表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
.hack//C.S.  作者: 月京蝶
2/44

水の都 マク・アヌにて


今日のマク・アヌも、茜色が美しかった。水面が揺れる度に輝くそれは、リアルよりも秀麗だと誰かが言った。


そして斑鳩はいつもの場所に陣取り、沈まぬ夕日を飽きることなく見つめていた。

マク・アヌに架かる唯一の橋の上。そこが斑鳩の指定席だ。風の噂で、以前にもここに陣取っていたPCがいたと斑鳩は聞いていた。きっと自分と同じように夕日を愛でていたと思うと、一度会ってみたいと細やかな願望が沸いた。


しかし、最近になってそれは叶わぬものだと知った。

そのPCは、もうログインしてこない。否、出来ないのだ。

それでも、斑鳩は橋に通うことは辞めなかった。the worldの中で、一番休まる場所だったからだ。


ずっと同じ所に居座り微動だにしないあたり、寝落ちかAFKのようだ。人通りの多い橋、斑鳩の名前を知るプレイヤーは思いの外多かった。

外見も、着崩した和服が翻り、髪留めで目が見えにくい。近寄り難いが、小規模のファンクラブがあるらしい。エンデュランスに似たような立ち位置とも、言えるのかもしれない。


だが、斑鳩が強いという話は一切囁かれない。斑鳩は決してパーティーを組まず、生粋のソロプレイヤー。PKをすることもなく、本当にいちプレイヤーだった。

そのせいか、巷では自立AIだとかイベントキャラだとか、様々な説が作られては消えていた。斑鳩本人は全く気に留めていないようで、毎日ほぼ決まった時間に橋に現れ好きな夕日を眺めている。



今日も何事もなく、川の水が流れていく。斑鳩は手摺に肘を付き、時より何かに思いをはせるように瞼を閉じる。


「ちょっと…やめといた方が良いって;;」

橋のカオスゲート側。呪術士と魔導士が何やら話していた。ヒューマン女の呪術士と、獣人女の魔導士。魔導士はかなり小さなネコタイプで、呪術士は前屈みになって視線を合わせているようだ。

「へ~きへ~き(-w-)b」

そう言うと魔導士は呪術士の制止を易々と振り払い、斑鳩に向かって走り出した。走るというよりも、突進に近い勢いだ。


魔導士は斑鳩の背後の1m程手前で本当の猫のように跳躍すると、斑鳩の正面の手摺に着地した。

斑鳩は不意を突かれ、後ろに飛び退いた。周りに居たPCも、斑鳩が動いたことに驚き、視線が集まった。

魔導士はそのまま手摺に腰を下ろし、平然と斑鳩の前に居座った。一緒いた呪術士は頭を抱えてアタフタするしかない。

大衆も、その様子を遠巻きに見るしか出来ない。だがファンクラブのメンバーとおぼしき数人は、興味津々のようだ。恐らく彼女達のリアルの指は、キーボードのSSボタンの上にあるだろう。



やや間があって。

「……おい」



斑鳩の他人の前での第一声となった。

魔導士は耳だけを斑鳩の方に向け、姿勢を変えることはない。その態度がカンに障ったのか、斑鳩はいきなり抜刀する。

「物騒だなぁ…」

やっと魔導士が口を開き、斑鳩を見やった。

「そこは俺の指定席なんだよ、とっとと退きやがれチビ猫」


斑鳩は切っ先を迷うことなく魔導士に突き付け、碧の眼で睨み付ける。無口=クールというのは、必ずしも成り立たない図式だったようだ。魔導士はそんな斑鳩の姿に目を細め、何故か安心したような顔をした。

「良かった、まだ“生きてる”みたいだ」

「は?…当たり前だ」

訳の分からない言葉を投げられ、斑鳩は戦意を喪失したのか刃を鞘に収めた。

「ワタシ、あんたに興味があるんだ。少し付き合ってくれな…」

「断る」

斑鳩は、魔導士に最後まで言わせまいと一喝した。

「じゃあ、観察させて」

「…お前なぁ。…まぁ見てるだけなら、他の連中と変わらねぇし好きにすれば」

斑鳩はチラリとファンクラブのPC達を見、呆れたように言い捨てた。

「ありがと(o~-')b」

「けど、俺見てたって詰まんないと思うけどな」

「良いの*2、見える所に居てくれるだけで十分だからさ~」

「…はぁ」



それからと言うもの、魔導士は、斑鳩が橋に現れるとすぐに傍に寄ってくるようになった。別に話し掛けてくる訳でもなく、二人して夕日をぼんやりと眺めているだけ。一つ変化したことと言えば、ファンクラブの嫉妬の視線が時々刺さるくらい…。

そうこうしているうちに、1週間が過ぎた。斑鳩はレベル上げのためにエリアを出入りしているらしいが、そこに魔導士が着いていくことはなかった。正確に言うと、着いていけなかった。


だから斑鳩を観察出来るのは、マク・アヌのタウン内のみ。しかも橋の上限定である。


「…そう言えば、まだ名前聞いてなかったな」

1週間経って、斑鳩が久しぶりに発声した。魔導士は不思議そうな顔をして、自身の頭上を指差した。

「ココに出てるでしょうが~。見えてるから聞かないもんだと思ってたんだけど?」

「…どこにあるんだよ」

「もしかして、非表示にでもなってるんじゃない?あんた、実は初心者に近いとか…」

「…多分、非表示にしたまま離れちまったんだ…」


「何~?」

斑鳩は独り言のように小さく呟き、聞き取れなかった魔導士が前のめりになって聞き直そうとする。

「何でもねぇよ。考え直したら、別にお前の名前なんか知らなくても良いんだし」

そう言うと、斑鳩は手摺から体を離してゲートに向かって歩き出した。

「珍しいね、こんな時間に狩りなんて~」

魔導士は、斑鳩の背中にぶつけるように叫ぶ。しかし斑鳩は何も言わず、凛とした鈴の音だけが微かに返ってきただけだった。魔導士は小さく溜め息を吐くと、さらに大きな声で、

「ワタシは<嵩煌(すうこう)>!忘れるなよー(`o´)」


その直後、僅かに斑鳩の頭が縦に振れた、気がした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ