不器用な愛
〈藥食ひ滅びし季語に敬禮す 涙次〉
【ⅰ】
杵塚・監督の* 映画第4作め、『性に目覺める頃』の、業界人向け特別試冩會が開かれた。今作も概ね好評の内に一般公開される、豫定であつたが、「豫定は未定」である。中にはまたスキャンダル頼りの映画を- と苦言を呈する映画評論家もゐた。孕繁樹もその内の一人である。彼は辛口を以て鳴らす、現代では珍しい(大體映画批評と云ふのは、制作サイドとの馴れ合ひに於いて行はれる)タイプの評論家だつた。スキャンダル頼り、と云ふのは、子役逹の上映コードすれすれの體当たり演技に映画それ自體が頼り過ぎてゐる、なる彼の見立てに拠る批評らしい。
* 當該シリーズ第175話參照。
【ⅱ】
實際、子役2人は良くやつた、と杵塚は思ふのである。由香梨役の本沖可憐、光流役の堂家出、共に幼いセックスの匂ひがぷんと漂ふやうな、難しい役柄を上手くこなした。それをしもスキャンダラスだと云ふのなら、勝手に云へばよい、と杵塚は思つた。因みに名前で分かるやうに、可憐は* 本沖彦市の娘である。
* 當該シリーズ第171話參照。
【ⅲ】
孕は、第2作『霧子』の頃から、杵塚を(別に「良い意味」ではなく)要注意人物だと決め付けてゐたやうだ。あの映画、* カンテラと間司霧子の、傳・鉄燦の短刀を巡る物語であつたが、** 霧子役の松嶋瀧子が謎の斬殺死體で發見され、カンテラに容疑が掛かつた事、記憶に新しい。謎は謎の儘放り置かれたのであつたが、杵塚は(ありや映画會社の「やり過ぎ」だつた)と、苦々しく思ひ出すのである。で、杵塚、勇猛心を奮ひ起こして、カンテラに質問してみた。「松嶋を斬つたのは、本当にカンさんだつたんスか?」-カンテラはそれには答へず、「俺が生まれた頃には、空梅雨なんてなかつたものさ」と、はぐらかし(?)の言葉のみ吐いた。
* 前シリーズ第66話參照。
** 前シリーズ第172話參照。
※※※※
〈海鼠酢に酒の年季を知る冬や一人盃傾けるなり 平手みき〉
【ⅳ】
確かに、あの映画には「霧子」の名前に象徴されるやうな(梅雨どき日本上空に梅雨前線が蟠るが如き)、停滯感が色濃く叛映されてゐた。云ひ替へれば、まだ監督作2作めにして、杵塚は老成してゐたのである。あのアンニュイは、ぽつと出の新人には撮り得ぬものだつた。だが孕はそんな事お構ひなしに、上総勤務の新聞社に、『再度問ふ。杵塚春多は本物の天才なのか』と云ふ、讀みやうに依つては非常に無禮な批評文を送り付けて來た。新聞掲載は、上総の差し金で見送りになつたが、それを不服とした孕は、上総の新聞社發行になる、彼の映画批評本を發賣停止にした。泥試合である。
【ⅴ】
「迷惑掛けたね、上総さん」-「いゝんですよ。大して賣れる本ぢやないんで」と云ふ會話が、杵塚と上総の間で交はされた。だが- 今度ばかりは世間も謎の儘で放り置かないであらう、事件が起きた。孕が斬られたのである。カンテラは何故か警察の追求を躱さず、「尋常に」お繩に就いた。これにはじろさんが黙つてゐる譯はない。じろさん、久し振りの黑装束に身を固め、カンテラ奪還を目論み、拘置所に押し入つた。カンテラ「いゝんだじろさん、直きに容疑は晴れるさ」-「し、しかし...」だが、當の本人がこの儘で良いと云つてゐるのだから、じろさんとしても引き下がらざるを得ない。
【ⅵ】
ルシフェル一人髙笑ひをしてゐた。孕を斬つたのが、圖に当たつたのだ。「だうする此井? カンテラはこの儘嶽で腐つて行くぞ」-腐つて行く、は大袈裟としても、世間はカンテラ=ヒーローと云ふ認識を、現金なもので棄てゝしまつたかに見えた。涙坐「調べが付きました。孕さんを斬つたのは、ルシフェル配下の者です」-じろさんは、上総に頼み、新聞に一面でかでかと廣告を出した。「カンテラ事實無根。彼に自由を。カンテラ一燈齋事務所」。そして楳ノ谷汀の援護射撃。「カンテラ氏の一件、實は手を下したのは魔界の者」新聞+テレビが齎す効果は絶大だつた。まだ畸蹟的に生きてゐた孕の証言もあり、カンテラは大勢の支援者逹の働き掛けに依り、拘置所から出て來たのである。
【ⅶ】
この件で潤つたのは何より映画配給會社であつた。カンテラ、「またスキャンダル監督つて呼ばれちまふな、杵」-「それより何より、カンさんが出て來られたのがデカいつスよ」。實はカンテラ、杵塚の才能をプッシュすべく、今回の振る舞ひに及んでゐたのである。嗚呼カンテラの不器用な愛情...
【ⅷ】
ところで前シリーズ第172話では、「鬱々」とすべき箇所が「鬱勃」となつてしまつてゐる。作者が校正をミスつた譯だが、これでは眞逆の意味になつてしまふ。こゝに訂正させて頂く。あれは「鬱々」です。長くやつてりやこんな事もある。それぢやまた。
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〈生姜酒聞くだに躰火照りけり 涙次〉
PS: 因みに本年度のブルーリボン賞、主演女優賞には可憐が、助演男優賞には出が、同時に輝いた。杵塚は作品賞と監督賞とを逃した(老大家の監督が撮つた大作にかつ攫はれた)が、本人曰く、「別にいゝよお、賞なんてさ。撮れるだけで倖せだ、俺はね」。




