でも、教官さん。
もし何か隠していることがあったら――その時は、ちゃんと僕に言ってくださいね?」
返答を待たず、早乙女は会議室を後にした。
残された教官は、深く息を吐き、誰もいない会議室にただ一人立ち尽くすのだった。




