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.hack//C.S.  作者: 月京蝶
22/44

喪失

クーンと斑鳩、もとい香住と白川の会話が思いの外弾んでしまい、肝心な話が進まないままだった。結局、嵩煌と斑鳩がまともに話せるようになったのは、30分以上過ぎてから。

嵩煌は、今の白川純弥が置かれている状況を説明した。


「つまり、俺はほぼ死亡者扱いってことなんだな」

斑鳩は再びモニターに目をやり、微動だにしない自分の身体を見つめる。

「でも健康体は維持されてるし、戻る方法さえ見つかればすぐにリアルに戻れるはずだよ」

嵩煌が励ますように明るく声を掛けると、斑鳩は僅かに首を横に振った。

「そういう話は、確実に戻れると決まってからにしろ。俺は不確定なものに期待や希望を持てるほど、余裕ないんだ…」

クーンと話していた時と、雰囲気が全く違う。急にリアルの事物に触れ過ぎたからか、逆に現実と仮想の溝を実感してしまったのかもしれない。

嵩煌は、ごめんと頭を下げるしかなかった。

「何かクーンとはしゃぎ過ぎて疲れた、一眠りしてくる」

斑鳩は言いながら爪先の向きを変える。嵩煌は引き留めることもなく、斑鳩をただ見送った。


一息置いて、嵩煌は★の方に振り返った。

「うちらもちょっと休もうか。病院に潜り込んでから、あんまりゆっくりしてないしさ」

★は何か言いたげではあったが、それを口にすることはなく嵩煌の提案に賛同した。

「あれ、先輩午後から仕事入っていたんじゃ?」

ログアウト間際に、★がふと思い出したように言った。すると嵩煌は、シッポを揺らしながら返答した。

「心配ご無用、有休はこういう時に使うもんなのよ(-ω-)b」

「なるほど、先輩らしいです」

★は吹き出しつつも安堵の表情を見せ、改めて挨拶してログアウトしていった。それに嵩煌も続くと思われた。が、嵩煌はカオスドームに向かって歩き出す。途中の橋に斑鳩が居ないことは既知のはず。嵩煌の目的地はカオスゲートだった。

嵩煌が辿り着いたエリアは、

Δ 隠されし 禁断の 飛瀑。

またの名を、ロストグラウンド、アルケ・ケルン大瀑布。

他のロストグラウンドとは異なり、異常な変化や物事が起こったことはまだない。

嵩煌は一本しかない道を、迷いなく進む。滝に最も近い行き止まりには、1人のPCが立っている。全身黒ずくめの、管理者PC。


「…何故あなたを呼び出したか、分かりますか?」

管理者は背を向けたまま、いきなり切り出した。しかし嵩煌は動揺することなく、即答する。

「カマかけるような連中じゃないことくらい分かってるからね。…斑鳩、白川純弥のデータのことでしょ?」

「えぇ、話が早くて助かりますよ。流石は元社員ってところでしょうかね」

管理者は振り向き様に言うと、改めて嵩煌と対峙する形になる。

「こっちは、彼が無事かどうか知りたかっただけなんだけど。あんな風に隠されちゃ、怪しんで下さいって言ってるようなもんよ?」

「秘密にしておきたい事くらい、2、3あるものでしょう?」

管理者がシレッとした態度で流すように言うと、嵩煌は急に感情的になる。

「あのね、人の命に関わる事を隠すのは秘密ってレベルじゃないよ。あんたらがやってるのは隠蔽でしょうがっ」

「人聞き悪い言い方ですね。彼が憑神を返してくれれば、すぐに…」

「それが殺すことと同義だってこと知ってんでしょ!?」

感情を露にする嵩煌に、管理者は肩をすくめる。が、嵩煌の問いに反応を示さない辺り答えはyesのようだ。

「大丈夫、ちゃんと我々が責任を持ちますから」

「どの口で言ってんの、……っ?」

嵩煌が言葉に詰まったのも無理はなかった。管理者の周囲に現れた斑点、AIDAが視界に飛び込んできたからだ。

「CC社とAIDA、本当に絡んでる訳…?」

「まあ色々あるんです。あなたには少し舞台を降りてもらいますよ、リアルで動かれても困りますからね…」

斑点の収縮が一気に速まったかと思うと、塊となって嵩煌を襲った。



「――――――…」


草原フィールドで休んでいた斑鳩に、★からショートメールが入った。とにかく急いでカオスドームに来て欲しい。穏やかではない文章に、斑鳩はすぐにマク・アヌに戻った。

ドームに入ると、ゲートの前でそわそわする★が見えた。近寄ろうとすると、斑鳩に気付いた★が物凄い勢いで走ってきて袖を引っ張った。

「な、何だよいきなり」

「嵩煌がっ先輩がっ…早く!」

気が動転しているのか、単語しか出ないらしい。斑鳩は★の両肩を掴んで、真っ直ぐ自分の前に立たせる。斑鳩と視線が合った★は、我に返ったように動きを止める。

「ご、ごめん…」

「あいつに何かあったのか?」

「多分、私達がデータを盗んだことが管理者にバレたんだと思う…。一応ログインはしてるんだけど、返事来ないし。電話にも出なくて」

★は先程とうってかわって、意気消沈したように言葉を繋げる。

「どこのエリアに居るのか分かるか?」

斑鳩が聞くと、

「恐らくアルケ・ケルンだと思う、転送履歴はそれが最後だから」


★が答え、斑鳩は手を離す。

「そんな危ないこと、二人はやってたのか?…って今は話てる場合じゃないな。サーバーとワードは?」

斑鳩は気を取り直すと、ゲートに向かいながら言う。

「Θ 隠されし 禁断の 飛瀑。ロストグラウンドの一つだから、他のエリアとは色々違う」

「分かった。俺をパーティーに誘って、助けに行くぞ」

★は深く頷くと斑鳩をパーティーに加え、例の如くリーダー権を渡す。斑鳩はそれを確認すると、早速サーバーとワードを伝える。

「ワードがはっきりしてるから、すぐに移動出来る筈だ」

斑鳩の言葉の直後、二人のPCを光が覆った。



カオスゲート前に転送された。落ちる大量の水が、轟音と靄を生んでいる。

「…ぁ、あれ!」

★が叫ぶと同時に走り出す。斑鳩がその先を見ると、何やら黒いものが蠢いている。

「もうお仲間のご到着ですか。今回、彼は接触の対象外なので失礼します」

嵩煌に言ったのだろうか、管理者はそう呟くと姿を消した。

「くそ、管理者の野郎逃げたか…」

足を止めた★に追い付いた斑鳩が、反射的に言う。そして残された黒い塊は、よく見れば虎のような豹のような姿をしている。

「…せん、ぱい」

★の力無い声に、斑鳩は耳を疑った。

「…こいつが?まさか、AIDAに飲まれちまったのかよ」

言っている間に、宙を漂っていた塊から足が伸び地を掴んだ。目がはっきりと見開かれ、斑鳩を睨む。


“…斑、ルが。ごメん…ね”

突然AIDAから発せられた言葉に、斑鳩は思わず後退りしてしまう。

「マジ、なのか」

声を発したのはこれ一度きりで、次の行動は前足を振り上げるというものだった。斑鳩は棒立ちの★を、半ば突き飛ばすように後ろに下げると、抜刀してAIDA――嵩煌を牽制する。

「おぃ、あいつを助ける方法は?」

「…データドレインで、AIDAを排除するしかない…です」

元々ある丁寧な性格が出たのか、斑鳩に対して敬語で答えてしまう。だが、その斑鳩のスケィスにはデータドレイン出来るだけの力が無い。

それでも、斑鳩はスケィスを呼び寄せて曲刄を構える。★は項垂れたまま、視線を上げることすら出来ない。

「…無理、ですよ。先輩はもう…」

「諦めんな!AIDAを消せなくても、叩けばあいつの意識くらい戻るだろ。俺は真の時みたいに、ただ見てるだけなんてこと…出来ねぇからな」


しかし、嵩煌に取り憑いたAIDAはスケィスの倍以上ある。更に劣化が進んだスケィスには、巨大な壁に等しい。嵩煌自身は完全の意思は全く感じられず、獣のような唸り声を上げるだけ。

スケィスは腹をくくったように大鎌の柄を握り締めると、AIDAに向かって突貫した。

「しっかりしやがれ、こんな奴に負けてんじゃねぇ…よ!」

振り上げた鎌を、AIDAの顔面に振り下ろすが、引き裂くどころか刺さりもしない。斑鳩は軽く舌打ちすると、今度は側面に回る。そのまま仕掛けようと飛び込んだが、AIDAは長い尾を鞭のようにしてスケィスは弾き飛ばす。

「くそっ…」


「…来ないでっ」

★の声に慌てて振り返ると、三爪痕――と言われていたPCが蒼い炎を纏って現れた。

三爪痕――蒼炎のカイトは、震える★に興味を示すこともなく、スケィスとAIDAに近付いていく。少し距離を置いた位置で停止すると、右腕をゆっくりと上げる。腕を中心に円が幾つも現れ、光を放ち始める。

「…データ、ドレイン?加勢する気か」

AIDAの動きも鈍ったため、スケィスは武器を引いて間を取る。が、カイトに嵩煌を救うなどという思考は存在しない。

「だめ…!早く止めて」

★がスケィスに向かって叫ぶ。斑鳩がその意味を飲み込めないでいると、★がさらに続ける。

「彼らにデータドレインされたら…未帰還者になってしまう、ハセヲさんの友人と同じようにっ」

「なっ…!」

蒼炎騎士のことを、もっとしっかり聞いておけば良かったと後悔しても遅い。カイトの放った螺旋の光はAIDA、嵩煌を貫いた。獣の姿を成していた黒い塊は拡散して消え去り、ボロボロになった嵩煌のPCだけが残った。カイトは、何も無かったかのように炎となって去ってしまう。

斑鳩は憑神を解くと同時に走り出し、地面に落ちる寸前のところで嵩煌を抱き止めた。


「…おぃ、馬鹿ネコ」

薄開きの瞼の奥の瞳に、光は無い。目を合わせても、焦点が合わない。★は斑鳩の側に寄り、ただ立ち尽くしている。



「…嵩煌、何か言えよ」

斑鳩が絞り出すように、嵩煌の名を口にした。それでも反応は見られず、脆くなった左腕がもげ落ちる。それを皮切りに、全身のグラフィックが淡く光りながら舞い上がっていく。

それとは別に、斑鳩の頬を伝う光が嵩煌の顔に落ちる。


「俺のせい…だ。俺がこんなことになって、それに関わって。…俺なんかのために、危ないことして…」


斑鳩の腕には、もう嵩煌の重さは無く、最後の破片が空に消えた。

その場に顔を伏せようとした斑鳩を、★が無理矢理に立たせる。そのまま空いた手で、斑鳩の顔を(はた)く。

突然のことに、斑鳩は目を見開いたまま硬直する。

その時の★の表情は、泣くのを堪えた気丈に振る舞おうと必死なものだった。


「…後悔したって、先輩が還ってくる訳じゃない。貴方がすべきことは、これからを考えること。確かに、貴方をこんな境遇にしてしまったのには、私達の側に責任がある。…その責任を誰よりも重く感じて、一番頑張っているのが先輩。もう“斑鳩”だけの問題じゃないの…。今、この状況から逃げる為の自己嫌悪は、私が許さないから」


今までにない覇気を漂わせ、★は全て言葉にした。だが同時に、自分にも言い聞かせていた部分もある。何故もっと嵩煌の様子に気を配っていなかったのか…。★自身も後悔の念に苛まれ、自己嫌悪に潰されそうだったからだ。

斑鳩から離れた★は一転、肩をすぼめてカオスゲートに向かう。

「…これから、どうすれば」

斑鳩が、★の背中に向かって声を投げる。★は振り向くことなく、ゲート前に立って言う。

「ごめんなさい。偉そうなこと言ったけど、今は何も考えられそうにないの。とにかく、先輩を病院に連れていく。…しばらくイン出来ないと思うから」


一人残された斑鳩は、膝から崩れ落ちる。水の音が耳鳴りのように響き、孤独感を煽る。


「―――…


はっきり言えよ、

俺のせいだと。

余計な気遣いなんて、無意味だ。

中途半端な同情よりタチが悪い…。


嵩煌、お前は何がしたかったんだ?

結局俺は、助からないのか?

分からない事ばっかり、

残していくなよ…。


お前を助けてやりたいけど、

俺にはその力が無い。

劣化、出来損ないだから な。

ハセヲ(あいつ)みたいに

強くないんだよ、俺。



きっと、あとのことは

あいつらがやってくれんだろ?

だったら俺は用済みだな。

…てか、

初めから必要無かったんだろ。

ただ、スケィスが欲しかっただけなんだ。

そう、俺じゃない。

必要だったのはスケィスの破片…。


もう俺は、

ただのPC、データ。

スケィス、

お前のやりたいようにやれ…」



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