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.hack//C.S.  作者: 月京蝶
14/44

侵攻

斑鳩が目を開くと、見知らぬ空間が映った。

壁と天井があるあたり、室内だということは分かる。自身が壁に寄り掛かる形で座っているのだが、身体がいうことを利かず立ち上がれない。

と、奥から話し声がすることに気付いた。聞いたことがある声から、嵩煌とハセヲがいることは把握出来た。耳を澄ますが、内容はなかなか掴めない。ドア一枚隔てられているのがそうさせているらしい。


斑鳩が居る部屋の奥、知識の蛇では、嵩煌がRA計画について語り終えるところだった。

そこにはまだ八咫の姿は無く、端末の前は無人。

「…だから、彼にはまだスケィスが癒着してるの」

嵩煌が斑鳩の憑神についてそうくくると、ハセヲが不満そうな顔で言った。

「で、何であいつはCC社を恨むんだ?確かにその計画で未帰還者になったみたいだけど、天城って奴のせいだろ」

「これは推測なんだけど、私達のチームの他に上層部が動いたかもしれないんだ」

黒く細長いPCを計画中にも何度か目にしたが、彼らの意図は分からなかった。もしかしたら、嵩煌が知らない場所で被験者と接触があったかもしれない。

「黒ずくめのPC、八咫様と話していたこともあったようだけど…」

パイが思い出したように言うが、八咫と上層部が接触しても不思議ではない。だが、パイがその場に居合わせると、すぐに話を切り上げて上層部は去っていた。

裏側で何かが動いていると、考えても良いだろう。

「多分、リアルでも上層部は何かやってる。★がなんとか被験者の入院先を掴んだけど、斑鳩のプレイヤーだけが居ないん…」

「あ、あのっ…」

嵩煌の言葉を、アトリが上ずった声で遮った。

その理由はすぐに分かった。

斑鳩が、知識の蛇に姿を現したのだ。

斑鳩は無表情のまま、ゆっくりと知識の蛇へと進む。


「俺のリアルの体も、行方不明。上層部の奴らがリアルの俺にまで何かしてるってことか…?」

そのまま歩を進め、斑鳩は嵩煌に近付いていく。嵩煌は、真っ直ぐに斑鳩を見つめる。今ここで、哀れみの感情を出せば斑鳩を逆撫でするだけだ。

突然、斑鳩の歩みが速まり腕が伸ばされた。嵩煌の胸ぐらを掴もうとしたが、それは銃戦士によって止められた。

「…女の子にいきなり掴み掛かるもんじゃない」

真剣な態度はあまり見せない人物らしく、周りが銃戦士の表情に驚いている。

「良いんだよ、クーン。斑鳩はずっと溜め込んでたんだから、捌け口は必要なんだ」

嵩煌が少し俯いて言うが、クーンと呼ばれた銃戦士は斑鳩の腕を放そうとはしない。

「嵩煌はお前を助けようと頑張ってる、恨み辛みをぶつける相手を間違えてないか?」

クーンが斑鳩が言い聞かせると、斑鳩は腕をゆっくりと下ろした。

斑鳩は軽く舌打ちすると、改めて嵩煌を見る。嵩煌は一瞬体を強張らせたが、口を開いた。

「…教えてもらえないかな?上層部と、何があったのか、何をされたのか」

やや間があって。

「あいつらと同じCC社側の人間が、俺に何をしてくれる?まだお前を信用出来ねぇし、俺のことは俺でやる…」

斑鳩は言い終わらぬうちに、向きを変えて部屋を出て行こうとする。それを誰も止められずにいたが、斑鳩がドアを開けることはなかった。

急に膝を折り、そのまま床に倒れる。その直後、斑鳩の体に僅かなノイズが走った。更に憑神の紋様もうっすらと浮かび上がり、何度か点滅する。

「斑鳩さんっ、大丈夫ですか?」

一番近くにいたアトリが駆け寄り声を掛けるが、反応がない。憑神を呼び出した反動が、まだ残っているらしい。

「取り敢えず、隣の部屋で休ませよう」

嵩煌が言うと、クーンが斑鳩を抱えた。

斑鳩をソファーに下ろすと、バイトがあるからと、クーンは足早に@HOMEを出ていった。


「しばらくはこのままだろうから、私はちょっと落ちる」

嵩煌はずっと張っていた気が抜けたのか、疲れが出たようだ。パイも別の仕事が入ったらしく、ログアウトした。

嵩煌はログアウト際に、ハセヲに注意する。

「今の状態の斑鳩には、絶対近付かないでね。多分、簡単にアンタに全部取られちゃうから」

ハセヲは無言のまま小さく頷き、タウンへ出ていく嵩煌をただ見ていた。


@HOMEに残ったのはハセヲとアトリ、そして斑鳩。

アトリは斑鳩が眠るソファーの隣に座り、ハセヲは反対側の壁に寄り掛かる。

「斑鳩さんを助ける方法、見つかりますよね…」

アトリは膝を抱える腕に力を入れ、不安そうに言う。

「さぁ…俺には何も出来ないからな」


近付くことすら出来ないハセヲは、そう呟いて出入口に爪先を向けた。何もすることがない場所に居ても、無駄な時間を過ごすだけだ。アトリは言葉を掛けることも出来ず、ハセヲの背中を見送った。

アトリと斑鳩だけになった部屋は、広く感じる。一人は眠ったままで、動くこともない。アトリはそっと斑鳩の顔を覗き込む。ハセヲと同じ位置にあるペイントは青、閉じられた瞼は微動だにしない。

(斑鳩さんは、私を助けようとしてくれた…。八咫さんを襲ったのには、私達には分からない理由があるんですよね)

アトリは額に掛かった前髪に触れようとしたが、寸前で指を退いた。

その直後、月の樹の集会を知らせるショートメールが入った。斑鳩を一人にするのは不安だが、嵩煌の「しばらくは」という台詞を思い出し、@HOMEを出た。



アトリが去って30分を過ぎた、嵩煌もレイヴンのメンバーもまだ戻らない。

斑鳩は、一人しか居ない部屋で目を覚ました。

ゆっくりと上体を起こしてソファーに腰掛ける形になると、部屋を見渡す。

誰も居ない。

あの、時間が止まったエリアを思い出す。一人は平気だった筈なのに、斑鳩の中で不安感が膨張していく。もしかしたら、計画が失敗した時から止まった世界や一人が怖かったのだろか。

だから無意識のうちに人通りの多く、常に水が流れる橋に立っていたのか。



斑鳩は立ち上がると、知識の蛇へ続くドアを開ける。だがその先には誰も居ない。部屋の奥に、球体の端末が静かに回っているだけ。

斑鳩は興味本意からか、端末に歩み寄る。この端末が管理に関わっていることは、簡単に予想出来る。つまり、the worldやCC社のシステムと繋がっていることになる。


(…俺はデータ、なんだよな)


端末に掌を重ねると、システムと直結するイメージを頭の中で巡らせてみる。

それに応えたのか、斑鳩の体がデータとしての変化を見せる。足から順にグラフィックの色が変わり、1と0が浮かび上がる。浮かんだ所は、次に小さな粒程度になり端末に向かう。

痛みは無く、膝あたりまでが消えた。やり方を知っている訳ではないのに、全く不安はない。


腰まで、胸まで、肩までが消えた。

「…っ、斑鳩!待って!」

再びログインした嵩煌が、知識の蛇に入るなり叫んだ。ソファーに居なかった時点で、嫌な予感はしていた。今の斑鳩に、何が起こっているのかも分からない。ここで見失ったら、もう二度と会えない気さえした。

そうこうしているうちに頭も分解され、完全に斑鳩は姿を消した、否、形を失ったと言うのが正しい。

どこからか斑鳩の声だけが、響いてくる。


「俺はデータ、お前はそれを教えてくれた。感謝しなきゃならないな…」

嵩煌はただ呆然と、その声を聞くだけだった。

斑鳩の意識とイメージはデータに乗って、端末を経由しシステムネットワークの中に流れ込んだ。

斑鳩のデータは再び形を成し、姿を現す。斑鳩が辿り着いた場所は、見たことがある所だった。

青い空間に、行き交うデータの光。あの事件の後、スケィスを剥がされた時に居た場所にそっくりだった。重力の無い、水中の様な、宇宙空間の様な場所。

斑鳩はそれに苛立ちを覚えながらも、データが最も多く向かう方向へ同じように流れて行った。データが集中する、即ちそこがシステムの中枢であると考えて良い。

真っ青な中で、斑鳩の真紅の帯が一際目立つ。だがそれも、周りに流れているデータと変わりはない。



データの終着点、斑鳩が飛び込んだ先は真っ白な部屋だった。青から白になり、一瞬目が眩んだがすぐに視覚を取り戻す。


部屋の中に一人、大きく厳つい椅子に座る男が居た。


男の白く波打つ長い髪が、静かに揺れる。北欧人を思わせる顔立ちに、白衣のようなものを羽織っていた。科学中毒者に見えなくもない。

と、その傍らに黒く細長い物が現れた。上層部、管理者だ。

「…そのおっさんが、システムの中枢か?」

斑鳩は現れたことに戸惑うことなく、すぐに問うた。管理者は男を一瞥すると、笑い混じりに答えた。

「彼はただのモニュメント、象徴に過ぎん。君も“彼女”から聞いたことがあるのではないか?ハロルドという男の名を」

斑鳩は僅かに目を見開くが、平常心を保った。

「あぁ、そいつがアウラが言ってた親父さんか。そんな物、邪魔だからぶっ壊してやるよ。彼女の為にもな…」

言いながら抜刀し、ハロルドに近付いていく。

「黙って壊されるのを見ているのは、良い気分ではない」

管理者が伸ばした手の指を鳴らすと、全く同じPCが生えるように出現した。

ざっと4、50はいるだろうか、白い部屋が黒で埋められた。

「最初に出てきたてめぇ以外は、ただのセキュリティプログラムだろ?そんなので、俺を殺れるのか」

管理者は表情を変えることなく、上げた腕を振り下ろす。それを合図に、セキュリティPCが群れとなって斑鳩に襲い掛かった。



が、寸前の所で群れはぴたりと止まる。これには管理者も動揺を隠せない。

「貴様、何をした」

斑鳩は勝ち誇った笑みを浮かべ、言ってやった。

「俺はデータだ、お前らがやったんだから分かってるだろ?おまけに思考能力は残ってる、完璧なAIってことだ」

見せしめと言わんばかりに、一番近くにいたプログラムを切り捨てた。


「腐ったCC社のネットワーク、内側から喰い破ってやるよ」



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