心が動いて
「なんで泣いてるの?」
「えと・・・」
「伊斗先輩はまだ混乱してます。説明なら、僕がします」
「君に聞いてない」
「・・・はる君、ごめんね。もう大丈夫。ありがとう。この人、幼馴染だから」
そう君の声は静かで、落ち着いてるようだけど、怖かった。
これは、今まで見たことがないくらい怒っている気がする。
なぜかそう君からはる君を守らなきゃって思って、立ち上がって顔を拭いた。
「そう君、送ってくれるんでしょ?帰りながら話すから、行こう。はる君、またね」
そう君の腕にしがみついて、家の方向に引っ張る。
そう君は抵抗せずに、そのまま歩き出した。
心臓は先ほどよりも大きな音を立てている。
この後、何が待っているのか考えるのも恐ろしい。
しばらく歩いたら、そう君が立ち止まった。
「俺の家に行こっか。そこで聞くよ」
「・・・わかった」
さっき泣いて、顔はボロボロ。
このまま家に帰っても、家族を心配させてしまう。
そう君の家で落ち着いてから帰ってもいいかな、なんて考えてしまった。
それがそもそも間違っていたというのに。
◆◆◆◆◆
そう君が部屋の鍵を開けて、私も入るように促す。
相変わらず片付いている部屋の、いつもの定位置に座る。
そう君はレモネードを作ってくれて、向かい側に座った。
「それで?」
そう君の声には苛立ちが滲んでいる。
部屋に着くまでに、どう説明するかは整理した。
「・・・ごめん。あのね・・・。
知らない男の子3人に、遊ぼうって手を引っ張られてたら松下君に助けてもらったの。それだけだよ」
よしっ!上手く説明できた!
と思ったのは、私だけだった。
「全然納得できないけど」
「う゛、その、何がお聞きになりたいのでしょう・・・?」
「塾からコソコソ出てくる必要あった?」
「別に、コソコソなんてしてない・・・」
「俺に気付かれないように出てきたじゃん」
「・・・気付いてたの?」
「ずっと入り口見てたから」
「・・・周りに女の子いたじゃん」
「勝手に寄ってくるだけ。俺は伊斗以外に興味ない」
「ほっほほ他に聞きたい事は?」
「横にいた奴、松下?」
「ぇえ?呼び捨て?・・・そうだけど」
「下の名前で呼んでんだ」
「塾一緒で、仲良くなったの・・・」
「そもそも、なんで塾通うの?俺が教えてるのじゃ足りない?」
「そんな事ないっ!・・・けど、そう君に頼りっぱなしも嫌だから・・・」
「頼って欲しいんだけど・・・もう塾行かなくていいよね。おばさんには俺から言っとく」
「そんな勝手にっ!」
「伊斗。今日の事があって、また行けるの?」
「・・・今日は、たまたま・・・」
「また同じ事が起こらないとも限らないでしょ?それとも、そんなに松下に会いたいわけ?」
「そんなんじゃ・・・」
「伊斗は・・・俺の事どう思ってるの」
「えっ?!今は、関係ないよね・・・?」
「塾のことすぐに言わなかったの、松下がいるから?」
「いや・・・その・・・」
そう君が徐々に距離を詰めてくる。
「そんなに、アイツがいいのか」
そう君の目がギラギラ光ってるみたいに見える。
自分が獲物になった気分・・・
「いいとか、悪いとか、そんな話じゃない・・・」
「俺、昔から態度で示してきたつもりだけど・・・伝わってないって事はないだろ」
「・・・そう君、の・・・笑顔はなんか、偽物みたいで・・・」
「は・・・確かに、偽物、なのかもな・・・」
そう君の見たこともない苦しげな表情に、私が悪いことをしているみたいに罪悪感が込み上げる。
おかしい。
「・・・好きって、言われた事、ないし・・・」
「俺の言葉は特別だから、言ったら伊斗が困ることになるよ・・・」
「え?・・・」
諦めたように笑うそう君に、初めて胸が跳ねた。
そんな顔、卑怯だ。
目が離せなくなって、ただそう君の綺麗な顔を見ていたら、距離がゼロになった。
優しく触れる唇は柔らかくて、少し冷たくて、
レモネードの味がした。