初体験
この日は初めて、嵩煌が★を連れて斑鳩の前に現れた。
★(キラ)とはまだ一度も話したこともなく、お互い何となく知っている程度だった。
名前が★と言うからなのか、呪術士のトレードマークである大きな帽子には、星のマークが幾つか入っている。服装は、あの黒い錬装士と一緒にいた呪術士に似ていた。
「今日は、斑鳩に頼みがあるんだ」
「…俺に?」
今まで誰とも接しなかったため、誰かに頼み事をされたことなどない。それ故か、自分にその頼みを叶えてやれる自信が全くなかった。
すると、★が一歩前へ出て続きを話す。
「あなたと一緒に、タウン以外の場所。つまりエリアに行きたいんです」
「エリアなら、あんたらだってゲートから行けるだろ。わざわざ俺に頼むようなことじゃ…」
「正確に言うと“斑鳩の方法で”行きたいのよ(-ω-)」
嵩煌は尻尾をクルリと回して、そう付け足した。
「俺の方法?」
ピンとこない斑鳩は、何の迷いもなく疑問文で返す。
「あんた、エリアワード選んでる?エリアレベルや属性、はっきりと分かってる?」
嵩煌は身を低くして、ジリジリと斑鳩に歩み寄る。まるで獲物を狙う猫のような。
ややあって、
「…いいや」
斑鳩は視線を夕日に戻し、力無く言った。
「つまり、the worldの仕様ではない別のシステムで移動してる。斑鳩のルールが出来上がってる訳」
嵩煌は左右に歩き回りながら言う。
「その仕組みが分かれば、リアルに戻す方法も見つかるかもしれない」
言い終えると同時に、足を止めて手刷りに飛び乗り、斑鳩を覗き込んだ。
暫く考えた斑鳩は、やや躊躇いながら返した。
「…分かった。でも他人と一緒に転送するやり方何て知らねぇよ」
「多分斑鳩をリーダーにしてパーティーを組んで、転送すれば着いて行けると思うんだ」
「何で?」
嵩煌の説明に、斑鳩が間髪入れずに聞き返す。
「パーティーになれば、リーダーを追尾することが出来る。でもそれはthe worldのシステムだから、今回適応されるかは…やってみないと分からない」
「“試してみる価値はある”実験みたいなものです」
★は斑鳩を説得するように、柔らかく補足する。
これで、何とか斑鳩が協力することが確定した。パーティーを組む手順が踏めない斑鳩に代わり、嵩煌がパーティーを作り斑鳩にリーダー委任を行う。
「さて、これで良し。あとはあんたに任せるよ。いつも通りにやってくれればいいから(-ω-)」
「あぁ…」
一行はカオスゲートの前に並び、斑鳩が目を伏せる。と、再び見開いて嵩煌を見やる。
「お前たち、レベルいくつだよ。下手に高いところ選んでも困るだろ」
「ワタシ達二人とも80台だから大丈夫(・ω・)b△サーバーの上限低いし」
嵩煌は少し誇らしげに言うと、斑鳩は「80な…」と呟いた。
「…じゃあ、転送するぞ。一応エリアレベルは82、3で、ダンジョン系にした」
「ちょっと、何で△でそんなレベル…」
「“俺のルール”だからだろ、転送始まるからな」
斑鳩の言葉の直後、辺りのグラフィックが剥がれ崩れ落ち、ラインと黒地が埋めていく。嵩煌と★は無意識のうちに互いに歩み寄って、その様子に立ち尽くすしかない。
「…こっから先は保証しないからな」
斑鳩は急に二人の腕を掴んで跳躍する。ラインが途切れた“穴”に真っ直ぐ向かい、そして飛び込む。もう嵩煌達にはどうすることも出来ない。
一瞬、遠くにエリアのようなものが見えた。気がした。
だが目的地はそこではない、斑鳩が迷い無く進む先にthe worldのエリアが在る。
「ダンジョンに出るぞ」
「ぁ、あぁ」
斑鳩の言葉に、嵩煌は何とか相槌を打つ。
点のような光が一気に目の前に拡がり、次の瞬間3人の足は地に着いていた。
そこは神社タイプのダンジョンで、第一層ではなく二層と三層の間にあるゲート前だった。
「…他人ごとって結構疲れるな」
斑鳩は軽く溜め息を吐くと、未だに呆然とする嵩煌を小突く。
「おぃ、大丈夫か?」
「…今のは一体」
★もまだ整理が出来ないらしく、出る言葉も力無い。嵩煌は何とか思考し、見たものを振り返る。
「恐らく、ワードを決めなかったことが、あの曖昧な空間を通る原因…だと思う」
ワードはその場所を明らかにする、アドレスのようなものだ。あの空間は、条件に合うワードを決めるための“あみだ籤”だったのかもしれない。
「…で、何か俺のことに関して進展しそうなのか」
斑鳩は奥に見える回廊に射し込む日の光に目を細め、嵩煌に問うた。
「一応、今の映像やデータを保存してあるから。そこから何か掴めれば」
「そうか…」
その後、獣神像を目指して先に進んだ。その道中でも、バトルフィールドが展開しなかったり、チム玉無しで蒸気扉を開けたりとイレギュラーな事が続いた。
と、四層に入ってすぐに斑鳩が足を止めた。
「そう言えば、帰りはどうするんだ?」
「ん?(・ω・)」
「俺はゲート無しで帰れるから、それも試すか?」
嵩煌と★は暫し見合い、軽く頷きあった。
「うん、頼むよ。でもまた、あの場所通るの…?」
「いいや、すぐ移動出来る。マク・アヌっていう場所が、はっきりしてるからだろうな」
その言葉に安堵したのか、二人の顔から緊張の色が消えた。
獣神像に着いた3人は、ゲートを使わずに転送を実行した。斑鳩の発言通り、普段の転送と同じ経過を辿った。
タウンへ転送されると、嵩煌はドームの隅にペタリと座り込んだ。
「お、思いの外難儀したわ…」
斑鳩の仕様外なシステムは転送だけだと思っていたが、それ以上のことがエリアで起こっていた。
「とにかく、今日はありがとう御座いました」
★は丁寧に頭を下げると、斑鳩意外なことを口にした。
「いや、俺も結構楽しめたし。その…他人と行くのも悪くない、かな」
そして最後に、本当に小さな声で感謝の言葉を添えた。