我儘
※本編ではAuraを呼ぶシーンが先ですが、三蒼騎士戦を先にします。
AIDAとハロルドを浄化したものの、クビアという問題は手付かずだった。AIDAが消えても、クビアの影響で未帰還者の回復に支障をきたすことも考えられる。急ぎAuraと対話し、突破口を見い出さねばならない。
「アウラを呼ぶなら、あの場所しかないな」
斑鳩が壁に寄り掛かりながら、心当たりがありそうな台詞を漏らした。
「知ってるのか?」
ハセヲが急かすように聞くが、斑鳩は答えの代わりにヒントを返した。
「…女神の像が昔在った場所、お前も行ったことがあるって聞いたけど?」
(像、志乃が言ってたやつなら…
あの大聖堂か」
ハセヲにとっては因縁のエリア。△隠されし 禁断の 聖域、グリーマ・レーヴ大聖堂。志乃が三爪痕にPKされ、自身もデータドレインを受けて初期化された。確かに聖堂には台座があり、何かが置かれていた雰囲気はあった。志乃は女神像が居なくなったのは、愛想を尽かしたからと哀しく笑いながら話していた。
「けど、どうやって呼べば良いかなんて分からねぇし…」
ハセヲがそれきり黙り込むが、珍しく八咫も欅もハセヲに倣って沈黙したままだった。流石の二人も、簡単には解けない問題のようだった。
と、斑鳩は体重を足に戻して出入口に向かう。
「斑鳩、どこ行くの?」
そんな斑鳩に★が声を掛ける。
「俺がいくら頭捻っても時間の無駄だからな、ちょっと気分転換してくる」
とは言うものの、クビアゴモラの侵食による被害は大きく、正規のthe worldは殆んど機能していない状態だ。矛盾しているように聞こえるが、このネットスラムが一番安全なのだ。
怪訝そうな顔の★に、斑鳩は軽く言った。
「そんなに気になるなら、★も行くか?…帰ってくる頃には、八咫たちが何か思いつくだろ」
行くかと聞いておきながら、斑鳩はさっさとブリッジを出ていってしまう。★は八咫や欅、パイと出入口を交互に見る。パイが肩を竦めるのが目に入った★は、一礼して斑鳩を追い掛けた。
斑鳩を追ってカオスゲートに向かう途中、白のゴシックドレスのPCとすれ違った。
(…あの子、オーヴァンの妹さん?)
G.U.に何か用事でもあるのだろうと思い、★は別段気に留めずにただ通り過ぎた。
カオスゲートの前で、斑鳩は待っていたようだった。★は一拍置いて、斑鳩に改めて聞く。
「気分転換って、どこに行くつもり?」
「俺が好きな所だよ。ブリッジから見るより、あの橋から見た方が綺麗だから」
斑鳩の言う橋はマク・アヌの橋で決まりだった。しかし、
「ルートタウンも不安定で危険だから、ここから出ない方が良いよ。データドレインを使って、反動もかなりあっただろうし…」
ここまで来た★だが、斑鳩を引き止める。
「平気だって。それに長居するつもりはないから」
★の心配を他所に、斑鳩はカオスゲートに介入して△サーバへの通路を一時的に開いた。Auraの力を借りた転送方も、道が繋がっていなければ不可能らしい。★は目の届く範囲に居てくれた方が安心出来ると、半ば自棄になって斑鳩に着いていった。
予想は裏切られず、マク・アヌに入って早々にクビアゴモラと対面した。斑鳩が易々と退け、そのまま橋へと歩いていった。
そこにあった夕日は、いつもと全く変わらなかった。色も傾きも、川面の反射や流れる音も同じ。斑鳩は久しぶりに指定席に陣取り、手摺に肘を乗せた。★はその隣で、静かに夕焼けに目をやる。
「…初めて会ったのは、ここだったな」
急に斑鳩が★に話を振った、嵩煌と★に出会った時の話だ。
「そう、だね。あの頃の先輩には振り回されてばっかりだったよ…」
その被害はすぐに斑鳩にも飛び火して、煩わしさから充実感に変化したのも良い思い出になっていた。
「そう言えば、最近見舞いには行ってるのか?」
ここ最近、★が見舞いを理由にログアウトしたり病院の話をしたりといったことが無いのを思い出した。
「こっちが慌ただしかったし、助けるにはこの世界を元に戻さなきゃならないしね」
原因がネットワークにあると分かれば、自然に優先順位が付く。
「…一応はAIDAを片付けたわけだし、吉報くらい伝えに行ってもバチは当たらないと思うけど?」
斑鳩は陽に視線をやったまま、★に進言した。重荷になるだろうと思ったのか、自分が行けない分までという旨は喉の奥に押し込んだ。
「それはそうだけど、今の状況で抜ける訳にはいかない」
クビアによってネットワークが破壊されれば、斑鳩は勿論、未帰還者たちの精神も崩壊してしまう。正直なところ、積もる話は意識を取り戻してから存分にしようと思っていた。
「大丈夫、他の奴らには俺から言っとくからさ。それに、ずっとネトゲしてたら疲れるだろ?たまには休まなきゃ、いざって時動けないぞ」
斑鳩に最もなことを指摘され、★は返す言葉が無かった。クビアを直接どうにかする方法が見つからなければ、★に出来ることはごく限られたものだ。
「…分かった。斑鳩が滅多にしない頼み事だし、行ってくるよ」
★を取り巻くログアウトの光が消える直前、斑鳩は自分にしか聞こえない声で言った。
「…頼み事なんかじゃない、ただの我儘だ。全部終わったら、嵩煌と真に俺の悪行でも話してやってくれ」
言い終える頃には光は失せ、マク・アヌには斑鳩だけが立っていた。長く伸びた影が水面に落ちて、夕日の乱反射と一緒に揺れている。
斑鳩は今一度★がログアウトしていることを確認すると、裾を翻してカオスドームに向かう。斑鳩の転送にゲートは不要だが、何となくゲートの前からそれらしく転送したくなったらしい。行き先はかつて女神を奉っていた大聖堂、△隠されし 禁断の 聖域。斑鳩は律するように深呼吸をし、ゆっくりとエリアワードを口遊んだ。
次に目を開いた時には、石橋の先に聳える聖堂が迫るように視界に入ってきた。
ハセヲ達が来るまで中で待とうと、聖堂に向かって歩き出した。扉に続く階段を登り出した時だった。扉の向こうから、明らかに戦っている音が聞こえた。
斑鳩は扉に背を着け、太刀の柄に手を掛ける。そして慎重に扉を体重で押し開け、中の様子を窺った。
台座寄りの方で、ハセヲと八咫、それに欅が蒼く光る三体のPCと戦っていた。それより手前に、本を抱き抱えて不安気にしている少女が立っている。斑鳩は、走り少女の元へ向かった。
背後から突然現れた斑鳩に、少女はビクリと肩を震わせる。
「あ、貴方は…」
戸惑う少女を一瞥し、斑鳩は戦闘の飛び火が降り掛からぬように少女の前に立つ。それに気付いたのか、ハセヲが一瞬足を止める。
「…斑鳩かっ」
だがそれが隙を生み、背中に翼のような物が付いた継ぎ接ぎの斬刀士の攻撃を受ける。すぐに欅がカバーに周り、体勢を立て直す。
「アイナは俺が見てる、思いっきりやれ!」
斑鳩がそう叫ぶと、ハセヲは頷いて双銃を構えた。斑鳩が来るまで、流れ弾を気にしてあまり使えなかったようだ。
「…私の名前、知ってるんですか?」
「ああ。犬童雅人の妹、犬童愛奈だろ」
本名を言われ、アイナは更に緊張の色を濃くした。
「オーヴァンの、正確にはコルベニクの記録を見させて貰ったから。俺のことは、どのくらい知ってんの?」
斑鳩は戦況の変化に神経を尖らせつつも、穏やかな口調でアイナと会話した。
「未帰還者で、碑文使いだと聞きました。兄さんと戦っていた貴方の姿、ほんの少しだけ覚えています…」
それはアイナに、斑鳩が兄にとって敵であったことを印象付けるには充分だった。だがこの場で言い争うのが、愚の骨頂であることは互いに理解していた。
「その本、本当に黄昏の碑文……っなのか?」
双剣士が放ったオルレイザスを受け流し、斑鳩は続けた。アイナは本を抱え直しながら答える。
「兄さんは、そう言ってました。私には本物かどうかを見分けることは出来ませんが」
「いや、それで十分だ」
斑鳩がどこか安心したように返事をすると、周囲に声が響いた。
《お止めなさい…》
その声に従うように、急に蒼いPCの動きが止まった。
(来てくれたんだな…アウラをここまではっきり感じ取れるのは初めてだ)
斑鳩は内だけで呟くと、アイナに声を掛けてハセヲ達に歩み寄った。辿り着いた時には、蒼いPCの姿はどこにもなかった。
「今、声がしたよな?」
ハセヲが皆に確認よりも、同意を求めるように聞く。
「はい、僕にも聞こえました」
欅がはっきりと答えると、八咫は斑鳩を見る。言葉は無かったが、斑鳩には答えるべきものは分かっていた。
「間違いなく、アウラの声だ」
斑鳩は言いながら、アイナを台座の前に促した。すると、黄昏の碑文が淡い光を放ち始めた。アイナは困惑したが、それでも本を捨てようとはしない。
「まさか、Auraに反応してるのか」
八咫が眼鏡を押し上げながら、その様子を凝視しながら言う。しかし、八咫の憶測を斑鳩が否定した。
「いや、鍵にだ。ただその鍵が“不完全”だから、反応が鈍い…」
「不完全?ここまで来て、何か足りないのかよ」
ハセヲが怒気を含んだ声で言うと、斑鳩が一息置いてハセヲに返す。
「ハセヲ、俺をデータドレインしろ」