食べられて
翌日の夕方、そう君の家で向かい合って真剣な表情で話しかけた。
「この模試の結果がA判定だったら、家庭教師は終わりにしたい」
「いいよ」
「あ、ありがとう!」
「毎回ここまで来るの大変だもんね。今度から俺が会いに行くから」
「は・・・?」
「ん?伊斗は、俺から離れられると思ってんの?」
「だって、友だち付き合いとか、サークルとか、・・・あるでしょ?」
「伊斗と比べたら、取るに足らない」
「んー・・・そーゆー付き合いとか、社会人になってからも大事にならないかな?」
「ならない」
「不健全だし!」
「俺が風邪ひいた事ないの、伊斗だって知ってるでしょ?」
「そーゆー意味じゃない!」
「俺は伊斗と一緒にいたいの。家庭教師ってのも会う口実みたいなものだったし」
「ななななんで?」
「伊斗は俺にとって誰にも譲れない、唯一なの」
「はがっ」
「照れると出ちゃうその変な言葉も、可愛い」
「やめて!ほらっ!結果見よ!」
私はスマホを取り出して、結果の画面を開いた。
私もまだ見てないから緊張してたはずなのに。
そう君から逃げる為に迷いなく、すぐに開いた。
見てから、私はゆっくり俯いた。
そう君もスマホ画面を覗き込む。
「残念。まだしばらく家庭教師だね」
「・・・うわぁーん!」
「よしよし。伊斗は頑張ってるよ。今日は勉強お休みして、優しく慰めてあげる」
「いやぁ!」
「その反応、傷付くな」
「変なことするでしょ!」
「変なことって?どんなこと?」
「キキキ、キス、とか・・・」
「最近は毎回してるじゃん」
「もっといやらしいのとか!」
「大丈夫。伊斗に合わせるから」
「や、やだ!」
近付いてくるそう君を両手で叩いて防ごうとしたが、その手を取られて動けなくされた。
「慰めてくれるなら、私の希望を聞いてよ!」
「伊斗の身体に聞いてる」
「はぁっ?!」
そのまま壊れモノみたいに、優しくギュってされた。
私とそう君の間には、お互いだけ。
節くれ立った気持ちが、少し丸くなったような気がする。
「よしよし。伊斗はよく頑張ってる。えらいえらい」
子どもに言い聞かせるみたいに、頭をなでられた。
不覚にも、涙が滲んできた。
「大丈夫。伊斗なら。・・・俺が教えてあげるから」
「わたっ、私・・・もう・・・そう・・・君とは・・・っ」
優しく抱きしめていた手が離れ、再び両手を掴まれる。
痛いほど。
「・・・もう・・・なに?」
「ヒッ」
少し離れた温もりに、寂しさと感じたと思ったら。
そう君の冷たい視線に、反射的に怯えた声が出た。
「ねぇ、伊斗。もう・・・なんて言おうとしたの?」
「そ、れは・・・」
「うん」
「あの、ね・・・」
「うん」
「もう、め、迷惑かけたくないな、って・・・」
「迷惑ね・・・迷惑だなんて思ってないよ。・・・でも、伊斗はもっと別の言葉を言おうとしてたんじゃないのかな?」
「ち、ちがっ」
「さっきも言ったよね。離さないって・・・。逃がさないけど、逃げようとするなら俺と同じとこに落とすから。伊斗がいくら嫌がっても、誰にも奪わせない」
「・・・ぅん」
冷たかった瞳の奥に、凶悪な光がギラギラしてて。
視線を外せないまま見つめていたら、唇を食べられた。
そう思ってしまうくらいに、乱暴に奪われて。
息をするのも難しくて、段々苦しくなる。
生理的な涙が出て、そう君の胸を叩いた。
何度も。
やっと離れたと思ったら、首元に顔が落ちてきて。
そのまま鎖骨を強く吸われて。
「痛いっ」
呟いた後に、今度こそ本当に離してもらえた。
息も絶え絶えで、唇は濡れていて。
そう君の唇も濡れていて、それが凄く淫靡で。
私を見つめるそう君の目は苦しそうで。
心臓がギュッと掴まれたように痛かった。