三人よれば
雨。
叫び声もかき消えるほどの豪雨。
気象警報の影響もあって、街は雫の奇想曲に呑まれている。
──ゆえに、彼等はより異様であった。
切れ目なき暗雲の下、高層ビルの屋上に三つの影が集っている。
ひとつは、黄金色の瞳が目立つ男。
ひとつは、三尺の太刀を腰に帯びた男。
ひとつは、小洒落た丸遮光眼鏡を掛けた男。
皆、同年代で、同一の背広を揃って着ていた。
全員、古い顔見知りだった。この国でも特別な三人だった。
しかしその間にあるのは、親愛ではなく拒絶。
同じ組織、同じ立場、同じ起点。だからこそ、道は違えども同じ結論を持ってそこにいる。
だが、誰も言葉を発しようとはしなかった。
発せば直ぐに、誰かが死ぬことは明白だったから。
沈黙は三分、或いは永遠に続いた。
豪雨は止まるところを知らず、一方強く打ち付けるばかり。時折吹く風もまた、死神の吐息が如く彼等を揺さぶった。
灰と灰の狭間、もはや此方の世ではなく――彼方の夢か。
長い微睡の末、誰かが溜息をついた。
「にしても、まさか全員揃うとはな。妙月はまだしも、十石が予定通りにくるなんて」
口を開いたのは、遮光眼鏡の男だった。冗談を装っているのか、薄ら笑いを口にだけ浮かべている。
当然だが、三者はもれなく現状を理解していた。加えて言えば、理解しているという一点においては、少なくとも信頼すらしている。それでも彼が笑ったのは、朋友への礼儀とでもいうべきか。
「別に、僕だって大一番くらいは刻限を守る。これでも組織の一員という自覚はあるんでね」
太刀を帯びた男が、首を回しながら言った。空気の重圧が嘘のように、その動作は隙だらけであった。
「そっちこそ、副業で忙しかったんじゃないの?」
「問題にもならねーよ。所詮は暇つぶしのひとつだ」
「へぇ、流石は音に聞く枯草じゃん」
最後の言葉は、妙月と呼ばれた金瞳の男のものだった。他二人と違って、女性と勘違いするほどの綺麗なその声は、三者の距離をより近く感じさせた。
間隔はそれぞれ二メートル。やろうと思えば確実な距離だ。
「んじゃ、再会の感傷に浸る前に、手っ取り早くいきますか」
枯草と呼ばれた男が、指の関節を鳴らした瞬間。
拒絶が、一斉に殺意へと切り替わる。
そして男共は、互いの側頭部に拳銃を突きつけた。
妙月は枯草に、枯草は十石に、十石は妙月に。上から見ればさぞ整った正三角形が描かれていることだろう。
「OKOK。普通に全員その気だったか。・・・なあ妙月、こっちについて十石をボコボコにしない?」
「そしたら私の一人負けじゃん。それに、そんなことする為にここに来てない。私も、お前等も」
妙月は命を握られているにも関わらず、堂々啖呵を切った。
「我々は常に、国の秩序に尽くさねばならない」
「秩序、ねぇ」
枯草は冷ややかな視線を妙月に送る。心なしか、拳銃を握りしめる力も強くなった。
「組織の厨二セオリーなんて出すからには、相応した事情があるんだろーな?」
「あるよ」
ひとつも引くことなく、妙月は見つめ返した。逆方向の十石に拳銃を突き付けられているというのに。
すると枯草は、銃を突き付けながらも観念した様子で軽く失笑した。
「なら、順番が前後するが状況を整理しよう。こっちだって疑心暗鬼だからな。・・・できれば一人くらい別の犯行理由であってほしいもんだがね。まずは――十石?」
「僕に振るんだ、この話の流れで」
まあいいけど、と半ば諦めたように、十石は肩をすくめてみせた。
「なんの話からするべきか迷うけど・・・まあ概要からでいいか。気になったら止めてくれ」
わざとらしい咳払い一つ、彼はなぞなぞでも出題するかの如く自然に話し始めた。
「僕はとある殺人事件の調査を指示された。ああ、もちろん枯草に回すよう取り入ってみたけど、お前がノーギャラお断りの一点張りだったから僕になったんだよ」
「だって、サービス残業なんてしたくないし?」
枯草は飄々と答えた。十石は構わずに続ける。
「何せ、被害者が組織構成員だったから外部依頼も頼めない。ついでに、犯人はこっち側だ。僕の得意分野で助かったが、下手に情報を漏らしちゃいけない。仕方なく受けるしかなかったさ。
それで、最初に被害者の情報を諸々渡された。
被害者は男性。死亡推定時刻は午前二時から三時。俗に丑三つなんて云われる時間だ。目立った外傷は見られず、解剖しても死因は不明。状況からして贄として殺されたのだけがヒントだった。肩程までの黒髪に、猫のような瞳が特徴的な奴だったよ。名は――」
風が吹く。
十石が口元を歪めた。妙月は、途轍もなく嫌な予感がした。
「――妙月彗五ってさ」
続きは書き出しやし、飽きたらやめる。