忘れられて
やっと話が進んできました
その日は何事もなく放課後を迎えた。
誰からも陰口を叩かれず。
嫌がらせもされず。
イジメなんてなかったみたいに。
私だけがビクビクしていた。
嬉しいはずなのに、とても怖くて。
もしかしたら、これが新しいイジメ方なのかなとも思ったけど。
元友だちが私の事を「鈴木さん」って笑顔で呼んできて、違うってわかった。
放課後の玄関先には、はる君の姿がある。
どうしていいかわからなくて、でも確認せずにはいられなかった。
「はる君、みんなに何したの?」
「・・・なんで、そんな事聞くんですか?」
「みんな、おかしくなってる・・・。私の事忘れたみたいに、ただのクラスメイトとしか思ってない感じだった・・・。昨日はあんなに噂したり、嫌がらせしてたのに・・・。はる君、何かしたんじゃないの?」
「良かったじゃないですか。これで受験に集中できますね」
話を逸らそうとするはる君の手を掴む。
「はる君、答えて。何したの?」
「伊斗先輩・・・そんなに、気になりますか?」
「はる君、何か悪い事してるなら正直に話して!嫌いになったりしないっ!みんなの態度があんなに変わるなんて・・・余程のことをしたんじゃ・・・っ」
思わず様々な事を想像して、身体が震えてくる。
「私もみんなに謝るからっ」
「・・・ふふ・・・」
「・・・え?」
「・・・ごめんなさい。必死な伊斗先輩が可愛くて」
「なんで、そんな・・・笑ってられるの?」
「悪い事したなんて、思ってないからかな」
「難しい事はわからないけど、今のみんなの様子は変だよ!これが悪い事じゃないとは、思えないっ」
「・・・優しいですね、伊斗先輩は。でも、優しいだけじゃ守れないんです」
「・・・なにを・・・」
「だって、アイツら伊斗先輩に男を宛てがおうとしてたんですよ」
はる君の言葉が上手く処理できなくて、わからない。
はる君はそんな私の手を強く掴み返してきた。
「考えるだけでも、許せない。殺してやりたかった。でも、それだと伊斗先輩が壊れちゃいそうなので。僕、よく耐えたと思います」
「・・・ぇ?・・・」
はる君は、何を言ってーーー
「ダメだな。やっぱり精神年齢が追いついてないみたいで・・・頭ではわかってるんですけど、感情的になると我慢が効かない」
「・・・なにを、言ってるの?」
「殺すのは我慢しましたけど、“いろんな事を忘れて貰いました“。慈悲のある、寛大な処置だと思いますけど・・・」
「・・・寛大?」
「先輩が殺して欲しいって言うなら、今からでも・・・」
「やめてっ!お願いっ!!」
「そうですよね。伊斗先輩なら、そう言うだろうと思ってました」
「・・・はる君、なんでそんな事・・・」
「“なんでそんな事“したか?それとも、“なんでそんな事“できるのか?」
「・・・両方」
「伊斗先輩を守りたくて、しました。他の人は正直どうでもいいんです。なんでできるのかは、幼馴染さんの事もありますし・・・おいおい話しますね」
「・・・もとに、戻して」
「それは、出来ません」
「なんでっ」
「“忘れちゃった事“は、思い出せないからです」
「・・・〜っ」
いつも優しくて、穏やかなはる君とは違う。
はる君が変わったんじゃなくて、これもはる君の一面なんだ。
そう思ったけど、受け止めるのには時間がかかる。
「・・・私が困ってても、もうこんな事しないで」
「分かりました」
「怒って止められない時は、私に言って。お願い」
「約束します」
「・・・うん。・・・助けてくれて、ありがとう」
「いいえ。僕の自己満足です。それより・・・」
「うん?」
「伊斗先輩、・・・僕の事嫌いになっちゃいました?」
「嫌いになんて・・・なってないよ」
「・・・良かった」
ほっとして微笑んだ顔は、いつものはる君だった。