九拾九
★と共にブリッジに入った斑鳩は、残りのG.U.メンバーと八咫の隣に居た欅に、タルタルガに辿り着くまでの経緯を話した。そしてハセヲ達が戻ってきたところで、コルベニクの記録を見せた。
欅が端末で再生し、管理者らしきものが映った場面で一時停止と拡大の作業をする。
「見た目は確かに管理者だけど、連中の中の誰なのかは分からないな」
クーンが、腕を組み険しい表情で言う。管理者のPCは一様に黒く、外から見分けることは不可能だ。
「多分トップの奴だ。俺が前に喧嘩を売りに行った時、そいつだけ違和感があった」
斑鳩はそう言うが、その違いを皆が感じ取れる訳ではない。すると、欅がニコニコしながら会話に割って入る。
「そんなこともあろうかと思って、お客さんを招待しておきました♪」
「その客というのは?」
八咫が半ば呆れたように問うと、欅は出入口を見つめて、
「もうすぐ、来ると思いますよ」
と目を細めた。
どちらが図ったのか分からないタイミングで、ドアが開いて人影が2つ現れた。
「遅くなってすみません」
「久しぶりだな。…と、初めましての人の方が多いか」
対照的な態度の二人は、管理者の顔も持つフォルケとアールだった。どこから仕入れたのか、欅はこの二人の存在を知り且つ連絡手段もあったようだ。
念のためアール達にも映像を見せ、管理者であるかを確認させた。
「…僕たちもあれから色々調べて、限りなく答えに近いであろう答えに行き着きました」
見終わったフォルケが、口を開いた。
「管理者の最高責任者、九拾九がハロルド・ヒューイック自身である。と」
続けて発せられた言葉は、“AIDAをばら蒔く犯人”よりも大きなものを指していた。
「そう仮定、結論付けた理由を教えてもらいたい」
八咫は音を立てて扇を閉じ、眼鏡を押し上げて二人を見据えた。
「俺達はハロルドの手掛かりを探して、R:1のデータも漁ってたんだ。そしたら、昔にもハロルドの思念体みたいな物が在ったことが分かった」
アールが得意気に言うと、フォルケが諌めるように肘で小突く。だがアールは軽くあしらって続けた。
「そのデータ配列と一九拾九の配列を合わせてみたら、見事に重なったってワケ」
証拠も持って来たらしく、スティックをパイに手渡した。
「それじゃあ、管理者のトップはずっとハロルドだったってことか?」
斑鳩が面白くなさそうな口調で聞くと、フォルケがそれを否定した。
「少なくとも、RA計画より前は本物の管理者でした。しかし何かをきっかけにして、ハロルドが再び目覚めた。そして同時に、AIDAも発現してしまった」
突然ハロルドとAIDAが繋げられ、皆困惑の色を見せる。
「…ちょっと待てよ、本物の管理者はどうなってる」
ハセヲがアールに向かって疑問を投げ掛けると、アールは窓の外のマク・アヌを見ながら答えた。
「未帰還者だよ。管理者のプレイヤーは今、ご丁寧に白川純弥と同じ病院のベッドの上だ」
言い終えたあと、マイク越しに煙草に火を点ける音がした。そして溜め息も含んで、紫煙を吐いたようだった。
「…今まで、気付かなかったってことかよ」
斑鳩は怒りを覚えることも通り過ぎ、何の感情も無い声色でアールに言う。アールは何も返さず、ただ斑鳩から目を逸らさずにいることしか出来なかった。
「AIDAの原因だと思ってた奴も、今は被害者か…。でもオーヴァンの力で、みんな消えたんじゃないのか?」
沈黙の時間も惜しいかのように、ハセヲが話を進める。すると、今度はフォルケが応答してきた。
「そうなってくれれば良かったんですけど…」
だが答えは芳しいものではなく、フォルケは斑鳩に聞く。
「斑鳩が再誕プログラムから逃れた時、何処に居ましたか?」
「認知外迷宮、みたいな所だったけど」
斑鳩の答えはフォルケが求めていたものだったらしく、深く頷いた。
「ハロルドも同じように、認知外迷宮のようなネットワークの裏側に逃げ込んでいたとしたら?」
あの津波を回避していることになる。さらに言えば、ハロルド自体に巣くっているAIDAもまだ生きている可能性がある。
「現に、九拾九はついさっき管理者に臨時召集を掛けてきた。“このトラブルの原因究明と、然るべき対処を近く検討する”…だとさ」
アールは最後に小声で、ふざけやがってと付け足した。
「…でも、ハロルドはAIDAを制御しきれていない。そんな感じがするよ」
エンデュランスが壁際で静かに考察を述べると、アトリがそれに乗る。
「そうですよね…何だか自分で自分を苦しめてるみたい」
「まるで癌細胞だな」
隣に居たハセヲが冗談混じりに言うと、アールがパチンと指を鳴らした。
「AIDAは元々ハロルドの一部、それが悪性腫瘍になったってところだな」
アールがハセヲの喩えに倣って説明すると、★が次の疑問を提示した。
「その原因は分かっているんですか?」
原因が掴めれば、それを取り除くことでAIDAを消せる。仮に消滅まで出来なかったとしても、弱体化は可能だろう。
「これは、今までのハロルドの行動から推測したものなので疑う余地の方が大きいですが…」
フォルケが少し申し訳なさそうに言いながら、ハロルドの目的、AIDAの正体を語った。
…――AIDAは、ハロルドの“嫉妬”の塊。
恐らくは、全ネットワークを統べたAuraへの嫉妬です。嘗てモルガナがAuraを妬み怖れたように、父親もまた娘に嫉妬している。
RA計画では、碑文使いを利用してAuraを呼び戻し、自分の手元に収めようとしたのではと考えています。そしてオーヴァンとその妹は、黄昏の原本に触れることを許されていた。つまりAuraに祝福されたPCであり、ハロルドの反感を買ってしまった…。
ハロルドの嫉妬を解消するには、Auraを彼の元にやるか。
「ハロルド自身を叩くしかないな。嫉妬するわ子離れ出来ないわ、最悪な親だろ」
斑鳩が簡潔にまとめると、ハセヲも同調する。
「斑鳩を執拗に追い掛けていたのは、スケィスの因子よりもAuraと対話出来るからだったということか」
逐一辻褄合わせをしていた八咫が、自分なりに納得いく道筋を見つけたようだった。
「あれだな、娘を嫁にやりたくない親父さんみたいな(笑)」
クーンが場を和ませるついでに言うと、予想通り周囲では溜め息が広がった。だが珍しく、斑鳩がクーンの冗談に乗った。
「ならバカ親父殴って、アウラを今度こそ自由にしてやらなきゃな」
斑鳩の脳裏には、Auraに何度も救われた記憶が焼き付いている。今までの恩を返すには、これくらいしか出来ないと思っていた。
「そう言えば、あの本はどうなったのかしら」
パイが不意に、あの泉に沈む本を話題に出した。あの本も何か関係性がある、と考えたから出た言葉だ。
「あれも、AIDAを生んでる原因らしい」
アールが大雑把に返すと、パイは眼鏡を押し上げる。
「つまり、本の正体が分かったってことかしら?」
知識の蛇のデータ、八咫の推察力を持ってしても仮説すら立てられなかった代物だ。そのせいか、パイは少し疑いの色を見せて言った。その態度に、フォルケは少し強張りながら答えた。
「ハロルドの意識にギリギリの所まで介入して分かったんですが、あの本が黄昏の碑文の“本当”の原本のようです。Auraがハロルドと碑文の接触を恐れて、何らかのブロックを施しているみたいですね」
碑文―エマとの接触を阻まれ、ハロルドのAuraへの負の感情は一層膨れ上がる。原本ならば、以前にイニスのデータを復元出来たのも説明がつく。
「じゃあ、オーヴァンやアイナちゃんが読んでたのは?」
クーンが白い部屋で見た光景を思い出しながら、フォルケの話の内容を指摘した。
「そこまではちょっと…、オーヴァンが居ない今、アイナさんに情報提供してもらうしかないですね」
アイナはオーヴァンによってthe worldから解放された筈だが、未だ詳細は分かっていない。仮にリアルで意識を取り戻していたとしても、再びこの世界に赴いてくれるだろうか。
「…八咫さん、これを」
急に欅が八咫の名を呼んだ。トーンの低い、緊迫感を持った声で。八咫は欅の前にあるモニターに目をやり、一瞬動揺の表情を見せた――ようだった。が、すぐに次の行動に移った。
「斑鳩、ここから直ぐに認知外迷宮に入れるか?」
「何だよ急に、まあそこの端末経由なら…」
戸惑う斑鳩をよそに、八咫は他のメンバーにも指示を出す。
「全員一時ログアウトだ、私がメールを出すまでインするな」
八咫に急かされ、皆言われた通りにするしかなかった。




