三度(みたび)死神×死神
この日のタルタルガは、今までに無い人口密度だった。集まった面々は、様々な形でハセヲに関わってきた者たちだ。
「なるべく抑えてはみるが…」
皆が闘志を燃やす中、ブリッジでアールが表情を曇らせていた。その隣に居たフォルケが、アールの台詞を受けて続ける。
「まだハロルドに従おうとする管理者や上層部が、何をしてくるか分かりません」
しかも誰がハロルド派なのか把握出来ていない状態、自暴自棄になった一団が破壊神に加担する可能性が否めない。
「そいつらが何かしてくる前に、片付ければ問題無い」
ハセヲは寄り掛かっていた壁から離れると、強気な口調で言い放った。それに後押しされたように、アールも気を引き締め直す。
「私も皆さんを支えます、外側は気にせずにクビアを討ってください」
★が言うと、ハセヲは感謝の言葉で返しブリッジを出る。クビアの本陣に乗り込めば、必ずクビアも対抗してくる。クビアゴモラによる侵食を遅らせるには、多くの力が必要になる。3パーティーを1組とし、★と楓が指示するエリアに飛んで駆除を行う。その内容が、ハセヲから全員に伝えられる。
普段はPKや初心者狩りなどを行うプレイヤーも、この作戦に協力すると名乗り出た。リアルでのストレスの捌け口にするのは誉められたことではないが、the worldという世界が好きだと思う気持ちは共通だった。
予定の時刻になり、それぞれが役目を果たすために移動を始める。ハセヲを含めた碑文使いと、ハセヲがアドレスを持っているPCはクビアが待つ Σ 猛り立つ 相剋の 宿世に向かった。
それを見送った支援組も、ブリッジに戻る。アールとフォルケは、ハロルド派の介入に備えるため、ログアウトして阻害用のプログラムを立ち上げる。
「向こうが何本のルートを使ってくるか…そこが問題だな」
アールのプレイヤーが、準備体操と言わんばかりに指の関節を鳴らす。
「こちらは12人しか居ないですしね、多少の時間稼ぎが出来れば及第点ですよ」
小三坂は、この日の為に借りた狭い会議室を見渡して答えた。アールのプレイヤーは座り直すと、くわえていた煙草を灰皿に押し付けた。
ハセヲがスケィスを纏い、クビアの外殼を破らんとしていた頃、各エリアでも戦闘が行われていた。アール達も、クビアとリンク出来るサーバーや回線を作戦に支障が無い範囲で次々と遮断していた。
「…ハセヲさん達、どこまで進んだでしょうか」
★が無数にあるエリアの情報を監視しつつ、楓に聞いてみた。この状況で、ハセヲ達の戦況をモニタリングすることは不可能だ。仮に見ることが出来たとしても、ちょっとした変化に一喜一憂するだけだろうが。
「これだけクビアが必死になっているのならば、此方がそれだけ攻め込んでいる。と、私は解釈しています」
楓は操作する手を止めること無く、しかし穏やかに答えた。その返答は★にもスッと入ってくるもので、改めて作業に集中することが出来た。
楓の予想通り、既にスケィスの一閃が最後の壁膜を引き裂き、本体内部に潜入していた。
だが、人間の心臓に当たるコアはまだ遠かった。螺旋状に伸びる坂道と踊り場の様な物が、頭上に何重にも見えた。距離はあるが、敵の姿は見当たらない。すぐにコアまで辿り着けると思い、初めの踊り場に足を踏み入れた瞬間だった。
道がバリアか何かで塞がれ、目の前に赤い光が現れる。それが次第に形を持ち、気が付けば自分達と全く同じ外見を成していた。
「なるほど、とことんまで《反存在》ってことか…。行くぜ、シラバス!ガスパー!」
ここまでカナードとして頑張って来た二人にとって、これは大舞台だった。ハセヲと最後まで戦って、大好きなthe worldを守りたい。その一心で自身の影に挑んだ。
しかし、倒したと思えば間を置かずに現れてくる。このままでは埒が明かないと、シラバスとガスパーは残って応戦すると提案してきた。後ろ髪が引かれるのは必至だが、今はその言葉に甘えるしかない。
そんなことを繰り返し、もう6人も下層に残してきた。彼らの為にも、早くコアを破壊したい。
4度目の踊り場では、揺光と欅と共にハセヲは双剣を振るっていた。
「…っ、何だこいつら急に」
最初に異変に気付いたのは、揺光だった。
先程とは明らかに違う、動きも攻撃力も。その変化は、別の所でも感知されていた。アールとフォルケのモニターに、ハッキングを示すコードが表示されたのだ。
「来やがった、サーバーの逆探知とブロック急げ」
アールのプレイヤーは、瞬時に指示を出して対応させる。自らもキーボードを叩き、こちらでも戦闘が始まった。
しかしすぐには捕まえられず、ハセヲ達の苦戦は続く。
「ちょっと、しんどいですね…」
いつも飄々としている欅が、珍しく焦りの色を見せた。完全前衛の二人の体力を回復させる役目も負っているのだが、SPも危険域に入りアイテム残量も怪しくなってきた。
「…くそっ、こんなとこで手前らと遊んでる暇はねぇんだよ」
ハセヲが怒りの感情をそのまま大鎌に乗せて振り切るが、揺光の影は無駄の無い動きで交わす。
「……きゃあっ」
「揺光!」
悲鳴を上げたのは本物の揺光で、欅の影に圧倒されていた。
(…ったく、もう少しゆっくり寝かせろよな)
―――斑鳩!?
久しぶりに内側から響いてきた彼の声は、本当に寝起きの様だった。次の瞬間、ハセヲは僅かな脱力感を覚えた。が、すぐに違和感は無くなった。
その数十秒後、影の防御が一気に崩れ簡単に刃が通るようになった。ハセヲ達には何が起こったのか分からなかったが、好機を逃すことだけはしなかった。
「…おい、小三坂、これ」
呼ばれた声は、不自然なほど途切れたもので、ただ単語を並べただけのものだった。小三坂は指差されたディスプレイに目をやると、その不自然さの理由を知ることとなる。
【ちょっかい出してきたバカ共の回線を一纏めにした。突貫で壁は作ったけど、長くは持たない。あとはお前らに任せる、しくじったら許さねえからな】
そう書かれたメールの下には、一纏めにしたというポート番号と壁として作ったプログラムが添付されていた。
「白川君、ですね」
小三坂はPCネームではなく、本名を口にしていた。一個体としての存在を失っても、彼にしか出来ない形で協力してきたのだ。
「…俺は、あいつに何もしてやれなかったのにな」
アールのプレイヤーの目が、潤んでいるのに小三坂は気付く。しかし、感傷に浸っている場合ではない。
「やりましょう。ここで負けたら、それこそ恩を仇で返すことになりますよ」
小三坂に叱咤され、アールのプレイヤーは白川から受け取ったプログラムの強化に着手した。
その成果は、ハセヲ達の側にはっきりと現れていた。ハッキングが阻止されてからは、序盤と同じペースで影を蹴散らすことが出来ている。そして、螺旋の終着点に目標は居た。
コアは卵の様にも見えるが、その殻はすぐに壊せる代物ではない。これが本当に最後。碑文使い達は、自らの対極に在る者との直接対決に挑んだ。
…―――――
「ハセヲさんっ」
弱りきったクビアを前にして、アトリが叫んだ。ハセヲは双銃のグリップを握り直すと、ガラ空きになったコアに向かって跳躍する。
様々な想いが混ざり言葉にならない。その想いと一緒に、全体重を込めたブレードを突き刺した。
「いっけぇ!ハセヲッ」
クーンの声と共に、7人の憑神の力がハセヲに預けられる。クビアが押し返してくるは互角、刃はなかなか沈んでいかない。
―――ピシッ
硝子に皹が入った、まさにその音だった。だがコアが放った音ではなく、ハセヲの腕の装甲からだった。それは本人にしか判らぬ状況で、焦ったのもハセヲだけだ。
「…駄目、なのかよ」
「こんなとこで、弱音吐くのか?」
斑鳩の声が、外側から聞こえてきた。視線をコアから少し左に逸らすと、半透明の斑鳩が水に漂う様に浮かんでいる。幽霊と表現するのが、最も端的で正確だろう。
「お前、何で…」
「ちょっと一仕事して、戻ってみればこんな状態だったからな。まだ足りないか?」
ハセヲに掛かる負荷を知ってか知らずか、斑鳩は至って平然と話す。ハセヲは他のことにまで頭が回る筈もなく、右腕の力を抜けないでいる。
「あと…あと少しなんだ」
それを聞いた直後、斑鳩がふとハセヲの後方に目をやる。そして、呆れの混じった笑いと共にハセヲに言う。
「やっと、最後の一人が本気出すみたいだぜ。…なぁ、オーヴァン」
尚亀裂が走る右手に、オーヴァンのそれが重ねられた。ハセヲは目を見開き、それが幻ではないと確信する。
「行けるか、ハセヲ…」
背後から掛けられた声は、いつもの落ち着いたものだった。
「ああ、当然だ!」
ハセヲは8人目の碑文使いに力強く答え、“9人目”の碑文使いの姿を今一度見上げた。
そして、渾身の力を込めてブレードをコアに捩じ込んだ。
コアに皹が一気に広がり、砕け散ったのは覚えている。そして形容し難いクビアの断末魔を聞いた。次にハセヲを襲ったのは、目を反射的に閉じる程の閃光だった。
コアまでかなりの高さがあったはずだが、落下した感覚は無かった。なのにハセヲの両足は地に着いている。ゆっくりと目を開くと、そこは何もない真っ白な場所。何度か立ったことのある場所だった。
「お疲れ」
何時現れたのか、目の前に斑鳩が普段と変わらぬ体で立っていた。そして言葉と一緒に、拳を突き出してきた。
「お前もな」
ハセヲは余計なことは言わずに、自分の拳をコツンと合わせた。斑鳩はそんなハセヲに安堵したように肩の力を抜くと、袖を揺らしながらハセヲの横に移動する。
「俺よりも話さなきゃならない奴が居るみたいだから、先に行くわ」
通り過ぎようとする斑鳩に、ハセヲが不敵な笑みを浮かべながら言い放った。
「昼寝してても、いつか必ず叩き起こしに行くからな。…覚悟しとけよ」
「…ああ」