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.hack//C.S.  作者: 月京蝶
16/44

立ち往生と休息

斑鳩が憑神を解除すると、突然転送の青い光が体を包んだ。the worldの仕様から逸脱した空間であるにも関わらず、である。

しかし斑鳩に不安感は無かった、いつもと同じ感覚だったからだ。

「…ごめんアウラ、俺上手くやれなかった。折角キミがチャンスをくれたのに」

斑鳩は、白い部屋の届きそうにもない天井を見上げて呟いた。



斑鳩がマク・アヌに戻ると、知識の蛇がそれを感知した。★がすぐに嵩煌に伝えると、嵩煌は橋に急いだ。

斑鳩はカオスゲートのドームから、少し重い足取りで橋に向かう。緊張が解れたからか、疲れが襲う。

何とか定位置に着くと、久々の石の手摺の感触を確かめる。見慣れていたはずの夕日が、やけに眩しく感じる。

走ってくる足音が聞こえる。

歩幅の狭い、忙しない音。斑鳩は敢えて音の発信源を確認しない、しなくても誰なのか分かっているからだ。

足音は斑鳩の後ろで止まり、小さな深呼吸が聞こえた。

「お疲れ様、斑鳩」

「…あぁ」

斑鳩は言いながら体の向きを180度変え、嵩煌と目を合わせた。

「管理者が言ってた『外部からの干渉』って、お前か?」

「まぁ、ね。全然状況が分からなかったから、CC社のデータ送受信だけで判断してた。余計なお世話…だったかな」

嵩煌は終始自信無さげに話す。斑鳩はその様子に呆れるように腰を下ろし、嵩煌の視線の高さに合わせる。

「心配すんな、ほんと助かった。あのままだったら、俺は消えて無くなってだろうから」


言い終えた後、嵩煌の頭にポンと手を置いた。それに応えるように、嵩煌は笑顔を見せる。斑鳩も釣られたのか、目を細めた。

嵩煌は手摺に飛び乗ると、夕日と斑鳩を交互に見た。斑鳩は向きを戻し、再び夕日の観賞する体勢を作る。

しばらく2人で、ただ景色を眺める。

斑鳩がふと、視線を嵩煌の横顔に移す。嵩煌には、元CC社の社員という事実がある。近付いて来たのも、監視の為ではないかと思えてならなかった時もあった。だが管理者と出会って、その違いを知った。

管理者は自分を物の様にしか見ないが、嵩煌は普通に、人として見て接してくる。知識の蛇で嵩煌に怒りをぶつけようとした時、銃戦士が止めたくれたことに今更ながら感謝する。



「斑鳩、疲れてない?」

長い沈黙を、嵩煌が破る。

「ん…まあそれなりに」

管理者のプログラムに晒され、憑神まで呼んだのだ、嘘でも疲れていないとは言えなかった。嵩煌は手摺から飛び降りると、手招きする。

「なら、@HOMEで休も。ここじゃ人多くて落ち着かないでしょ(-ω-)」

嵩煌に着いて行くと、木製の扉の前で足を止めた。

「なんだここ?」

「そっか、斑鳩は自分で入ったことないんだっけ…」

嵩煌は言いながら、ポケットから何かを取り出した。絵柄を確認して、斑鳩に差し出す。渡されたのはカードで、眼鏡を掛けた変なマスコットの顔が描かれている。

「これで出入り出来るからさ、後でもっと楽な方法に変えてあげるから我慢して」

そう言われても、斑鳩には良く分からない。今は取り敢えず、嵩煌に従うしかなさそうだ。

「そのまま扉開こうとすると、選択肢出るから。レイヴンってやつ選んで」

言われるままに扉に歩み寄ってレイヴンを選択すると、扉が開き@HOMEに繋がった。


「この部屋、あの端末がある所か」

見覚えがある部屋の内装に、斑鳩が言う。嵩煌は頷くと、奥に入るように勧める。

斑鳩をソファーに座らせると、知識の蛇の部屋に居た★を呼ぶ。

嵩煌が斑鳩の隣にちょこんと座り、★は近くの木箱に腰を下ろす。

「久しぶりだね、3人揃うのは」

嵩煌が軽く伸びをしながら言うと、★が続けた。

「そうですね。私はこうしてゆっくりお話しするのは初めてですし」

★が斑鳩とまともに会うのは、転送実験以来だった。それ以降、会っても言葉を交わすことはなかった。


「斑鳩、中枢部で管理者はどうなったの?スケィスの反応があった後、全くデータ解析出来なかったんだよね」

嵩煌は座り直して、肝心な話題に入る。

「6人殺ったけど、俺に関わった連中はまだ他に居る。それに、俺のスケィスじゃリアルまで力が及ばない…」

自分の体、リアルの体が有れば、CC社に乗り込んで端から殴り飛ばしたいとまで思う。その相手に何も出来ない苛立ちだけが、積もっていく。

斑鳩は足を投げ出し、天井を仰ぐ。

「なぁ、首謀者格を探すことは出来ねぇのか?」

「管理者が集まりそうな場所の目星は付いてるんだけど、人物を特定するのは難しい」

嵩煌は今の現状を、はっきりと伝える。曖昧な発言は、斑鳩を危険に晒しかねない。

「…それに、常にログインしてる訳じゃないしね」

彼らにはリアルが有り、それはこの世界とは分離している。the world(ここ)に居ない者を、探すことは不可能。

斑鳩は、小さく舌打ちをして足を組む。部屋の空気が、明らかに重くなっていくのが分かる。と、★が口を開いた。

「今は焦らずに、しっかり体を休めた方が良いですよ。そのままでは、例え管理者を見つけられたとしても勝率は低い…。貴方自身が、一番良く分かっているはずです」

そう言われた斑鳩は、右手を開いて天井に翳す。確かに、今の自分にはスケィスを呼べるかも怪しい。悔しいが、それが現実だった。

さらに嵩煌が、

「それに向こうは、次はもっと複雑なプログラムを組んでくると思う。今回みたいに、ワタシ達が入り込めるとは限らない」

と付け足した。

それを聞いた斑鳩は、黙って視線を落とす。

今回ですら、嵩煌達が居なかったら危うかった。相手の包囲網が強力になり、嵩煌達の干渉が断たれたら確実にこちらがやられる。

「ぁ、仕事の呼び出し来ちゃった…(-w-;)」

突然、嵩煌は言いながらソファーから下りる。そのまま出口に歩きながら、斑鳩に言う。

「いい?今日はちゃんとココで休むんだよ。★が居るから一人にはならないし、安心しなさい」

そして、振り向き様にピシッと斑鳩を指差して念を押す。

「分かった!?」

「ぇ、あ…はい」

勢いに押されて、斑鳩はただ返事をするしかなかった。

「よろしい(-ω-)bそれじゃ★、あとお願いね~」

そう言い残し、嵩煌は部屋から消えた。

2人になった部屋は、静かだった。★は嵩煌の様に口数が多い性格ではないし、ロールするつもりもない。


★が急に、しかも意外な言葉を放った。

「隣、座っても良いですか?」

斑鳩は一瞬思考が停止する。別に好きな女性という訳ではないし、今まで隣に座っていた嵩煌も同じ女性だ。外見がヒューマンだから、だけではないような気がする。斑鳩は声にはせず、小さく頷くしか出来ない。

「ありがとうございます^^」

そう言うと、★は木箱からソファーに移る。

取り敢えず会話しよう、斑鳩は一息置いて話し掛ける。

「…★(キラ)さん、だっけ」

「★だけで良いですよ。嵩煌より年下だし」

だが敬語を使われると、嵩煌のようにタメ口で話すのは憚られる。それを打開する為に、斑鳩はまず★に頼む。

「俺の方が★より年下なんだから、その、普通にと言うか敬語じゃなくて良いからさ」

「分かりま…じゃなくて、分かった^^知らないうちに、話し辛くさせてたみたいだね;;」

★が頭を軽く下げて、話し方を変える。斑鳩は一安心して、安堵の表情を見せた。


「嵩煌とは、リアルでも知り合いなのか?」

「うん、CC社に勤めてた時からかな」

入社し、同じ課に居た先輩が嵩煌だった。リアルでも喋り好きで明るい性格、当然のことながら後輩に人気な人。しかしRA計画というものの要員として引き抜かれ、暫く姿を見せなかった。

そして帰って来たと同時に、辞表を書いて出ていってしまった。仲が良かった★は事情を聞き、追うようにCC社を出た。

「…今は何してるんだ?」

「情報通信の仕事をね、同じ職場で働いてるの。CC社の動きを知るには、その手の所じゃないと」

★は帽子を直しながら、穏やかに話す。

新しい職場で仕事をこなす傍ら、CC社やthe worldを観察してきた。そしてある日、斑鳩の存在を知った。

「貴方を見つけた時、本当に喜んでた。生き別れた人と再会したみたいな感じだったよ」

★は思いを馳せるように目を閉じ、口元を綻ばせて言った。

「あいつが俺のことをどう思ってるのか、イマイチ分かんねぇな。…あ、あと斑鳩って呼んで良いよ、何か調子狂うから」

斑鳩が苦笑して言うと、★は顔の前で手を合わせた。

口調を変えても、呼び方をすぐには変えられなかったようだ。

「私も嵩煌みたいだったら、すぐに溶け込めるんだけどね…」

★が天井を仰ぎながら呟くと、斑鳩が意見した。

「★は★で良いんじゃないか?the worldじゃ、素でもロールでも生きられるんだし」

どちらでプレイするにしろ、それは個性になる。自分らしければ良い。

「…でもあいつ、ロールしてるって言ってたよな」

「ほとんど素なんだけどね;;“いい年して”って言われたくないんじゃないかな…」

「確かに、俺も初めはガキだと思ったしな…。でも20代じゃギリギリ有りなんじゃないか?」

“有り”と言いつつも、その表情は呆れている。ネトゲの中ならまだしも、リアルであの立ち振舞いをされたら引かざるを得ない。

「20代、まあ間違ってはいないか…」

★が意味深な言い方をすると、嵩煌の正確な年齢が気になってくる。だが女性に年を聞くのはある種のルール違反、斑鳩もその位のことは知っている。

しかし、★の方からそのルールをぶち破った。

「私が26で、嵩煌は3つ上だからね…最後の20代ってやつかな(^_^;)」

「…三十路かよ」

斑鳩が反射的に、その単語を出す。20代という表現で、23、4歳を想像していた自分が馬鹿らしく思えた。

と、斑鳩が目を擦る動作を見て★が慌てた。

「ごめんね、疲れてるのに;;少し眠る?」

ここに来た本来の目的は身体を休めるはずだったのだが、知らないうちに話し込んでいた。

「大丈夫、まだ平気だか…」

最後まで言えなかったのは、脳が酸素を求める生理現象のせい。つまりは欠伸。その図ったかのようなタイミングに、2人は思わず笑ってしまう。

「体の方は、眠りたいみたいだよ?」

★は立ち上がり、ソファーのスペースを空ける。

「…悪いな」

斑鳩は申し訳なさそうに頭を掻きながら、下半身をソファーに預ける。


「そういえば、今までも眠ることってあったんだよね?」

完全に横になった斑鳩を見、★は素朴な疑問を投げ掛けた。精神活動がある以上、確実に脳に疲労が溜まる。

「あぁ、静かな草原タイプのフィールドで寝てた。流石に街じゃゆっくり寝れないから。好きなエリアがあるから、今度…一緒に…」

言い終わりは、寝息に飲まれて途切れた。★は再び木箱に腰掛けて、柔らかく声を掛けた。

「おやすみなさい」

と。



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