シュタインクロイツ/4
振り返った深緑の双眸の中に居る自分は、状況を飲み込めずに馬鹿面を浮かべていた。
「背後が見えないと出られない、んですか?」
「確定じゃないがね。ただ、不自然に明るすぎるんだよ、この場所は。まるで現実性がない」
十石も自分も、立ち止まって目を見合わせるしかない。
「でも、そんなこと、できませんよね?」
「うん。虚数と同じで、なければ成立しないがこの世界には存在はしない」
「どうするんです・・・?」
また、自分は情報なしの振り出しに戻った。違うのは、先よりもっと絶望的なことだけ。
「そっちはアイデア募集中。どんどん考えてくれ。・・・因みに、ゴールじゃないが僕だけならいつでも出れるから。そこだけよろしく」
さらりととんでもないことを言う。つまりこの男は、自分を置いてけぼりにすることもできると煽ってきているのだ。
「んー・・・」
仕方がない。背後を確認する方法を、まだ浅い人生を遡って考える。真っ先に思いついたのは、フロントガラスに映る自分だった。
「鏡はどうでしょう?」
「鏡に映るのは鏡の世界だ、真実に背後かは分からない。それに、鏡なんて持ってないだろ」
はいはい分かってましたよ、と内心で唇を尖らせる。そのような簡単な問題なら、十石はこちらにアイデアなんて求めない。そして、その線でいけば携帯やカメラも駄目なのだろう。
――ていうか。
「ひょっとして、無理ゲーでは?」
どう足掻こうと絶望という真理。そもそも自分がみている世界も正しいのかどうか怪しくなってきた。
ただ事実なのは、独りごちた自分に十石が不思議な笑みを浮かべていること。それだけは天変地異が起きようと変わらないのだ。
「・・・というか、どういう原理で出られなくて、なんで背後を見ないと出られないんですか?」
「なんだ、知らなかったのか。知ってるものと思ってた」
「知っていたら事前に対策だってしてました!」
感情的になった自分の声が、しんとした木々の間に響く。
ふん、と十石は小さく鼻で嗤ってから、その端正な鼻の先に人差し指の横腹をつけて口を開いた。
「さて。前者への回答だが・・・原理もクソもない。お化けはそういうモノなんだ。理由も過程もなしに神秘を振りまく――彼らにとっての生理現象とでもいうのかな?」
理不尽な話だが、理解できない話でもなかった。
お化けとは現象であり、恐怖であり、恐怖とは無知な己に対する不信である。
恐怖を具現化した存在が、何かしら意味を持っては矛盾するだろう。
「その分、後者は明快だ。僕達は前にしか進んでいなかったのだから。必然的に背後に本来の道との分岐点があることになる。でも、背後を見ればそっちが前になり、背後が背後に移動する!
・・・うん。コイツ、数年後にはインターネットミーム程度にはなってるんじゃないか?永遠に続くビル八階とか」
だが、希望とは矛盾しない。
そのささやかな期待が、自分に停滞打破のきっかけをくれたのだった。
だいぶ遅くなる