AIDA
歓迎会は、自己紹介とプロジェクトG.U.の説明でほぼ占められた。AIDAのこと、三爪痕のこと、そしてオーヴァンのこと。聞いてすぐに飲み込める話ではなかったが、ハセヲ達の目的は理解した。意外にも年齢が近く、友達が増えた、そんな感覚だった。
嬉しい計らいではあったが、いきなり家だと言われても困る。斑鳩にとっての一番の場所は、橋の上であることは変わりない。
いつものように夕日を眺め、昨日の話を思い返す。
「AIDA、感染症のようなもの。黒い斑点…斑点」
何かを思い出したように、斑鳩は手摺から身体を引き剥がす。そしてその勢いのまま、@HOMEに向かって走り出した。
扉まで来ると、嵩煌の説明通りに何もせずに扉を押す。すると見慣れた部屋が現れた。
「あ、斑鳩。おかえり~」
木箱に乗り★と雑談していた嵩煌が、斑鳩を見るなりそう言った。
the worldで初めて掛けられた言葉に、斑鳩は一瞬硬直する。ゲーム内で自然に“おかえり”などとは、なかなか言えない。
「た、ただいま…」
取り敢えず返さなけれと思い、絞り出すように声を出す。出鼻を挫かれたと言うか、勢いを削がれたと言うか…。
斑鳩は気を取り直し、改めて嵩煌を見る。
「昨日話してた、AIDAってやつの画像なり動画なりはあるか?」
唐突な問いに、嵩煌は耳をピンと立てる。
「有るけど、急にどうしたの?」
「俺、前に見たことあるかもしれない。それと同じなのか確かめたくなった」
斑鳩の口調からして、重要なものを孕んでいるようだ。嵩煌は★に声を掛け、知識の蛇に向かう。斑鳩も後に続き、端末近くまで歩を進めた。
二人が操作を始めると、モニターにファイルの列が現れる。
「えーと、どれだっけ(-w-;)」
「…しっかりして下さいよ;;」
★が素早くファイルを選び、パス入力、解凍する。
解凍が終わると、動画再生ソフトが起動してモニターを埋めた。
「フィールド内で見つかったAIDAと、PCに感染した場合のAIDA。両方あるよ」
モニターを無言で見つめる斑鳩の足元で、嵩煌が言う。
始めは、フィールドで目撃されたAIDAの映像。神社、草原、洞窟。タイプを問わずに出現しているようだった。大小の黒い円が、膨張と収縮を忙しなく繰り返し、ウィルスを彷彿とさせる。
PCに感染した例の映像は、まずアリーナが映し出された。ハセヲ達と戦う女斬刀士の周りに、AIDAが纏わり着いている。そのうち、AIDAが増殖し斬刀士を飲み込み巨大な蜘蛛のような形を成した。
映像が終わり、★はすぐにファイルを圧縮する。
「これって、ウィルスなのか?」
「恐らくね。ただ人の思考に干渉するとなると、かなり複雑なものだと思う」
と、斑鳩の表情が険しくなる。
「…何で、システムを管理する奴がウィルスを持ってたんだ」
その言葉に、嵩煌の瞳孔が鋭くなる。斑鳩の話が事実ならば、管理者がAIDAを関知していることになる。
「それは、いつ見たの?」
嵩煌が問う。
「…確か、天城の開眼試験の日だ。天城と話してた管理者PCの体がおかしかった」
「斑点も有った…?」
★が端末の処理を終えて、斑鳩に正確な管理者の状態を聞く。
「あぁ。さっきの斬刀士程じゃなかったけど、同じだった」
AIDAに感染していたのか、従えていたのかは定かではない。現時点では、管理者とAIDAに何らかの関わりがあることが分かっただけだ。
AIDAの存在を知らずに感染していたとしても、天城と接触している。あの天城が、異変に気付かないとは考えられない。すぐに原因を探るはずだ。
「そう言えば、AIDAは憑神でしか倒せないんだよな?」
「うん、今のところはね」
天城の開眼前からAIDAが存在していたとすると、碑文使いはアウラ復活以外の目的があって作られた可能性が出てきた。
何かの原因、若しくは理由で発生したAIDAを駆除するため。その為に碑文使いを必要とした、アウラに関しては二の次だったのではないか。だから、儀式は失敗したのではなかろうか。
斑鳩は計画の名前を思い出し、呟く。
「本当にあの計画は、Reirth Auraだったのか?RAって略なら…」
「Removal AIDA、《AIDA排除計画》の略でも成立しますね?」
★が斑鳩の推測の続きを口にし、嵩煌に意見を求めるように語尾に疑問符を付ける。
「私は、アウラのことしか聞いていなかった。AIDAって名前を知ったのも最近だし、計画中に管理者とは会ってない…」
更に、勿論リアルでも、と付け足す。嵩煌には、管理者が被験者にだけ姿を現していた理由が分からない。社員ではない、つまり一般人だからという考えだけだったとは思えない。
「取り敢えず、今の斑鳩の話、八咫に伝えても良いかな」
「まだあいつを信用した訳じゃねぇけど、CC社の内側知ってる奴だしな…」
斑鳩の返事はあまり歯切れの良いものではなかったが、概ね了承した形だった。
今日のところは話を切り上げることにし、八咫の見解を待つことになった。斑鳩は爪先を出口に向け、袖を翻して知識の蛇を出る。
と、★がその後を小走りで追った。その行動が珍しいことだったのか、嵩煌は丸い目を更に丸くした。
「斑鳩、一つだけ約束して」
声を掛けられた斑鳩は足を止め、体の向きを右へ90°だけ変えた。★は続けて、
「AIDAを見つけても、手は出さないで。プライド傷付けるかもしれないけど、今の斑鳩では対抗出来ない」
と言う。はっきりとした口調の中に、懇願の念も感じられた。
「…意外とカン鋭いな、女のカンってやつ?」
その言葉は、AIDAと戦うつもりだったことを意味していた。
★は小さく溜め息を吐くと、改めてAIDAの危険性を説く。
感染すれば、精神的ダメージを深く受けること。精神を全てthe world内に保有する斑鳩が感染した場合、どうなるか予測がつかないこと。AIDAを駆除するには憑神のデータドレイン能力が必要であり、斑鳩のスケィスにはそれが無いこと。
★が心配してくれていることを、斑鳩は理解出来る。だが、何故か反対の感情が生まれる。反抗期の真似事か、根拠の無い自信からか。
「…分かったって、ヤバくなったら逃げる。迷惑掛けないようにするから」
しかし、ここで反発する必要性はない。斑鳩は言葉を選らんで繋げ、★を逆に説得する。
「絶対だからね。先輩、嵩煌をこれ以上悲しませないで…」
「俺がアイツをいつ泣かせた?」
やや間があって。
「前に言ったでしょ、生き別れた人を見つけたようだったって」
「…別に身内って訳じゃないだろ。あんまり一人で責任背負うなって言っておいてくれ」
リアルが無い斑鳩には、嵩煌のプレイヤーに直接会うことは出来ない。the worldの中でのやり取りが全てだ。嵩煌はキャラをロールしているところがあり、本心を汲み取るなど不可能。
斑鳩は★に背を向け、扉に手を掛けながら言う。
「★はリアルでも側に居るんだろ?…なら、俺の分までアイツを支えてやってくれないか」
その口調は、とても寂しそうなものだった。否、自身を惨めに思っているような、そんな感じのもの。
★は改めて、斑鳩が置かれている状況の辛さを知った。the worldにしか生きる場所が無い。実際に体験しなければ、決して理解出来ない孤独感がある筈。
「分かった。その代わり、the worldでは斑鳩も支えになってあげて」
嵩煌に、今藤に、一人だと思わせないように。
斑鳩は頷いて、@HOMEを出ていった。
斑鳩と入れ替わるように、嵩煌が知識の蛇から出てきた。そのタイミングは、見計らったものにも見える。
「何話してたの~(-ω-)」
まるで女子高生が会話の輪に入りたがる様な、そんな言い方だ。
「斑鳩に、無茶しないようにって釘刺したんですよ」
★は事実を伝えるが、嵩煌に関わった内容は伏せておく。本人に話せば、今以上に気丈に振る舞うことは目に見えている。
「ほんとに~?それだけ?」
突然、嵩煌があからさまに疑いの眼差しを向けてきた。★はその態度から、嵩煌が期待していることを読み取った。
「本当にそれだけです、すぐに色恋沙汰に持っていかないで下さいよ;;」
「…バレたか(-w-;)だよね、★は年下より年上の方が合いそうだし」
嵩煌が嬉々として話すのを、★は安心して見つめた。心配性故の杞憂だったかもしれないと、反省の意も込めて嵩煌の雑談に付き合うことにした。