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第十一話 カタストロフ

第十一話  カタストロフ


軍曹とクロアリが逃げ込んだ、あの巨大な巣穴。

その前に、調査用バグロス5機が静かに集結していた。


各機の前部に取り付けられた高輝度ライトユニットが

心臓の鼓動のように明滅している。


「……じゃあ、入るぞ。俺たちだけで片付ける」


「気を抜くな。軍曹が逃げ込んだ場所だ。何が待ってるか……」


隊員たちの声は、いつもより一段低かった。


ーーー巣穴へ侵入ーーー


ライトの白い光が、湿った土の壁を少しずつ照らし出す。

洞内は生き物の体温が残っているかのように生ぬるく、

狭い通路が奥へ奥へと続いている。


「……本体がいねぇ分、逆に不気味だな」


「蜘蛛の巣もない。軍曹はここを寝床にしてなかったのか?」


「いや……何かに“追われて”たのかもな」


――その仮説に、誰も笑わなかった。


先頭を走る三番機が、急に速度を落とした。


「……ちょっと待て。前方に……何かある」


ライトが照らし出したのは、

白灰色の楕円形の物体。


手のひらより大きい。


「……卵?」


「クロアリ……にしちゃ形が違うな」


三番機がライトを寄せる。


その瞬間、内部で何かがぬるりと動いた。


「……これ……ゴキブリの卵……じゃねぇか?」


背筋に寒気が走る。


亀裂が、ピシ……ピシリ……と広がる。


「まずい!孵るぞ、離れろ!!」


三番機が後退しようとしたその時――


二番機のライトが、卵の奥――

闇の向こうを照らしてしまった。


最初は二つの点。

次に四つ、八つと増えていった。


いや、違う。


ライトが奥深くまで届いた瞬間、わかった。


壁一面が、赤い光点で覆われている。


まるで無数の宝石が光っているように見える……

だが、それらは全て――


「……眼だ……全部、こっちを見てる……」


「おい……数が……」


その場にいた全員が理解した。


「クロアリも、軍曹も……

 こいつらから逃げてきたんだ……。」


ライトに照らされて“それら”が一斉にざわつき始める。


カサ……カササササ――ッ!!


洞内の空気が震えた。


「全機後退ッ!! 速く出ろ!!」


五機が一斉に反転し、入り口へ向けて走り出す。


だが、巨大ゴキブリの群れは――

予想を超えた速度で、壁を走り、天井を逆さに走り、

通路のあらゆる方向から迫ってきた。


通信越しに、

カサカサと装甲を叩く音が聞こえ始める。


「クソッ!追いつかれる!!」


四番機が叫ぶが――


五番機が急停止した。


「……俺が抑える! お前らは出口へ!!」


「馬鹿やめろ! 一機じゃ――」


「行けって言ってんだ!!

 誰かが時間を稼がねぇと……全滅する!!」


叫びが、震えていた。


だが、決意は固かった。


五番機が振り返り、

最大出力でライトを照射しながら、群れへ突っ込む。


「来いよ……!!」


残る四機は、後ろを見ないように出口へ走った。


だが――


視界の端に、うっすら見えた。


五番機のバグロスが、

黒い波に飲み込まれ、瞬く間に原形を失っていく。


装甲が剥がれる音、

駆動部が砕かれる音、

肉が裂かれるような音が混じり、

通信に、隊員の声とは思えないかすれた断末魔が混じった。


「……あ……っ……」


すぐに、雑音だけになった。


四機は、涙を噛み締めながら巣穴を脱出した。


瓦礫のように沈んだ空気が部屋を満たしていた。


報告室中央に立つのは、

血の気の引いた一般隊員4名。


対面するのは

第二機体部隊隊長 椿原虎徹、

副長 月影ツナミ。


椿原は腕を組んで動かず、

ツナミは資料を持ったまま、

二人を真っ直ぐに見つめていた。


「……では、状況を報告しろ」


椿原の声は低く、よく通る。


隊員たちは互いに目を合わせ、

最年長の二番隊員が前に出た。


「……巣穴内部の調査を開始し、

 約百メートル進んだ地点で……“卵”を発見しました」


ツナミの眉がわずかにぴくりと動く。


「その卵、クロアリのものではなかったな?」


「はい。大きさ、形状から判断して……

 ゴキブリの卵であると断定しました。」


部屋の空気がわずかに震えた。


「さらに奥部の暗所に、異常な反応があり……

 ライトを照射したところ……」


隊員の声が震える。


「赤い眼光が……無数に……。

 壁一面を埋め尽くすほどの数でした。」


ツナミが息を呑む。


椿原は表情を変えぬまま、低くつぶやいた。


「……大量発生の兆候か」


「はい……**ゴキブリスタンビート**の可能性が極めて高いと思われます」


隊員の言葉が終わらぬうちに、

ツナミが一歩前へ出た。


「ちょっと待て。赤い眼光の密度……

 お前ら、本当に“群れ”じゃすまねぇ数だったのか?」


隊員らは無言で頷いた。


「……クロアリや軍曹でさえ逃げ出すほどの……

 捕食群の規模と見て間違いありません」


ツナミの腕に鳥肌が立つ。


「そして……撤退の際……」


隊員は言葉を詰まらせた。


三番隊員が代わりに口を開いた。


「五番機の隊員が……囮として残りました。

 彼が盾にならなければ、我々全員、帰還は不可能でした」


ツナミの表情から血の気が引く。


椿原の目が、大きく動いたのはその一瞬だけだった。


「……五番は、どうなった」


静かな問い。


隊員は、喉を鳴らす。


「……脱出の直前、目視しました。

 機体ごと……ゴキブリに覆われ、数秒で貪られて……。

 通信も……途切れました」


ツナミが拳を握りしめた。


「……クソ……!本当に“逃げてきた”んだな……クロアリも軍曹も……」


椿原はゆっくりと視線を落とすと、

短く言った。


「……報告、確かに聞いた。

 全員、よく生きて帰った」


隊員4名は深く頭を下げたが、

その肩は震えていた。


椿原は月影ツナミへ顔を向ける。


「ツナミ。今の情報をまとめて最高司令官本部へ回せ」


「……了解です。

 しかし……これは最悪のケースになりますよ……椿原隊長……」


「わかっている。

 放置すれば……一居住区が“食われる”。」


椿原は片手を顎に当て、深く考え込む。


ーーーーーーーーーーーーーーー


分厚い扉が閉まった瞬間、

火野アキラと霧島レンは本能的に背筋を伸ばした。


二度目の緊急召集。


前回は軍曹アシダカグモ出現の緊張が満ちていたが、

今回はそれよりも重く、

会議室の空気は“沈む”ように淀んでいた。


長い会議卓の前列には、各部隊の中核が座る。


副長 月影ツナミは無言のまま座り、

いつもは皮肉でも軽口でも漏らす彼が、

まるで石像のように動かない。


その横で 霧島は喉を鳴らし、

火野も緊張のあまり指先が汗ばんでいることに気づいた。


対照的に、第一機体部隊隊長 早乙女一心は、

いつも通り柔和な笑みを浮かべていた。だがその笑顔の奥にある“底の見えなさ”が、

今日は妙に不気味に映る。


一方、第三機体部隊の士官 神宮寺は、

珍しく額に汗を浮かべ、

何かを飲み込みながら黙っている。


会議卓の最奥では──


最高司令官が仮面をつけ、

一言の発声もなく、ただ静かに座していた。


黒い衣、銀の仮面。

その奥の素顔は誰も見たことがない。


ただ、存在するだけで

部屋中の全員の緊張が数段引き上げられる。


「──失礼する」


扉が開き、

第零機体特殊部隊隊長、教官・東上誠が入ってきた。


普段の飄々とした態度とは違い、

軍服の襟をきちんと締め直し、

背筋を伸ばした“戦場の顔”だった。


火野は、教官がこんな表情をするのを初めて見た。


椿原隊長が席を立つ。無口な彼が、

自ら報告者として前に出るのは極めて珍しい。


「……本件、第二機体部隊の責任において報告する」


声は震えてはいない。

だがその内側には、深刻さが滲んでいた。


全員が椿原に視線を向ける。


月影ツナミでさえ、息を呑んだ。


「軍曹、クロアリの巣穴調査において、

 ゴキブリの卵および“異常な赤色眼光”を確認した。


個体数は“無数”……いや、“群れ”という言葉ですら足りない」


火野の手が机の下で強く握りしめられる。


椿原は一拍置き、

静かに言った。


「……これは、**スタンビート(大量発生)**の兆候である」


椿原は緊迫した声で続けた。


「まず、スタンビートとは──

 特定の虫種が異常発生し、飢えと繁殖圧により狂暴化する現象だ。

 現在兆候が見られるのは“ゴキブリ”。」


火野も霧島も思わず息を呑む。


「特徴は四つある。


 一つ、個体数が通常の数百倍以上。


 二つ、飢えによる攻撃性の異常な高まり。刺激を与えずとも襲いかかる。


三つ、通常より大型化し、

   噛む力・跳躍・速度が向上していること。


 四つ、個体戦闘力はネームドには及ばぬが、一般隊員バグロス単体では太刀打ちできないほど高い。複数体で襲われた場合、バグロスの外装でも保つ保証はない」


会議室全体が静まる。


誰も息すらしない。


椿原の目が鋭く細められた。


「桜花の歴史上、スタンビートは“二度”起こっている。どちらも被害は──

 死者二百名以上……人口の四分の一が失われた。」


火野は体が震えるのを止められなかった。


たった二回で、国を壊しかけた災厄。


それが、再び来ようとしている。


椿原は最後にひと言だけ付け加えた。


「これは“脅威”ではない。

 災害だ。対応を誤れば……桜花は三度目の歴史的喪失を迎える」






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