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第十話 三千世界の烏が鳴く

第十話  三千世界の烏が鳴く


夜空は濁った灰色に沈み、街灯の光だけが細い路地をかろうじて照らしていた。

第六居住区――普段は静かなこの地区で、今、異様な金属音が連続して響いている。


黒いローブを纏った男が、ギシギシと異音を立てるバグロスに跨り、全力で逃走していた。

その呼吸は荒く、ローブの下からのぞく首筋には汗が滴る。


「っ……くそ、なんで……なんで“あの男”がここに……!」


ローブの裾が風に巻き上げられ、ぼろぼろの非合法バグロスのフレームに絡みつく。


この機体は、闇組織“八咫烏やたがらす”が独自に組み上げたもの――

だが、その粗悪な作りは限界に達し、赤錆のような火花が散っていた。


背後では、異様な“うなり”が追いかけてくる。


その音は、通常のバグロスでは絶対に出せない――

モーター4つを同時に“悲鳴をあげさせる”ほどの圧倒的な駆動音。


建物の壁と壁の隙間を、獣のように駆け抜ける影。

それは軽やかでありながら、逃げ場を削り取る死の走りだった。


「……やれやれ。」


追う者――教官、東上 誠はひとつ溜息をついた。


彼の専用バグロスは、紅蓮の残光を曳きながら壁伝いに跳ぶ。

4基の高負荷モーターが熱をまとい、機体の軽量化された骨格がきしむ。


腕パーツの左右には、三本ずつ鋭い“鉄の鉤爪”――

まるで獲物を裂く肉食獣の爪のような、BBQ串を改造した殺意の武器。


東上は、迫りゆく背中を見つめながら低く呟いた。


「まさか……かつての教え子に、

 この“爪”を掻き立てねばならんとはな。」


その声には怒りではなく、深い悲しみと諦観が滲んでいた。


黒ローブの男は目の端でその影を捉え、震えあがる。


直後、金属が空を裂く――。


東上のバグロスは壁を蹴って跳躍し、

そのまま落ちてくる彗星のように黒ローブの背へ迫った。


「――終わりだ。」


三本の鉤爪が、背中のフレームに突き刺さる。


バキンッ!!


非合法バグロスは内部回路を完全に破壊され、黒い煙を上げながら停止した。

火花が路地に散り、男の体は前のめりに機体ごと崩れ落ちる。


「ひ……っ!!

 教官……いや……、東上……誠ッ!!」


男の叫びは、夜のブロックに吸い込まれて消えた。


東上は静かに鉤爪を引き抜き、息を整える。

ただ一言――


「…………すまんな。」


その声は、夜気の中でひどく寂しく響いた。


第六居住区の裏路地。

停止した非合法バグロスは黒煙をあげ、崩れ落ちたまま動かない。

その傍らで、黒いローブの男が必死に腕を伸ばし、地面を這うようにしてバグロスから脱出を試みる。


対して教官――東上 誠はゆっくりと出られないように金属の鉤爪をパイロットである黒いローブの男に突き立てる、男の震えが強くなる。


「ちくしょっ!……教官……いや、“処刑人”東上 誠……ッ!

 なぜ……なぜアンタほどの男がッ……!」


男は口元を歪ませ、痛みと恐怖の混じった声で叫んだ。


「なんで“あんなもの”に従っていられる!?

 我々、八咫烏は正しき正義のために戦っているッ!

 本来この国を導くのは――」


その言葉が終わるよりも早く、教官の放つプレッシャーに口を紡ぐ


東上の顔は笑っていない。

だが――普段の冷静さとは違う、“怒気”が静かに滲んでいた。


「……“あんなもの”とは、誰のことだ。」


低く、抑えた声。

だが、男の全身が一気に硬直するほどの威圧がこめられていた。


「最高司令官のことか……

 それとも――皇殿下のことか?」


ギリ……と鉤爪がわずかに鳴った。

東上の指先が、怒りを押さえつけるかのように小さく震えていた。


「お、おれたちは……! 国を、本当に正しい形に……!」


「そのために人を殺し、街を壊し、部隊を裏切ったのか。」


東上の瞳は氷より冷たく、そしてどこか悲しみに沈んでいた。


「……もう、戻れんぞ。」


その声は哀しみと諦めが混じる、かつての“師”の声だった。


黒ローブの男は震えながら息を呑む。


「ま、待て……は、話を――」


東上は小さく目を閉じ、ほんの一拍おいて、


「……すまんな。」


その一言だけを静かに告げた。


刹那――


キィィィィンッ!!


鉤爪が横薙ぎに振るわれ、

非合法のバグロスごと、黒ローブの男の体を裂き飛ばした。


金属破片と黒い布が宙に散り、

鈍い衝撃音が路地に響いて、夜は再び静けさを取り戻す。


東上は血が飛んだ鉤爪をゆっくり下ろし、コックピットから出てきた星なんて物はない黒い天井を見上げ、小さく吐息を漏らした。


「……すまん。」


その声はあまりにも静かで、夜風に溶けていった。


裂けた黒い布片が夜風に舞い、焦げた金属臭が立ち込める静寂の中、背後から数名の部隊員が駆けつけてくる。


「教官――いえ、隊長ッ! ご無事ですか!」


息を切らせた隊員が周囲を確認しながら敬礼する。

 東上は肩越しに軽く振り返り、短く言った。


「もう終わった。事は済んだよ」


「……了解しました。隊長、最高司令官がお呼びです。

 ここからの事後処理は――我々が担当しますので」


「そうか。頼む」


東上は頷くと、戦闘の余熱がまだ残る大地を背に、静かに歩き出す。

 薄闇の中を進むその背は、部隊員が自然に道を開けるほど、圧倒的な威厳をまとっていた。


ーーーーーーーーーーーーーー


重厚な自動扉が低い駆動音とともに開いた。

 無機質な白灯の光が、立体スクリーンに浮かぶ作戦ログを淡く照らしている。


「第零機体特殊部隊隊長、東上誠。入室します」


 東上が一歩踏み込むと、最高司令官は端末操作を止め、静然と顔を上げた。


「――来たか。そこに」


東上が正面に立つと、司令官は短く息を吐き、軍人らしい硬質な声音で言葉を紡ぐ。


「まずは今回の対応、ご苦労だった。

 敵の侵入と非合法バグロスの発動を即時に封じたこと、指揮官として深く評価する」


「任務を遂行したまでです」


「謙遜は不要だ。お前の判断が、多くを救った。それは事実だ」


司令官は視線をスクリーンへ戻す。

 そこには、黒いローブを纏った男の全身像と、断片的な八咫烏の通信記録が並ぶ。


「……しかし、問題はここからだ。

 八咫烏の活動域が従来の想定を超えて拡大している。非合法バグロスの入手経路も依然不明。

 連中は、我々が把握できていない“根”を持っている可能性が高い」


司令官は椅子から姿勢を正し、東上を真っすぐ見据える。


「――東上誠。第零機体特殊部隊の隊長として、お前に命じる。

 八咫烏の行方を、継続して追跡せよ。

 必要な権限はすべて付与する。迷うことなく動け」


 言葉は冷たく、だが決して突き放すものではない。

 軍務の重責を預ける者としての、強い信頼と覚悟があった。


東上は静かに頷く。


「承知しました。必ず尻尾を掴みます」


東上は敬礼し、背を向けようとした――そのときだ。


「……誠、待ちなさい」


 司令官の声がわずかに和らいだ。“最高司令官”としての硬さではなく、幼い頃から東上の名を呼んできたあの頃の声音だ。


「さて、仕事はここまで。ここからは――プライベートの時間」


彼女は首元へ手を伸ばし、軍用マスクを静かに外した。

 露わになった素顔は、オレンジに近い茶髪のロングヘアーを揺らす、涼やかな目元をした大人びた女性。

 硬質な軍服の中に、少女時代の面影がかすかに残っている。


「相変わらず、息苦しい……このマスク」


 東上が苦笑する。


「昔から言ってただろ。『似合わない』って」


「うるさい、誠は。司令官に向かって失礼だ」


 そう言いつつも、どこか嬉しそうだった。


 司令官はカウンターテーブルに腰を預け、軽く息を吐く。


「そういえば――第三機体部隊、また訓練中にやらかしたらしい。

新入りたちが早乙女の真似をして、勝手に技術棟へ突撃したって」


 東上は額を押さえた。


「……あいつら、本当に落ち着きがない。早乙女一心の悪影響だな」


「ふふ、でも若い子たちが元気なのはいいことだ。

 この時代で、生きている実感を失わずにいるのは難しいから」


幼なじみだからこそ語れる、柔らかい空気。

 だがそれも束の間、司令官の瞳に凛とした影が差した。


「――誠。八咫烏のボスの件……聞いたな?」


「ああ。極秘ルートでの情報だ。ほぼ確定だろう」


 沈黙が落ちる。


司令官は視線を落とし、一度だけ拳を握りしめる。


「……“獅子座 鉄斎”。

 私たちの幼なじみで……あなたの、親友だった人」


 東上の表情が僅かに硬くなる。


「あいつが、今は八咫烏を率いているとはな。

 どうして道を違えた……いや、理由はもうどうでもいい」


司令官は東上の隣へ歩み寄り、小さく呟いた。


「誠。私たちがやるべきことは一つ。

 かつての友だとしても……この国を壊すなら、止めなければならない」


 東上も、静かにその言葉へ応えた。


「……ああ。たとえ殺してでも。

 俺たち三人の約束は、もう戻らない。

 だからせめて――俺たちの手で終わらせる」


彼と司令官は、互いに短く頷き合った。

 昔日の友情の温度を残したまま、今はそれぞれ国を背負う覚悟で。


 そして扉へ向かう直前、司令官が小さく付け加える。


「誠……生きて帰りなさい。

 あの頃みたいに、無茶ばかりしないで」


東上は背を向けたまま、かすかに笑った。


「無茶の仕方なら……お前が一番よく知ってるだろ」


 扉が静かに閉まり、二人の影は別々の道へ消えていく。

 だが胸の中の覚悟だけは、同じ方向を見据えていた。

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