復讐劇
斑鳩は次々とセキュリティPCを斬っていくが、その度に新しいPCが湧いて出てくる。だが斑鳩のペースの方が早いらしく、段々と数は減っていた。
管理者が別のプログラムに切り替えたため、斑鳩が動きを止めることは出来なくなったが、恐らくは時間の問題。
「応援、呼んでも構わないけど?寧ろそっちの方が都合が良い」
斑鳩が管理者に刃先を向けると、その間に割り入るようにセキュリティが集まる。動けるようになったものの、機械的な思考と人間では雲泥の差。斑鳩に触れたPCはまだ一桁、しかも掠める程度だった。
「…敵を増やして都合が良いとは、随分と余裕だな」
「てめぇらみたいな薄気味悪い亡霊PC、探すだけで骨折れるからな。まとめて片付けてやる」
「なるほど、効率的には良い」
管理者は言いながら、ゆっくりと後退する。それは斑鳩にもはっきりと確認出来た。
自ら現れたのだ、簡単に逃げるとは思えない。罠にでも誘っているのか、セキュリティの動きが鈍りだす。
斑鳩は一度立ち止まり、夜叉車で目の前の黒い塊を一掃する。そして砕けたグラフィックを弾幕代わりにして、管理者との距離を一気に詰めた。
筈だった。
管理者に刃を届かせるには、あと3歩足りない。だが足がその先に進まない、全身が動かない。
と、斑鳩を中心とした円を描くように周りに管理者が5人現れる。斑鳩は、見事に管理者の罠に嵌まった。
「…6人掛かりで、動きしか止められないのか?」
斑鳩は動きを封じられてもなお、強気で言い放つ。流石に、プログラムで人間の思考を奪うことは出来なかった。
「それだけ君は強い、この事実は認めよう。刃物は危険だ、預からせてもらう」
そう言うと、正面に立つ管理者、初めに現れたPCが斑鳩の太刀触れる。
しっかり握っていた筈の太刀が、蒸発するように音もなく消え去る。斑鳩の手は、柄を握る形のまま動くことはない。
「君は数時間前に、その身体で憑神を呼び出したそうだな?」
「…だったら?」
管理者は斑鳩の問いには答えず、手をゆっくりと斑鳩に伸ばす。動きを封じ、武器も取り上げた今、斑鳩から奪うものなど無いはず。
「……っ」
管理者の指が斑鳩の顎を捕らえ、無理矢理上を向かせる。男にとっては、屈辱的なものでしかない。斑鳩は目を背け管理者を視界から排除する。
だが、声だけは耳に入ってしまう。
「返してもらうよ、君のスケィスを…」
管理者はそう言いながら、定位置に戻る。管理者達によって作られた、直径5m程の円。その中に立たされた斑鳩には、どうすることも出来ない。
と、管理者のPCボディが淡い光を放ち始めた。また別のプログラムを発動させたのだろうか。
光はどんどん強さを増し、目を開けてはいられない。
こんなに呆気なく終わってしまう。
斑鳩は自嘲するしかない。何故もっと早く過去を、憑神を思い出さなかったのか。自分が、データであることに気付かなかったのか。
スケィスを引き剥がされる、それは斑鳩にとって死と同義。
データなど生死とは無関係、そう言ってしまえば楽になる気がした。ただのデータならば、生きている訳がない。つまり死も無い、恐れる必要はないのだ。
頭でそう考えているのに、何故か涙が溢れてくる。斑鳩は、それを拭うことすら出来ない。
「…★、急いでっ」
「分かってます、あと少し」
「今までご苦労だった、これで終わる。君も憑神から、the worldから解放される…」
光が一気に広がり、斑鳩を飲み込んだ。
「完了です!」
「同時にエンター押すよ」
今藤と、その隣に座る女性が、キーボードのエンターキーを目一杯押し込んだ。
突然、光が収縮を始める。半分以上飲まれていた斑鳩の体が、光から脱する。
「何故プログラムが停止した?」
「…分かりません、外部からの干渉があるようですが」
管理者達がざわつき始め、斑鳩から注意がそれる。斑鳩は体の変化を感じ取り、管理者にバレないように確かめる。
この時、斑鳩の指が動いたことなど誰も気付かない。
武器は無い。
だが、斑鳩には死神が残っている。
斑鳩は前に掛けていた体重を戻し、極力体を動かさずに死神に呼び掛けた。
「…、来い、スケィス」
最後の単語だけ、管理者に聞こえるようにはっきりと声に出した。斑鳩の表情は、自信と余裕に溢れたものだった。
「束縛まで解除されただと…斑鳩の後ろにハッカーでもついているのか」
「憑神を呼ばれては、こちらが不利です!一度離脱を」
管理者の一人がログアウトを促すが、数が減ることはなかった。
ログアウトしなかったのではない、出来なかったのだ。これはハッカーの仕業ではなく、斑鳩に因るもの。
憑神、スケィスの領域に入った者が逃げる術はない。この空間に適応するのは、AIDAと憑神のみ。
斑鳩―スケィスは大鎌を威嚇するように一振りし、肩に担ぎ上げる。以前よりも劣化が進んだらしく、左足が原型を留めていない。
この状況をモニタリング出来ない今藤は、ただパソコンの前で手を組むしかない。
女神に祈るように。
隣に座り落ち着かない女性が、今藤に声を掛ける。
「彼、上層部を斬るでしょうか…」
「さぁ…。でも斑鳩のスケィスにはデータドレインの力はないから、未帰還者にはならないと思う」
今藤は姿勢を変えることなく、唇だけを動かす。
「ねぇ斉木、私…犯罪者、かな」
斉木と呼ばれた女性は、少し笑いながら言った。
「私“達”ですよ」
その頃斑鳩は、二人目の管理者を薙ぎ払っていた。二つに分かれた黒い塊は、落下しながらさらにその形を崩していく。
スケィスは次の標的を絞り、瞬時に間合いを詰める。だがすぐには斬らず、管理者の背後に回り刄を首辺りに当てがった。
「や、やめろ。僕はあの計画には関わっていない…」
「なら、何でここに居る」
斑鳩は、至って平静な口調で問う。
「プログラミングを手伝えって言われて、別の課から臨時で来ただけなんだ…だか…」
無関係だと主張したかったが、それは叶わず首が飛んだ。だが彼の発言で、ある可能性が生まれた。この中に斑鳩と関わったPC、トップの人間が居ないかもしれない。そう考えると、敵意、怒りが削がれる。
スケィスは刃先を下げ、動きを止める。しかし、初めに現れた管理者が計画に参加しているのは明らか。
残り4人、皆同じ外見で見分けることなど出来ない。ならば確実な方法を選ぶまでだ。
全て消してしまえば良い、簡単なこと。
まずは右手にいる2人を斬りにかかる。一気に接近して、あとは鎌を振り切るだけでいい。
と、一人がスッと下がりスケィスの攻撃を避けた。否、正確にはもう一人を盾代わりにした。
盾にされたPCは、断末魔を上げることなく消えていく。逃れたPCは、また仲間の背後に移動する。
同じ管理者を捨て駒としか見ていない辺り、最初に現れたPCと断定して良いだろう。
スケィスは正面からではなく、下降してほぼ真下から仕掛ける。一瞬のことで、管理者達の目では追えない。消えたと思った瞬間に、それが足元から現れる。
スケィスの右手は刄を振るい、左手で最後の一人を鷲掴んだ。
「…俺には、握る感触がある。でも、てめぇには痛みなんてないんだろ?」
スケィスは左手に力を込めるが、管理者は無反応のままだった。
「残念だ…私も君のように憑神使いであれば、少しは君の気持ちを察してやれるのだがな」
皮肉以外の何物でもない言葉が、管理者の口からさらりと出る。スケィスは鎌を捨てると、そのまま空いた手で脚であろう部分を掴む。
「…無差別に狩るだけなら、君はただの殺人鬼。低俗なPKと変わらない」
その台詞の直後、スケィスの右手に力が加わり管理者を引き千切る。
「…てめぇをココで殺っても、リアルは無傷だ。人殺しはCC社の方だろ!俺も、真も殺されたんだぞ」
管理者は何も言わず、ただスケィスの顔を見上げるだけ。
「……畜生」
左手が握り締められた。
まるでガラスのコップを割るような、そんな感触だった。ゆっくりと拳を開くと、粉々になったグラフィックが零れ落ちた。斑鳩はそれが全て消えるまで、凝視し続けた。
管理者の思惑を打ち崩し、
それはまた怒りの糧となる。
Checked Slash
《牽制の切り裂き》