再会
2日後、今藤と斉木は竹馬病院に近いファミレスに来ていた。その理由は、斑鳩のプレイヤーの安否を確認するためだ。と言っても、簡単に面会することは出来ない。二人は一番隅のテーブルで病院の案内図を広げて、作戦内容を整理していた。深夜の時間帯からか、客は数える程しか居ない。
「3階のナースステーションの奥、ここにサブサーバーの端末がある」
今藤は指差しながら言い、別資料と見比べる。
竹馬病院は、以前にも未帰還者を収容している。CC社が、何らかの形で関与している可能性がある病院だ。
「監視カメラは、有ると考えた方が良いですね」
「カメラの電源を切れば逆に怪しまれるから、死角を移動するしかないかな」
サーバールームの細かいレイアウトが分からないため、監視カメラを避けることが最も厳しい関門になる。
斉木はハッキング用のパソコンを最終確認し、決行時間を待つ。
時計の針が2時を回った。
斉木は荷物をまとめ、今藤が会計を済ませる。
二人は街灯が疎らな脇道を通り、病院関係者の出入口に向かう。この時間、普通ならば施錠されているはずだが、簡単に開けることが出来た。
「先輩に、看護師の友人が居たなんて驚きましたよ」
後から入った斉木が、静かにドアを閉めながら言った。
「私も、こんな形で力を借りることになるなんて思ってなかったよ…」
友人にある意味不法侵入の手伝いをさせたことに、今藤は申し訳なく思った。
今藤が先を歩き、辺りを確認しながら進む。面会可能の時間をとうに過ぎた今、入院患者以外が彷徨くのは不自然極まりない。3階まで階段を使い、ナースステーションの手前まで辿り着いた。
友人の情報によれば、あと5分後に病室の巡回が始まる。今日は一人欠勤しているため、巡回中はナースステーションが無人になるという。
二人は休憩所の長椅子の影で、巡回時間が来るのを待った。夜の病院では、あまりいい気分はしない。早く終わらせて院内から出たいと、無意識のうちに考えてしまう。
ナースステーションの押し戸の音がした。今藤は無言のまま頷いて、斉木に合図する。看護師の足音が遠退いたことを確認し、誰も居ないナースステーションに潜入する。サーバールームに続くドアまで最短距離で進み、事前に友人から受け取っていたカードを使って開ける。
ここまでは順調に進めることが出来たが、この先は慎重にならねばならない。監視カメラの死角を探りつつ、斉木のパソコンとサーバー端末を繋ぐ作業を始める。斉木がパソコンを立ち上げ、今藤がUSBコードを持つ。
「嵩煌くらい小さければ楽なんだけどな…」
今藤が囁くような声で愚痴りながら身を低くし、カメラの位置を見る。
何とか端末の裏側に手を伸ばし、コードを繋ぐことに成功した。
と同時に、斉木が作業を開始する。このサーバーは病院内のデータ管理を行うもので、外部のネットワークとは繋がっていない。病院として、患者の情報を漏らす訳にはいかないからだ。それともう一つ、CC社に関わる情報もここにあると、今藤は睨んでいる。
「…どう、いけそう?」
今藤が斉木に身を寄せると、パソコンのモニターの光が顔を照らす。
「ロックは緩いみたいですね。直接入り込んでハッキングしてくるとは、考えてなかったようです…」
あまり苦労することなく、患者のリストを纏めたファイルを開くことが出来た。ずらりと並ぶ名前から、斑鳩のプレイヤーを探すのは難しい。隠すために偽名で登録されていれば、不可能だ。
急に今藤が、リストをスクロールする斉木の指をマウスから引き離す。
「この子、事件があった当日に入院してる…」
名前は古屋和俊となっていたが、被験者に同じ名字は無かった。病室の場所も名前も伏せているとなると、ほぼ確定だろう。
「彼に関係するデータを検索すれば、CC社の情報を掴めるかも…」
今藤の言葉に斉木は頷き、カルテやその他の診療履歴を端から調べていく。
今藤がふと時計に目をやる。看護師の巡回が終わるまで、あと10分しかない。ナースステーションに戻ってくる前に、ここから撤退しなければならない。しかし、急がば回れとも言う。ここは確実に探っていくことが良策。
「…これは、病室番号でしょうか?」
斉木の視線の先には409という数字があった。一般的な病院は4階に霊安室があり、普通の病室はあまりない。更に、案内図には409番の病室は記されていない。
「直接会いに行くのは、無理そうだね…」
居場所は掴めたものの、今藤の表情は浮かない。
「仕方ない、取り敢えず残った時間でコピー出来るだけして帰ろう」
斉木が作業している間に、今藤は荷物を纏める。USBの差し込み口が閉じられていた場合を想定し、小さな工具箱も持ってきていたらしい。
「流石に、全てのファイルはコピー出来ないです」
「うん。もう時間ないから、あとは容量軽いやつだけを…」
今藤は時計を見ながら指示し、再び身を屈めてカメラの死角を進む。
残り3分。
これ以上は危険と判断し、斉木はパソコンをスリープにして鞄に押し込む。コードを抜いた今藤も、すぐに向きを変えてドアノブに手を掛ける。忘れ物がないか最終確認して、静かにドアを開ける。
遠くから看護師の足音が聞こえてくる。二人は、極力物音を立てぬように階段を目指す。
幸い、気付かれずに病院の外に出られた。二人の緊張の糸が一気に緩み、街灯の下に座り込んだ。
「ちょこっとだけ、寿命縮んだかな」
今藤は病院の丁度4階辺りの窓を見つめて、苦笑いしながら言う。斉木もつられて笑い、スリープ状態のままのパソコンを取り出す。
「…彼だと良いですね。もう電車ないですし、今日は私のマンションに泊まっていきませんか?家ならゆっくりデータ見られますし」
「じゃ、お言葉に甘えようかな。タクシー代も馬鹿にならないしね」
今藤は言いながら立ち上がり、座って着いた汚れを払う。斉木もそれに続き、家路を急ぐことにした。
斉木の住むマンションは、病院から800m程の場所にある。まさか、こんな形で役に立つとは思わなかった。
「そう言えば、協力して下さった看護師の方は大丈夫でしょうか?」
エレベーターに乗り、5階のボタンを押しながら斉木が言った。
「大丈夫だよ。最悪の場合は、私に脅されたって言うように伝えてあるからさ」
「…そうだったんですか。でもその時は、私も一緒ですから、ね?」
やや間があって。
「ありがとう」
今藤の言葉の直後、エレベーターの扉が開いた。
斉木は歩きながら鍵を取りだし、角を曲がってすぐのドアの前に立った。
「片付いてなくて汚いですけど…」
と、お決まりとも言える台詞と共にドアを開けた。
今藤をリビングに通し、手荷物をソファーの上に置く。今藤はぐるりと部屋を見渡し、感想を述べる。
「綺麗にしてるじゃない、やっぱ彼氏がいると嫌でも気を遣うものなんだね~」
そう言って斉木を見れば、顔の前で手を振って否定する。
「からかわないで下さいよ、第一彼氏なんていませんし」
斉木は軽く咳払いして、今藤の後ろに回って両肩に手を添える。
「先にシャワー浴びてきて下さい、その間にデータ解析進めておきますから」
今藤は、はぐらかされて詰まらなそうな様子だったが、斉木の好意を受け取ってシャワーを借りることにした。
斉木は早速手に入れたデータに目を通し始める。テキスト形式のファイルの大半は診察記録で、同じ文が続いていた。
「脳波、心拍、体温以上無し…。担当医も伏せている…」
CC社に関わりがありそうなファイルを探してみるが、名前だけでは判断出来ない。診察記録を除き、残ったファイルを端から調べるしかなさそうだ。
20分が過ぎ、斉木がCC社のファイルを見つける前に今藤が戻ってきた。首にタオルを巻き、斉木の部屋着に身を包んでいる。
「ありがとう、さっぱりしたわ。…何か使えそうな情報あった?」
「いえ、まだ目ぼしいものは無いですね。全部調べるには時間掛かりそうです」
「そか、後で私の方に半分データ送っといて。斉木に全部やらせる訳にはいかないし…ん?それ動画ファイル?」
「…みたいですね」
今藤に促されたように、斉木がファイルを開く。
映し出されたのは、薄暗い病室。ベッドに据え付けられた小さなライトが、申し訳なさそうに部屋を照らしている。天井から眺めているような視点から、監視カメラの映像であることが分かる。
そのベッドに眠っているのは、黒髪の青年。今藤は慌てて、青年の頭上にあるネームプレート周辺を拡大する。書かれていた名前は、データとは違うものだった。
「…白川、純弥。斑鳩のプレイヤーだよ」
今藤の言葉に、斉木は目を見開いた。やっと、斑鳩のプレイヤーだと確信出来たのだ。
「少し、髪伸びたかな。横になってるから分からないけど、背も伸びてるかもね」
今藤は終始笑顔で話した。斉木はそれを静かに聞き、純弥の寝顔を見つめていた。
こんなにも安心した寝顔なのに、彼は身体を離れた遠い場所で闘っている。そしてその離れた彼に、リアルの無事を報告出来ることを二人は喜んだ。
心と身体は
正確に同じ時間を過ごしてきた
これからも…
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