再び 死神×死神
嵩煌に八咫からのショートメールが届いたのは、本当に突然のことだった。何でも、斑鳩とハセヲを会わせて、その様子を見たいというのだ。八咫から動いた以上、何らかの確信があってのことだろう。
嵩煌は八咫の提案を承諾し、斑鳩を指定されたエリアに連れ出すためにマク・アヌに向かった。目指すのは、いつもの橋。探す手間が掛からない分、有難いと思う。
(…しかし、どんな理由で誘おうか(-.-;)前に会った時の反応を考えれば、嫌がられるよね)
嵩煌はカオスゲートのドームで立ち止まり、思い出した。以前ハセヲと対面した斑鳩は、ノイズや頭痛に襲われている。そんな相手に会おうとする人間など、そうそういない。
それでも嵩煌は意を決し、斑鳩の隣に立った。
「いか~るがっ!」
嵩煌はわざとらしいくらいに陽気に声を掛け、斑鳩を見上げた。このところ、斑鳩は口数が減り、エリアにもあまり行かなくなっていた。以前の斑鳩に戻っただけと言えばそれまでだが、その理由が思い当たらないでいた。
斑鳩は数秒だけ嵩煌に視線をやったが、すぐに夕日へと戻してしまう。
「ったく、可愛くないんだから…」
「…何の用だ」
怒っているだろうと思っていたが、斑鳩の言葉は力無かった。本当にどうでもいいような、そんな態度だ。
「最近アンタ、狩りもロクにしてないから鈍ってるんじゃない?」
ややあって。
「…だから?」
「たまにはエリア行かない?付き合ってあげるからさ(-ω-)」
斑鳩はふと空を仰ぎ、その目を嵩煌に移す。
「たまには、か」
「行く気になった?」
嵩煌が急かすように聞くと、斑鳩は軽く首を縦に振った。
カオスゲートの前に立った斑鳩は、右手を腰に当てて足元の嵩煌を見やる。
「で、場所は?」
「もう決めてあるから大丈夫」
嵩煌は八咫のショートメールのコピーを確認しつつ、ワードを選ぶ。その様子に、斑鳩は何となく懐かしさを覚えた。以前の自分も、こうやって“普通”に転送していた筈だと。
「…?斑鳩、行くよ」
「ぁ、あぁ」
嵩煌が上の空だった斑鳩に一声掛けると、ゲートが淡く光り出し、2人をエリアへと転送した。
着いたのは草原タイプ。快晴で、風が草木と雲を靡かせている。
嵩煌はすぐに周りを見渡し、何かを探しているようだった。と同時に、斑鳩も標的を見つけようと歩き出す。
「…おぃ、ここレベルいくつだよ」
モンスターを発見するなり、斑鳩が嵩煌に聞く。
「えーっと…30くらい、かなσ(^ω^;)」
斑鳩のレベルには見合わないエリアレベル、当然狩り場には不向きである。早くも狩りが目的ではないことに気付かれてしまった嵩煌は、変な笑顔で誤魔化すしかない。
嵩煌は言い訳をしても無駄と観念し、しっかりと斑鳩の目を見て言った。
「会わせたい奴がいるんだ。多分、名前を出したら会ってくれないだろうと思ってね。騙すようなことをしたのは、謝るよ」
斑鳩はしばらく黙っていたが、不意に嵩煌との視線を外して背を向けた。
「誰だ、会わせたいヤツって」
嵩煌は、斑鳩がそのまま帰ってしまうのではないかと不安になったが杞憂に終わった。斑鳩は、モンスターではなくPCを見つけようと目を走らせた。
「斑鳩も一度会ってる子なんだ。…『ハセヲ』って錬装士」
ハセヲという名に、一瞬眉間にシワが寄りそうになる。それでも斑鳩は、努めて平静を保つ。
「あの黒い錬装士か?」
橋の上で、偶然に出会ったPC。近付くと、激しいノイズや言い様のない痛みに襲われた。そんな最悪の印象しかないPCに、また会うなど愚行に等しい。
が、斑鳩はまんざらでもない表情を浮かべた。嵩煌はそれを見逃さず、斑鳩の気が変わらないうちに腕を掴んだ。
「会ってくれるんだねっ!さぁ、向こうは待ってるから急ぐよ」
「ぉ、おぃ…」
自分より小さい嵩煌に引っ張られた斑鳩は、必然的に前のめりになって走ることになる。何度か躓きそうになりながら、嵩煌に従ってフィールドを駆けた。
丘の手前で嵩煌が足を止める。
「この上に、居るはずだよ」
嵩煌は斑鳩を見上げ、最終確認だと言うように言った。
「…もし、この前みたいになったら?」
「大丈夫。私もいるし、あっちの付き添いも対応してくれる」
自信に満ちた返答に後押しされる形で、斑鳩は丘の坂を登った。
登り切って視線を上げると、あの錬装士が腕を組んで立っていた。錬装士の黒い装備で、青空がそこだけ切り抜かれたようだ。
「アンタが、イカルガ?」
ハセヲが言い難そうに斑鳩の名前を呼ぶと、斑鳩は小さく頷いた。互いに距離を詰めようとはせず、微動だにしない。
斑鳩が近付かない理由は一つ、あのノイズを警戒してのことだ。ハセヲに関しては、単に馴れ合いたくないだけだろうか。
しばらくの沈黙の後、斑鳩が口を開いた。
「お前、初めて会った時にノイズや頭痛があったか?」
「いいや、そっちが勝手にへたり込んでただけだ…。そう言えば、あの時俺を見て“スケィス”って言わなかったか…」
斑鳩には、ノイズが入っていた時の記憶が殆んどない。嵩煌にも似たことを聞かれたが、答えられなかった。
「そのスケィスとかいうの、俺が知ってちゃヤバいのか?」
「ヤバいかどうかは、俺にははっきり分からねえ。スケィスって名前、どこで知った?」
ハセヲは、目の前にいる斑鳩という人物…PCが何者なのか全く分からない。八咫からは名前とジョブ、大雑把な外見しか伝えられていない。
憑神の名を知っている以上、何らかの形でCC社又はG.U.の組織と関わっているはずだ。
もしかしたら、碑文使いであるという可能性もある。しかし、レイヴンや憑神のことを話して良いものか…。
斑鳩はひとしきり考えたあと、ハセヲの問いに答えた。
「知った訳じゃない、知ってるんだ何となく。感覚的っていうのかな…、頭痛かった時に脳ミソの隅っこで感じた」
この返答は、ハセヲを更に悩ませた。感覚的、つまり知識としてスケィスを知っている訳ではないことになる。
ハセヲは考えるのを諦めたのか、軽く頭を掻いて溜め息を吐く。すると、斑鳩が素朴な疑問を口にした。
「俺達、何でまた会わされたんだ?」
最もな疑問だった。
橋の上で少し話しただけの、ただの他人でしかない。
「さぁな、俺も『上司』にこのエリアに行けって言われただけだから。お前は?」
「似たようなもんだ」
結局、両者とも自らの意志ではなかった訳で。何故ここにいるのか、その理由すら曖昧になってしまった。それが分かった瞬間、ハセヲは眉間にシワを寄せて言い放った。
「ならお互い、こんな所にいる必要ねぇってことだ」
(憑神のことなら、八咫が直接会えば良い話じゃねぇか)
ハセヲは大股で丘を降り始める、当然斑鳩に接近することになる。しかし斑鳩がそこから動こうとしなかった。ノイズのことを忘れているのか、何も起こらないと思ったのかは定かではない。
しかし、斑鳩の意に反しあの痛みとノイズが押し寄せてきた。しかも以前よりも痛みは強く、はっきりとしたノイズ。斑鳩は座り込んで、反射的に手を頭に持っていく。高さを失った長い帯や裾が、緑の地面に広がった。
ハセヲはすぐに足を止め、片膝を付いて斑鳩の顔色を窺う。これだけ言葉を交わせば、もう他人というわけにはいかない。
「おいっ、またノイズなのか!?」
斑鳩に何かが起こっているのは確かだが、その何かは外側からは分からない。ただ、苦しんでいるだけだ。
ノイズに妨害されているからか、斑鳩は返事をすることが出来ない。頭の中に、砂嵐な様なノイズ音とラップ音が響く。ハセヲは軽く舌打ちすると、斑鳩の肩に手を掛ける。声は届かなくとも、触覚なら反応すると思ったのだ。しかし、その行動でさらに斑鳩が苦しむこととなる。
『…っ、オレガ…
持って逝かれる…』
頭を押さえていた両手は、力無くだらりと落ち、指先が地に落ちる。斑鳩は目を見開き、半ば海老反りのような格好で空を凝視した。
「オレが、スケィスで…スケィスがオレで…。お前がオレ?」
ハセヲは斑鳩と距離を置いたが、それでも斑鳩は譫言を呟くだけだった。
すると、計ったかのように八咫と嵩煌が現れた。
「これは、予想以上の反応だな」
八咫は至って冷静に話すが、隣に立つ嵩煌はソワソワと落ち着きがない。ハセヲは八咫の方へ向かい、説明を要求する。
「あいつ、一体何なんだよ?スケィスとどんな関係なんだっ」
「…タウンに戻ったら話す。今は、彼のデータの保護を優先する」
どうやって保護するのかを聞く前に、ハセヲは嵩煌と共に転送させられた。
データの保護。
斑鳩が居るエリアを、完全に孤立させ密室を作ること。
斑鳩の、スケィスのデータが流れ出さぬように。
Cracked Sleep
《破られた眠り》