第3勢・・・力?
斉木が帰宅すると、パイから今日の作業は終わったとのメールが入っていた。斉木は了解の返信をすると、久々に早めに就寝した。
翌日、★が知識の蛇に入ると、昨日と同じ面子が揃っていた。そしてモニターには、夜の草原エリアが映っている。
「アクセス制限の解除、出来たんですね」
★はパイに歩み寄って、感嘆を含んだ感想を述べた。
「あとは、実際に入れるかどうかだけど…」
パイは、眼鏡を押し上げつつモニターを見る。確認したところ、カオスゲートも獣神像の神殿もあり、普通のエリアと同じ。だがモンスターの姿は無く、時が止まっているかのような印象も受ける。
「なら、俺が試すか?」
斑鳩は早く行きたい衝動を滲ませるが、八咫が首を横に振る。
「まだ、エリアの状況が不明瞭だ。そのような場所に、君を行かせる訳にはいかない」
斑鳩を心配してなのか、ただ責任者としての発言か。どちらにしても、慎重な姿勢を崩さない八咫だった。
「八咫様っ…」
そんな八咫の名をパイが呼んだ。モニターに動く、人影らしきものが見えたからだ。
全員がモニターに集中し、その動きを追う。魔導士らしいシルエットで、管理者PCではないようだった。一般PCがエリアに入っている、目を疑う光景。魔導士は光る泉に、辺りを警戒しながら近付いていく。
「あの野郎…何する気だ」
斑鳩は怒りを露にすると、いきなり端末に迫り自身をデータ化し始めた。カオスドームに行く時間が惜しいと思ったのか、端末をゲート代わりにしてエリアに侵入するつもりだ。
「ちょっと、斑鳩待って!」
「待ちなさいっ」
★とパイの制止の声が重なるが、斑鳩は聞く耳を持たない。八咫のロック作業も間に合わず、斑鳩の姿が知識の蛇から消えた。
「…はぁ、少しは成長してもらいたいものね」
パイは深々と溜め息を吐き、カオスドームに向かう用意をする。
「★、あなたも行く?」
と、急なパイの誘いに少し驚いた★だったが、すぐに頷いてドームへ急いだ。
一方の斑鳩は、既にエリア転送を終えていた。姿を完全に再構築して、魔導士に向かって走り出す。魔導士はそれに気付いておらず、泉を覗き込んだまま。
斑鳩は残り数歩のところで抜刀すると、魔導士の背中に切っ先を押し当てた。その瞬間、魔導士の肩がビクリと跳ね上がる。
「てめぇ何者だ、どうやってここに入った?」
脅しにしか聞こえない口調で問い質すが、魔導士は恐怖のあまり振り返ることも逃げ出すことも出来ない。魔導士がふと泉に目を落とすと、水面に映った斑鳩の顔が見えた。すると態度を一転させ、急に斑鳩の方を向いた。
「き、君、斑鳩君だよね?会いたかったんだ」
だが声は震えたままだ。
「…はぁ?俺はお前なんか知らねぇし、話逸らすんじゃねえよ」
斑鳩は切っ先を更に持ち上げて、魔導士の顔へ持っていく。
「あ~~待って!!ちゃんと話すから…武器退いて下さい;;」
魔導士は膝を折り、懇願の声を上げた。斑鳩は仕方なく太刀を下げると、改めて目の前の魔導士を見据えた。
「…簡単に信用するもんじゃないぞ、若人w」
「…――っ」
後頭部に冷たい物が押し当てられた、銃口だと理解するのにそう時間は掛からなかった。魔導士の他に銃戦士も居たらしい。
「ち、ちょっと止めて下さいよ。折角武器を収めてもらったのに…」
魔導士は慌てて立ち上がり、銃戦士を制止する。銃戦士は悪戯が成功した子供のように笑うと、銃を肩に担いだ。
「…お前ら、ほんとに何なんだよ」
斑鳩は怒りを通り越して、呆れの眼差しで増えた銃戦士を見る。
「…るがっ…斑鳩!」
途切れ途切れに、★の声が耳に届いた。斑鳩は辺りを見回し、発信源を探す。と、右前方から★とパイが走ってくるのが確認出来た。
「パイさん、もう一人…」
「えぇ、とにかく斑鳩の所へ」
「はいっ」
状況把握が出来ていないまま、相手を敵と見なして攻撃するのは避けるべき行為だ。好戦的斑鳩が武器を展開していないあたり、戦う必要はなさそうだ。
銃戦士も★たちを認識すると、銃を手離した。
「取り敢えず、話し合い出来る面子は揃った感じだな」
「後ろから銃突き付ける人間が“話し合い”と言っても、説得力に欠けますよ」
魔導士が溜め息と共にそう言うと、足を止めた★とパイを改めて見る。
「…あなた達、一般PCじゃないわね」
パイが単刀直入に切り出すと、魔導士待って欲しいと言うように掌をこちらに向ける。
「…少し、待ってて下さい」
「な、何だ?」
突然、全員のPCに緑色の光が走った。反射的に斑鳩が声を上げるが、言い終えた時には光は消えていた。
「チャットログが残らないように、また外部から見られないように細工しました。上層部に知られたら面倒なので」
魔導士がさらりと言うが、上層部という単語が出たことに真っ先にパイが言及する。
「上層部のことも、ついでに言えばこの場所がどんな所なのかも知ってるみたいだけど?」
「まあまあ、まずは自己紹介から、な?」
魔導士はフォルケ、銃戦士はアールだと名乗った。そこから先は、耳を疑う文章で埋められることになる。
「俺達は、上層部に所属してる。もう一つのPCは黒ずくめのあれだ」
「だからここの存在も知っていて、簡単に入ることも出来たってことかしら?」
パイは常に疑念の糸を張って、二人の言葉に注意を払う。
「簡単、ではなかったですよ。管理者PCなら楽ですが、これはあくまでも一般PCですから」
フォルケが丁寧に説明するが、すぐに斑鳩に切り込まれる。
「ならあの黒いので来れば良かっただろ?…俺もその方がやりやすかった」
“何が”やりやすかったのかは、この際誰も深追いしなかった。が、確かに斑鳩の言う通りだ。管理者PCでここに入れば、上層部も疑うことはしないのではないか?
「今このエリアには、上層部のトップの奴から封鎖命令が出てんだ。だから、管理者PCでも入ることは出来ない」
アールが手をヒラヒラと左右に振り、お手上げ感を表現する。
「管理者PCで作業しても良かったのですが、位置や行動が他のメンバーに筒抜けになってしまうんです。だから一般PCを使っているんですよ」
フォルケが管理者PCを使わない理由を補足すると、アールが軽く咳払いする。
「でだ、八咫率いるG.U.と手が組みたい」
「ふざけんな、てめえらの不始末くらい身内で片付けろ」
アールの申し出に真っ先に反論したのは、やはり斑鳩だった。だがアールもそれは分かっていたらしく、至って平静だった。
「悪いが、俺達二人はあの事件の当事者じゃない。それに管理者の組織に入れられたのは、上司命令だ。入ってみて、上層部がどんだけ狂ってるか知った。だから壊したいんだよ、その為に外側からの力も欲しいんだ」
先程までのふざけた空気は、一切纏わぬ口調と態度。斑鳩はただ聞くしかなかった。
「…大体の事情は分かりました、ですが私達には情報が足りません。あなた方が知っている上層部のこと、このエリアのことを教えてもらえますか?」
不機嫌なままの斑鳩を何とか制して、★が歩み寄る姿勢を見せた。フォルケが感謝するように会釈すると、今ある情報を話し始めた。
「上層部のトップは九拾九と言い、CC社の裏のトップとも言える人物です。しかし、彼は己を誇示することはありません。その代わり“創造者絶対主義”を掲げています」
「その創造者とは、ハロルドのことかしら?」
パイの問いに、フォルケは深く頷いた。
「…今のハロルドの意思は崩壊寸前です。破壊衝動、本能的な独占欲しかないんです」
「一説だが、九拾九にハロルドの意思自体が取り憑いてるんじゃないかとまで言われてる」
フォルケに続き、アールが呆れ気味に言葉を吐いた。
「この場所は第二次ネットワーク・クライシスの後、バラバラになったモルガナの断片を集めて保管しているとされています。実際入ったのは初めてだったので、本の形をしていたのは驚きましたが…」
フォルケは、無意識のうちに泉に目をやった。管理者であっても、ハロルドやモルガナのことについてはあまり分からないらしい。
「上層部やハロルドについてはそちらに任せるとして、モルガナに関しては私達とそう変わらない感じね」
パイがそうまとめると、フォルケは不安気な表情を見せた。G.U.側にとっての有力な情報や、共闘出来るかどうかの判断材料になり得なかったのではないかと、悪いことだけが浮かぶ。
「悪いな、他にも同志は居るんだがまだ上手く動けないんだ」
アールが軽くフォローを入れると、パイは仕方ないという溜め息を吐く。
「分かったわ、ただし私達だけで決める訳にはいかない。八咫様含め、メンバー全員で結論を出すわ」
断りの言葉が無かったことに、フォルケは胸を撫で下ろす。だが、未だに警戒の視線を向けている斑鳩が最大の壁に思えてならなかった。
「…斑鳩、それで良い?」
★がそれに気付いたのか、一応この場での斑鳩の意見を聞く。
「ああ…」
これ以上争っても意味が無いと割り切ったのか、諦めの色を混ぜた返事をした。
このエリアを調査する前に、やらなければならないことができた。パイはアールからアドレスを受け取ると、解散の雰囲気が流れた。
と、最後になって斑鳩が再び太刀を抜いた。だが斬りかかることはなく、地面に先を突き刺した。
「…寝首をかくつもりなら受けて立つ。その時はお前らを利用させてもらうからな」
答えを聞く気は毛頭無く、言い終えると太刀を引き抜きエリアから消えた。
「あいつの敵対心は、どうしようもない…かな」
アールは苦笑いしながら、後頭部で手を組む。
「けど、彼に出来る限りのことをするのは私達の責務です。そこに、彼の許しを求めてはいけません」
「…当然だ」
★の言葉に対して、今までにない真剣な顔でアールは答えた。当事者でなかったが、同じ組織の人間に変わりはない。それ相応の自覚と覚悟は持っているようだった。
「じゃ、俺達も帰りますか。月並みだけど“良い返事を期待してる”」
パイと★は軽く頷くと、ゲートに向かって歩き始めた。
パイ、アールが転送の光の先に消え、★も続こうとした時だった。
「…あの、★さん」
後ろからフォルケが呼び止めた。★が小首を傾げて疑問符を示すと、フォルケは続けた。
「先輩、今藤さんはどうですか?」
「貴方も先輩を知ってるんですか?」
失礼だとは思ってはいたが、質問に質問で返してしまった。
「ええ、★さんと同じデスクで働いてましたからね」
そう言われて、★は自然に同期で同じデスク、話し方や雰囲気からリアルの彼を絞り込んでいた。
「…もしかして、小三坂君?」
一人だけ思い当たった名字を口にするが、間違っていたらという不安が拭いきれない。
「正解です。良かった覚えていてくれて」
二人はゲートから少し離れ、互いにここまでの経緯を話すことにした。
「先輩が辞め、君も出ていってからはゴタゴタだったよ。いきなり管理者に就かされて、裏が見え始めたらCC社が怖くなった…」
「…私も先輩も、辞めてから暫くは後悔ばっかりしてたな」
★が力無く笑って見せると、フォルケも口を強く結ぶ。実際に事件関わった今藤の苦悩は、汲み取りきれない。今も、どこか独りで悩んでいるのではないかとさえ思う。
「しかし斑鳩君は、はっきり言うね“不始末は身内で”か…。当たり前だと思ってたけど、いざ言葉にされると刺さるな」
「私達も言われたんだ、元CC社の人間だって告白した時。怒るのは当然だよ、加害者が被害者に協力求めるんだから」
★はぼんやりと光る泉の方を見、光が照らす夜空に視線を動かす。
「今も斑鳩には、かなり譲歩してもらってると思ってる。G.U.としてはそちらとの連携を承諾するだろうけど、斑鳩個人の信頼を得るには時間が必要だよ」
フォルケの方へ振り向き、★は確信を持って述べた。CC社の人間、加えて管理者の肩書きがある二人にどこまで歩み寄ってくれるか、斑鳩にしか分からないことだ。
「そのつもりだよ。さて、そろそろ戻ろうか」
フォルケに促され、再びゲートへと歩き出した。