共同戦線
「いかるがにいちゃん、そっち行ったよ!」
「あぁ、分かってる」
神社の境内に、幼い少年の声とそれに答える青年の声が響いた。しかし、その姿は人の形をしておらず、ゴレとスケィスが憑いていると分かる。
斑鳩が復帰してから、こんな光景が度々見られるようになった。データドレインこそ出来ないものの、戦力として問題ないと判断されてAIDAの駆除を行っている。大抵は朔望かアトリと共に指示されたエリアに向かい、データドレインが可能になるまでAIDAを追い込むのが斑鳩の役目になっていた。朔の時は補助する必要はないが、望とアトリは性格的にも戦闘を好む方ではない。
「そろそろやれそうだな、望、準備しとけ」
スケィスは蜘蛛型のAIDAの腹に斬り込み、相手の戦力を削ぎ落とす。動きが鈍っているのを確認すると、後方に待機している望に合図を出す。
ゴレは大きな下半身を変形させ、その中心に光を収束させていく。
「にいちゃん、いつでもいいよ」
望の言葉を聞いた斑鳩は、鎌を引き抜いてゴレとAIDAを結ぶ直線状から即座に離れる。
その瞬間、ゴレから放たれたデータドレインの閃光がAIDAを直撃。AIDAはジグソーパズルを壊したようにバラバラと崩れていった。
斑鳩が憑神を解くと、望がトコトコと歩み寄ってくる。
「ぼく、上手にできたかな…?」
遠慮がちに斑鳩を見、腕を後ろで組んで聞いた。
「出来たさ、この前より上手かった」
斑鳩がそう言うと、望は少し照れたように笑った。斑鳩は身を屈めると、望の頭の高さに合わせた位置に掌を差し出す。それを見た望は、腕を伸ばしてパチンと斑鳩の掌に自分のそれをぶつけた。所謂ハイタッチ。
「さて、タウンに帰るか」
斑鳩は、体勢を戻すとひと伸びして望に声をかける。望が頷いたのを確認すると、斑鳩は軽く目を閉じてAuraに語りかける。それを見上げるように望が観察している。望にとってはとても不思議、かつ興味をそそる光景らしい。
「ゲートがなくても移動できるって、すごいよね」
「まあな、便利なのは良い。けど、たまには普通に移動もしてみたいよ」
その声色には悲しさが混じっていたが、斑鳩はそれを顔に出すことはなかった。
「2人ともお帰りなさい、どうだった?」
知識の蛇に戻れば、★の挨拶が迎えてくれた。
「楽勝。最近数は増えてるみたいだけど、その分弱くなってるような気がする」
斑鳩が自分なりの見解を述べると、★は頷いてモニターを指した。そこには鳥型のAIDAと交戦中のスケィス、ハセヲの姿があった。
「他のメンバーも、同じことを感じたみたい。相手は質より数で動いているようだけど…」
ただ、何故そうなったのかは分からないままだった。碑文使いの人員は限られていることを考えれば、複数個所で発生しようとしている、というのが妥当だろうか。
「それじゃあ、ぼくたち負けちゃわない?」
望が心細そうに言うと、斑鳩は別の見方をした。
「それだけ向こうがムキになっているってことは、それなりに追い込んでるってことじゃねぇのか?」
斑鳩のこの発言に、★は驚きを隠せなかった。嵩煌の一件以来、前向きな言葉を口にしたことが無かったからだ。
「…俺、何か変なこと言ったか?」
斑鳩は★の態度が気になったのか、そう聞いた。が、★は「何でもない(^^)」と流されてしまった。
斑鳩達はメンバーが戻るのを待って、それぞれに散る。途中で望が、塾があるからと言ってログアウトしていった。斑鳩はいつもの橋の上で休息を取っていたが、幾許もしないうちに召集のショートメールが入った。
「ったく、バイトが無い日くらいはゆっくり寝たいぜ(-_-;)」
クーンがあからさまに愚痴をこぼすと、パイが視線で喝を入れる。クーンはその威圧感に圧されたのか、2,3歩後退さった。
「確かに、今までとは違いますよね…」
アトリが不安そうに呟くと、
「オーヴァン、何考えてんだ」
ハセヲが怒りを露わにする。黄昏の旅団にいた時から、よく分からない人物だった。どんなに時間が経っても、言葉を交わしても彼の考えていることを理解することは出来なかった。その状況は今も変わらないが、ネット世界さらにはリアルにも脅威となる存在となっている。それだけははっきりとしている。
「なぁ、オーヴァンってCC社の人間じゃないんだよな?」
静観していた斑鳩が、八咫に確認を取る。
「彼は一般のプレイヤーだ、何か気になることでも?」
八咫は眼鏡を軽く押し上げ、斑鳩を見やる。
「管理者の連中もAIDAを手懐けていたから、似たような奴なのかと思っただけだ」
「管理者がAIDAを…?初耳だが」
八咫が★に視線を移すと、★はアタフタして弁解した。
「も、申し訳ありません。まだ曖昧な点が多かったので、報告できる段階ではなかったんです…」
それに対して、パイが深い溜め息を吐く。
「その曖昧な点を探るのが私達の役目なの、分かっているでしょう?」
★は返す言葉もなく、ただ頭を下げることしか出来なかった。
「まぁまぁ、取り敢えずここで話題に上がったんだから良いじゃないか」
この場の雰囲気を何とか和ませようと、クーンが明るい声で呼び掛ける。そして★と目を合わせ、笑って頷いてみせた。
「そうね、ここで口論しても何にもならないし。今分かっていることだけで構わないから、話してもらえる?」
パイは、クーンの対応に負けたと言うように肩をすくめて★に声を掛けた。
★が知っている情報と併せて、斑鳩も今までに見たものを話した。RA計画当初から、AIDAを従えた管理者が居たこと。そして彼らが天城とは、CC社の中枢とは分離していたということ。斑鳩のスケィスの因子を狙っていること。
「…つまり、管理者の極一部が何かやってるってことか?」
クーンがそれなりの結論を出すが、それは誰でも分かることで…。周りの反応は薄いものだった。八咫も知らなかったことを加味すれば、そうとう巧妙に事を運んでいると言える。
「それに、スケィスを奪ってどうしようって言うんだ?」
ハセヲは腕を組んだまま、面白くなさそうな顔で問う。
「彼らの目的がAIDAで何かをしようとしているなら、憑神の存在は障害になるわ」
パイが即答するが、それにアトリが疑問を覚える。
「なら、私たちもその対象になりますよね?けど斑鳩さんだけってことは、別の理由があるんじゃ…」
「それなら多分、俺があの計画に関わっていたからだろう。証拠隠滅も含めて、俺からスケィスを剥がそうってことじゃないか?」
アトリの質問には、本人が答えた。同じ碑文使いでありながら違う点を挙げるならば、それしか考えられない。だがここまで考えても、管理者のはっきりとした目的には辿り着かない。
「奴らがどんな理由や目的があるかなんて、この際どうでも良い。オーヴァンと一緒にケリつけてやれば、それで済むだろう」
ハセヲは無駄な詮索や憶測はせず、簡潔にまとめた。大雑把で粗雑ではあるが、八咫やパイと対極的なその性格は、G.U.全体のバランスを取る役割を担っているように思える。
「…ケリつけたら、嵩煌とかAIDAの被害者は還って来るのか?」
今更ではあったが、斑鳩は急に不安になって訊く。意識不明に陥った原因は、AIDAに取り憑かれたこともあるが、一番の原因はデータドレインではないのか。そうなると、AIDAを掃討しただけで戻ってくるとは断言出来ない。
「管理者に関しては分からないが、オーヴァンの攻撃によって未帰還者となった者がいる。まずは、オーヴァンの件を消化すべきだ。その結果の中に管理者やAIDAに関わることも、含まれると思うが?」
八咫にしては珍しく曖昧な発言ではあったが、斑鳩を納得させるには事足りたようだ。八咫は斑鳩の表情を確認すると、扇を懐にしまう。
「今日はこれで解散とする。尚、これ以降プレイ中にAIDAもしくは不審な管理者と思われるPCを発見した場合は連絡を入れること。以上」
クーンを先頭にして全員が知識の蛇から退室すると、端末の電源は落ち、一瞬にして暗闇に染まった。
斑鳩はその足で橋に向かい、定位置に落ち着いた。G.U.の活動に参加するようになってから、ゆっくりと夕陽を見ることが出来なかった。久しぶりに見たそれは、何だか眩しく感じる。
「隣、良いですか?」
「あぁ」
斑鳩は相手の姿を確認することなく、返事をする。声で誰なのか分かったし、それは嫌な相手ではなかったからだ。
「…どうしたんだ?」
「いえ、特にお話ことはないんですけど」
アトリが顔の前で手を振って否定の態度を示すと、斑鳩は小さく笑った。アトリは斑鳩の左隣に立って、ゆっくりと手摺に体重を掛ける。
「斑鳩さんは、今のthe world(この世界)をどう思います?」
話すことはないと言っていたが、何か話題をと思ったらしい。が、雑談するには難しい議題だった。斑鳩は視線をさらに上げて、薄紫と橙に染まる空を見上げる。
「AIDAとかいう変なものが無けりゃ、良い所だと思うけどな。今の俺にとってはここが全てだし。AIDAやオーヴァンって奴、それから管理者も片付けて早く元に戻す…って、何だ?」
気が付けば、アトリがじっと斑鳩の横顔を見つめていた。が、斑鳩と目が合った瞬間に目を逸らし、ソワソワとする。
「何でも、何でもないですっ。ほんとに綺麗だなって、ただ見ていただけで……ぁ」
誤魔化そうとしていたその口で、アトリは本音を零してしまう。その後は、お決まりの反応で頬が染まる。
「綺麗って、俺男だし…。まぁ“可愛い”なんて言われるよりはマシか」
満更でもなさそうな口調の斑鳩に、アトリはほっとして深呼吸する。
「でもこれ、ゲームん中のキャラだぞ?」
「そんなことないですよ、斑鳩さんは本当に綺麗な人だと思います。外見だけじゃなくて…うーん、上手く表現できないですけど、とにかく綺麗です」
何に気なしに言った斑鳩に、アトリはいたって真剣に答える。その態度に、斑鳩は少し圧倒された。綺麗だと連呼されるのには正直抵抗があったが、アトリの気持ちは汲み取れた。
「ここは、ありがとうって言うべきかな。…にしても、お前って意外と積極的なんだなwハセヲとは距離があるように見えてたけど、実際はそうでもないのか?」
まるで不意打ちのように出たハセヲの名前に、落ち着き始めたばかりのアトリを再び高揚させる。
「は、ハセヲさんとは何でもないですっ。…変な冗談は止めて下さい;;」
「そうなのか?…悪かった」
斑鳩は、必死になるアトリに笑いながら答えた。