RA計画 今藤の報告
何とか8人の被験者が揃った。これでやっと、計画を進めることが出来そう。しかし私は、まだ抵抗がある。天城が、最近独断で事を運ぶ傾向にあるように感じられ、時には不安感を覚える。
被験者の中には社員もいるが、一般の学生もいる。前の事件を考えると、あのAI『アウラ』に干渉するのは危険な行為だと言わざるを得ない。いくら適合性があると言っても、学生には無関係な計画だ。
とにかく、計画の結果はどうであれ被害を出すことだけは避けなくてはならない。天城本人も被験者に含まれている以上、自らを危険に晒すような真似はしないと願う。
初日。
定期メンテナンスの終了時刻を延ばし、一般PCが居ない状態で始めることとなった。
各々、碑文が納められたPCでログインした。拒否反応は見受けられず、第一段階はクリアされた。私は呪術士で参加し、被験者の援護に当たることに。
中にはネットゲームを初めてプレイする子もいて、基本的な操作から教える形になった。
1週間が過ぎたが、特に異変は見られない。今回は適合率が高いメンバーが揃ったように思う。
しかし、一つ気になることがあったので記しておく。
遠巻きに、上層部のPCの姿がちらつくようになり始めた。被験者だけでなく、我々スタッフをも監視対象としているようだった。
更に1週間が過ぎた頃、2人の学生が体調不良を訴えた。普段ゲームなどとは無縁の人が、1日10時間もコントローラーを握っていたのだから無理はない。
とにかく、これは物理的疲労であって憑神の影響ではないことははっきりと言える。
2人にはしばらくの休養を取らせ、残り6人は次の段階に進むことになった。
憑神の開眼実験だ。
この実験は、今回が初めての試み。この先何が起こるのかは、恐らく天城にも完璧に予測出来ていない。
私は、学生が操作する斬刀士と共にダンジョンへと向かった。
斬刀士のPCネームは斑鳩、集団より個人行動に走りたがる、今どきのプレイヤーだった。
私とは、全くと言って良いほど会話せず、ただ私の指示に従い「はい」と答えるだけだった。
斑鳩のPCに組み込まれた憑神は、第一相スケィス。またの名を死の恐怖。
前の事件で、アウラを分解した八相だと記録されている。
私はマニュアルを捲り、斑鳩を、斑鳩のプレイヤーを精神的に圧迫する工程に移った。何でも、プレイヤーが精神的に追い詰められると、最も憑神に接近出来るとか。
もっと良い方法はなかったのか、疑問を抱いたまま作業を進める。
一体どこから手に入れたのか、彼の個人情報が資料にぎっちりと書かれている。本人だけでなく、家族の内情までだ。
ここまでくると、プライバシー侵害どころではない。この資料の存在を被験者が知ったら、この計画、そしてCC社自体が終わりを迎えることになりそうだ。
私は慎重に質問を重ね、少しずつ彼を誘導していった。こんなことは、これっきりにしたいと心から思う。
3日後、斑鳩はスケィスとの接触、呼応に成功する。
その後、ゴレ、メイガス、フィドヘルが開眼。マハに関しては、過去にAIを持っていたこともあってか難航。タルヴォスは、自身も被験者である天城担当し、その状況は伏せられていた。
《パスワード付ドキュメント》
(タルヴォスの因子は、他とは若干の違いがあるらしい。私は、番匠屋と天城の間に何かあったからではないかと考えている)
天城自身も、まだ開眼していないため、統率力に影響を与えるように思う。
計画が始まって1ヵ月が過ぎた頃、イニスの因子を持つプレイヤーが不調を訴えた。彼女は斑鳩のプレイヤーと同じ専門学校の生徒で、休憩中に彼と話している姿が良く見られた。
不調というのは、脚の痺れであった。椅子に座り、適度に休憩を入れている中で脚が痺れることはまず考えられない。しかもふくらはぎから爪先にかけて、全体的に痺れがあるという。
恐れていたリアルへの影響ではないかと、私を含めたスタッフが天城に早急な調査と解決を求めた。
しかし天城は思いの外冷静で、彼女のPCを伴ってエリアに向かった。心配した斑鳩も、同行を許されたようだった。
何故か私を含め、他のスタッフの同行は許されなかった。勿論エリアワードも伝えられず、何が行われたのかは推測すら出来なかった。
全てを見て、知っているのは3人だけだった。
エリアから戻ると、彼女の痺れは消えていた。エリア内に原因があったのか、修復する機能があったのか。スタッフの間で憶測が飛び交ったが、どれもすぐに意味無きものとなった。
斑鳩のプレイヤーも、天城に口止めでもされたのか「覚えてない」「遠くだったから見えなかった」としか答えなかった。
この4日後、この計画は最悪の結末を迎えた。
天城を含め被験者8人が、未帰還者となった。女神を復活させる儀式の最中だったと、立ち合ったスタッフが力なく話した。
八相の何らかと接触したのか、何名かの脳にかなりの電圧負荷が掛かっていたことが分かった。酷かった被験者は死亡、それ以外は意識不明のままである。
被験者家族には、未だに実験中だと伝えられ、架空の進行具合を報告する書面を送っているという。
彼らは、誰にも知られることのない被害者。
これ以上、RA計画に関する報告は無意味と考えて、記録作業を終了する。