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.hack//C.S.  作者: 月京蝶
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残された時間

八咫に呼び出されたハセヲは、モーリー・バロウ城砦に立っていた。断崖の縁には八咫の姿があり、促されるままに崖の底に目をやった。靄の奥にぼんやりと赤い光が見えたと思うと、小さな何かが無数に飛び回っているのに気付いた。


「な、何だよあれ…」

「反存在“クビア”だ」

オーヴァンが使ったAIDAを一掃した力は、強い光でもあった。光が強くなれば影も大きく、そして濃くなってしまう。八相と鏡合わせであるクビアは、コルベニクと鍵になったハセヲのスケィスに呼応して、再びネットワーク破壊の為に現れた。

「…オーヴァンが命を懸けて守ったthe world(せかい)だ。私は、それに応える義務がある」

今までライバル心を色濃く見せていた八咫が、オーヴァンの犠牲を重く受け止めていた。ハセヲと同等、それ以上の覚悟を含んでいるようだった。

「けど、あんなデカイ相手をどうやって…」


「彼女と」

「アウラと」


「「対話するしかないな」」

呼び方は違ったが、後の台詞は綺麗に揃った。声の主はカオスゲートの方から、袖や裾を不規則に揺らしながら歩いてきた。

「斑鳩、クビアのこと分かるのか?」

ハセヲが驚きながら聞くと、斑鳩の返答の前に八咫が一喝した。

「このエリア一帯には近付くな、と言ったはずだが」

しかし声色は荒げたものではなく、呆れ半分の要素が強かった。斑鳩は手をヒラヒラとさせて曖昧にしたままそれを交わすと、崖縁に立ってクビアを目視する。

「へぇ…アウラから情報だけは貰ったけど、思ったより気持ち悪いな」

斑鳩が冗談染みた感想を述べると、ハセヲが話を戻す。

「対話するって言ってたけど、斑鳩ならいつでも出来るじゃねぇか」

Auraと会話が可能な斑鳩ならば、彼女の神託を聞き取ることは容易いはず。だが斑鳩は、首を横に振った。

「アウラは、必要な時に必要なことしか話してくれない。だからこっちから何か聞かせて欲しいなら、御伺いたてるしかないんだ」

斑鳩は着いていた膝を伸ばすと、ハセヲに説明した。それに続けるように、八咫がその方法を言った。

「Auraを再びthe worldに戻す、謂わば神降ろしを以て彼女の意見を聞くしかない」

それはつまり、CC社――ハロルドが行おうとしているRA計画に酷く似ていた。

「とっととハロルドを消してアウラを呼ばなきゃ、クビアがネットワークを全部喰っちまう。のんびりしてる暇は、もう無いって感じだな」

斑鳩にとってはある意味好都合だった。慎重な八咫なら、打倒ハロルドをすぐに実行には移させないだろう。だがクビアという不穏因子が現れた以上、足踏みしていることは出来ない。



「…そうだ、八咫に聞いときたいことがあったんだ。悪いけどハセヲは外してくれないか?」


ハセヲは詮索せず、短い返事と共に踵を返した。以前のハセヲなら、こんなに聞き分けは良くなかっただろう。

斑鳩はハセヲの姿が完全に消えたのを確認してから、谷底を一瞥し口を開いた。

「泉にある黄昏の碑文のことだ。イニスの記録の天城は、モルガナが姿を変えたものだと言っていた…。あんたはこの違いをどう思う?」

最近のアール達の見解と、実験当時の天城の解釈との差に斑鳩は疑問を持っていたらしい。何故それを皆の前で話さなかったのか、この時の八咫には分からなかった。

「…Auraが原本を守る為に、表向きにはモルガナを装わせていた可能性はある。モルガナはAI、つまり下手に手を出せば反撃に遭うだろう。ハロルドに対しても、ある程度有効な偽装だったのだろうな」

「ってことは、あれは“ただの本”で良いんだな?」

斑鳩が間髪開けずに問うと、八咫は小さく頷いた。

と、微弱ではあるが地響きが二人の足元に広がった。

クビアが起こしたものだと、すぐに分かった。

「アレの目が醒めきる前に、全部終わらせるのが一番だな」

斑鳩が呟くと、八咫がエリアから離脱するような促した。流石の斑鳩もクビアの脅威を感じ、八咫と共にタルタルガに帰還した。




ブリッジには★とハセヲ、クーンの姿があった。斑鳩を認めるや否や、★が駆け寄って無事を確かめる。

「全く、斑鳩のせいでここ最近寿命が縮む一方だよ」

★が溜め息混じりに溢すと、斑鳩は苦笑しながら軽く謝罪した。

「じゃあ、お詫びに約束した場所に連れてってやる」

そう言いながら、斑鳩は★の腕を掴む。突然のことに★は慌て疑問符を並べた。

「えっ、約束…?場所?」

そんな★に構わず、斑鳩はズルズルと出入口に引っ張って行く。ハセヲ達は★以上に状況が分からないまま、ただ出ていく二人を傍観するしかなかった。

「斑鳩、何かあったのか?」

クーンがハセヲと八咫に聞くが、首を傾げられただけだった。

「そうだ、ワード分からねぇから連れてくには組まなきゃ駄目だった」

カオスゲートに向かう途中、斑鳩は急に足を止めて★に言う。未だに状況が把握出来ない★は、斑鳩に従うしかなかった。そのあたふたする姿に、斑鳩は目を細める。

パーティが編成されたのを確認すると、斑鳩はその場で転送を行った。★と正規外の転送をするのは二度目、★には以前のような不安感は無いようだった。



着いたのは、草原タイプのフィールドだった。遠くの丘の上に一本、大きな樹が立っているのが見える。他には何もなく、ただ野原が広がるだけの場所。時折吹く爽風が、草葉を揺らして波を作る。

「前に約束しただろ、昼寝に良いエリア教えるって。何となく思い出したからさ」

それはまだ出会ってそう経っていない頃、斑鳩が眠りにつこうとした時に交わした会話だった。

「…すっかり忘れてた」


★は言いながら、自然に足を丘に向けて進めていた。斑鳩は何も言わずに、ただ★の後にゆっくりと続く。

雲が流れながら形を変え、その影を緑の絨毯に落としている。人工物は、遠くに見えるカオスゲートだけ。神殿もモンスターの姿も無い、平穏な場所だった。

丘の樹の木陰に入った★は、深呼吸しながら周りを見回し、斑鳩を見やった。

「本当に、良い所だね」

「だろ?…エリアワード、分かるか」

斑鳩は幹に寄りかかり、★に聞いた。★はメニューを開いてエリア情報を確認する。

「えと、△ 風雅なる 宵闇の 八重桜だね。なんか斑鳩らしい」

★が笑いながら言うと、斑鳩はどういう意味だよと少し口を尖らせた。だが自分で選んだワードではない、全て偶然。



「…嵩煌が帰ってきたら、あいつにも見せてやってくれるか?」

斑鳩の言い方に、★は違和感を覚えた。まるで自分には出来ないかのような、そんな印象だった。★は追及せず、別の方向からの言葉を選んだ。

「その時は斑鳩も、ね?」

「…ん、ああ。そうだな」


やや曖昧なまま途切れた会話を埋めたのは、八咫からのウィスパーだった。至急ブリッジに戻られたし、と簡潔にまとめられた文章だ。二人はすぐにタルタルガへ、そして最奥のブリッジに向かった。



どうやら、クビアの動きが予想以上に早まっているらしい。更にハロルドがクビアという異物に対し過剰反応をしているようで、一触即発の状態だという。制御を失ったAIDAの本体がクビアと正面からぶつかろうものなら、過去のクライシスとは比べ物にならない被害が出る。

「向こうは待ってくれそうもないな、ハロルドの居場所分かるか?」

斑鳩が八咫に尋ねると、答えをモニターに映した。そこはハロルドを模したオブジェが置かれた、白いエリアだった。だがそのオブジェは、ハロルド自身によってほとんど砕かれていた。

居場所は分かった。しかし、

「AIDAってことは、データドレインしなきゃ無理だよな…」

斑鳩は力無く呟き、ハセヲを一瞥する。

最後まで誰かに頼らなければならない自分の非力さに、悔しさを通り越して悲しさが沸いてくる。だが、ハセヲから予想だにしなかった言葉が出た。

「奴を斬るのは、お前の役目だろ?」

言われた斑鳩は、視線を上げて改めてハセヲを見た。ハセヲは余裕のある表情で頷くと、欅がトコトコと歩み寄ってきた。

「こんなこともあろうかと、用意しておきました」

欅がデータのスティックを斑鳩に差し出す。斑鳩が取り敢えず受け取ると、欅は早々に説明を始めた。

「既に対応するプログラムを、ハセヲさんのPCに入れました。斑鳩さんもそれをインストールして貰い、憑神の因子の90%を斑鳩に移せるようにします」

「…けど、ハセヲのPCの半分は因子なんだろ?」

斑鳩が躊躇うようにスティックと欅を交互に見るが、欅は終始笑顔のままだ。

「ハロルドの様子を見る限り、一刻を争います。残りの説明は移動しながらってことで、ハセヲさんに加えてクーンさんに同行してもらいます」

うぬを言わさず、欅は三人を転送させてしまった。



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